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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
八章:『彼/彼女』は何を欲するか
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第235話 修道女不審死事件➂

side 狂信者


 記憶とは意識的に整理することで思考を発展させやすくなるもの。


 修道院長さんのお話をまとめるに際し、犠牲者の方々を死亡順にAさん、Bさん、Cさんとして仮称呼称定義させていただきましょう。探偵小説などでも、登場人物の名前が増えるとそれだけで状況理解の難易度が上がってしまいますからね。

 今回のことが発生したのは閉鎖的な修道院、外界において重視される血縁も家柄も概ね関与しないと考えられるこの場において、名前は記号以上の意味をあまり持ちません。であれば、簡潔さは大事です。


 まず第一の犠牲者Aさんを不幸が襲ったのが二か月ほど前のこと。

 修道院近くの沢へ魚取りの罠を確認しに行った時だそうです。


 この修道院では、基本的に定期的な馬車による物資供給以外を自給自足で済ませています。壁の中の畑での農耕の他、家畜小屋でミルクを絞ったり卵を取ったり、時には家畜を潰して肉を取ったり。その生活自体が一つの修養過程ということでしょう。

 しかし、限られた土地の中ではその効率も悪く、特に家畜に関しては安定して肉を得ることは難しく、物資供給に頼っても新鮮なタンパク質を得るには近くの沢での魚取りなどの工夫も必要になるというのは必然と言えば必然でしょう。


 そして、それはこの閉鎖的な修道院で許された数少ない『外出』の機会。

 それが当番制になっているのも、気分転換として外に出る口実であったそうです。二十人足らずとはいえ狭い修道院では人の気配から離れてたそがれるのも簡単ではありませんから、一人で罠を見に向かう方も少なくないとのこと。そして、何時間か戻らないということも、ないわけではありませんでした。食べられる山菜などを取って来て口実にする必要はありましたが。


 しかし、半日以上もそのAさんが帰ってこないとさすがに大事になり、修道院の方々は周囲の探索を始めました。基本的にこの修道院の周囲には危険な獣や盗賊などはいないはずですが、それが永続的だとは限りません。


 そして……朝方に出ていった彼女は、夕暮れ頃に見つかりました。

 もしかしたら川に滑り落ちて流されてしまったのではないかと下流を探していた修道女の方々の想定外の場所で……罠の位置よりも上流の川辺で遺体となって発見されたのです。


 遺体は確かに濡れていて、溺れてしまったように見受けられましたが、罠の場所で足を滑らせたとしても川の流れに逆らって泳いだとするにはあまりに長い距離がありました。普段、当番のついでにと皆さんが利用するスポットのどれよりもさらに上流で、山菜取りに夢中になったとしてもそこまでは行きつかないだろうという場所です。

 しかし、死因自体はおそらく単なる溺死であろうと、その一件は『当番中にAさんが山菜探しか何かで上流へ行って足を滑らせたのだろう』ということになりました。



 それだけで終われば、きっとただの事故だったということになるのでしょう。

 しかし、そのすぐ後、二人の修道女……BさんとCさんが体調を崩したのです。当初は、仲の良かったAさんの死に衝撃を受けて、調子を悪くしただけだろうと。


 しかし、お二人は時間経過で立ち直るどころかさらに状態を悪化させ、日常生活すらままならなくなっていきました。修道女たちはもしや謎の病気ではないかと恐怖を覚え始め、お二人は宿舎の一部に隔離状態に追いやられたそうです。

 そして、一か月前、とうとうBさんが第二の犠牲者となってしまったのです。


 Bさんは階段の前で後頭部から倒れたように見える死に方をしていました。

 ええ、彼女たちが最初にその遺体を発見した時には、きっと弱ったまま無理に階段を上ろうとして、足を踏み外したのだろうと、そう判断しました。


 そして、Bさんの死を聞いたCさんは一晩ふさぎ込んだのち、ベッドの中で人知れず生命活動を停止し、修道女の方々はそれを病床での過度な精神的ショックによる衰弱死と判断したのです。


 しかし、翌日お二人の病状を診て場合によっては大きな町へ搬送するために連絡を受けて遅ればせながらも現れたお医者様が間に合わなかったBさん、Cさんの遺体を調べた時に不審な点を発見したのです。


 それはまず、二人の遺体に微量ながら毒物を使われていた形跡が……致死量には程遠いものの、中毒症状の痕跡があったこと。

 そして、Bさんの死因が階段からの転倒による後頭部の強打ではなく、『何らかの要因で死亡して』から『階段から落ちた』というものであったことが明らかになったのです。


 明らかにおかしな場所で死んでいたAさん。

 階段から落ちるよりも前に死んでいたBさん。

 そして、毒物を盛られていたものの、それそのものが死因ではないCさん。


 そして……少なくともBさんとCさんに関しては、現場はこの高い塀に囲まれた修道院の内側で、しかも宿舎の隔離されていた二重密室です。

 もしも『犯人』がいるとすれば……それは、この修道院の中にいるとしか思えない。




 私たちに与えられた特別室(見張り台の一つに備え付けられた仮眠室)にて。

 女性ばかりの宿舎に男の来客を泊まらせるのには問題があるということなのでしょうが、普段使っていなかった生活可能な部屋を急いで掃除したのか埃と湿り気の匂いが染みついているように感じます。


 そして、その壁に掛けられた(おそらくは元は見張りの当番を描くためと思われる)黒板を利用し、白い石灰をチョーク代わりにして、先ほど受けた説明とドレイクさんが手にしている中央側の捜査資料……主にBさんやCさんの検死結果やこの修道院の歴史などの資料から教えてもらえた範囲の情報を軽くまとめます。

 ドレイクさんは私と同じ部屋が用意されていたことにイラついているのか、古い樹の椅子にどっかりと腰かけています。


「まず前提として、陸の孤島としての不便さがありますね。この修道院自体が地理的隠匿性も高く近くの町からも一日ほどの時間がかかってしまう。そのため、馬車の行き来も定期的な物資供給と定期連絡のための往復が月に数回。何かのトリックや証拠があったとしても、専門家の到着前に隠蔽または自然消滅してしまったというのが十分にあり得るのが厄介ですね。推理小説の流れであれば、ですが」


「……そうだな。俺がオマエの頭を石で殴ってどっかに捨てても、見つかる頃にはすっころんで死んだのと見分けがつかないだろうよ」


 なるほど、わかりやすい例えです。

 生きた人間を襲うほどの大型動物はおらずとも死体ならばイタチ程度の小動物や昆虫、鳥類などに啄まれて見つけた時には死因などわからない状態になっていてもおかしくないでしょう。Aさんなどは下流ばかり探していれば本当にそうなっていたかもしれません。


「Aさんの遺体発見後はすぐに検死ができず……まあ、こういってはなんですが、専門家が見る頃にはそれなりに腐敗が進んでいたと。BさんCさんが大いにショックを受けていたこともあり、証拠も集められないのに『犯人捜し』をする気にはなれず、Aさんの件は事故として処理された。彼女の遺体は運び出され、故郷のお墓へ入ったと」


「ああ……今更調べらねえが、最初から疑ってかかっていれば毒物が見つかったかもな」


「ご遺体のあった場所はともかく、毒物での人知れぬ衰弱が事故を誘発した……確かに、あり得る話です。しかし、その毒物が見つかっているお二人に関しては、毒が微量すぎてそれが死因とは思えない。そうですね?」


「ああ、一種毒が出たから他にもわかりづらい毒があるかもしれないってことで念入りに調べられたらしいが、その致死量には至らない微量の毒だけだ。他の修道女も一通り確認したそうだが、同じ中毒症状が出てるやつはいない。水源汚染やなんかの類ではないだろうな……チッ、まさか『相手は死ぬ』とかいう系の転生者の仕業とか言わねえだろうな」


「BさんとCさんに関しては結局のところ『死因不明』なことを考えると、あながちあり得ないと言えないところが面倒ですねえ。しかし、今回はこの修道院の閉鎖性から考えてその可能性は低そうです」


 逆に『犯人捜し』をする場合は修道院の内側以外から『犯人』を捜すのが難しいので、同じ屋根の下で暮らす隣人を疑いたくないという彼女たちの気持ちは理解できないわけではありませんが。

 むしろ、それが原因で修道院の中で疑い合い殺し合うような事態にならなかったことを考えれば、彼女たちの絆が悲劇を一つ防いだとも言えるかもしれません。

 いえ、もしかしたらAさんの不幸に関して発生した悲劇がBさんとCさんだったりするのかもしれませんが。


「条件次第で何でもありの転生特典による死を考慮するのなら『三年後に死ぬ』というような遅効性能力でAさんが死んだのを見て、同じ能力をかけられたことのあるBさんとCさんが青くなったという可能性もないわけではありませんが……それでは毒とAさんの遺体の場所について説明がつきません。まあ、『別件』なのかもしれませんが」


「ま、検死したと言っても死後数日だ。やり方によっては『死因不明』にすることは難しくねえ。冒険者でもない大抵の人間は血管に豆粒大の空気が入っただけでも死ぬんだ……それなら『死因不明』になんだろ」


 私もそういうのはドラマか何かで見たことがありますが、ドレイクさんの場合はどうなんでしょうねえ。知識として知っているだけなのか、暗殺術の一部として実際に活用したことがあるのか……まあ、殺し方に通ずるということは死因の考察にも通ずるということですし頼もしいということにしておきましょう。


「なるほどなるほど、そういえばBさんに関してはどうして『転落死』ではなく、階段から落ちる前に死んでいたと判断されたのですか? それはここに来たお医者様の判断なのですよね?」


「……そんくらい、出血を見りゃわかんだろうが」


「……ああ、なるほど。転落による後頭部強打が『死因』であれば、脳挫傷であれ脊椎骨折による窒息死であれ、出血してからもしばらくは心臓が動いているので出血に勢いがあるということですね。しかし、転落による傷から血液が『押し出された』形跡がないために、心肺停止の方が先であると」


「……チッ、わかんなら聞くなよ」


 どうやら私の無知を責める機会を逃して不機嫌になってしまったようですが、情報整理を進めましょう。

 ドレイクさんの口にした通り、BさんとCさんの死因が血管への空気注入などだったとしても、空間的時間的疑問が残ります。


「修道女用の宿舎の端を隔離指定し、出入りを制限していた時に起こったこと……特に階段近くはBさんが落ちる音がするまで近くに他の修道女の方はおらず、Cさんに関しては朝食が運び込まれるまで宿舎の部屋がそのまま密室だったようですね。つまり、どちらも修道女の方々ほぼ全員にアリバイがあると。それに……毒物も、今のところは入手経路不明ですか?」


「ああ、そうだ。毒物は食事に混ぜられたとしても、どこからその毒物を入手したのか……少なくとも、この周辺の野草から取れるものじゃねえ。運び込まれる物資も限られている」


「なるほどなるほど……修道女の方々には殺す時間もない、手段もない、探せばあるのかもしれませんが今の所はこの容疑者の限られる修道院の中で犯行を行う必要性自体がない……これだけないないづくしだと、想定しておくべきかもしれませんね。それこそ、ドレイクさんが言うように『そういう能力』により身を隠している可能性まで踏まえて」


 そうだとしたら……解決が簡単なのやら難しいのやら。

 新たな犠牲者が出る可能性が残ることを考えれば決して良いことではないのでしょうねえ。

 しかし、危険性は考慮しておくべきでしょう。


「登場人物名簿に存在しない、この修道院に存在するかもしれない『殺人者X』の可能性を」


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