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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
八章:『彼/彼女』は何を欲するか

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第213話 『魔法の天才』シアン

side シアン・カットゥール


 戦争が終わるということは、大変喜ばしいことですわ。


 しかし、それはそれとして……正義と悪の決着であろうと互いに消耗を考慮しての妥協であろうと、戦争が終われば大なり小なりの責任追及、つまりは賠償金や占領地返還などの戦後処理が行われるということ。いわゆる『終戦世代』である(わたくし)たちの時代は、もはや無益な戦争が幕を閉じていく時代であったと同時に土地や財産の所有権が国家単位で大きく変動した時代でもありましたわ。

 『講和』までは片田舎の平和な領地であった私の実家も、直接の戦火を受けることなく変動した境界線により奪われた土地……


 要するに、早い話が上の政治下手のせいで没落したというだけですけども。しかも、戦争としては勝っていたのに賠償金請求を押し切られて結果として大損とか馬鹿じゃありませんの?

 それで屋敷も領地も失う側の気持ちにもなってもらいたいものですわ。国として見れば切り捨てても痛くない領地だったとしても、こちらにとっては代々守ってきた土地ですのに。


 ともかく、そんなこんなありまして私は貴族の娘から一転、路頭に迷って冒険者になりましたの。ええ、他にも道はありましたけれども、小さい頃からの憧れでしたもの。

 何せ、物心つくまでは戦時下、没落後も部分的な戦争は終息しても大戦はまだ何年か続きましたから。血生臭い英雄譚が美化されていた時代、教育的にも戦いで死ぬのは名誉と言われていましたもの。両親は軍には入るなと言うので屁理屈のように、意表を突くように軍より『低俗』だと言われていた冒険者ギルドの門戸を叩きましたわ。


 ……そうですわね。

 あの頃の私は本当に子供で、冒険者稼業をなめていましたの。

 奴隷や平民の生まれでもできる仕事、高貴な自分にできないわけがないと本気で思っていましたわ。今思えば恥ずかしいことこの上ないですわ。


 一応、やっていけると考えた根拠はあったのですよ?

 私には、魔法の才能がありましたから。そこらの大人よりも強力な魔法が撃てるのだから、モンスターだろうが盗賊だろうが倒すのはわけないと思っていましたもの。実際、冒険者として活動を始めてからも魔法だけは一目置かれましたわ。


 けれど……冒険者というのは、そんな一芸だけで生きていける世界ではありませんでしたの。

 行軍の体力、罠を感知する注意力、敵味方の血や悲鳴を無視して最善の行動を選ぶ集中力、何よりもパーティーメンバーとの連携……根本的に平民だ奴隷だなんだと周りを見下して、それが当たり前だと思っていた私に関しては特に最後の一つは無理難題でしたわ。


 ちょっと魔法が上手いからとふんぞり返って、血で汚れたと喚きたて、味方を誤射しかけて射線を通ったそちらが悪いと文句を言う身勝手な小娘……家出同然だった手前、家族の所になんて帰れないと意地になっていましたが、いつもすぐにパーティーから追い出されて、その都度『こんな身勝手な方々と一緒に仕事なんてできません』なんて拗ねる私に、相応しい仲間なんてできるはずもなかったのですよね。


 そうして、身勝手の極みだった私に散々罵られた男の方々が結託し、夜道での待ち伏せを企てるまではそう長くかかりませんでしたわ。

 普段から警戒を怠らず危険に備えているベテランならいざ知らず、無警戒に夜道を歩いていて路地裏に引きずり込まれた私は口も塞がれ、よもや私の貞操もこれまでかと思ったその時……あの方が、『お姉様』が颯爽と現れて、助けてくださったの。


 ええ、お姉様とは言っても血縁ではありませんわ。私、長女でしたし。何より、お姉様はかも名高き『転生者』ですもの。まさに天上人、私たちのような者とは……え、狂信者さんも転生者ですって?


 とにかくっ!

 お姉様はそんじょそこらの転生者とはわけが違う、高次の存在でしたの!


 お姉様は慈悲深く、初めての貞操の危機で驚きなきじゃくるばかりの私を、根気強く『大丈夫』と言いながら、頭を撫でて宥めてくださいましたわ。


『大丈夫、よくわからないけど、あなたはきっともう大丈夫』。


 今でも、あの時のことはよく憶えていますの。お姉様は本当に私の事情も背景も才能も何も知らないまま、偶然に通りを歩いていたら誰かが助けを求めている気がしたという直感を信じて、私の声なき悲鳴を見つけてくださったの。誰にでもできることではありませんわ


 そして、その場で助けてくださっただけでなく、私が襲われた理由を聞いて私を諭し、自分のパーティーに招いて教育してくださったんですの!


 結果は見ての通り、手取り足取り教育していただき立派な冒険者となりましたわ。私もお姉様のお役に立てるように頑張りましたもの。

 今思えば、私に足りなかったのは『パーティーメンバーの役に立ちたい』という姿勢だったのでしょうね。


 ええ、意気込みだけで改善するのなら話は単純でしたわね。

 私は、あまり飲み込みの速い方とは言えませんでしたわ。何度も何度も失敗して、それでもお姉様やパーティーの皆さんは根気強く教えてくださいました。

 そうやって一年以上が経ち、ようやくパーティーメンバーとして、一人分の仕事ができるようになった所で……お姉様は、パーティーを解散して最後で最大の決戦へ向かってしまわれましたの。

 大戦の決着となった、あの戦場に。







 ここまで一息に話し終えると、静かに話を聞いていてくださった狂信者さんは言葉に詰まった私を気遣うように、その続きを問いかけてくれました。


「そして、帰ってこなかったと?」


「ええ、その通りですわ。結局、私はその戦いに必要とされませんでした……いいえ、むしろ足手まといだったのでしょうね。依然としてお姉様との力量差は埋まらず、お姉様が命を落とすような戦場で生き残れるとも思えませんでしたもの」


「そうですか……それはきっと、仕方のないことだったのでしょうね。シアンさんの成長が遅かったというより、戦火が激しすぎた。そういうことなのでしょう」


 ここで、慰めで安易に『シアンさんは十分に強い』とか言わないのがこの人のいいところですわ。

 ええ、わかっていますもの……私があと五年や十年修行していたところで、お姉様の足下にも届かないことなんて。そもそも、転生者と張り合えるような天才ではなく、ちょっと才能が魔法に偏っているだけの凡才ですもの。


 私が側にいたらとかいう仮定なんて何の意味もありませんわ。私はお姉様が戦死したと聞いても、それに自分が関わっていればとか関わらなければとか言える資格を持ちません……そういうステージに立つことすらできなかった、脇役の中の脇役ですもの。


 こうして死都攻略の休憩時間にこのような話をしたくなったのも、お姉様という英雄について回っていただけの脇役にも、お姉様への愛があったと知って欲しかっただけですものね。


「その後は、やはり冒険者としての仕事を?」


「ええまあ、一時期はへこんで引きこもりになっていましたが、それではいけないと仲間が気を使って仕事に誘ってくださったの……それが、この死都での調査でしたわ。危なくなったらすぐ引き返す、神官を中心としたパーティーの護衛に近い形で、そこまでの危険はないはずでした。けれど……」


「想定外のことが起きた、そういうことですね」


 察しがいいというよりも、それを話すために私の過去について語り始めたのですものね。

 どうして私がこの死都攻略に熱心なのか。ここで何が起こったのか。何のために……この危険な死都の攻略に手を貸して欲しいのか。

 できる限り、誠実に……私の仲間たちを助けるための、手伝いをしてほしいと。嘆願するために。


「この死都には……悪魔の女王がいますの。『ホメオスタシス・クイーン・ミスト』。私と共に調査に来た冒険者は全員、彼女に……街の中央にある彼女の城、霧の大聖堂に囚われているのです」


 あの日、私たちはあの白いドレスの少女に見つかり……圧倒された。

 お姉様がいなくても並以上のベテランだと思っていた私たちは、大戦が終わったことでどこか気が抜けていたのかもしれません。大戦を生き残った自分たちなら、その事後処理くらいわけはないと高をくくっていただけなのだろう、と。


「悪魔の女王が、冒険者を殺すのではなく、生かして閉じ込めているのですか?」


「ええ……彼女は言っていましたわ。この死都を維持するために必要なのだと……生きた人間の生み出す感情は、この死都を運営するための貴重な資源だから、侵入者を捕まえ……『夢』を、見せているのですわ」


「『夢』、ですか……なるほど、感情を養殖しているということですね。悪魔は釣り合いを求めて、自らの中で劣化してしまった正の感情、喜びや楽しさ、感動などを人間から得ようとする。しかし、この死都にはその感情を生み出す生きた人間がおらず、結界によって外部に求めていくこともできない。そのために、死都の自然消滅を防ぐために生者を確保しているということですね」


「ええ……ですから、彼らは必ず生きていますわ。クイーンは、無理やりにでも人間の生存を維持するのに十分な力と理性を持つ大悪魔。ええ、必ず……彼らが望まずとも、生かされていますわ」


「なるほど……しかし、それならシアンさんが囚われていないのは、上手く逃げ出せたからとかですか?」


「いいえ……おそらくは、私は『餌』なのでしょうね。私が死都の外に助けを求めに行けば、救出のために新たな人間を誘い込むことができると考えているのでしょう。しかし……それは、できませんわ。理性的に生者を取り込み強大化を目論む大悪魔の情報など、軍やギルドに持ち込めば被害を抑えるための完全封印か『サラマンダーエッグ』を用いた過剰殲滅ですもの。どちらにしろ、仲間を救い出すことはできませんわ」


「だからこうやって、都市を出ることなく拠点を作り一人での攻略を進めていたと」


「ええ、しかし……狂信者さんが来て下さってよかったと思いますわ。一人では手詰まりを感じていましたもの。外に出て誰かを呼んでしまうのではないかと心配していましたが、すぐに帰ってきてくださいましたし」


 本当に、十日ほどいなくなると言っていたのに、翌日には帰ってきてくださいましたもの。驚きましたわ。

 なんだか大きな武器のようなものを持ち帰ってきましたし、それを取りに行ったということなのでしょうけど。狂信者さんの仲間が都市の外にでも運んできてくれたんですわね。


「それで……今言った通り、この死都は外で知られているよりも危険な場所ですの。修行目的で来るには適切ではありませんわ。帰るというのなら、そのことを口外しないでいただけると助かるのですけども……もしも手伝ってくださるのなら、私に払える見返りは何だって払いますの。ですから……」


「シアンさん自身は……諦めようとは、思わないのですか?」


 狂信者さんからの逆質問、ですの。

 確かに、他人から見ればおかしなものかもしれませんわ。せっかく拾った命を危険にさらすようなことを一年以上も続けているのですし。

 けれど……答えなんて、決まっていますわ。


「死んでも諦めないと決めていますわ。私、一人じゃなんにもできませんもの……だからこそ、パーティーメンバーを、仲間を、友達を、見捨てたりしないと心に誓ったんですもの。もちろん、攻略を手伝ってくださるのなら狂信者さんもですわ」


「『死んでも諦めない』……ですか。私は、転生者として軽々しく『死んでも』などという言葉を使うのはよくないと思っているタイプではありますが……あなたは、本気なんですね?」


「ええ、もちろんですわ。お姉様のパーティーメンバーだった頃も、『死んでも魔法を中断しない』というのが私の唯一の取り得みたいなものでしたから。その時は、お姉様がどんな傷でも治してくれるとわかっていたからですけど」


 ギュッと、無意識に握っていた首元の『お守り』の感触に気付きましたわ。

 お姉様から教えてもらったお(まじな)い……お姉様がいつでも私を見つけられるように、魔法の品ではありませんけど、大事なものとして布袋に入れて肌身離さず持ち歩いているのですわ。


 ……お姉様が決戦で落命したと聞いた後、使ってみても効果がなく落胆したこともありますが。

 今思えば、お姉様に本当にべったりで依存に近かった私が『いつでも会える』と安心して自立できるようにと作ってくれたものだったのでしょうね。全く聞いたことのないものでしたもの。


「わかりました……何度も言いましたが、私は修行目的なので引き際はこちらで決めさせていただきます。しかし、一人で苦しい戦いを続けるシアンさんを見捨てるのも忍びないので、やれる範囲で手伝わせていただきますよ」


「もうっ! そこは『この戦いが終わったらお付き合いしてください、レディ』くらい言うのがお約束ですのよ?」


「未だに『お姉様』に恋い焦がれるレディにそんな要求ができるほど無粋ではありませんよ。私にはテーレさんというパートナーがいますし」


「お堅いですわねえ。嫌いじゃありませんけど」


 お姉様には及びませんけど、お友達としては悪くありませんわ。


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