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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
八章:『彼/彼女』は何を欲するか

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第211話 蓬とアトリ➁


 ……仲直りって、大変ですね。

side ???


 生まれた瞬間から、自分が異常だという認識があった。

 自分が異常だと認識できることがそもそも異常だという認識もあった。


 まだ何も知らないはずなのに、身体の動かし方を知っている自分。言葉の意味が理解できないのに、自分を見た大人たちが『言語』を話していることを理解できてしまう自分。

 それなのに、自分がどんな名前でどうして異常なのかは皆目見当がつかないという不安定さに、生まれた直後ながら自我が宙に浮いているような不安に苛まれ、赤ん坊らしからぬメソメソとした泣き方をして大人たちを大いに騒がせた。


 記憶を探った。

 ないはずの思い出を探した。

 ただの認識と知識以上のものがないかを探った。

 自分のルーツを必死に他の誰にも理解されないであろう自分の内側に求め続けた。


 そうして……一つだけ、たった一つだけ、具体的な記憶として、見つかったものがあった。魂にこびりついていた未練か、あるいは後悔かはわからないけれど、断片的なものではあったけれど、それが『自分の記憶』だと確信できるものがあった。


 そうして、自分の異常さの原因が『生まれ変わり』と呼ばれるものだったことに納得して……『私』は、生まれて初めての安堵を得て、泣き止んだのだった。







 気付くと、私はアトリさんに唇を奪われて、目を開けてしまっていた。

 そうだ、私は……日暮、蓬だ。


 なんだか、長く放心していたような気もする……それに、どういうわけだか、胸が苦しい? いや、違う……もっと、穏やかで、けれど深刻で、どうしようもない感覚だ。


 胸に大きな穴が空いたような虚無感に襲われている。

 まるで、長年の生き甲斐を唐突に失ったような……心の拠り所だった何かを、取り上げられたような。

 物理的に身体に穴が空かないことが不思議なほどの……すぐには立ち上がれないほどの、虚脱感に縛られている。

 けれど身体が脱力して崩れてしまわないのは、私のあごにアトリさんの手が触れて支えているから。


 アトリさんは舌から糸を引きながら、口を離す。

 記憶がなくなってるけど……口の中が、かなりディープなことをされたような感触を残している。


「なにを……したん、ですか……?」


「……『同じ夢を見るスープ』の、アレンジ版。『気持ちを伝えるスープ』。ワタシの体液……血液を、混ぜたから、しっかりワタシの気持ちが伝わったと思うけど……どう?」


「はい……胸に、ポッカリ穴が空いたみたいで……怒りも憎しみも湧かないくらい……しばらく、立てない、です」


「そう。それがワタシの気持ち……それを理解することが、ヨモギちゃんへの罰」


 相手に自分と同じ苦しみを……『目には目を歯には歯を』なんて言うけれど、目に頼った仕事を誇りにしてる人とそうでない人ではそれも等価交換にはならない。

 けれど……アトリさんは、それを私に飲ませたスープで完全に等価にして見せた。手に持ってるのは確かに彫刻刀だけど、私を傷付けようとしたわけじゃなくて自分の指から血を出してスープに加えるためだったらしい。

 虚脱感に耐えながらアトリさんの顔を見ていると、その眦から涙が滲んでくる。どうして?


「そして……これは、ワタシへの罰。あいつが歪んだのは……きっと、『私』が死んだから……ヨモギちゃんを泣かせたのは、ワタシが悪いよ……」


 ……そっか。

 私に口移しでスープを飲ませたときに、アトリさんも一緒に飲んで、私のさっきまでの気持ちを、理解してくれたのか……私が、本当に謝りたいと思った気持ちを。泣き出してしまった時の気持ちを。


「怒られると……思ってました……」


「怒らないよ……ただ言葉で赦すだけじゃヨモギちゃんが辛くなるような気がしたから、一人になったら壊れちゃいそうだと思ってたから、その前に会おうとしてたんだから……『私』は恨んでないよって、気持ちだけでも伝えたかっただけなんだから……」


 涙を拭いながら、手の隙間から言葉をこぼすアトリさん。

 ああ……そっか。

 私が狂信者さんに助けてもらったように……アトリさんは、あの人を自分で助けるために、探してたのか。


「ああ、もう……ごめんね。彼が死んでるっていうの聞いたときに、それなりにちゃんとこういうことも覚悟してたつもりなのに……」


 …………。

 ………………。

 ……いま、なんて?


「ア、アトリさん、ちょっと待って……『彼が死んでる』って、それ、知ってたの?」


「え、そうだけど? あの後やっぱりグレちゃって、悪いことやったから誰かに退治されちゃったって……それをやったのがヨモギちゃんだから、それを謝りに来たんでしょ?」


「いや、確かにそうだけど……私は、アトリさんが探してる人が死んだこと自体知らないって思ってたから……」


「………………」


「………………」


 お互いに顔を見合わせる。

 事実に齟齬はない。互いに噓をついてはいないことは、たった今『気持ち』を共有した仲だしさすがにわかる。

 けど、だとすると……


「アトリさん、誰から、聞きました?」


「狂ちゃん。壊されたリィエルちゃんの部屋の資料探してるときに調査資料の一部だけ見つけたって……修行に出ていく前に、戦線離脱するかもしれないし約束されてた報酬の情報は受け取っておくべきだって……ヨモギちゃんも、狂ちゃんに?」


「気付いたのは最初の食堂でだけど、その後はテーレさんに相談して……テーレさんが、嘘が言えない狂信者さんには内緒でって」


 つまりは、そういうことらしかった。

 狂信者さんとテーレさんはお互いにそうと知らずに、告白する側とされる側に情報を与えて、意図せず私たちが直接話をしたときの衝撃を最小限にしたらしい。


 私がテーレさんに噓をつかれた可能性はないことはないけど、嘘の言えない狂信者さんが人間観察力のずば抜けたアトリさんに『都合の悪い質問をされる』という危険のある状況を作るとはあんまり思えない。それなら、全部テーレさんに任せそうな気がする。

 というか、狂信者さんは戦力ダウンの危険があってもあくまでも誠実に、アトリさんがクロヌス領に味方する理由だった報酬の情報を渡したのだろう。で、戦力ダウンすると困るからってそういうことに反対しそうなテーレさんにはそれを黙っていたと。


 どっちも意図せず、一番適切な役割を偶然に果たしていた。

 その人知れぬ『幸運』があったからこそ、アトリさんは私の告白を『誰がやったかわからなかった介錯をしたのが私だった』っていう事実として受け止めることができた……と。


「ニャハハ……全く、狂ちゃんには勝てないにゃぁ……」


 一歩間違えば、私が飲まされていたのは本当に昔話の魔女の呪いみたいにカエルか石にでも変えられてしまうような『料理』だったかもしれない。

 過ぎ去った人生の瀬戸際を改めて理解して今度こそ完全にへたり込む私を見下ろしながら、アトリさんは……


「さ、て、と……それはともかくとしてニャ」


「な……なんでしょう……」


 口調を戻したアトリさんが、私を見下ろす瞳を獲物を前にした猫のように細めながら、ニンマリと頬を吊り上げて私に顔を寄せる。


「ヨモギちゃんがそこまでの覚悟して、謝りたいと思った気持ちを無下にしちゃいけない気がするニャ~。どうしようかニャ~? ワタシも、気分転換したいしニャ~?」


「え、罰は済んだんじゃ……」


「ヨモギちゃん、確か『なんでもする』って言ってたニャア?」


 …………確かに、言った。

 ここに来る前はそこまで言う気はなかったけど、溢れ出した罪悪感と勢いっていうか、流れというか、そういうものでつい口にしてしまった。

 というか、未だに能力は使えないし、さっきの虚脱感が抜けてなくて身体は動かないし、何よりアトリさんの瞳孔がいつもより開いてて怖い。


「回数とかも、なーんにも言ってなかったかんじゃないか、ニャア?」


「一回……いや、せめて三回くらいまでで……」


「ニャハハ、知ってるかニャ? 『なんでもさせられる権利』って、一つだけでも相手の絶対させられたくないことをちらつかせるだけでそれ以下のお願い事はいくつでも叶えられちゃう不思議な権利なのニャ。そんなものを口にするなんて、とっても覚悟がいることニャ」


「うぅっ……せめて、痛いこととかだけは、勘弁してください」


「ニャフフ……いいニャ、『痛いこと』はしないって約束するニャ。けーど……ワタシ、このままじゃしばらく眠れそうにないニャア。ヨモギちゃんも不眠症なんてなったら美しいお肌が台無しにゃ。だから……」


 アトリさんの瞳がさらに近付いてきて、私はハッとした。

 アトリさんはさっきまで、私よりもずっと冷静に見えていた。けれど……私と気持ちを共有して同じだけのショックやストレスを受けていたのに、平常心でいられるわけがなかった。私の人生の先輩として気を張って落ち着いているように見せていただけで、狂信者さんの干渉があったと認識したことで、その気が緩んでしまったらしい。

 今の彼女は……


「ワタシが眠れるまで、ヨモギちゃんのこと好き放題にさせてもらうニャア。『痛いこと』以外のことは……全部、付き合ってもらうニャァゴロロロ……」


 日の沈んだ工房で、その日焼け肌は闇に溶け込み、瞳孔の開いた二つの目が地に伏せったままの私を見下ろす。私からは影になって見えるその姿は、人を食べてしまう黒い化け猫の妖怪みたいに見えた。


「や、優しく……してくださいね……?」


 前世では『美しさ』の研究材料として何人もの『恋人』を持っていたというアトリさん。『加工』として自分に『恋をさせる』という技術を極めながら、それぞれの『恋人』を真剣に愛していたという彼女の夜の姿は……子供向けの絵本に書けないようなタイプの、夜も眠れなくなってしまうような怖い魔女だった。







side テーレ


 蓬が意を決してアトリに謝りに行った日の翌々日、昼過ぎ。


 未だに工房から姿を現さない二人を心配しながらも、扉にかけてあった『仲直り中、立ち入り禁止』という表札を信じて屋敷の居間で待ち続けて……ようやく姿を現した二人は、対称的だった。


 アトリは何やらスッキリした表情で肌艶もよくなっていて、逆に蓬は疲れ果てたように居間に来るなり椅子に腰を落としてテーブルに向かって突っ伏した。すぐに隣に席を寄せてよく見た感じ、怪我とかはなさそうだしやつれてもいないけど……


「だ、大丈夫? 精気とか吸われた?」


「…………だい、じょ……ぶ……かい、ふく、りょぅり……なん、ども……たべ、た……から……」


「とても大丈夫に見えないんだけど。何されたらこうなるわけ?」


「うぅ……タコ……あし……うご、く……ゼリィ……ぬる、ぬる……」


「断片的にだけど、あんたがとんでもない目にあってたことはわかったわ……その、なんていうか……強く生きなさい」


 相手の生き甲斐とも呼べる相手を奪っておいてその復讐(償い?)が一日や二日分の、命は取られない程度の責め苦で済んだら大分マシな方だろう。

 アトリの能力でいくらでも回復できる分、一瞬たりとも休ませてもらえなかったのかもしれないけど、それはそれとして。本人が大丈夫だと言えてここまで会話ができるなら、その内治る。


 元々、精神の具現化である『守護者』が並外れた強さになるってことはそれだけの精神力があるってことだし……うん、普通の人間なら一生トラウマになるか精神崩壊してもおかしくないような精神的拷問を受けたとしても耐えられるだろう。たぶん。


 居間と隣接したキッチンから鼻唄と共に漂ってくるアトリ手製の昼食(ブランチ?)の香りに肩をビクつかせているけど、まあ大丈夫だろう、きっと。


「うぅ……テーレ、さん……わたし……しらなかった……いたくなくても……きもちよくてもつらいことって……あるんだね……」


「本当に何やられたの……何か私にできることある?」


 私の質問に、突っ伏したまましばらく沈黙。

 もしかして力尽きて眠ったかと思った辺りで、ボソリと。


「………………テーレさん……魔法、使えるようになったら……自分で……触手とか……つく……」


「蓬っ!? 正気に戻って! 貴重な常識枠に帰ってきて!」


 その後、薬で無理やり一日眠らせたらなんとか元に戻った。


 けど、少し前までアトリのことを避けていた蓬が妙に馴れ馴れしくなったアトリに絡まれて真っ赤な顔で逃げていく光景が見られるようになったのは、またさらに後日のお話だ。






『本日のまとめ』

(蓬)「ゆるしてください! なんでもしますから!」

(アトリ)「ん? なんでもって言ったかニャ?」


 このあとメチャクチャ[編集済み]した。


※少し特殊なシチュエーションの春画のモデルになっただけです。どんな作品ができたかはご想像にお任せします。

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― 新着の感想 ―
[一言] アトリさんや、幼気な子供になんて事を····· 蓬ちゃんはこれからもっと大変な事になりそうだから強く生きるんだよ!!!!
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