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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
八章:『彼/彼女』は何を欲するか

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第202話 『死都ウィルグ』

side 狂信者


 百年以上前に滅んだ場所でありながら、未だに何かが物陰で蠢く大通り。

 今はまだ日の高い昼間で彼らは日光の下に出てこようとはしませんが、夜になれば百鬼夜行もかくやという光景が見られることでしょう。

 何せここは……


「死都『ウィルグ』……かつて、大戦末期に包囲された都市がそのまま内部分裂し、生き地獄が本物の地獄を呼んでしまった死の都、でしたかね」




 この世界において、『悪魔』とは基本的に人間霊が変質したものをそう呼称します。


 人間の魂は、肉体の死と共に劣化を始め、生前の記憶や感情を損耗していく。とは言っても、死者の多くは死亡直後か周りの人間の弔いによってすぐに天界に還ってしまうので、本来は劣化を気にする必要はあまりありません。


 しかし、現世への未練、特に憎悪や怨念の類が強い魂は自然浄化されにくく、また魂の劣化による損耗でもその手の『負の感情』が最後まで残りやすい。

 死亡直後に天に還り損ねた魂は『死霊』、魂の持つ感情が劣化を始め周囲に悪影響を出し始めた状態を『悪霊』と呼びます。


 そして、さらに劣化が進むと先に磨耗する負の感情以外の部分……幸福な記憶、喜び、希望、楽しさなどが消失すると、人間の魂は均衡を失い完全な変質を始めます。

 人間とは、正と負の感情を両方とも持ち合わせていなければ人間たり得ないと言うべきか……あるいは、正の感情を完全に思い出せなくなったが故にそれを求めるようになるのか。いずれにせよ、その領域まで至った魂は、依り代を求めて積極的に受肉を試みます……それが『悪魔』です。


 『悪魔』には、知能について個体差があります。

 知能の低い個体は、とにかく手近な物質を依り代としてしがみつくだけに留まります。これに関しては、基本的に『そこにあるだけ』ならばさほど問題はありません。多少、周囲でよくないことが起こりやすくはなりますが、何もしなければその内に劣化して消えます。


 しかし、これと思念波の波長の近い人間が接触してしまうと、物品に宿った悪魔と共鳴し、磨耗した分を補うように寄生されてしまい、ある程度の力と引き換えに魂を消耗する……いわゆる、『悪魔憑き』の状態になります。

 この世界ではよくある『曰く付きの骨董品を買ったら子供がおかしくなった』というような事件の原因です。思考力がほとんどなく無差別に被害を与えるこの手の悪魔は存在そのものが『呪い』に近いものなので、誰かが意図せず自然発生してしまった呪いのアイテムという表現もされます。


 そして、ある程度の知能を持つ個体は、憑依の対象を動植物やその死体に絞っていきます。元から思考するための回路ができている器に乗り移ることで、劣化した分の機能を補うことができるからです。

 しかし、それでも一定以下の知能ではその機能を十全に操ることができず、人体に入ってもバランスが取れず這うように動いたり、あるいは支えを求めて手足を増やしたり、その肉体を補強する材料として他の生物を襲うための牙や爪を生やしたりと、異形の姿へと変貌しやすくなります。


 そして、知能が一定以上高い悪魔になると彼らは憑依した肉体の思考回路の一部を完全に乗っ取り、生きた人間とほとんど変わらない高度な思考や人格を得ることができます。

 劣化した感情を憑依対象の魂から少しずつ削り取るようにして生前の思考に近付け、相手の思考を理解して共感するような振る舞いを取ります……とは言っても、表面的な部分はともかく正の感情が劣化しているので、他人への思いやりや倫理観、正義や善意の類は相手を安心させるために取り繕っているだけというのが普通なのだそうですが。


 このレベルの知能を持つ悪魔は、劣化していく自身の魂を補うために生者から魂を奪わなければならないものの、それが生者にとっては不都合な行為であること……つまり、一方的に強奪すれば抵抗、あるいは浄化されてしまう危険があるということを理解し、自らが生者にとって有益な存在であるように振る舞います。

 主に、その対象者が持つ願望を感じ取り、魔法的干渉でそれに見合った現実改変を補助する(それ以外の『雑念』を抑制する)という形で。

 これが、いわゆる『悪魔との契約』と呼ばれるものの実体です。


 ライリーさんの自称する『夢魔』は、知能は高いものの比較的安全で力の弱い部類の悪魔です。

 人間の性的願望を感知し、現実への影響の小さな精神世界のみへの干渉……つまり、夢という操りやすい部分への干渉で人間の欲を満たし、その対価として魂のごく一部、そこに含まれる記憶やその感情を受け取るというもの。

 こうやって言えば便利に聞こえますが、簡単に欲望を満たしてくれる上に現実的な被害が見えにくいので、知らぬ間に依存症になってしまい、周りが気付いたときには魂がボロボロになっていることもあるとか。


 そして、知能も高く力も強い『大悪魔』はベテランの神官であろうと馬鹿にできない存在となります。

 そも、悪魔の『強さ』とは内に秘める『よくないもの』の強さ。そこにあるだけで世界や運気をねじ曲げる重力のようなものです。


 魔力に満ちたこの世界では、『霊体』というのは大気に満ちる魔力の密度の波のような形で存在するそうですが、大悪魔ともなれば生み出す密度差も桁違い。

 生きた人間も魔力保有量が大きいということは周囲の大気との『密度差』が大きいということなのですから、大きな密度差を生み出せる悪魔が人間に取り憑くということはそれだけで一度に使える魔力が増えるという見方もできるでしょう。


 それに、知能が高く多くの人間から魂を奪っていれば、それだけ感情や記憶といった情報量も増えて複雑なことができるようになります。自ら考案した術式で魔法を使ったり、複数人の精神に同時に働きかけたり……そうして、大規模な『儀式』を行ったり。




 説明が長くなりましたが、私の今いるこの死都は最終的には、まさしくその大悪魔によって滅ぼされた防衛都市です。


 古いことで詳しい文献が残っていないそうですが、この都市は敵に包囲されて籠城が続き、内乱が頻発して住人が負の感情を募らせていた……言い方を変えれば、空気があまりに悪かった。

 そして、そういった場所では魂が自然に天に還らず、悪い方向への変質が早まり悪魔が生まれやすくなる。


 包囲された都市の中で生まれた逃げ場のない鬱憤や恨みは人知れず生まれた悪魔を核として結晶化するように大悪魔を生み出し、その大悪魔はその生まれの元となった『この状況が終わってほしい』という願望を叶えるかのように大儀式を行い、都市の住人を悉く死滅させ、そのままここを悪魔の都に変えてしまった……と、語り継がれているそうですが、実の所どうなんでしょうねえ?


「ライリーさん的にはどうですか? ここの空気は、心地よかったりしますか?」


『確かに力は集まりそうだけど……なんか、美味しくない感じ。古くて乾ききってるみたいな』


「まあ、そうでしょうねえ。百年も経っているのに建物は綺麗ですが、これは保存がいいというより虫も植物も育たないせいで分解しないというだけみたいですしね」


 原理的に言えば、生者のいない死都に閉じ込められた悪魔は、新しい魂を補給できず次第に劣化していきます。

 しかし、今でも悪魔の生態系が存在している……調査隊の報告によると、悪魔たちは共食いを繰り返して自分より弱い悪魔から魂を強奪しているそうです。そして、その際の『食べこぼし』が悪霊未満の欠片となり、寄り集まって最下級の悪魔が自動生産されている。


 つまり、この死都にいる悪魔はそのほとんどが既に生前で『誰だった』というべき存在ではなく、千切れて合わさりまた千切れるを繰り返して混ざり合ったものたち。『人間』としての形状すらとっくの昔に忘れて異形の姿を取る悪魔。

 依り代となっているのは、死都となった時に大量に生み出された都市の住人の死体が悪魔の依り代として食物連鎖に巻き込まれて風化しながらもまだここに囚われている『塵』です。


「原理上は、ろくに魂の補給がないために放置しておけばいずれは悪魔も劣化しきっていなくなるそうですが……こうして飢えているところに新鮮な魂があれば、近くにいる悪魔は寄ってきますよね。まあ、縄張りのようなものがあるそうなので都市中から一気に集まっては来ないはずですが。今のうちに陣地設営をしてしまいましょう。ライリーさん、周囲の警戒はお願いします」


『周りは悪魔だらけであんまり役に立たないかもだけど、とりあえず日の下には出てこないみたいだから安心していいよ』


 丁度いい開けた場所を見つけたので、テーレさんの用意してくださったシートとテントを設営し四方に高濃度の聖水を注いだ小壺を配置して安全地帯を用意します。シートとテントには呪紋(ルーン)が施してありますが、呪紋(ルーン)の強度や持続力はそれを刻むために使った魔力に依存しているので、消耗に気を付けなければなりません。


「ここならば、日中は常に日光が届くので昼間に眠って夜に戦う分には問題ありませんね。一応、警報用の結界もありますし」


『万が一の時には浄化の光で一気に片付けちゃえばいいしね』


「戦闘経験を積みたいので、なるべく白兵戦で依り代を砕いて無力化したいところなんですがね」


 依り代を砕けば、悪魔は分裂して霧散します。

 これがこの死都の外でのことならすぐにまた別の依り代に収まるかもしれませんが、ここはもう割り込む隙もなく満員ですから。そして、霧散した悪魔はまた寄り集まって最下級の悪魔となり循環する。都市の外の結界がなければ砕かれて不安定になった時点で天に還ってもおかしくないのですが。


 浄化を使わずに戦っていれば修行の相手に事欠くことはないのですから、当面は浄化はなしの方針でいきます。そして、十分に戦闘経験を積めたら最後には派手に浄化させていただきましょう。

 それに、下手に浄化しまくると遠くからも救いを求めた悪魔が集まってくる可能性がありますしね。


「この街を死都に変えた大悪魔……調査隊の方々の報告では、現存するかどうかは不明とのことでしたが……」


 大悪魔ともなれば消費する(カロリー)も大きく、さらにその人格や知能を保つためには生の人間の正の感情を多大に必要とする。であれば、死都となったウィルグでは既に知能を失い大悪魔としての力も残っていないというのが見解としては主流だそうですが……もしも、まだ大悪魔としてあり続け、しかも調査隊の前にはわざと姿を出さなかったとしたら……というのは、邪推推測憶測の類ですかね。


「ライリーさん。いざとなったら、いつでも本気で『浄化』を使うつもりですので、戦闘開始したらなるべく私の奥に隠れていてくださいね。死角からの不意打ちに対する反応なども、修行の一環ですので」


『わかった……じゃあ、アルジサマが寝てる間の警戒は任せて』


「はい、助かります」


 ここに来た目的は私の戦闘経験のためというのもありますが、実はそれと同時にライリーさんの能力の拡張という狙いもあります。

 探知能力の熟達や、本場物の悪魔を無数に観察することによる『悪魔』としての能力の使い方の学習……そして、これはあまり好ましくありませんが、私がこの死都で活動し、悪魔を倒すことで被るよくないものの吸収。


 RPGでよくやるパーティー名義での経験値共有を利用したレベリングのような感覚に近いかもしれませんが、ライリーさんが悪魔としての強さを手に入れるのは良いことばかりではないので避けたいものです。

 かなりの微妙なバランスで状態を維持している今のライリーさんですが、呪いを集めすぎて完全な『悪魔』となってしまっても困りますしね。


「ライリーさん、今日は来る途中の馬車で眠ったのであまり眠くはありません。なので、夜まで話をしませんか?」


『話って、なんの話?』


「何でも。せっかく人目を憚ることなく会話ができるのです。せっかくなので二人で楽しめる話をしましょう」


『じゃあ、アルジサマが前言ってた「映画」のこと教えて! ゾンビ映画の他にもいろいろあるんでしょ? 怖くないのある?』


「ええ、構いませんよ。では、まずはハッピーエンド縛りで行きましょう」


 ライリーさんの精神状態に異常が出たらすぐに退去できるようにというのもありますが、それ以上にライリーさんが『よくないもの』に取り込まれないように、楽しい話をしましょう。


 ライリーさんには、ただの悪魔(武器)ではなく、楽しく話せる間柄でいてほしいですからね。









 これまでちょっとフンワリしていた『死霊』『悪霊』『悪魔』についての解説回。

 さらに天使と転生者を含めて『死者』の分類を要約するとこんな感じです。


『天使』

 属性:聖

 知能:高

 存在:超安定

 主に生まれることのなかった胎児から創られるため、無色の魂に天界の属性を浸透させて神聖属性に偏らせている(例外個体あり)。

 人間と同等以上の人格や精神、さらに天界の知識(データベース)にアクセスできる権限がある。神々の権能により存在が保護されているので安定性が高いので寿命が長く滅多に消滅するようなことはない。

 

『転生者』

 属性:中立

 知能:中

 存在:安定

 生前の情報がほぼ劣化していない状態で新たに受肉しているためほぼ生者と変わりなし。だが、独立性の高さによる安定の反面、肉体を失ったときの魂の不安定さは並の人間よりも大きい(霊体が残りにくい)。


『死霊』

 属性:中立

 知能:やや低め(個体差あり)

 存在:若干不安定

 まだあまり劣化していないため、生前と同じような会話や思考が可能(一般的な『幽霊』の段階)。しかし、表面的にそうは見えずとも劣化は始まっており、物忘れや現実認識への齟齬が現れ始める。

 肉体がなく精神だけで現世に留まっているため、浄化や未練の解消などふとしたことで天に還る。


『悪霊』

 属性:邪

 知能:低い(個体差あり)

 存在:不安定

 劣化が進行し、楽しいことや嬉しいこと、幸せだったことがほぼ思い出せなくなり、暗い感情の記憶ばかり想起する内に世界を呪うようになり、悪循環で劣化が加速する。また、不安定さを補おうと物質的な依り代を求めることもあるが大抵は現世にしがみつく楔程度にしかならず劣化は進行し続ける。

 常に発される呪いにより存在するだけで周りの運気を低下させ、集まれば『死都』のような負のパワースポットが生まれる。


『悪魔』

 属性:邪

 知能:ほぼ無~高(個体差あり)

 存在:やや不安定~安定

 一線を越え、他人の感情を取り込むことで安定する術を得た段階。依り代の利用や精神への寄生、感情記憶の搾取により存在が安定する。

 しかし、そのために生者の生み出す感情を取り込み続ける必要があり、それは言い換えれば自身の『劣化』を生者の魂へ押し付けているのに近い状態となる。複数人から少しずつ奪う、または一時的な寄生ならば生者の回復力で深刻なダメージにはならないが、依存関係が深まれば精神の融合に近い状態になる。

 悪魔の『強さ』と『知能』は必ずしも相関関係にはなく、強いが知能の低い悪魔は心を許した人間を絞り尽くすまで強奪をやめず、夢魔のように弱いが知能の高い悪魔は自身を維持するため必要な分を複数人の精神を渡り歩いて集めたり、被使役関係に甘んじたりする。

 そして、強くて知能の高い悪魔は操った一人を呼び水に惨劇を起こして弱った周囲の人間の精神を侵す、あるいは人間を呼び込む罠などを作って安定した供給システムを構築する傾向があり、天界がその兆候を感知した場合、適宜天使が派遣され悪魔の討伐に当たる。

 しかし、中には人間の権力者が天使を退けるために作った結界(かつて神器回収を拒んだ時代のものが多い)に逃げ込み、自らの領域としてしまう場合がある。




 これまで若干曖昧にしていた部分もあるので『悪霊』とか『悪魔』の呼び方について(ゾンビ周りとかて特に)『それだとあの時の表現はちょっとおかしくない?』って思う部分があってもご容赦ください。

 鷹と鷲の関係とか出世魚みたいなものなので。ものの定義とは言葉ではっきりしきらないこともあるんです(仮にも小説書いている人が言っていいのやら……)。


 ちなみに今作での『思考実験悪魔』に関してはそもそも『死者』である必要がない部類の存在なので今回の解説とは別枠です。

 そちらは後々、別の機会に。


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