第198話 秘宝、貸し出します
side テーレ
奇襲を受けたとはいえ、こちらは決して『寡兵』ではなかった。
クロヌス領大領主、ライエル・フォン・クロヌスの近衛兵は彼のお抱えの私兵に等しい……その実力は、地方の兵とはいえ低いものじゃない。
少なくとも、世襲とかを認めていない分、彼らは慢心せず地道に訓練を重ねてきている。冒険者上がりも多くいて、実戦経験にばらつきはあるけれど決してお飾りの警備という程度の実力じゃない。軍人的な統一カリキュラムだけじゃなく、それぞれの特技を伸ばすような訓練、才能があるものには魔法の訓練なんかもされている。何日かマスターに付き合って訓練場に入り浸っていたから言えるけど、生存に厳しい激戦区でもない平和な都市の兵としては、彼らは十二分に鍛えられていた。
ドラゴンや怪獣ゾンビ、それに巨大な異形を目の前にしても冷静さを失わない彼らは精神的にも十分に実戦に臨める実力がある……私には、そう見えた。
そう、見えていたはずだ。
けれど……
「子供に見えても油断するな! 集団でかか」
「こいつ鞘も抜かずに」
「いつの間に目の前」
小さな剣士が剣を鞘から抜くこともなく、俊敏に兵士達を殴打し、沈黙させていく。
「訓練通りパーティー単位で動け! 周囲に警戒を」
「待て! さっきのピエロどこに行った!?」
「おい、どうしたその傷!」
「ヒホッ、ヒホホホホッ!」
何が起きているのか把握できないままに、笑い声と共に放たれる謎の攻撃に血飛沫が舞う。
「喰らえ侵入者共!」
「巻き添えを食らうなよ!」
遠距離での数の有利を活かした集中攻撃。
その対象は、おそらくここに現れてから一度として動いていないであろう密集した数人のマント。
だけど……その内の一人が手を掲げると、透明な障壁がそれらを悉く弾き飛ばす。
そして……
「ふん……雑魚NPCが」
もう一方の手で練り上げられたエネルギーの球体。
それが解き放たれると、押し寄せた集中放火を遥かに超える波動が近衛兵たちを襲う。
それでも範囲攻撃をどうにか切り抜けて斬りかかろうとした兵士の前に立った、障壁や波動を放ったのとは別のマント。
そいつは、剣も盾も持っていない両手を前へ向けて上げた。
いや、あれはマントに隠れているだけで無手じゃない。
「取り巻きの処理はお任せを」
十数発、正確には数えられないほどの連続した爆発音……いや、銃声だ。
この世界の人間を、鉛弾くらいでは倒れない兵士を確実に殺すための、特製弾の高速連射。それが、無機質に、無慈悲に目の前の命を奪っていく。
……見知った顔が、組手でやり合った顔が、軽くだけど言葉を交わした彼らが、その身を散らしていく。
「くっ……まさか、ここまでだなんて……」
蓬も荒野耕次も戦っている。
蓬は怪獣ゾンビとドラゴンを相手に巨大な魔人を展開している。蓬の『守護者』がパワーで上回っているとしても、熱や痛みに怯まない怪獣ゾンビを盾にして空中の安全圏から一方的に攻撃してくるドラゴンに押されているように見える。
荒野耕次は結界の壁で異形の怪物を囲んで閉じ込めようとしているけど、あの結界は性能と体積が反比例する。攻撃を反射できる性能を保つために結界を広げて範囲内に取り込むのではなく極薄の壁として伸ばして、変形しながら結界を回り込もうとする怪物とギリギリのイタチごっこを続けている。
分が悪いけどマスターの『恩師の加護』を真正面から押し切るパワーに対処できるのは力の絶対値に関係なくその流れを操作できる荒野耕次しかいないために誰も加勢できない。
どちらも、それぞれにしかできないポジションだ……けれど、どちらもそれを何とかこなしているような状態で他の相手に構える暇がない。
私は……
「ぐっ……このままでは、あいつらが……」
荒野耕次が運んできたマスターとライエル、この二人を守って構えているしかない。
それは、敵のリーダーらしき人間の注意がこちらに向けられているから……目だった動きを見せていないそいつは、こちらの隙を待っているから。
何かわからないけど……目的は、この二人。
ライエルは誘拐しようとしたし、あの怪物がマスターを殺しかけたときには止めようとした。他の人間には誰にも『殺すな』というようなことを言っていない。
マスターとライエル、この二人が目的。
マスターには骨折を治すために魔法薬を渡した。マスターは無理にでも【過剰回復】を使おうとしていたけど、魔法の行使で重要な呼吸器系も損傷してたし、あの異形の怪物はマスターが戦闘不能になったと見えてから明らかに動きが鈍く……士気が低くなったから、下手に急回復すると荒野耕次が死ぬと言ってやめさせた。
動きが鈍っているからこそ、荒野耕次がどうにかその動きに対応できているからだ。それでも常人には反応できないような速度だけど。
私は既に【失敗率証明】を一回使っていて、残り二回。
一回目はあの剣使いの攻撃が『失敗』する形で、マスターが割り込みに成功した。かなり自然な形での『失敗』ではあったけど、何かの違和感を覚えているかもしれない。
あるいは、どこかで得た私の情報から能力を推測しているか……回数制限までわかっているかどうか、魔法の確実性がわかっているかどうか。それらはわからないけど、隙を狙っているのは私が『妨害』できないタイミングを狙って何かをしようとしている可能性が高い。
私はあの異形の怪物……『土蜘蛛』と呼ばれた怪物の動きに反応できなかった。気を抜いていたわけじゃないけど、加速が想像を遥かに超えていて、動揺から発動タイミングを逃してしまった。
今の私は限界まで気を張って警戒しているから、次にあれが来たらなんとか失敗させられる。
けど、この状態で他のサポートは無理だ。
蓬と荒野耕次が最大限善戦できても、近衛兵たちは相手の実力と全く釣り合っていない。
このままだと……負ける。ジリ貧だ。
どうすれば……
「テーレさん……一つ、一か八かの賭けかもしれませんが……」
「マスター!? まだ無理しちゃ……」
「大事なことです……今、ライエルさんと、テーレさんしかできない、重要なことです」
マスターが耳を寄せるように仕草で示す。
普段ならマジックアイテムの念話を使うけど、今のマスターは治しにくい呼吸器の回復のために魔法を集中している……それくらい厳しいダメージを堪えながらも、言わなきゃいけないことがあるということだ。
ライエルと私が、警戒を続けながらもそれに従うと……マスターは、私に告げた。
「…………え?」
私は、生まれつき性格がひん曲がっている。
人の嫌がることをするのが心地よくて堪らないし、してはいけないことはむしろしたくなる。
この『悪意』と呼ばれるものは、相手の『弱み』を知ればどうするべきかを指し示してくれる……自分が相手だったら、何をされたくないかがわかってしまう。
だからこそ、私は……すぐに、マスターの口にした情報から論法を組み立てることができた。
そして、まず声を張るのはライエル。
大領主たる男は、敵のリーダー格に向けて叫ぶ。
「『森の民の遺産』は誰にも見つけられぬ場所に隠した!! これ以上の横暴を働けば貴様の求めるものは二度と日を浴びぬものと思え!!」
その怒声に、リーダー格のマントが明らかに動揺を示して揺れた。
確証なしの一か八かの賭け……それでも、相手の動揺を誘うために確信を持っているかのように、まだ明かされていないはずの敵の目論見……そして、隠されているはずの敵の正体をほのめかす。
間違っていれば、あちらにとっては意味不明な言葉だったはずの叫びは……確かに、明らかな関心を引いた。
「……攻撃をやめろ! 話を聞く!」
戦闘が一時的に中断する。
互いに距離を取っての睨み合いの状態になるけど……やっぱりこちらの旗色が悪い。蓬も荒野耕次も不利な状態が続いたせいで精神的な消耗が激しいのか息を切らしているし、倒れて立ち上がらない兵士も多い。
戦闘が再開したら今度は……
「……クロヌスの大領主、今の話はどういう意味だ?」
敵のリーダー格は、勝っている側であるからこその余裕なのか、話に応じる姿勢を示す。
ライエルは、立ち上がり、堂々と胸を張る。
「……そのままの意味だ。『あれ』は物理的な破壊が困難な代物だ。故に、固く封じて隠した。いかに貴様らだろうと、あれだけ徹底的に封印が施されてしまえば魔法だろうと擬似権能だろうと見つけ出すことは不可能だろう」
「破壊不可能であることを知っている……破壊しようとしたのか?」
「いいや、気付いたのは偶発的なことだ。だが、お陰でどんなに荒い方法で封印しようと問題ないことがわかった。溶けた鉛で固めようが、どんなに深く埋めようが、底知れぬ海底に沈めようがな」
「貴様……」
確かな動揺。
それは、目的のものが見つからないということに対する反応じゃない……それ以上に、大切なものを踏みにじられたことに対する怒りを感じさせるものだ。
そして、それに対して他のマント達には同じような動揺は見えない。その違いは、襲撃目的への明らかな意識の違いを示している。
やっぱり……マスターの感じたことは、合っていた。
『あの中央の一人と他のメンバーで……意識に違いが見られます……それに、私とライエルさんだけを欲しているのなら……その目的はおそらく……』
不確定な賭けには勝った。後は、それによって得たチャンスを掴めるかどうかの問題だ。
ライエルは虚勢でありながら堂々と胸を張り、叫ぶ。
「力尽くで奪おうというのなら、秘宝は再び闇へと消える! 俺やこやつを捕らえ拷問したとしても、貴様らが情報を得る頃には二度と手にできないものになっている! だが……貴様らが大人しく帰るというのなら、目的のものをやらんことはない」
「……いいだろう、言え。どこにある?」
「ああ、教えよう。だが、その前に……手を出さぬと誓え」
「ああ、誓ってやる……これでいいか?」
「いいや……俺と狂信者との取り引きを守ると、貴様の信仰に、先祖に、そして己にとって最も『価値』のあるものに誓え。声に出し、今ここで誓え!」
「……っ!」
その言葉に、一際大きな動揺。
やっぱり、そうだ……他のマントたちはそんな様子を見せていないけど、リーダー格だけは別……あのマントの下はおそらく『森の民』だ。
それも、提示された物品、奪おうとしている『森の民の遺産』に対して特別な意識と意味を持つ……信仰者として、民族としての意識を強く持つ確信犯。
マスターが感じ取った……敵を騙すことに躊躇いはなくとも、自らの信仰への嘘には激しい抵抗を覚える、真性の『誇り』の持ち主。
だからこそ、この圧倒的で理不尽な強襲を眉一つ動かさずに行える……そして、自らの信念に繋がる誓いを偽れない。
空から怪獣を投下するという下手をすれば多くの犠牲者が出るような大胆な作戦を指揮できるのも、決して単なる残虐さや狂気によるものではなく、『正しいことのためにやっているから』という信念に基づいた理性的な判断によるものだからだ。でなければ、これだけの戦力を任されることはない。
マスターが感じ取ったのは、その自分と似た者の行動から滲む迷いのなさだったのかもしれない。
あまりに直感的で分の悪い賭けだった。
けれど……十数秒の沈黙の後、敵の信仰者はゆっくりと首を縦に振った。
「我が名に、祖霊に、血に宿る誇りに誓おう……我らは、目的の品を手にした後、大人しく撤収する」
「そうか……」
そう答えたリーダー格に、異論があるのかのように顔を向ける他のマントたち。けれど、リーダー格は彼らを睨み付けたのか、反論の言葉は出てこない。
こちらも、蓬と荒野耕次も動かない。このまま戦いを再開すればどうなるか、それを誰よりもわかっているのは敵の力を肌で感じたあの二人だ。
「さあ、言え! 『黒の祭壇』はどこに……」
「ここですよ、痛っ、お求めのものは、これなのでしょう?」
マスターが身体を起こして……黒衣の懐から、宝石のはまった黒い板を……『黒の祭壇』を取り出して、振ってみせる。
「……っ! 隠していたというのは、嘘か」
「いいえ……私が隠し場所だった、というだけですよ。いざとなったら、異教大陸だろうがどこだろうが逃げれば見つけられなくすることはできますし……しかし、破壊不能で助かりました。そうでなければ、先程の一撃でこれは壊れ、私も死んでいましたね」
そう……あれは、マスターが常に肌身離さず持っていた。
そして、さっきの一撃で……左腕が攻撃を受けきれずに折れたとき、本当ならば胸を貫かれて死んでいてもおかしくなかったのだ。それが、幸運にもあのアイテムが『壊れない』という神器が稀に持つ特性を持つ物品だったから、死を免れた。同時に、その特性を知っていると示すことで、敵の動揺を誘うことができた。
「……本物、らしいな」
さっきの一撃で懐にありながら『壊れなかったこと』が、マスターの手にあるそれを『本物』だと裏付ける根拠となったらしい。
こうして現物を見て、状況的には完全にあちらの『勝利』が確定した。
戦力的には、今この瞬間に力尽くで奪うこともできる。破壊不可能な物品である以上、下手な動きをすれば壊すというような脅しも効かない。
迂闊といえばあまりに迂闊な行動だけど……逆に言えば、あちらにはもう武力行使をする理由がなくなった。この状態で『奪う』ことは、自ら立てた誓いを完全に破ることとなる行為だ。
たとえ口約束であっても、『契約魔法』への適性が高く常時暴走気味のマスターに対する誓いの破棄は強い抵抗感を与える。その誓いの対象が相手の行動原理に関わるものであれば、その強制力はより強くなるはずだ。
マスターは、相手の『信念』という急所を責め立てている。
けれど、もしも相手が『異民族相手の約束など守る必要はない』と言うような人間なら、これは裏目に出る。
危うい賭けの結果、振られたサイコロの目は……
「……一つ訊く、どこでそれを手に入れた」
「とある老師から、親類の『森の民』にと託されました。長い時をかけ見つけたものの、彼自身はもう動けないから……と」
「……奪ってどこかに売り払うつもりで、ではなくか?」
「いいえ、私は依頼を受けました。先払いの報酬も受け取っています……ですから、必ず届けるつもりです。今も変わらず」
「こちらに、引き渡すことを承諾しながら?」
「今はできませんが、近い内に返していただくつもりです。ですので何に使うつもりかはわかりませんが、扱いは丁寧にお願いします。私は、約束は守りたいと思っていますから」
「……そうか。いいだろう……転生者が約束を守れるのにこちらは守れないとなれば、血族の恥だ」
手振りで周りのマントたちに指示を出し、引き下がらせる。中には納得していないような仕草をする者もいたけれど、是非を言わさない態度に彼らは引き下がる。
ただ一体……異形の怪獣を除いて。
「……ガァアッ!!」
「土蜘蛛っ!?」
「っ! 『止める』っ!」
突然、雄たけびを上げて前進を始める『土蜘蛛』と呼ばれる怪物。
蓬の『火焔の魔人』はとっさにその側面から掴みかかり止めようとするけど……怪物はその妨害を、それこそまるで鍛えられた戦士が女子供の手を振り払うように肢を絡めて作られた『片腕』で弾き飛ばし、壁にたたきつける。弾き飛ばされたときのダメージが貫通したのか、蓬は衝突を防ぐだけの火焔と共に壁にぶつかり、力なくずり落ちる。
「ぐっ……ぁ……!」
「蓬!?」
目の前で起きたことだけど、信じられない。
物理的なパワーという点では転生者の中でも屈指であるはずの蓬の『守護者』を真正面から押し返し、蓬の本体が昏倒するほどのダメージを与えるなんて。
「くっ! これでどうじゃ!」
蓬の作った僅かな時間を使い、結界を展開して怪物を包囲する荒野耕次。
最小体積で怪物を完全に閉じ込めるために板状の結界を折り曲げ完全黒体の箱のようになった結界。先程まで逃げ回っていた相性の悪い能力で捕まえてしまえば、さしもの怪物も手も足も出ないかと思った。
けれど……
「————ァアッ!」
「ぐおぁ! ……なん、じゃと……」
あらゆる攻撃を自動で反射する設定になっているであろう結界面を、大鎌のような形状の肢の束が突き抜けて現れ、黒い空間の壁をガラス壁のように割りながら横薙ぎに切り裂く。
その『空間破壊』の衝撃により吹き飛ばされた荒野耕次は瓦礫に叩きつけられて沈黙する。死んではいないようだけど、至近距離で爆発が起きたかのような衝撃は深刻なダメージを受けている。
そして、怪物は大鎌状に変形させた腕を基本形に戻し、サソリ型を再構築しながら私とライエル、マスターの前に降り立ち……その巨体で、倒れているマスターを見下す。
間近に見るその姿は、とても人間とは似ても似つかないもの。
けれど……直感的に感じ取る。これは、『人間』だ。マスターに向けられる強い意志、妄執の視線は人間以外には発することのできないものだ。
その寒気のするような『負の情念』に思わず指を向け、魔法を放つ。
「くっ! 【斥力弾】! 【斥力弾】【斥力弾】【斥力弾】【斥力弾】【斥力弾】【斥力弾】!!」
私の放った魔法攻撃は……その身体を一ミリたりとも揺るがすことなく無為に衝撃を散らすだけだった。
反撃を予測して身構えたけど、そんな動きは一切なくて……まるで、何一つ攻撃なんてされていないみたいに。私なんて、敵とも思っていないみたいに。
土蜘蛛と呼ばれた怪物は……数本の肢でマスターの手から『黒の祭壇』を引き抜き、それとは別にもう一本だけ伸ばした肢を……マスターの額の上に真っ直ぐに立てた。その気になれば、今すぐにその頭蓋を貫けると示すように。
「必ず、逃げずに取り返しに来い……次は、『本気』を出せ……でなければ、殺す」
「…………了解しました。準備が整いましたら、今度はこちらから」
指一本動かせない緊迫の数十秒。
転生者の中でも常識外れの三人を真正面から打ち破った襲撃者の規格外な怪物は、『黒の祭壇』を奪い取ったまま、その巨体を床に突き立てた槍のような脚で投げ上げ、マントの集団の中に戻る。
『黒の祭壇』は興味なさげにリーダー格の手許へと落とされ、土蜘蛛はもはや戦意はないのかその身体を人間離れした巨躯ではありながらも人間に近い形に編み直す。
そうして、やっとあちらも意思統一が済んだということなのか、小柄なマントの剣使いが後ろを向き、剣の柄に手をかけた。
「……【次元切り】」
剣使いの目の前の空間が『裂けた』。
今この瞬間に空間を切り開かれたかのように、異様な『切れ目』が空中に現れ、小さく開いたその先にはどこかの森のような光景が見える。
あれが、幻覚とかじゃなければ……あの剣使いは今、剣で空間を切ってどこかの場所に繋げている。そんなもの、それこそ……神格の権能に近い。
いつの間に抜剣、納剣したのかもわからない。けれどわかるのは、私たちの『敵』にそれだけのことをしてしまうほどの力があるということ。
世界すら歪めてしまう剣技を披露した小柄なマントが頷くと、敵のリーダー格は声を張り上げる。
この空間にいる、マスターを含めた転生者たちに向けて。
「これは伝言だ! よく聞け! 『力の差を思い知っただろう。才能ある者同士、敵となるのが馬鹿なことだとわかったら、こちらに来るといい。我々「研究施設」は、お前たちの望むものを与えられる唯一の組織だ』……以上だ!」
一団は蓬との戦闘でほとんど動けなくなった怪獣ゾンビだけを残し、空間の亀裂の向こうへと去っていく。
後に残されたのは、満身創痍の転生者たちに、死屍累々の兵士たち。そして、ほとんど何もできなかった私と、目の前の惨状に肌が白くなるほど拳を強く握るライエル。
城壁を崩され、武力で圧倒され、秘宝を奪われた。
そして、目的を果たした末にもはや脅威ですらないとでもいうように、見逃された。いや……見下されていた。
どうしようもない、言い訳のしようもない、敗北だった。




