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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
一章:招かれざる『転生者』

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第20話 煽動

side 狂信者


 さて、美の女神によって第二の生を与えられた転生者、ですか。


 美の女神……この世界においては『イディアル』と呼ばれる女神ですね。

 元の世界では神として聞かなかった名前ですが、『理想的(ideal)』という意味の単語を元にした名称、あるいはその単語の由来となった神だとすれば、この世界の言葉の意味を翻訳した結果がそういった名前になるのも不思議はありません。


「なるほど、美の女神『イディアル』の手の者ですか。納得です。どうも初めまして、私は『狂信者』などと呼ばれている者です。容姿から日本人とお見受けしますが、日本で死亡し、女神の加護でこの世界に転生したという意味では御同輩である、という認識でよろしいでしょうか?」


「馬鹿じゃねえのこいつ。明らかに俺が敵だって話してて、なに丁寧に挨拶なんてしてるんだよ。馬鹿にしてんのか?」


「いえいえ、所詮私の言葉は推理と推測です。それを語ってみることでターレさんとあなたの反応を見たにすぎません。その結果は間違っていないようですが、初めから敵だと決めつけていては不要なすれ違いを生むかもしれません。人として、対話を必要とする相手との会話の起点として挨拶という記号を用いるのは合理的だと思いますが」


「大人な対応してやってんだから従者を返せとでも言いたいのか?」


 さっそく収穫が得られました。

 『従者を返せ』という言葉が出るということは、テーレさんの性質を理解しての行動。そして、この位置取りで『返す』というフレーズが出るということは、やはり遠隔で対象の行動を束縛できるタイプの能力である可能性が高いということです。

 やはり挨拶は大事ですね。


「つまり、やはりあなたの能力でテーレさんに干渉しているわけですね、名も知らぬ転生者さん? 察するに、特定の事物を操るような能力と見受けますが……そのような位置から距離を保って話しかけてくる辺り、もしやあなた本人は非力なのでは? 名も知らぬ転生者さん」


「……小柳だ。俺は小柳(こやなぎ)宗太(そうた)だ! めんどくせえ野郎め……俺が非力? 挑発のつもりか? だが、残念ながら『万物を操る』、俺の能力は俺自身の強さなんて関係ないんだよ!」


 転生者の少年……いえ、小柳くんが指を鳴らすと、彼と同じように二階の高さの通路にずらりと妙に煤汚れの目立つ盗賊らしき方々が並びます。その手には弓矢やボウガンらしきものが構えられ、こちらに向けられていますね。


「俺が合図一つすれば、てめえはハリネズミだ。それが嫌なら、ターレの言うとおりにしろ」


 やはり、ターレさんとの明確な協力関係が確定しましたね。

 ターレさんを操ってテーレさんを裏切らせているという可能性もありましたが、むしろ謀略の全容を把握しているのはターレさんの方であると。


「ふむ……なるほど。あなたの目的は転生特典(ジョーカー)の二枚持ちですか。私にテーレさんの自我を失わせ、忠実にした上で、手続きと称して譲渡させるか、私を操り譲渡させると。しかし私を操らないのは、操られている間の手続きとなると後々不正を疑われたときに譲渡が無効化される危険があるといったところですかね。それか、もしや『転生者』は操れないとか?」


「てめえ……状況わかってんのか? あんたは既に俺に負けてんだよ! 俺を非力なんて言ったが、本当に非力なのはチート能力の一つも持ってないそっちだろうが! てめえの特典の天使は俺の支配下、そして俺の手下に囲まれたあんたに逃げ場はない! この状況で余裕なふりしてんじゃねえ!」


 ふむふむ、小柳くんはなかなかに短気なご様子。

 転生特典を能力として持っていない私は非力ですか……まあ、確かにそういう見方もありますね。テーレさんへの命令権を能力として見るなら、実行力が体内にあるか体外に置かれているかの違いだと思いますが。


 しかし……『万物を操る』と来ましたか。

 まあ、『転生者』だけが操れないということはないでしょう。それならわざわざ他の転生者に姿を現して勝負する必要はありません。むしろ、最終手段としてか、あるいは機会があれば私も操れるからこそここにいる。となれば……


「クックッ……いや失礼」


「何笑ってんだ!」


「いやはや、『万物を操れる』能力者が手下を集めて弓矢で敵を囲むというのは酔狂な話だと思いまして。私なら相手の頭上の岩でも落とすか、床を操って潰しますよ。その方が合理的ですし、楽ですし」


 小さなどよめきのような気配。

 なるほど……着飾るのが好きなのですね、小柳くんは。そのコートも上等なものですし。

 しかし、仮に美の女神の信徒だとしても『虚飾』は罪ですよ。


「しかしまあ、テーレさんに干渉している以上、操作系の能力を持つことは事実なのでしょう。では、この状況はどうしたものか……小柳さん、あなたが万物を操れるにも関わらず無機物を操ることも思いつかないという可愛らしいミスをしているという場合を除くなら、『万物を操れる』という表現は誇大ではないですか? そして、実際操れているものから考えると……あなた、もしや『特定の条件を満たした人間』しか操れないのでは?」


 どよめきに近い息遣い。先程よりも大きなもの。

 ふむ、やはりですか。想定通り予測通り予定通りです。


「あなたがこの盗賊団という『組織』を操っていることにも合点が行きます。トップを操ってこう命じればいい『俺は万物を操る能力者だと信じ込め。俺の命令には逆らえない、絶対に適わないから絶対服従しなければいけないと思い込め』と。命令を聞くだけのゾンビ状態ではなく、自発的に従っているように見せた方が下の者も操りやすいですし。後はゆっくりじっくり、上から下へと操作の条件を満たすように動かしながら支配域を広げていくだけです」


 私を直接操らないのも、その操作条件が整うか不安があるためかもしれませんね。

 『万物を操る』と言っておけば、相手が対策を考えるのを諦める可能性もありますしブラフとしてない手ではないですが、ただ『人間を操る』という能力でも十分強力なのに誇大表現をしたおかげで実体が指摘されて気勢をそがれるというのはいかがなものですかね。

 ブラフを使うなら使うで、もっと徹底的にするべきです。


 せっかく実体として強力な能力を持っているのに、変に見栄を張るから虚飾が解けると小さく見えてしまいます。

 自分を過度に強大に見せようとするのは不安の表れにも見えますしね。


「てめえ……さっきからゴチャゴチャ言って、俺の能力を理解したふりして有利になったように見せたいみたいだが、もうてめえに勝ち目なんてないんだよ!」


「ふむ。それもそうかもしれません。戦いというのは始まる前にほとんど勝敗が決まっているもの。より入念に、より執拗に準備した者、手札を揃えた者が勝つのが世の常です。それを覆すなど、よほどの幸運か愚かな失敗でもなければ困難でしょう。しかし……いいのですかね? おそらくですが、私を殺してしまえばテーレさんは天界へ還ってしまいますよね? テーレさんが手に入らなくてもいいので?」


「脅しのつもりか? ならまず、足を射抜かせてやる。次は腕、命令はできるように口は最後にしてやる」


 小柳くんが合図のような仕草をすると、矢の狙いがやや下がりました。

 ふむ、おそらく思念だけでの指示ができるタイプの能力ではないと。本当にただ一方通行な『命令』なのですね。安心しました。感覚や思考を共有して憑依するようなタイプだったら厄介だと思っていたので。


「その高所からの足狙いは逆に難しそうに思うのですがね……まあ、いいでしょう。この状況から会話による和解や説得などの意志がないというのはさすがに私にもわかります。非常に残念ですが。しかし、それならお互いのために、テーレさんに流れ矢が当たるという事態だけは避けていただきたい。そして、そのために少しだけ移動してもよいでしょうか?」


「ふん、最終的には従者に自分を護らせればいいとでも考えると思ったが、ただの気狂いか?」


「小柳さん、相手が狂っているなど、それが真実であっても口にするべきではありません。どこが悪いという具体的な指摘は相手のためになりますが、『根本が悪い』『全体的に駄目』というだけではただの八つ当たりにしかなりませんから。ではさて……ここにしましょうか」


「え、ちょっと待ってください! なんでこちらを向いて!」


 ……9、10、11歩。

 テーレさんは動きませんね。

 まあ、それはさておき……やはり、ターレさんも私に実力行使はできないようですね。私に歩み寄られても驚くばかりですし。


「……どういうつもりだ? まさか、直前にターレを盾にする気か?」


「いけませんか? というか、ターレさんとの協力関係はもう小柳さんにはいらなくないですか? 私を騙すのにも失敗したわけですし、ここでまとめて始末してしまった方が楽ではありませんか?」


「…………」


「何ちょっと悩んでるんですか!」


 純粋にビジネスライクな関係性らしいですね。まあ、『美の女神』に仕える転生者と『幸運の女神』に仕える天使が協力しているという状況自体が不自然ですし、利害関係が中心なのでしょう。

 まあ、『天使』が矢で狙われた程度で死ぬとは思えませんが。

 しかし、これでいいのです。


 皆さん、私が矢を放たれる直前に動くことを予想して、注目していますから。


「……自分の身は自分で守れんだろ。構わない、弓を引け!」


「裏切らないでくださいよ!」


「俺に命令すんな! 撃て!」


 一応回避行動をとりましょうか。

 もちろん後ろに。さすがにターレさんを盾にするわけないじゃないですか。普通に避けたり逃げたりされそうですし、小さな身体では面積が足らずにガードしきれません。

 むしろ、盾にしに行くと見せかけて距離を取った方が狙いを外せます。


 しかし……必要ありませんでしたね。

 矢は、こちらへは飛んできませんでしたから。


「何!」

「はっ!?」


 振り返って確認してみましょう。

 矢は、小柳くんへと向かって飛んでいきますね。

 盗賊さんの一部には命令通りに私に向かって矢を射ろうとしていた方もいるようですが、その方々は周りの方に押さえられています。


 しかし、やはりこれでは仕留められませんか。

 背後の通路から躍り出た特殊な装備の方々……おそらく、取り巻きにした精鋭の冒険者に庇われる形で抱えられ、こちらの下層へと滑り降りて回避してしまいました。


 ……というか、よくみたら精鋭冒険者の方、皆さん女性ですね。

 道着のような服を着た女性としては大柄の格闘家らしき方、小柄ながらも鎧を着こんだ騎士のような方、この世界では珍しい眼鏡をつけた杖を持った魔術師のような方、法衣を着た少々若い聖職者のような方。


 やはり人を操れる能力を思春期の少年が授かれば、やりますよねそういうこと。

 バランスのいいパーティーではありますが。


「な、なんで俺を狙った! お前ら! 裏切ったのか! バリアン! バリアン・クレバール! どうなってやがる!」


「ち、違う! こんなのは……ぐっ!」


 取り押さえられた盗賊さんの一人が叫びますが、押さえつけられて声が途絶えます。

 小柳くんはお怒りですが、状況を良く把握できていないご様子。


「クックッ、もったいないですねえ。せっかく人を操る力がありながら、操っている人間とそうでない人間の区別も付かないとは」


「な……これはてめえの仕業か! 何をした!」


「少々、ギルドの冒険者の方にお願いをして味方になってくれる方を説得してもらいました。間に合っているかは賭けでしたが、そこはディーレ様の司る幸運に委ねました」


「くっ! どうやってそんなことができる! てめえには他人を操るような能力なんてないだろうが!」


「『街のお仲間が操られているかもしれません』という話をしたら割とあっさりと聞いてくれましたよ。まあ、そもそも手違いで殺されかけていましたし。騒ぎを大きくしたのは私ですが、さすがに夜中と言えど大手を振って盗賊団と兵士が互いを無視して私を探し回るという奇妙な事態はおかしいと見えたのでしょう」


「なんだと……いや、待て! だとしたらいつ俺の能力に……」


「さて、それはともかく。形勢逆転ということでよろしいでしょうか? それとも、今度は私がこうすればわかりやすいですかね」


 手を真っ直ぐ上に振り上げて見せます。

 そうすると、意図を察して操られている方を押さえている以外のみなさんは、小柳くんと彼を護って一緒に降りてきた冒険者四人へと弓を向けます。


「今すぐにここにいる全員を操れるというのなら、また私が不利になりますが……それができないというのなら、降参と言う道もありますよ?」


 先ほどの反応を見るに、ターレさんは直接戦闘はできないようですし。

 まあ、転生という処理の原因が『神々の手違い』で、天使が『神の使徒』である以上、彼女が無闇に地上で力を振るってそれが地上の人間の死に繋がれば、それは罰則の対象になるのかもしれません。

 そうなると、ターレさんとして女神ディーレに悪巧みがばれて困ったことになります。


「……はは、馬鹿言ってるんじゃねえよ! てめえは勘違いしてんじゃねえのか?」


 おや、小柳くんは何か方策を思いついたご様子。

 しかし、周りの冒険者の方々が盗賊団をまるごと相手にできるような百人力だから余裕というふうにも見えませんし……ああ、なるほど、気付きましたか。


「てめえの従者は、まだ俺の支配下にあるんだよ! 俺たちを護って、上の奴ら全員殺せ!」

「テーレさん! 動かないでください!」


 どうしてか、私の言葉だけが届かずに、小柳くんの言葉だけが受領されているようです。

 テーレさんは抵抗を試みているようですが、能力で『主人』として誤認させているのか、従者としての性質を利用されているらしく精神力での抵抗などとは別の問題として逆らえないようです。


「う、ぐ、うぁぁああ!」


 命令に従い、走り出すテーレさん。

 私も止めようと走り出しますが、テーレさんの足が速すぎます。

 このままでは、大殺戮が始まってしまいます。


 しかし、小柳くんはわかっていませんね。


「勝負は、始まる前から決まっています。そうでしょう?」


 『大人数を相手にするときに、護衛対象が裏切れば対処は困難』。

 私はちゃんと、テーレさんの底を把握して行動を考えているつもりですが、小柳くんは命令をすれば対象者が能力に関わらずそれをやり遂げると考えているようですね。

 適材適所というものがあります。それを把握していないということは、命令を受ける相手についての理解と興味が足りないということです。


 自分を護っている冒険者の中に偽物がいることにすら気付かないのですから。


「魔法の妨害をお願いします! アーリンさん!」


 格闘家風の冒険者が魔術師風の冒険者の方を後ろから殴りつけ、杖を奪って小柳さんに振るいます。

 小柳さんとは反対方向に走り出していたテーレさんはもちろん反応できず、騎士と聖職者の二人は突然のことに硬直しています。


「なっ!」


 そして、おそらくこのような世界に来るまで戦闘経験などなく、この世界に来てからも他人を使役して戦わせてばかりだったであろう小柳くんが、彼女の動きに対応できるわけはありません。


「背景に隠れるんじゃなくて他の人に化けるのは、『保護色』じゃなくて『擬態』だったっけ? ま、どっちでもいいけどね」


 人間の膂力とは思えない威力の打撃に、まるでトラックに跳ね飛ばされたかのように跳ぶ小柳くん。

 ただの鈍器として使用された杖もへし折れますが、上階の冒険者の方から彼女本来の装備品である灌木のような杖が投げ渡され武装が完了します。


 アーリンさんが変装した対象のモデルを知らないので、私から見れば『保護色』の魔法で肌の色や装備の色を変え、軽く髪型を変えていただけですが、案外わからないものなのですね。

 まあ、ここが照明の少ない暗い場所であり、おそらく彼女たちが付き合いのそれほど長くない、ただ集められただけの人間だというのも大きいかもしれませんが。


「くそ、がっ!」

「テーレさん! ストップです!」


 テーレさんの動きが止まります。

 間に合ったようです。


 そして、アーリンさんは数瞬遅れて動き出そうとする騎士と聖職者のお二人を跳ね飛ばし、杖をぶんぶんと振り回しながら笑います。


「あっはっは! サンキュー狂信者くん! 夢にまで見た転生者との決闘(ガチンコ)の機会、こんな舞台まで用意してくれるなんて! ホントありがとね! お礼におねえさん、張り切っちゃうよ!」


 無抵抗で土下座をした私には怒りを向ける気分にはならなかったようですが、やはり一族の因縁から思うところはあったのか、あるいはいつか代々語り継がれた『悪い転生者』を屠ることを夢に見ていたのか。

 まるで夢の舞台に立ったかのような、少女のような笑顔で信仰を壊された過去を持つドルイドは牙をむきます。


「我が名はアーリン! 『生還者』の称号持ちにして、『万力(マンパワー)』の異名で呼ばれる者! 転生者に祭壇を奪われし森の民の末裔なり! さあさあ、転生者だろうが天使だろうが、かかってきなさいな!」


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