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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
六章:祀ろわぬ『御使い』

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第178話 対照実験

side 日暮蓬


 真っ白で清潔な無菌室が、私の人生のほとんどにおいて世界の全てだった。


 後天性免疫不全症……いわゆる、AIDS(エイズ)という病気には、症状がほとんど表に出ない『無症候性キャリア期』という期間がある。症状はでないけど、感染そのものはちゃんと発生する厄介な期間。個人差はあるけど、数年から十年ほどの長い期間だ。


 私の場合、ママが私を産んだ頃が丁度その無症状キャリア期だった。聞いた話だと、ママがパパと結婚する前の恋人から感染していたことが後でわかったらしい。

 私はママから母児感染して、三歳の頃に発症。その時に初めてママも感染していたことがわかって、発症予防を始められたママは私が死ぬまで発症することはなかった。


 つまりは、私は家族の中で唯一の発症者で、酷く不運だったおかげで人生のほとんどを狭い部屋の中で生きることになったわけだ。

 幸い、家は世間一般(ほぼテレビとかからの知識だけど)と比べてかなり裕福な方だったし、パパもママも自分たちのせいでって意識が強かったのかゲームとかはいくらでも買ってもらえたし、家は代理出産で作った弟に任せるそうだから何かを無理強いされることもなかったから、あまり不自由はしなかった。

 外に出られないのを可哀想だなんて言う人もいたけど、私にとっての世界は無菌室の中だけだった。


 私はきっと、ママや弟の身代わりになるために生まれたんだと思う。

 私が早く発症したからママは処置が間に合ったし、大事な長男は健康なお母さんから安全に生まれることができた。感染防止のために写真や窓ガラス越し以外で顔を合わせることはなかったけど、時々聞く話では健康で利発で立派な男の子に育っているそうだし、私なんかが負える立場でもなかったんだろう。


 私はその犠牲の対価として、短い人生を合法的に引きこもって、ゲームやマンガで遊びながら時間をつぶす。人によっては理想的な毎日を送った。

 それだけの人生だった。

 それだけの時間だった。

 それだけの……存在だった。




「だからね……ほら、今は怪我一つしたくてもできないような感じだし、そもそもうっかりでも触っちゃったりする心配はないからいいけど、これが解決したら……うっかり、感染しちゃったりしたら悪いから、私の血とかには触らないように気を付けて欲しいかなって……あと、狂信者さんはないと思うけど、身体で返すとか、キスとかでも危ないからそういうことは事前に言っておくべきかなって……狂信者さん?」


 私の決死の告白に対して、狂信者さんは何だか目を丸くしたようだった。完全に予想外だった、という反応なのはわかるけど……もしかして、嫌われちゃった?

 私と同じ病気の人がよく『外』では嫌われるっていうのは、一応知識としては知ってる。だからパパも、私がいじめられないようにって通信教育とかで全部済むようにしてくれたんだし。

 でも、この人に限ってそんな、でも、もしかしたら……


「そうですか……なるほど! 『無菌室』! 考察に必要な最後の要素が揃いました! これは『火』を物理現象的な意味合いではなく『浄化』という儀式要素から捉えた方が最適解が導きやすい問題でしたね! テーレさん、明日の実験の方針が決まりました、用意しなければならないものがあるのですぐに会議したいのですが」


「え、あ、あの……」


「ありがとうございます、日暮さん。あなたの告白はおそらくは問題解決の大きな一助となりました。本日の実験はここまでとしまして、今し方思いついた方向性についてテーレさんとの話し合いを開始したいと思います。ご安心を、あなたの個人情報は私たちの胸に留めますので」


「あー、はいはい。見ての通り、こいつは別にAIDSだろうが梅毒だろうがそれで差別するタイプじゃないから。けど……ありがとうね、正直な患者さんは医術者としてもすごく助かるわ。まあ、そういうのは本来私よりも知り合いの一族の言葉なんだけど……治りたいって思ってくれる人はこっちも真剣に治したくなるから、嬉しいわ」


「では、また明日、一緒に頑張るとしましょう」

 

 二人して、私の心配なんて意にも介さないように言葉をかけて、野営地点に向かう。

 気付けば、日も完全に落ちて、私の周りを小さな火の玉が照らしているだけだった。


 私も、二人が見つけてくれた岩場よりは少しマシな柔らかい砂地に横たわって、目を瞑る。

 やっぱり何だかよくわからないところは多いけど……


「あの人たちに会えてよかった……」

 



 その夜、私の『魔人』が夜中に勝手に動くことはなかった。




 翌朝。

 久しぶりに、焦げた臭いのしない清涼な空気の中で目覚めた。

 不思議といつもよりスッキリしていて、身体も少し軽い。


「なんか……変な夢を見たような気がする……」


 夢の中で、女の子(それか女の子みたいな男の子? 何故かよくわからない)が話しかけて来ていたような、私とは別の方向に一人で話してるような夢。

 何か特別で印象深いことがあるわけじゃないのに、起きても記憶に残ってる不思議な夢だ。

 まあ、それが何だって話なんだけど。


 夢占いの趣味はないし、吉兆とか不吉とかわかんないからいっか。

 それよりも、今日これからのことだ。

 昨日の話で狂信者さんは何かを思いついたみたいだったけど、それが何なのかはまだ聞かせてもらってないし……


「何か、進展があったらいいなぁ……」




 開口一番。

 『おはようございます』と深々と頭を下げるが早いか、自信ありげな狂信者さんとその隣で鍋やら薬瓶やらを並べるテーレさん。


「お待ちしておりました。では、まず初めにこの二つを順番に掴んでいただけませんか?」


 軽いラジオ体操(テレビで見てやってみたかった)で頭をスッキリさせて実験場にやって来た私の目の前には、銀貨が二枚並んで胸の高さに浮かんでいた。

 足許の平坦な岩には、丁度銀貨の真下に魔法陣らしきものが刻まれていて、反重力的な感じで浮遊しているらしい。


「えっと……浮いてるものなら触れるかもって、そういう実験?」


「いえ、浮かせてあるのは外部干渉を極力避けるためですのであまりお気になさらず。対照実験には要素の統一が必須ですので……ああ、あと手の部分は昨日と同様に素肌でお願いできますか?」


 よくわからないけど、指示に従って手を伸ばす。

 昨日の実験では、岩の上に置いてあるのを取ろうとしたら手から火が出るみたいにして融かしちゃったけど……今回こそは……


 ボウッと、銀貨が融けて液体になった。

 狂信者さんたちの反応を見てから二枚目に手を伸ばしても……同じく、銀貨は形を失い溶解する。


「そ、そんなぁ……」


 狂信者さんが何か気付いたみたいだったから今度こそはと思ったのに、結局同じ結果なんて……


「ふむふむ、AとBは融解と……落ち込むことはありませんよ! これは想定通りです。では、テーレさん、お願いします」


「はいはい、CとDの準備ね。もうすぐできるわ」


「せっかくなので日暮さんもどうぞご覧ください」


 私に落ち込む暇も与えず、狂信者さんがテーレさんに指示を出して、私にもその工程を見るように促す。

 テーレさんは二つの小鍋を前にして、長いピンセットのようなものを手にしていた。

 まず手許には白い布に包まれた銀貨を二枚並べて、その一枚をグツグツとお湯の煮えたぎった鍋へ入れて左右に振りながら数十秒待ち、取り出して直接手の平に……いや、魔法か何かで手の上の空中に浮かべる。そして、もう一枚を隣の沸騰していない鍋に入れ、同じように数十秒。そちらも取り出して、手の上に浮かべる。


 そうして、浮かべたまま持ってきたそれを、私の前の魔法陣の上に浮遊させて言った。


「じゃあ、また触ってみて。ゆっくり一つずつね」


「は、はい……」


 言われたとおりに……まずは、作業をしていた位置が遠くて自信はないけど、多分お湯に入ってた方に。ゆっくり手を伸ばして、そして……『シュゥ』と、情けない音と共にやはり融け出してしまう。

 一瞬、やっぱりダメなのかと思ったけど、よく見れば発火していない。形もすぐに歪みだしてはいるけど、完全に液体になってはいない。


「これは……」


「ふむ、やはりですか。では、残りのDに触れてください」


「は、はい」


 最後の一枚に、おそるおそる手を伸ばす。

 さっきのは何が違ったのかわからないけど、変化があった。だったら、もしかしたら……そう思って伸ばした手が、冷たい金属の感触に触れる。

 これは……いつもの、変な見えない壁越しの感触でもない、間違いなく生の触感。私自身の指が、確かに触れている!


「きょ、狂信者さん! テーレさん! な、な、なななな、どうなってるんですかこれ! わ、私さわれてる! 私の指でちゃんと!」


「おめでとうございます! その銀貨は記念にどうぞ。あと、それは防火加工しているわけではないので興奮での発熱で普通に融けるかもしれません。ご注意を」


「あ、はい!」


 慌てて出始めていた熱を抑える。

 そして、発熱状態で強く握ってしまったせいか少しだけ歪んだ銀貨を改めて指で触り、その表面の感触を確かめる。

 そうだ、これが……金属の感触だ。融けて滑らかになってしまっていない、細かい細工の掘られた硬貨の感触だ。


「やっぱり、マスターの予想は正しかったわね。変装してまで町に行っていろいろ買ってきたかいあったわ」


「ええ、本当にありがとうございます。それに、この方法が有効だということは」


「はいはい、あっちも使えるわね。ま、無駄にならなさそうでよかったわ。魔法陣彫るのって結構面倒なんだからね」


 考えるのを担当する狂信者さんに対してテーレさんは実務担当だったのか苦労話を語りながらヤレヤレと苦笑しているけど、私はそれどころじゃない。

 だって、今まで誰にもできなかったのに、こんなことって!


「あ、あ、あの! いったい何したんですか!? その鍋の中っていったい……」


「あっと、申し訳ありません日暮さん。興奮は収めてください。まだ他にも試してみたい物品がいくつかあるので、落ち着いてもらえませんか? 能動的な発熱発火発炎は困るので」


「え、あ、はい! ふー、ふー……お、お願いします」


「ありがとうございます。では、テーレさん」


「はいはい、どんどんいくよー」



 それからしばらく、テーレさんは二つ目の鍋の中に漬け込んだいろんなものを私の前へと運んできてくれて、私はそれに手を伸ばした。

 ハンカチ、スプーン、細い鎖、そこらの小石、ガラスのコップ、ガラスの破片、錆びたナイフ、新品のナイフ、刃の潰れた棒みたいなナイフ、ガリの実、空の小瓶、水の入った小瓶、土の入った小瓶、そこらの小枝、木製の箸、白紙の紙切れ。


 ガリの実とか小枝とか小石は、昨日と同じように燃えた。

 小瓶系は軒並み割れた。特に空気と水の入った小瓶は割れる直前に蓋がポンッと勢いよく飛んでいった。

 ガラスの破片とか新品のナイフとかは、燃えなかったけど触れた感触がなかった。あと同じナイフでも錆びたナイフは燃え上がって、刃の潰れたナイフは何故かちゃんと触れた。

 そして……残りのものは、ちゃんと触ることができた。

 テーレさんが鍋の中の液体に通しただけで、私が触れるものになった。


「すごい……すごいすごいすごい! 魔法の薬!? 私が触れるようになるなんて!」


「日暮さん、深呼吸です、深呼吸。紙が燃えちゃってますよ」


「あっ!」


 慌てて熱を収めて、発火を始めた紙をパタパタを叩いて消火する。どうやらあの液体は私の魔人の自動反応を回避できても、熱や炎自体を回避できるわけじゃないらしい。

 それでも私が触れた数少ないものだ。無闇に燃やしたくないから魔法陣の上に戻してあるけど、最後の紙は持ったままだった。


「落ち着きましたか。それは結構、ではこれを差し上げましょう。先程の記念の銀貨を続く実験で使ったチェーンで通したネックレスです。テーレさん、もう一度通して……はい、ではこれを……いえ、こうしましょうか」


 そういって、狂信者さんが薄手の手袋をすると、手袋の部分だけをテーレさんの前の鍋に漬けてから、テーレさんが浮かべていたネックレスを手に取り、私の前にやってくる。

 そして、手の上に乗せたそれを私の前に差し出す。


「おそらく生身ではダメでしょうが、手袋なら大丈夫なはずです。どうぞ、受け取ってください。あなただけの記念品です」


「私だけの……」


 ゴクリと喉を鳴らしつつ慎重に、少し歪んだ銀貨を軽く加工しただけのネックレスを受け取り、首から下げてみる。

 この世界に来て……この燃えても直る服以外に得られた、初めての装備品。私の記念すべきアイテム。


「どうか、大事になさってください。どこにでもありふれた材料ではありますが、日暮さんにとっては世界に一つだけのものですので」


「うん……わかった」


 私は今日、この世界に来て初めて大きな一歩を踏み出した気がした。




 さて、それはともかくとして。

 実験が一区切りついた今、やっぱり聞きたいことがある。

 ずばり、あの鍋の中の液体についてだ。何だかはぐらかされている感じもしたから、今度こそちゃんと聞き出そうと思っていたんだけど……


「ああ、いいですよ。教えましょう、これは高濃度の消毒液です。ほら、よく匂いを嗅げば病院などで嗅いだことのある感じがしませんか?」


 聞けばあっさり答えてくれた。

 しかも、その正体は魔法の秘薬でもなんでもない、前世にも普通にあったものだ。言われてみれば、確かに匂いもする。


「枝や溶岩片のような天然多孔質のものは無理だったようですし、刃の機能するナイフやガラスの破片が通らなかったのは防衛のためなのでしょうが、ともかく問題解決に必要なキーワードは確定しました。気付いてみれば、驚くほど単純な方法だったと言えるかもしれませんね」


「そ、それって……狂信者さんたちがやったのって……」


「はい、その通りです」


 狂信者さんはとてもいい笑顔で、私との実権から得られた『研究成果』を宣言した。

 間接的とはいえ私に触れることのできた手袋を……『高濃度の消毒液』に漬けた手袋を、ヒラヒラさせながら。


「『消毒した』。私たちがやったのはそれだけです。とてもシンプルな解決法があってよかったですね」


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