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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
六章:祀ろわぬ『御使い』

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第171話 『肉体』の怪物

side ???


 赦さない。

 赦せない。

 忘れられない。

 見逃せない。


 『あの男』が、『あいつ』を殺した『あの男』が向かっている場所がわかったと聞いて、黙っていられるはずがなかった、止められたからといって、止まれるわけもなかった。

 私にはもう、『あの男』と戦うこと以外にするべきことなんてないのだから。

 私にはもう、『あの男』以外にこの胸の穴を塞ぐ者などいないのだから。


 だから、邪魔をするな。

 前へ進ませろ。私の行く手を阻むな。

 阻むというのなら、容赦はしない。


「ゴァァァアアアア!」


 私はもう、ただの『怪物』なのだから。







side 竹村悠


 真っ暗な空が割れて、久しぶりに見る青空がその向こうに広がっている。

 困惑するとともに、空とは本来ああいう色だったと思い出した。


 この山へ来たのは、能力を使って周囲の村から人攫いをしているらしいという転生者を退治するためだった。

 実際には人攫いではなく、周りの村や町の人間が重税や山賊被害から逃げこんでいるだけらしいというような話も聞いたし、依頼人の裏にいるのがそれで税収が減って業を煮やしているという地方領主だという話も聞いていたから、きっとその転生者というのも本当は悪党ではないだろうと、説得するだけで望外な報酬が手に入るかもしれないという打算があってここに来てしまった。


 正直、もう血生臭い冒険者生活に飽きが来ていた。

 モンスターだろうが人間だろうが、殺したり殺されたりなんてことで報酬を受け取って生活するというのには限界が来ていた。大きな報酬を受け取ったら、それでスローライフでも始めようかと思っていた。

 そんな気持ちを抱えてこの山まで来て……外側からここを見て、『おいで』と言われている気がした。不思議と、危険はないと感じて、自分から足を踏み入れた。


 実際、危険はなかった。

 どういうわけか『組合長』を名乗るその転生者は能力を『祭を開く』ということだけに使っているらしく、あまりの楽しさに時間を忘れて遊び続けてしまったが、それ以外の被害はなかったように思う。


 だが、その祭が唐突に『迷子センター』からの妙な説教に揺さぶられたように崩壊を初めて、わけも分からず周りを見回していた。

 そうしていると……


「おい、おまえ転生者だろ! ちょっとこっち来いよ!」


 長らく見ることのなかった戦闘用のフル装備を付けた男に呼び止められ、強引に引っ張られた。

 そして、他にも同じように集められたらしきやつらと一緒に、無造作に装備一式を手渡される。


「え、あ、これは?」


「俺の能力で作ったやつだ。得意の獲物があったら言え。銃でもなんでも作れるからよ」


「いや、なんで? こんな今から戦うみたいな……」


「戦うに決まってんだろ! 思い出してみろ! こんな祭りで洗脳してコケにしてきやがったやつ、同じ転生者だとしても馬鹿にされたままでいていいと思うか? 変な空間が消えたんなら、お灸を据えてやらなきゃ気が済まねえ。転生者の奴らは絞れてる、いくぞ!」


 よくわからなかったけど……どうやら、彼は自分たちがやり込められたから復讐しようと言っているらしい。

 酷い逆恨みだ。確かに、ボクたちは閉じ込められたと言えばそうなる。

 けど、結局は『楽しませてもらった』というだけのはずだ。確かに黒い鬼に襲われてるやつもいたりしたが、それは剣を抜いたり他の人間を傷付けようとした人間だけだった。


「ま、待ってくれ! ボクは……た、戦う前に一度、話し合うべきだと……」


 引き留めようと男の肩に伸ばした手が、大きく振られた槍にはたき落され痛む。

 想定外の痛みに手を抑えながら見返すと、首だけで振り返った男の冷たい目にぞっとする。

 肩越しにボクを見る目は、同じ転生者に向けるものとは思えないほど冷酷なものだった。


「うるせえ……俺はな、俺達をあんな馬鹿みたいな世界に酔わせて間抜け面させて、それを笑ってるやつがいたと思うとはらわたが煮えくり返るんだ。来るのが嫌なら引っ込んでろ、腰抜けが」


 途端、手にした装備品から感じたおぞましいものを感じ取り、咄嗟に全てを落として離れる。

 よく見ると、他の転生者たちに手渡された装備品からも、おぞましいものがオーラのように溢れ出ている。そして、転生者たちは皆、同じように冷たい目をしている。


「もしかして……それが、あなたの『能力』なの? そのおぞましい、オーラみたいなもの……憎しみみたいなものを、物に込める能力?」


「ほお、勘のいいやつだな。それとも、そういう能力なのか? まあいい、そうだ。これが俺の能力だ。俺は武器を作れる、そして、その武器の材料は俺の怒りや、憎しみだ。あの黒い鬼どもに食われないように、武器として溜め込んでこの時を待っていた……俺は、俺をコケにしやがったやつを死んでも許さねえ」


 ま、マズい……こういうタイプの人間を、転生してくる前、前世の学校で見たことがある。

 常に大きな声で他人を威圧して、自分が一番目立ってないと満足できないやつ。低レベルすぎて相手にされていないのを『コケにされた』と怒って、一方的に喧嘩を吹っかけていくようなやつ。

 特にマズいのは、そんな性格の奴が自分勝手な怒りや憎しみを他人にまで押し付けて味方に付けるような能力を持っていることだ。このままだと……


「や、やめろ! 同じ転生者だろ! 彼は悪い人じゃない! それなのに……」


「うっせえ!」


 痛烈な衝撃がどてっぱらを貫き、数メートル吹っ飛ばされる。

 槍の石突で、手加減抜きで突き飛ばされた。こいつは、戦い慣れしている以上に人を傷つけるのに容赦がない……


「正直よぉ、俺らはさっさと俺たちをコケにした転生者の野郎をぶっ殺しに行きたいんだよ。逃げられてもうぜぇからよお……けど、悪い転生者に味方する悪い転生者なら、掃除しておかなきゃなあ……」


 今度は石突ではなく、槍の穂先がこちらに向けられている。

 こいつ……イカレてる。殺される……けど……もう、嫌なんだ。

 『永遠』じゃなかったけど、ここに来て、やっとわかったんだ……やっぱり、ボクは、戦いなんて嫌いだったんだ。

 だから……ボクはこんな世界を見せてくれたあの人に、感謝しているんだ。


「わ、悪い転生者はお前らだ! あの人は、『組合長』はお前らなんかより立派な人だ! お前らなんか……転生者の中でもさいっっていの転生者だ!」


「なんだとこのアマッ!」


 刃が迫る。私の能力はこうも勢いの乗った攻撃を防げるようなものじゃない。

 鬼が出て守ってくれることもないこともわかってる。でも、ボクが刺されて終わりになるとしても……せめて、その瞬間まで『停戦』を守ろう。

 ボクは、目を閉じ刃を……



「グルァァアアアアア!!」



 刃を、胸に受け入れることはなかった。

 頭上に、大きな影がかかっている。薄く開いていた瞼を開くと……私の前に、黒く大きな何かが立っていた。一瞬、『黒い鬼』かと思ったけど、目をはっきりと開いて行くと、その姿が想像と全く違ったものだったのがわかった。


 4メートルを優に越す巨躯を漆黒の外套で包んだ怪人物。

 けれど、その身長を抜いてもそのシルエットは人間とは思えない歪なもので、辛うじて『立っている』と認識しているのもただ『縦に長い』という形状がそう錯覚させているのかもしれない。

 だけど……


「ガァァ……『転生者』……そういったか……こいつらは、『転生者』か?」


 人語を口にする人とは思えない何か。

 憎悪で練り上げられた刃を平然と受け止めて、その意図があったかは定かでなくともボクを助けてくれたのはその巨躯だった。


「なんだあ、てめえは? 掃除の邪魔するつもりか、あん?」


「……答えろ、『転生者』か?」


「うっせえなあ! だったら何だってんだよ! まさかてめえ、転生者に恨みでもあんのか? 多少図体がでかいくらいでこの数の転生者にガン飛ばすとはいい度胸だなあおい!」


 武器を受け取った転生者の男たちが漆黒の巨躯へ向けて敵意を向ける。

 黒い鬼は現れない。目の前にいるのは武装した転生者の男が五人。それも、よりにもよって不良男の能力で共有した憎悪で正気を失っている。


「あ、危ない! 逃げろ! こいつらは正気じゃない! 誰だか知らないけど……」


「転生者……転生者ァ……力に溺れた、馬鹿どもガァ」


 グネグネと、外套の輪郭が不自然に蠢く。

 人間の言葉を発しているけれど、やはり人間ではないのか。けれど、並みの相手ならまだしも転生特典を持つ転生者複数を相手に勝てる存在なんていない。怪獣だって無理だ。

 誰だかはわからないけど、ボクを守って戦おうとしているのなら止めないと……


「グゥルァァアアアアアア‼」


「ふんっ! 『武装創造』!」


 『武器を作る能力』の転生者の全身が身長の二倍以上も巨大な鎧に包まれ、外套の巨躯に相対する。

 全身がトゲトゲしく禍々しい形状に、毒々しい色合い、そして不気味なオーラ。触れるだけでも何かに侵蝕されそうな動く要塞に近い何か。

 もはや露出の全くない鎧の奥から響くように、男の笑い声がする。


「ハッハハハハハッ! 俺の能力は感情を溜め込み、触れたことのある武具を再現する能力! 長らく操られていた屈辱を元に作ったこの鎧はハイランカー冒険者の神器級重装甲! この状態の俺に勝てる者など転生者だろうとなんだろうと存在しない! そしてこの自動剣技の大剣(クレイモア)でどんな小細工も……」


 その瞬間、目の前で火炎を伴わない爆発が生じたような衝撃で吹っ飛ばされる。

 何が起こったかわからないまま反射的に受け身を取って漆黒の外套の方を向き直ると……


「……え?」


 おそらく一秒にも満たない時間目を離しただけだった。

 けれど、そこにあったのは、その一瞬の内に行われた一つの攻防の結末。


 漆黒の外套から伸びた巨腕……大人一人くらい簡単に握りつぶせてしまいそうな腕、それがさらに末端を変形させて斧の形になって、重装鎧だったと思われる鉄屑がその中にいた転生者ごと真っ二つに、さながらフォークで割られたタルトケーキのようにぐしゃりとへし折り割られている。

 そして、カウンター狙いで振るわれたと思わしき……大剣は外套の頭部に命中しているように見えるけど、その身体は少しも揺らいでいない。何事もなかったかのように地面に落ちたそれは、勝者である外套の足で踏み潰されて粉々に砕けた。


 けれど、憎悪に感染しているせいか他の四人は怯まない。

 最も手前にいた一人が、薬瓶や注射器のようなものを大量に投擲する。外套の何者かはそれを斧の形から巨大な手に変えて防ぐけど、その表面からは嫌な刺激臭と煙が噴き出す。


「溶け死ね!」

「グゥゥ……!」


 おそらく、『薬品を生み出す』というような能力だ。

 人を治療することにも使える能力だけど、悪用すれば酸や毒で他人を傷つけることにも使える。

 さらに、怯んだ隙を突くように他の転生者もそれぞれの能力で襲い掛かる。


「ひゃっはははは!」


 いつの間に出現したのかわからない糸のようなものが外套の周りを包囲し、動きを封じると同時にその身の節々を切り裂いている。

 さらに、何かのエネルギーの輝きのようなもので身を包んだ転生者が手を腰だめに引き、輝きを掌に集約して、極太の光線として解き放った。


「破ぁぁぁあああああああっ!」


 十メートル近く離れていても感じるとんでもない熱量。

 ボクも死を覚悟した。ボクの位置は漆黒の外套を纏う彼の真後ろだ。彼があの光線で蒸発すれば、あるいは何らかの方法で回避したとしても、直線上にいるボクはひとたまりもなく焼き尽くされる。

 何者かはわからなかったけれど、せめて少しでも生き延びさせてくれたこと、そして巻き込んでしまったことに責任を負うべきかと思って、今度は目を閉じずにその結末を見届けようとしたボクの目に映ったのは……


「ガァァ……ァァァァァアアアアアアアア‼」


 あらゆる生物が蒸発するであろうとしか思えない光線を受けながら、その存在を誇示するように雄叫びを上げ続ける彼の姿。外套は燃えながら消し飛んでいくが、強固な意志を反映するように存在し続けるその身体が全容を露わにする。


 それは……途方もなくギチギチに織り込まれた『肉』の塊だった。贅肉や脂肪ではなく骨と筋肉だけで構成された昆虫の肢に近い印象を与える節足に近い肌色の生態器官。

 その一つ一つは明らかに人間ではない形でありながら、内側でどのように分岐や結合が行われているかはわからないけれど全体のシルエットが人間に近い形に見えるように絡み合い、複雑なパズルのように組み合わされて、その上で圧縮されて一つの『腕』や『脚』、『胴体』や『頭部』といった形状を模している。

 さっき見えた巨腕も、その内の一部をほぐして引っ張り出し、一度伸ばした肢を別の形で絡み合わせて立体的な骨組みのように展開したものだ。まるで、乗用車とか戦闘機が人型に変形するSF映画のロボットみたいに。


 それは、『怪物』としか言い表せない生物だった。

 転生者の能力を耐えている……けれど、それはダメージを受けない特性を持っているとか、攻撃を何かの方法で無効化しているわけじゃない。

 確かにダメージを受けている……けれど、生物の耐久力を明らかに超えるはずの攻撃を、その異様な肉体構造で完全に受けきっているだけなのだ。


 そして……


「ガァシュァア‼」


 張られていた糸が光線の熱で融けきってプツリと切れた瞬間。

 振るわれた小さな拳……人間の拳より少し大きい程度のサイズに『圧縮』された巨腕が光線の中心を貫き、エネルギーを放っていた転生者そのものを真っ二つに引き裂いた。

 さらに……


「チィ! バケモンが、ならこれで!」

「グルゥォア!」


 瞬間的に怪物の周囲を走る稲光。

 次の瞬間、ボクのすぐ横の大岩に、消し炭となった人間大の何かが衝突して砕け散った。

 攻撃動作をしようとしていた転生者の姿は見えず、足元に鋼の糸やナイフの束が転がる……能力の正体は高速移動を極めた『時間停止』のようなものだったのかもしれない。けれど、それが今の電撃……いや、『雷撃』によって高速移動中に焼き殺されて、岩に激突した?


「そらっ、ならもう一回!」


 再び降り注ぐ薬品攻撃。

 けれど、ベリベリッという音と共に外套ではない何かを脱ぎ捨てた怪物は怯むことなく巨大な手の平で投げつけられた薬品類ごと術者を手掴みにして握り締める。


「ぐあっ! なんで溶けな……あっ……」


 脱ぎ捨てたものは……薬品に融かされ、鋼線で裂かれ、高熱で焼かれた『皮』だった。

 怪物の握り拳からポタポタと滴り落ちた薬品は地面を溶かすと同時に、その召喚者自身も蝕んでいるのかその顔色は急に悪化して行き、滴り落ちる液には赤や黄色の不透明なものが混ざって行く。


「っ! 宇宙まで飛んで行けや!」


 残る最後の一人が、人間とは信じられないような速度と踏み込みで怪物の懐に入り込む。

 そして、地面が確かに揺れたことを確信させる強烈な踏ん張りと同時にその拳を突き出し、怪物を果てしない空の彼方まで……


「ゥルゴァア!」


 その拳は確かに怪物の胸を打った。

 確かに怪物の胴体に突き刺さったはずの、回避のタイミングなんてなかったはずの拳は、確かにその胴体のど真ん中を貫いた……そして、その肢で編まれた五体がバラバラに分裂するかと思った瞬間、それはまるで風車を横から力の限り叩いた時のように、受けた力をそのままに回転させ、体内と体外を入れ替えるようにパズルを組み換えて『裏返った』。

 そして……


「ひっ、や、やめ、ぐぷぉ!」


 その筋肉と骨のパズルが組み変わるのに巻き込まれるかのように拳を放った男が取り込まれ、呑み込まれる。

 パズルの隙間からは血か何かが、風呂場で子供が遊ぶ手の水鉄砲のように断続的に吹き出し、パキパキとフライドチキンの小骨を折った時のような音が立て続けに鳴り続ける。

 そして……


「グルルルルル……違う……『あの男』が……『狂信者』という男が……こんなに、弱いわけがない……もっと強い……どこだ……」


 怪物が、こちらを見た。

 ようやく見えたその顔は、やはり構造的に人間と全く異なるように見えながらも意外にも……どことなく、人間の表情を読み取るように感情を理解できるような気がした。

 燃えるような感情に歪められ、怪物じみた人相になっているだけの、人間の顔に見えた。


「……おい……おまえ」


「は、はい! ボ、ボクに……いえ、わたしに、なにかご用でしょうか!」


「おまえは……女か……?」


「は、はい! お、女でごめんなさい! いや、わかりにくい格好しててごめんなさい! 殺さないで!」


「そうか……転生者のようだが……あの男は……女では、ない……グルルゥ……」


 どうやら、女だったおかげで興味の対象から外れたらしい。

 というか、さっきの人たちが殺されたのは『男の転生者だった』ってだけだったのか……あ、だとしたら……


「あ……ま、まって!」


「ならば……上か……グルル……」


 異形が、形を変える。

 蜘蛛のような節のある力強い肢……筋肉のパズルから展開された蜘蛛のような移動器官。

 その身体が、山頂へ向けて引き絞られて……


「だめっ……」


 山頂にはあの人が……!

 けれど、私が反応しきれない内に……何もできなかったのか、辛うじて何かできたのかわからない内に、その巨体は足下の地面を爆散させたかのような衝撃と共に姿を消した。


 行ってしまった……そう思ったけれど、その姿は十メートルも離れていない場所に再出現、いや、停止していた。

 その前には一人、身の丈に合わない剣を両手で掲げて振り下ろされる怪物の肢を受け止めるかのように立つ、華奢な少女がいた。この世界の冒険者とかには見た目と強さの合わない人も多いけど、それにしたってあまりに小さな子なのに……その足元には、怪物との衝突を幾度も受け止めたかのような固く踏みられて石のようになって深く窪んだ地面がいくつも刻まれていた。


「ツ、ツチグモさん! どこいくんですか!? 来ていきなりどっか行かないでくださいよ!」


「ゴルルゥ……アヤメか……どうしてここにいる……」


 怪物は、目の前の少女が小さ過ぎて気付かなかったというように、頭(と思われる部分)を下げて目線を合わせる。

 少女は普通なら震えあがって会話どころか呼吸もできないであろう怪物を相手に、まるで親しい知人に話しかけるように自然に話す。


「え、迎えに来てくれたんじゃないんですか!? ほら! 『強力な空間系能力を斬れるか』っていう実験するってこの前の会議で言ってたじゃないですか!」


「ゴォルルゥゥ……では、ここの黒いのを消したのはおまえか」


「あ、えっと、実験班の他の人たちが中に入っちゃって、わたしが独断で抜剣を……時間差はあったけど、消えちゃった原因はわたし……です。結果的には……」


「では……もう、ここには、あの男は……いないのか?」


 怪物に見下ろされてたじろぐ少女……いや、けれどその様子は怯えているというよりも、動揺しているか、何かを考えているようにも見える。

 そして……何かを決めたように、少女は答える。


「はい。ツチグモさんの探してる人は、ここにはいませんよ。私が来てからそれらしい人は来てませんし……ツチグモさんが探している人が、本当にツチグモさんの言うような人なら……私より先に来ていたら、私が来る前にここの空間はなくなってるでしょ? だから、私が空間を斬ったってことは、その人がここにいなかったってことなんですよ!」


「そうか……アヤメが斬ったということは……空間使いも、もういない……つまり、あの男は、まだ来ていなかったのか……ならば……ここに、用はない……」


 何かを熱弁する少女に対して、怪物は何やら口惜しそうに身を震わせ、ボロボロと骨や肉片、脱皮で残った皮の破片なんかを身体から払い落とす。

 そして、興味を失くしたように私から背を向け、少女と歩いて行く。


「……ラボへ戻る……ここは、邪魔が多い……」


「あっ、なら一緒に行きますから! みんな集めてくるのでちょっとだけ待っててください! ツチグモさん! 政府の人とか来る前に撤収しますから! 機材とか運んでください!」


 そうやって、会話をしながら怪物を誘導していく少女。

 人が勝手に避けて道ができる。抵抗なく進んでいく二人が見えない距離まで離れて、私はいつからか忘れていた呼吸を思い出して、強張った全身の力を抜いた。


 運命を分けたのは、ただ私が『男の転生者』ではなかったということと、彼に敵意を見せなかったこと。

 見逃されたとかって話以前に、歯牙にもかけられていなかった。助けられたわけでもなかったのだろう。

 ただ、私は怯えているだけで武器を手にすることもなかったから、脅威にも思われず興味を引くこともなかっただけだろう。


 『停戦』は終わった。

 私たちの取り戻した自由は、他人を傷付ける自由であると同時に、他人に傷付けられる自由でもある。

 理不尽な理由で徒党を組んで誰かを殺そうと袋叩きにしようとすることもできるけど、自分と関係のない理不尽な理由で交通事故みたいに蹂躙されることもある危険な世界。


 彼らの敗因は、守られることが当然になりすぎて自分が屠られる側になることを想像できなくなっていたことかもしれない。

 外の世界にも『ルール』はあるということを忘れていたこと、黒鬼なんていなくても無闇に他人に刃を向けたりしてはいけないということを忘れていたことだ。


 殺さないから殺されない、守るからこそ守られる。それがルールというものだ。

 強制力がなくたって、それは変わらない。強いからって無闇に暴れていればもっと強いものに目を付けられるし、どんなに強くても脅威にならないものまで相手にしていては疲れるだけだし、思わぬ所で隙を突かれて足下を掬われることもある。


 誰かが誰かを支配するためのものではなく、強い人にとっても弱い人にとっても一番都合が良く、不要な争いを生まないために作られるもの。能力や強制力なんて関係なく、みんなが安心して一緒にいられるように調節されていくもの。それがルールというもの。


 『永遠の停戦地』がなくなった今、ルールは自分で守らなきゃいけないものだ。

 ルールを無視して振るわれる『暴力』は、もっと大きな力を前にしたとき誰にも守ってもらえないのだから。 


「上には上が、いるもんだね……」


 転生者五人を瞬く間に蹂躙し、それらよりも強いという人を探す怪物と、彼の疾走を真正面から受け止めて物怖じせずに話しかける少女。

 これまで、そんな存在がゴロゴロしている世界で戦ってきたのかと思うとぞっとする。

 いや……ここで知れて良かった。おかげで、決心がついた。


「冒険者なんてやめよう……それと、これからはちゃんと女らしくしよう。死にたくないし」


 転生スローライフ万歳。





 転生者紹介

『竹村(たけむら)悠(ゆう)』


 転生時16歳(登場時18歳)。

 担当神である牧神ハマルから与えられた転生特典は『溺愛衝動』。他者からの自分への好意度を増幅させる能力であり防御面ではかなり強力な部類だが自主的に封印中(上げた好意度を元に戻せず他人の人生を曲げてしまうことを本人が嫌ったため)。


 前世では大企業の社長の娘として生まれ、品行方正かつ学業優秀で周りに羨まれるほど恵まれているように見える生活だったが、実の所ではそれは仕事ばかりで自分に興味のない両親から関心を得ようと努力した結果に過ぎず、常に愛に飢えていた。

 しかし、それにより鍛えられた学習力や運動センスは転生特典なしで冒険者として一人前にソロ活動できる能力の礎となっている。


 前世の死因は歩道に突っ込んできた乗用車による交通事故……と本人は思っているが、実際はその車に乗っていたストーカーたちにより車の中に拉致され、その後走行中の抵抗で運転手がハンドル操作を失敗しダンプカーと接触し犯人共々死亡(一応交通事故ではある)。

 本人が死因を誤認している理由は車内でされた行為の深刻さから竹村の精神へのショックを考慮した牧神が記憶の封印部分を大きく取ったためである。肉体も記憶に合わせて調節されているので心身共に純潔を保っている。


 『永遠の停戦地』への来訪時は既に冒険者業からの引退を考えており、最悪能力を使用してでも平和的に『説得』しようと考えていたが、荒野に密かに一目惚れし好意度増幅という『反則』を使うことができず住人の一人となる。


 親の関心を引くための努力の日々からの習慣で転生してからも単純に休み楽しむという日々を過ごしたことがなかったが、『永遠の停戦地』での滞在で自分を見つめ直し、冒険者業をやめることを決意する。

 

 なお、冒険者としての単独活動は能力を時折制御できずパーティーメンバーの不和を引き起こしてしったことがあるため……と本人は思っているが、実は能力の制御に失敗しているわけではなく普通に本人の振る舞いで好意度が上がっているだけである。


 ストーカーじみたことをされることが転生後もあったため男装に近い身形や口調を取っているが、それでも必要以上に好意を集めてしまう竹村(男装時でAPP16、ちゃんと着飾って化粧した時でAPP19相当)に倍率で好意度を増加させる能力が与えられているため、その気なら精神操作系の三大女神の担当転生者よりも影響力が強かったりする。

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― 新着の感想 ―
巻き取られた被害者?達の反応回、なかなか良かったです 逆恨みから感謝まで成る程なぁみたいな サンプリング対象としていい感じ 天然ちゃんは一瞬で通り過ぎたか 再登場あるかな〜w
[気になる点] 出てくる女性たちの強姦被害率高すぎないか? 胸糞悪いな
[一言] app19ってこの人元のapp17あるのかよ、そりゃストーカーも出るな
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