第159話 『永遠の停戦地』
side 狂信者
以前テーレさんに聞いた話では、転生者の持つ転生特典の総合的な性能は担当する神々の持つ力に比例するそうです。
そして、その力の大きさで言えば主神様以外で最も強いのが三大女神で、転生特典には能力的傾向の違いはあれ性能はほぼ同格。
今の所、私が直接対面した転生特典は小柳くんの『真の名前を呼ぶことで相手を支配する能力』と『破砕槍』氏の『自らに弱点と特攻対象を設定する能力』くらいなものですが、彼らの能力は言ってみれば初見殺し。情報戦で勝れば相手がどんなに物理的に強力だろうと無関係に圧倒できるというものでした。
しかし……
「能力の方向性が違うとしても……『これ』は、同格と呼ぶにはあまりに桁違いに見えますねえ」
「そうね。虚仮威しでないのなら……使い手が人間として飛び抜けているのか、それとも何かの影響で能力が強化されたのか。どちらにしろ、力業でどうにかなる相手には見えないわね」
馬車の窓から見える景色。
空から降り注ぐ日光に照らされ、雲の影がゆっくりと地を這う深い緑の山岳地帯。
その中、その太陽光も雲の影も全く関係なく存在する、山一つを丸々呑み込んでしまうほどの大きさを持つ純黒の球体。さながら宇宙から隔絶されたかのように存在する異常空間。
私も瞬間的にならこの範囲の魔法を使えるかもしれませんが、この空間は転生者らしき人物が展開してから半年以上は維持されているというのだから規格外と言うべきでしょう。
私たちが向かっている場所、挑まなければならない相手。そして……仲間に引き入れなければならない、『転生者』の支配領域。
争いに行くつもりはありませんが、安全策をとるのならこれ以上近付きたくはないものです。
「さあ、テーレさん。荷物をまとめましょう。まずは周辺の調査からです」
少々時を遡りまして、二週間ほど前。
私たちが本格的に『研究施設』を止めることを宣言した次の日のこと。
たっぷり話し合った結果、出た結論は『戦力不足』でした。
大領主様は、私とテーレさんで行った『毒物』の危険性、そして、そんなものをばらまこうとする組織の危険性の説明を重く受け止め、私たちに開示されていない情報まで含めて真剣に分析を行い、組織の危険に見合った動員兵力のコスト計算まで済ませた結果です。
「未確定の情報だが、『研究施設』には転生者が複数人いる。それも、これまで『研究施設』に手を出そうとした他の転生者を消してきた上物だ。戦闘向きではないというお前たちだけでは勝ち目はないだろう……だから、最初に頼みたいのは『戦力増強』だ。金で雇える冒険者や軍はこちらで何とかするが、それではどうにもならないやつら……現在中立と思われる『転生者』を、味方に引き込んでくれ。交渉は任せる」
現在中立と思われる転生者。
つまり、どこまで『研究施設』の根が張られているかわからない神殿や貴族との繋がりのない、転生者……言い換えれば、力があることが知られていながら、長いものに巻かれることなく自分の在り方を貫いているはぐれ転生者。それを、同じ転生者として説得してこいと、そういうことです。
「はい、それはいい方法だと思いますが……相手が転生者の相手に慣れている転生者の集団だとすれば、生半可な味方はあまり当てにならないのでは? 転生者の方々も馬鹿ではありませんし、捨て駒や爆弾のように使われたいとは思いません。勝ち目が薄いとなれば寝返るかもしれませんよ?」
「ああ、わかっている。だから、交渉してきて欲しいのは『二人』だ……これまでの記録から、他の転生者を複数屠るだけの実力があると証明されている実力を持っていて、尚且つ金にも権力にも興味がなく、独自の理屈で行動を続けている二人。もっとわかりやすく言えば……『転生者の中でも飛び切り強力で癖の強い二人』だ。まあ、居場所が特定できている中ではという話だが」
これからは雪が降り始める時期。
道も悪く旅に滑落や雪崩、遭難などの危険が発生する反面、鎧悪魔のような巨大質量を輸送する『研究施設』の活動は小さくなることが予測されている時期です。
たとえ特殊な能力で各地方の貴族相手に転送させるなどができたとしても、結局はそこから領内を輸送したり兵員を動かすのは積雪の中ではコストがかかり割に合わないのですから。
ドレイクさんのような中央政府の工作員が動いているときにわざわざ『研究施設』との繋がりを示す証拠にしかならない兵器を手許に取り寄せるのは非合理的です。
それに『研究施設』は活動が活発化しているという話もあります。
私たちが偶然に遭遇してしまえたように、日陰で世を忍ぶような下積み活動から大胆な示威行為や広報活動とも読み取れる行動が確認できるようになっていると。
既に『毒物』や『鎧悪魔』のような油断ならない研究品、いえ、試作品を現場に送り込んでテストを始めていることを考えれば、冬の間にそれらを完成段階まで持ち込んで冬明けから本格的に動き始める公算が高い。
つまり、この冬が彼らを止める最後のチャンスかもしれないということです。
対策も早さが必要であるが故に、勧誘する転生者も数より質で選ぶ。そのために厳選された協力者候補というわけです。
テーレさんは少々顔を曇らせていますがね。私がリターンを考える間にテーレさんはまずリスクを考えているというのはいつものことです。懸念はわかります。
「問題児の説得は問題児にやらせればいい。そういうこと?」
「もしそう思っていたとして、直接的にそれを言うと思うか? だが、これまで金や権力でなびかなかったのであれば、真っ当な交渉術の使い手よりも独特の感性を持つもの同士の方が話はスムーズに行くかもしれんな」
不敵な笑みを浮かべる大領主様。
長い付き合いとは言えませんが、彼が必要とあらばハイリスクハイリターンを恐れない性格であることはわかります。いえ、恐れながらやれる性格という方が合っているのかもしれませんが。合理的な判断ができるということは信用できるということです。
失敗すれば味方の転生者を一人失い、成功すればおそらく並みの転生者二人分以上の戦力となる味方が増えるのですから。下手に権力を匂わせるように人員を与えず、私たち二人に全てを任せるというのも合理的な策です。
「彼らの求めるものを理解できるのは、同じくお金や権力にあまりこだわりのない私たちだけ。そういうことですね。下手に兵力を見せびらかして脅しにかかるというのも愚策でしょう」
『転生者を複数屠っていて、尚且つ何処にも属していない』。
それはつまり、これまで同郷意識から声をかけてきた他の転生者やそれ以外の方々まで全てを拒絶して撃退してきた、そう考えることもできます。
それと交渉してこいというのは……そういうことでしょう。
「了解しました。では、その二人というのはどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「ああ、このクロヌス地方に一人、北に馬車で二週間かかる山岳地帯に一人。本来は近い方から声をかけていくべきだろうが、今回は敢えて遠い方から急いでほしい。雪が激しくなれば帰りが厳しくなるかもしれんが、そちらの方は急を要する可能性がある」
「と、言いますと?」
「『研究施設』との関係は不明だが、最近は被害の目立つ転生者を襲う正体不明の『魔獣でも怪獣でもない怪物』とやらの被害も増えている。このクロヌスの領地内で情報をある程度までは封鎖できる方と違い、こちらは後回しにすれば時と共にリスクが上昇する。その転生者は山岳地帯にただ留まり続けるだけでも被害を出し続けているのだ」
大領主様からの初めての直接依頼。
その内容は……かなり、飛ばしたものでした。
「向かってもらうのは通称『永遠の停戦地』。近隣の村や町から人間を誘引し、中に入った人間が誰一人帰ってきたことがないとされ、現在も着々と拡大し続けている異常空間。中央政府で『魔王認定』が検討されている現象……それを引き起こしていると思われる転生者が、お前たちの最初の交渉相手だ」
そうして、私たちは依頼の前金として受け取った軍資金で準備を整え、中央都市クロヌスを出立したというわけです。
思えばこの世界に来てから、さらに言えば修業後は特に一カ所に長く留まることができていませんねえ。行く先々で急ぎの用事ができてしまっているからですが。
「結局、アーリンさんからの返事も受け取れていませんねえ。一応は『転生者と喧嘩をするから参戦するのならクロヌスに集合』と手紙を出したのですが。『また転生者と喧嘩をするなら呼ぶように』という話もしていましたし。忙しない旅ばかりというのも考えものです」
一応、レグザルでの決闘なども知らせてはあるんですが、まあ間に合わないとしても約束のようなものですし。
アーリンさんがいれば、転生者が一人増える以上の戦力増強が期待できますからねえ。一つの能力に特化した転生者とは違ってバランスのいい鍛え方をしているアーリンさんのような人も大事です。
大規模作戦で軍や他の冒険者の方々と一緒に行動してみましたが、アーリンさんレベルの方はなかなかいませんしねえ。
「ホントよ。結局、偉業の称号も後回しになっちゃったし……まあ、『研究施設』がどこまで手を伸ばしてるかわからない以上は下手に称号を増やして居場所を捕捉されやすくなるのもよくないけど。本来なら、『第三の偉業』くらいまではもうとっくにもらってていいんだからね! あの決闘男の退治と中央都市クロヌスの防衛、それにコインズの商会での偽金発見もあるんだし。それで有名になるとあっちが黙ってないからできなかっただけで」
「はい、そうですね。我々はあくまでも先の依頼での褒賞を受け取り、その一部を資金として個人的な興味で『永遠の停戦地』に赴く。表向きにはそういうことになっていますしね」
一応、偉業の称号については『研究施設』との諸々が解決したらその功績も含めて取得の難しい『第四の偉業』の称号までは大領主の権限で約束できると確約がもらえましたし、今もクロヌスの大領主からの密命というカードを出せば『第三の偉業』の称号による後ろ盾以上のバックアップも受けられます。
私たちの最終的な目的が『第五の偉業』による自治権と領地を使った『聖地創建』である以上は、半端な名声が次の行動の足枷になるのは避けたいですしね。
「大領主様の話では、何人かの転生者の方がそれぞれ、神殿や貴族からの要請で空間の拡大を止めるためにここへ来たそうですが、彼らは全て失敗……そのほとんどが行方不明だとか。生きて帰った方も、あの球体に侵入すること自体を断念した方のみだとか」
『行方不明』……というのは、厳密には違うかもしれませんがね。
行方はわかっています……あの球体の中へ踏み込んで、出てこなかったのですから。いるとすれば、どこかへのワームホールでもできていない限りはあの内部にいるはずです。
それが何故『不明』とされているかといえば、情報の断絶によるもの。地位や名誉を与えるから空間異常を解いてくれという説得も、過去に踏み込んだ人を解放してくれという要請も、果ては能力を解除しなければ攻撃するという脅迫も、そして実際に外部から与えられた被害も、全ての結果は『無』。無反応ですらなく、入ったものが戻ってこないという結果のみ。
「あの空間が無機質に侵入者を抹殺するトラップの類という可能性もありますが、そうでなかった場合……意図的なものであったのなら、外部世界の干渉の拒絶、あるいは権力や財による勧誘への反骨精神の表明という可能性もありますからね。役に立たないどころか逆効果になる可能性が高い以上、下手な肩書きは持たない方がいい。無機質なトラップの場合ですが……その可能性は、あまりなさそうです」
この地域に近付いてくるほどに強く感じている不思議な感覚があります。
言葉での説明が難しい、あるいは第六感と呼ぶべき類のものなのか。少なくとも、この『正体不明の空間』を目の前にして認識している五感から生じる感情感覚印象としてはかなりの違和感が……理性的に捉えれば不自然なほどの『確信』があります。
「……やっぱり、マスターも感じてるみたいね。馬車はここで降りた方がいいかも。事前情報では個人差があるらしいから、御者がとち狂って私たちを乗せたまま突入されてもたまらないわ」
「はい……私たちも、うっかり流されないように気を付けないといけませんね。この、何というか……『胸躍る感覚』、というのに近いものですか」
山向こうからも感じたので、視覚に限定されない精神影響。
『楽しそう』。
『あの中に入りたい』。
『怖い場所じゃない』。
言葉にすれば、そんな『確信』でしょうか。
大領主様の口にしていた『近隣の村や町から人間を誘引している』という情報の『誘引』という表現が視覚的な表現と噛み合わない気はしていましたが、実際にこうして細部まで見える距離まで来てみれば納得です。
なんとなく、中に入ってみたくなる。
『中に入った者が誰も帰ってきていない』という情報を持っていても、恐怖を抱かせることがない。
しかも、これは距離だけでなく何らかの基準での差が生じる類の影響であるらしく、まだこの球体が小さかった段階でも直接視認できなかったにも関わらず、近くの村や町から人間が流入し、球体の巨大化と同時に影響力も増大というループが発生しているそうです。
今でも、補給に立ち寄った町ではフラフラとこの場所へと向かおうとする人々を押し止めるために影響力を受けにくい人々が山道を封鎖したりという対策を取っていました。
ここが『永遠の停戦地』と呼ばれているのも、発生源となっている転生者が名乗ったものではなく、この精神影響から誰ともなくその呼称を共有し始めたのだそうです。
『あそこは争いなんてない楽園だ』と、影響が強い方はそれをハッキリと確信して、親しい人々を誘ってここへ来たがるのだと。
まあ、そのせいで起きる争いがないわけではないそうですが……
「『魔王認定』が行われたとして、本当にあの空間を解決できる方がいるのやら……むしろ、逆に取り込まれて事態が悪化するのでは……おや?」
「そう、だから中央政府の方でもここら一帯を封鎖して現状維持した方がいいんじゃないかって意見があるけど……中には、ああいう馬鹿もいるわね。どうする?」
私とテーレさんの視線の先、馬車が進む山道から見下ろせる、黒い球体が地面に食い込んでいるように見える地点で何やら揉めているような気配のする、冒険者らしき装備の人々と……何故か、場違いにその間に挟まれて怯える少女が一人。
会話内容などは遠すぎてさっぱりですが、どう見ても楽園入場の順番を譲り合っているようには見えませんねえ。
「やれやれ、とりあえずは話を聞きましょう。テーレさん、昼食の用意は多めでお願いします」




