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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
五章:『穢れ』多き英雄譚

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第150話 極楽浄土の儀式場

side 狂信者


 少々時間を戻し、時は昨晩。

 私が夢の中で迷い込んだ、悪魔の位相。


 その世界で異様な強大さを見せていた深紅の剣を持つ大悪魔は、私を視認し、顎門を開いて……言葉を発しました。


『この世界に迷い込んだか、人間。我を恐れず立っていられるとは、ただの迷い人ではないようだがな』


 おそらくは、害意はありませんでした。

 しかし、言葉を発するだけで、まるで離れた爆風に煽られるような熱気と風圧に身体が揺らぎます。


『……すまんな、人間と話すことに慣れていないのだ』


『いいえ……お気になさらず。鍛えていますので。して、あなたは? 見たところ、悪魔と呼ばれる存在の一種かと思われますが……思いのほか、話が通じるようでよかった。いきなり攻撃されたらどうしようかと思っていました』


『そうか。こちらも、話が通じる人間がいてよかった……頼みがあるのだ』


『……聞きましょう。実行できるかどうかは内容によりますが』


『話が早いな』


 実を言えば、長話をするとさすがにダメージが蓄積して危険だと思ったので。せっかくいただいた睡眠時間ですし、ちゃんと休めなければ後に響きます。


『では、手短に頼もう……我は、剣に宿りし悪魔の残骸。もうまもなく、世に生まれ出る災厄。だが、我自身が誰よりもそれを望まぬ者である。剣を、我の核となる紅き剣を折ってほしい』


 今にして思えば……それは、クライス氏の表面的な部分が喪失してしまった人間性が核となっていたのやもしれません。

 何はともあれ、私は願いを聞き……そして、断る理由は見つかりませんでした。


『人間よ、頼むぞ。この世に新たな魔王を生み出さないでくれ』




 そして今、剣はクライス氏の身から離れ、使い手なく地面に転がっています。

 テーレさんの攻撃でクライス氏は昏倒。止血は必要でしょうが、命に別状はないでしょう。私も、自身の石化を解いて彼の拘束を解きます。


 後は、あの紅き剣さえ破壊すれば……


「この時を……この時を、待っていた」


 私たちよりも先にその剣を拾う手が一つ。

 それは、屍人や異形の悪魔の軍勢の中に紛れていた……一目で死人だと認識して然るべき、あるいは既に致命傷を受けているとしか見えないような、片腕も顔の半分も失った男性。その顔には、見覚えがあります。


「あなたは……軍の、バルマー指揮官。生きていたのですか?」


「任務を……新兵器を、手に入れる……部下をいくら失ったとしても、それさえ叶えば、任務失敗では……ない……」


 出血はしていません。

 肉体的には、既に活動を止めていなければおかしい。いくらこの世界に魔力があり、生物が強健だからといって、頭の半分を欠損したまま、それに気付きもしていないように振る舞うことは難しいでしょう。

 ……いえ、この世界でも、ではありませんか。

 この森の中……悪霊や悪魔の満ちるこの特殊な環境だからこそ。死者が天に還ることが阻害され、魂が肉体に留まりやすくなっているからこそですか。


「……森に満ちる悪魔と契約し、自身を改変し続けることで無理矢理にでも生存しようとしたのですか。傷を治すほどの力もない弱い悪魔に、ただ『死んだ』という結果を先送りにするだけのために……」


「うるさい……冒険者……まだ、我々は負けてなどいない……我が軍は……まだ、ここにいる……」


 クライス氏の手から剣が離れたことで悪魔に引っ張られていた精神が自我を取り戻したのか、バルマー氏のように身体の多くを欠損した兵士さん達が悪魔の中から歩み出て来ます。

 ここに来るまでの道中で出てきた幹部ゾンビさんのように戦闘技能を失わないように完全に死人にはされていなかったものが、指揮権が移ったことにより目覚めたのかもしれません。


 ですが……


「やった……てに、手に入れたぞぉお! これが力だぁあ! ぶっ殺す! これで盗賊共も、裏切りもののぉ冒険者もぉ、片付けてやるぅう!」

「「「おぉぉおおおお!」」」


 既に、正気とは言い難い。

 魂が劣化を始めるのは肉体を離れてからだといっても、一度は文字通りの死ぬほどの苦痛を経験し、そして今尚それは終わっていない。

 それでいて、半端に理性が残っているのはたちが悪い。彼らにはもはや、人間に敵味方の区別などつかないでしょう。このまま街へ剣を持ち帰ったところで、迎撃されて敵として認識し襲いかかるのがオチです。


「まずは、貴様らをぉお……」


「さっさとその剣を寄越しなさいっての!」


 テーレさんが聖水の小瓶を投擲し、バルマー指揮官に命中させました。単なる屍人や悪魔ならば、ダメージで手を離すはずですが……


「うぉおお! こむすめぇええ! 何をするぅうう!」


「げっ、あんま効いてない!」


「『聖水』はあくまで現実を正すもの。他人の魂が変質した悪魔に憑依された人間なら拒絶反応で引き離せるでしょう。しかし、彼らはいつぞやのロックさんと同じです。悪魔との契約によるものとはいえ、一応は生きた人間としてここにいて……そして、生きたまま魂が悪魔に近い憎悪に染まったものになってしまっている。悪人に聖水をかけても善人にはなれないように、彼らには聖水の効果が薄いのでしょう。生命維持の魔法自体は多少打ち消せるようですが、苦しいだけで根本的な解決にはならないようですね」


「ああ面倒い! 軍人なら潔く戦死して特進しなさいよ!」


「この特殊な環境条件下でなければそうなっていたと思いますが……おっと! テーレさん、私の後ろに。【過剰回復(オーバーヒール)】!」


 半死軍人さんたちから矢が飛んできたので、持っていたガリの実を地面に叩きつけて成長させ、壁とします。地面は岩場ですが、土台として固定するには十分です。


「つまり、こいつらは自分自身の悪霊と森の悪魔のハイブリッド。止めるには『死の否定』が不可能なほど完全に破壊してから浄化しないといけないわけね……どうすんのこれ。さっきまでみたいな統率力はなさそうだし、一か八かキャシー回収して街まで逃げる?」


 『閃光杖(フラッシュスタッフ)改』も本来はテーレさん用だったので私の使用で壊れてしまったみたいですしね。これを見越して一発勝負に賭けた部分もありますが、こうなるともう一回くらい耐えて欲しかったですね。

 私の『浄化の光』は効かなかった時にテーレさんがダメージを受けるだけなのでリスキーですし。


「矢の雨を防ぎつつ剣を奪うか破壊するくらいならできますが……」


「それなんだけど……今の剣を見た感じ、それだと無理っぽい。あれ、常に大量の魔力を流してる感じがしないから命令の瞬間だけ強い思念波を飛ばしてるんだと思うけど、それだと剣を壊してもそれだけじゃ悪魔は止まらない。それに、知能の低い悪魔を従えるときのためか攻撃対象の指定を持ち主からの敵意の方向で補正してるみたい」


 言われてみれば確かに、剣は使用者が命令を出す瞬間だけ発光しています。

 この手の発光現象はある程度の量の魔力を使うことで起こるものですが、逆に言えば光るときと光らないときがあるということは光らない時には魔力を使っていないと考えるべきでしょう。

 そして、剣を破壊したところで悪魔たちに『行動中止』という命令が自動で送られるという親切設計も期待しない方がいいとなると……


「今から破壊しても、やつらの『冒険者や盗賊を殺せ』って命令は継続……それぞれの個体にそんな区別がつくとは思えないけど。むしろ私たちへの認識がなくなって悪魔たちは四方八方に散る。しかも困ったことに、あれはもう文字通りの死ぬほどの苦痛で敵意の対象なんて絞れないし、あれだけ人としての個が薄くなると悪魔からも見分けが付かない。一人でも残っていればそいつが『司令塔』になるでしょうね」


 つまり、ここで剣だけを破壊したところで、半死軍人さんが全滅するまで命令は続行というわけですか。そして、先程までなら剣を壊せばほとんどの個体は『待機』のままで済んだものが今では雑な『全体攻撃』でバラバラにではあるものの動きだそうとしている。


 鎧悪魔の集団は指揮系統が剣のみに依存しているわけではないのかクライス氏が昏倒してからは沈黙しています。

 彼らも、さすがに攻撃を受ければ反撃を始めると思いますが、逆に言えば先制攻撃の一発だけは見逃してくれるということ。であれば……


「……つまり、全ての半死軍人さんを浄化して剣の所有権を喪失させ、それによって無抵抗になった残りの悪魔さんを制御して無抵抗のまま片付ければいいわけですか」


「簡単に言ってるけど、相手は半分生きてる人間。それを浄化するってことは……」


 ええ、テーレさんの言いたいことはわかっています。

 一度、ちゃんと殺さなければならない。命を奪わなければならない。この手で、私の手で。彼らに止めを。

 これまで、何だかんだで直接手を下すということがなかったことですが……今が、その時です。


「キャシーさんは……きっと、大丈夫でしょう。テーレさん……見方によっては、私はこれから大量殺戮とも呼べる行為に手を染めることになります。相手は半死者だからと言い逃れるつもりはありません……私は、彼らを殺します。しかし、その先も……付いてきてもらえますか?」


 最後の確認。

 これまでは、テーレさんに任せてきたことです。

 テーレさんは少しだけ躊躇いました。『相手はもう死んでいるはずのものだから』と言うこともできるはずです。『手を汚さず逃げてもいい』と言ってもいいでしょう。

 しかし、テーレさんは……


「……今更、何を聞いてんのよ。あんたがこいつらを皆殺しにしたって、引いたりしないわ。さあ、私は従者、あんたは私のマスターよ! そうするって決めたなら、迷わず進みなさい!」


 一瞬の躊躇いの後、私の背中を押して下さいました。

 ええ、そうですとも。私は彼らを殺したところでそれ自体に関してそれほどの罪悪感を抱くことはないでしょう。彼らは既に、ただ死にきれなかったというだけです。ただ、その浄化に際して肉体と魂の繋がりを断つという行程が増えるだけです。生命の流転の中の淀みを押し流す、それだけです。


 それが理解できていて、それでも残った気がかりは他でもなく……テーレさんが、これまで私の代わりに手を汚して下さった彼女が悲しむのではないかということだけ。テーレさんがこの先も付いてきてくださるというのなら、私に躊躇う理由はありません。


「では、鎧悪魔だけはお願いします……【天の門は万人に開かれ

皆いつかは其処を通る それは正しきこと 故に苦痛は必要なく 故に恐怖もなし】」


 これは、私の範囲浄化魔法。

 山での修行の中でイメージを組み上げ、実験し……そして、安易に発動すべきではないと結論付けた、『恩師の加護』と並んで私の奥の手とも言える魔法。


 ただの『浄化魔法』でありながら、『大量殺戮』が行えてしまうという最終兵器魔法。


「【神のものは神の手に】!」


 時は逢魔が時。

 日の沈む瞬間、世界が夜へと切り替わる瞬間に死後の世界への道が繋がってしまう……まさに今この時、それは比喩に非ず。

 文字通りに世界が、空間が変調を来します。

 普段、魔法を『発動』させない限りは物理法則が一定に保たれるように保たれている現実性の強度が急速に低下し、物質と魂の境界が喪失していく。霊体である悪霊たちがハッキリと視認できるようになっていく。


 そして……彼ら全ての精神に、『選択』が突きつけられる。


「生きるとは辛く苦しいこと。しかし人は、死の苦痛、死後への恐怖との天秤によってその辛苦を必要なものとして受け入れて生きているもの……しかし、ここではそうではありません。ここでは、心臓を止めるために刃を突き立てる必要も、死後の裁定に不安を抱く必要もありません……何故なら、ここが既に『その先』だからです。この位相(世界)こそが……『天界』です」


 この魔法は、射程や個体を対象にするものではなく、周辺空間そのものを対象にするもの。

 空間の現実性強度を極度に低下させ、主観的現実と客観的現在、つまり魂と物質の区別を無くすもの。そして、生者と死者の区別すら消し去るもの。


 『この現世にこそ生き続けたい』と願うことでのみ、その精神抵抗によってのみ抗うことのできる……ただ生存を放棄するだけで、ただ『この快適な空間にいたい』と思考するだけで、物質的な器との接続をあっさりと断ち切られてしまう限定的な極楽浄土。


 『範囲内の存在が生者か死者かを問わずに作用してしまう』という欠点(デメリット)を持つ、無差別浄化魔法。

 範囲は約半径500m。

 当たり前に生に執着する虫や草花、動物などにはほとんど効きませんが、『死にたい』と思いながら同時に『死ぬのが怖い』という理由で日々を生きているような人間ならば、致死率はほぼ100%。

 さすがにこの世界なら街中で使っても全滅はしないと思いますが、前世の日本の学校や満員電車の中で発動すればおそらく全滅しますね。そして、憎悪や怨念ばかりで苦しみながら現世に留まっている彼ら悪魔や悪霊も、当然耐えられるものではありません。


 突然に死への恐怖と苦痛が取り払われ、目の前に提示される今後の一生で二度と出会うことはできないと直感させられる安楽死の機会。蓋もパスワードも鍵も必要なく、ただ軽く意志を込めて触れるだけで押せてしまう入滅スイッチ。


 そして、同時に……この魔法を作ったのは、私からテーレさんにできる、最大の強化魔法となり得ると考えたためです。


「さあ、テーレさん。環境値はあの転生処理の空間に合わせておきました。水を得た魚というわけではありませんが……『天使』の本気、お願いできますか?」


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[一言] 浄化魔法?まぁ極楽浄土っていうぐらいだし間違ってはいない、のか?範囲無差別は駄目な気しかしないが
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