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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
五章:『穢れ』多き英雄譚

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第143話 『戦争』という名のブランケット

side 狂信者


 世の中にはたまに、自然界での食物連鎖や戦争を指して『この世の真理は弱肉強食だ!』などと言う方もいらっしゃいますが、あれってどうなんでしょう。


 まさか、世界の真理が一つしかないとでも思っているのでしょうか。というかまさか、動物界の生物が二十四時間殺し合っていると思っているわけではないでしょう流石に。

 確かにライオンがシマウマを襲う映像などは印象深くはありますが、それも所詮は生態活動の一つ。百獣の王とて眠っている時もあれば異性と愛を育んでいる時もあり、子供の成長をそっと見守りながら微笑んでいることもあるでしょう。


 猛獣だからといって常に飢えているわけでもなし、むしろできるだけギリギリまで飢えてからの狩りは栄養の吸収効率を上げることができます。食品の保存という文化を持たない彼らが効率的にカロリー消費を抑えるための工夫です。

 それを言うのなら廃棄するほどの食べ物を蓄え、飽食を極めてわざわざそのカロリーを消費するためにダイエットといって非生産的な運動に熱中するという人間の生態こそ非合理の極みでしょう。いえ、ダイエットがいけないというわけではないのですが。筋肉がつくのはいいことですし。


 まあ、何が言いたいかといえば、『無駄な争いなんてお腹が空くだけです』というだけの話なのですが。

 みなさん、そこら辺をどう思ってこんなことをやってるんでしょうねえ?


 低木の林に隠れながら向こう側に見える惨死体を見ながら、そんなことを考えています。

 いやホント、旅の途中では獣に襲われて死んだ人間の死体なども見ましたが、目の前の死体に比べればあれらは無駄がなくて綺麗なものでしたよ。こちらなど、ただ無為に壊されているだけですから。


「狂信者……酷いありさまだな」


「まったく、食べもしないのなら埋葬もしないで野晒しとは。それに無駄にめった刺しですね、犯人は殺しの素人だったんでしょうか」


 テーレさんは今、隠し通路から砦の中に入って立てこもっている方々と交渉中です。


 彼らは案の定、既に砦の門を閉めて自分達だけ籠城するつもりだったようですが、テーレさんが『黒い光輪』を使って手紙で交渉を持ち掛け、なんとか一人だけ入ることを許してもらいました。まあ、テーレさん一人でも今の装備なら砦を一つ内側から落とす程度は容易いでしょうし、心配はしていません。目的は他の方々を盗賊や兵士といった区別をせずに受け入れてもらい、かつ砦から悪魔を攻撃して気を惹いてほしいというだけの交渉ですので、砦を落としてしまっては逆に困りますが。


 そして、そうしている間に私とキャシーさんは外で隠れて待機しているわけですが……ここは最初の戦闘に近かったのか、軍の兵士さんと鎧悪魔の戦闘の痕跡……主に、兵士さんの死体がそこら中に転がっています。他にも、砦から出てきた盗賊さんの死体などもありますが。

 今見ていたのは、隠れ場所のすぐ近くの樹に寄りかかっていた兵士さんの死体です。どうやら、混乱の中負傷して隠れていたところを盗賊さんに襲われた様子。過剰な刺突で身体の各所が真っ赤になっていますね。本当ならば簡素な穴でも掘って供養して差し上げたいところですが、今は潜伏が私たちの仕事です。


「……雨音に混じって、各所から戦いの音や悲鳴が聞こえる。鎧悪魔に襲われている者ばかりでなく、人間同士の罵り合いもだ」


 あの焼けた吊り橋からここに戻ってくるまで、その道中でも多くの光景を見ました。

 人と人が斬り合う様も、鎧悪魔に引き千切られる人間の死体も、片方が致命傷を負った後に逆転したのか勝者なく向き合って斃れた遺体も。できるだけ隠れ潜みながら、その移動の視界の端に目撃しました。足を止めて関われば『敵』が集まってきてしまう、そういう状況でしたから。

 ここは既に死体ばかりで戦闘からは遠いはずですが……確かに、時折ふと意識に入ってくる音がありますね。不明瞭なノイズのようなものですが。


「キャシーさんは耳が良いのですね。私はそこまではっきりとは聞こえません」


「聞こえても、気持ちのいいものではない……こういう時は、人間の醜さを見せつけられている気分になる」


 ちなみに、キャシーさんは今、指錠を外して前手で手首だけを縛ってあります。状況が状況なので、ある程度は自分で動けるようにしておいた方がいいかと少しだけ自由にしてもらいました。

 やろうと思えば、両耳を塞ぐことくらいはできると思いますが……キャシーさんは陰鬱とした表情のまま、周囲の音を聞き続けています。


「なあ……狂信者、捕虜の立場で、護られている立場で言うことではないと思っている。だが……答えてもらっていいか?」


「なんでしょう?」


「こんな醜い人間の世界を、護り続けることに意味があると思うか?」


 醜い人間の世界……ニュアンスとしては、『醜い人間の作る社会』を『世界』と言い換えたものでしょうか。私は『社会』を『世界』だとは思いませんが、まあ比喩表現としてそれほど不適切というわけではありませんしいいでしょう。

 しかし、護り続けることに意味があるか、ですか……


「それではまるで、キャシーさんが人間社会の守護者であるかのようですねえ。まあ、誰もが守護者であり番人であり責任を負うべき者であるというのはわかりますが」


「……私の立場は、考えなくていい。一般論として……お前の意見としては、どうなんだ、狂信者。全てを上手く回そうと苦心するお前は、それが善い行為だと言い切れるのか。ここで戦争を一つ止めても、また別の戦争が始まるだけだ……そうは、思わないのか?」


「ああ、なるほど。『厠は使っていれば汚れていくのに、掃除する意味があるのか』と同じような意味合いの質問ですか」


「……この世界が、クソのゴミ溜めみたいなところがあるっていうのには同意するが、その話題と同列に考えるのはどうかと思うぞ。とにかく、私は……お前が、何をもってこの世界に価値を見出しているか、それを聞きたいのだ。この、少し何かを間違えただけで血なまぐさい戦場になってしまうこの世界を、どう思っている」


 そうですねえ……キャシーさんの持論としては、『平和というのは次の戦争への準備期間である』というような説を前提としての世界観を組んでいるわけですかね。まあ、この世界でも地球でも、それは否定できていませんが……私としては、それは『まだ』というだけの話です。


「いくつかの返答はありますが、まずは一つ。戦争が見たくない、護るべき価値を感じるものなんてないというのなら、別に戦争に関わる必要はありません。森の中だろうが花畑だろうが海の向こうだろうが、好きに逃げてしまうべきです。要するに、そう思ってしまう時点で『戦争』に協力したところで見合った利益がないわけですから。リターンがないのに責任だとか義務だとかを押し付けてくるのはあちらの勝手な都合です」


「……そうか。確かに、その通りだ。だが……」


「はい、そうです。わかっています。『戦争』はあちらから勝手に来る、そういうことでしょう?」


「……ああ、そうだ。何もせず逃げれば、親兄弟に危険が及ぶこともあるだろう」


「ならば、その親兄弟と共に逃げればいい。一族の誇りや名誉といった無形のものを守りたいのなら、それこそ戦って守るしかありませんが」


「……はは、親兄弟と逃げればいい、か。簡単に言ってくれる。そう簡単ではないし、下手をすれば殺されるだろうな」


「戦争も簡単ではないですし、下手をすれば死ぬのは同じでしょう。人によっては死ぬよりも殺すことの方が辛い人もいるでしょう。命を懸けて戦争で戦うか、命を懸けて戦争と戦うか、結果的には大差はないのでは?」


「……そうか、なるほど。その発想はなかった……『戦争と戦う』か。ただ逃げるというのではなく、そういう見方もあるのか」


 この世界には『逃げるが勝ち』という言葉はないのですかね。

 トランプゲームも、口喧嘩も、国の戦争も同じですよ。勝てない時はムキにならず勝負を降りて高みの見物を決め込む。『降参=絶対服従』などと言うルールはそれこそ野蛮な殺し合いだけです。


「もしも、国家の全員が『戦争と戦う』を選べば、戦争は始まることすらできません。他国との交渉で不利益を被ったりすることもあるかもしれませんが、戦争をして失うものよりも少なければ悪い話ではないでしょう。国の面子や対等な立場がどうとかという話も聞きますが、戦争をしたところで負けるなり国力消費で衰えるなりすれば同じでしょう。A国との争いで勝つために負った手傷で弱体化しB国に攻め込まれるなど珍しい話ではありませんし。それなら、別の産業や貿易などで長所を探せばいい話です。戦力を放棄して一方的に攻め込まれて馬鹿を見るなんてのは『戦争をしないための努力』が足りなかっただけで戦争を捨てる選択自体が馬鹿なのではありませんよ」


 少なくとも、地球には大戦中にも戦火で乱れに乱れるヨーロッパのど真ん中で『永世中立』を貫いた国があります。

 その国が特別なのですか?

 簡単には真似できないでしょうが、やってできた実例があるのにそこに至る前に努力をやめて易きに流れるのは怠惰というものですよ。

 戦争参加の主立った動機など『今こちらに付けば戦勝国になって分け前で得できそう』というような『欲』の話でしょうに。殺し殺されに資源(リソース)を使えば全体的に損をするのは当たり前、胴元が儲かるようにできている賭場と同じ期待値1.0以下のゲームみたいなものですよ。


「そうか……てっきり、狂信者などと言うから『神に任せておけば安心だ』というようなことを言うかと思った。政治の話もできるのか」


「政治なんて詳しくはありませんがね。それに、私は善意の女神ディーレ様の信徒ではありますが、全ての人間が性善的で常に善意に生きているわけではないことくらいは承知しています。だからこそ、女神ディーレという善意と幸運を司る神の存在を意識し、善であろうと自ら心掛けるべきです。神々を信じて結果を預けることはあっても、過程を任せるということはありませんよ。私たち現世の住人こそが神の指先なのですから」


「なるほど、極まった信仰心だ。自身を『神の指先』と……いや、人間全てが『神の指先』だと考えているわけか。なら、戦争というものはなんだ? まさか暇を持て余した神々の遊びというつもりではないだろう?」


「そうですね……私は、『戦争』を『会話』から派生した人類の発明品の一つだと思っています。大層なことを言ったり大義名分を用意したところで、結局の所戦争というのも神の意向ではなく、どこまでいっても人間の作った品々の一部でしかありませんよ。捕食のための殺害ではなく、欲望に任せるだけの暴力でもなく、互いにある程度は戦いのルールを決めた上で行う殺し合い、交渉手段の一つ……世界中で長く大流行している人気商品ですね」


「ああ……そうだ。戦争は、一部の人間の都合で秩序を与えられた悪行だ。だからこそ、ただの個々の争いよりも根深く、副次的な利益で潤う者がいるせいでなくならない。だから世界は……」


「しかし、私は『戦争』はいつか時代遅れになると思います。長続きはしていますが、だからといって永遠ではありませんよ」


「……なん、だと?」


 『戦争』は文明が生まれた後、異文化との接触や個人の利益の不一致を解決するために考え出された『発明品』です。いくら禁じても人間は争いを捨てられないというのなら、ルールを決めた上で期間や終点を見据えて『争わせる』ことで最低限の秩序を保つ。そういった発明品です。

 確かに、これは使い勝手が良く、この世界でも地球でもまだ使われている発明です。地球でも、『戦争は人類が続く限り消滅しない』という考え方は主流でした。

 ですが……


「『戦争よりもいい発明品』が『現状(まだ)』ないというだけの話でしょう? 『戦争はなくならない』なんて誰も証明したことのない経験則を真理と勘違いして思考停止してどうするんですか」


 みんながそう言っているからといって、自分までそう思う必要はないでしょう。

 声の大きさは情報の正確さと相関しません。証明されていない以上は『未来永劫』など、ただの誇張表現ですよ。


「大抵の人は生まれてからまだ一度も死んでいませんが、いつかは死ぬでしょう。『戦争がなくなったことはないからこれからもなくならない』というのは『私は生まれてからまだ一度も死んだことがないので永遠に不死身です』というようなものです。人間、死にそうにないと思っていた人があっさり死ぬように、ずっと使われると思っていた道具だってそれよりもいいものが出ればあっさり衰退して忘れ去られるものでしょう。『戦争』だってそれこそ、誰かが『言語』を発明して互いの利益を平和的に確保する交渉という手段を生み出した時のように、誰かが『文字』を発明して志や過去の教訓を後世に事細かに遺せるようにしたときのように、少し工夫するだけで解決してしまうかもしれないというのに」


 この世界でもそうだから、ましてや時代の比較的進んでいる地球でもそうだから……で、未来永劫そうだと決めたのは誰ですか? 神様ですか?

 この世界には転生者が技術を持ち込んでいるせいで『自分たちの技術を発達させていけばああなる』という展望ができてしまっているようですが、別に同じようになる必要はないでしょう。地球で実現されていないことが実現されてしまってもいいでしょう。ルビアさんが地球でもまだ絵空事でしかなかった医療用ナノマシンという画期的発明を、ゼットさんという形である側面では成功させてしまったように。


 別に、地球で二回も世界大戦が起こっているからといって、この世界でもこの先同じことを繰り返す必要なんて、どこにもないでしょう。悪いところまで見習う必要なんてありません。


「い、いや、だがそんな、『戦争のない世界』なんてものは、実現されたことは……あっ、待て、あれは……」


「『まだ実現されていない』、『まだ戦争より合理的な方法が見つかっていない』から『仕方なく戦争をしている』。それだけでしょう? まあ、もしキャシーさんが『戦の女神』の信徒であったのなら怒らせてしまうかもしれませんが、質問された以上は真面目に答えさせていただきます。私は、『戦争』というのは『いつか時代遅れになるべき欠点の多い発明品』だと考えています。大工事の足場作りの即席工事、不足資源の代用品、すぐに使えなくなる子供の服と同じ、一生ものまでの繋ぎの品です。キャシーさん、あなたが戦争嫌いだというのなら、あなたも考えてみてください」


 残念ながら、ここまでのことを言っておいて私にはそんな画期的な『次の時代の発明品』など浮かびませんがね。しかし、どうせならば考える頭や視点は多い方がいいでしょう。

 キャシーさんの『世界の現状に納得できない』という感覚はとても大事なものです。少なくとも、目の前の現実に無理にでも納得して飲み込もうと『戦争はなくならない』などという先入観を押し付け合っていては、本当に戦争はいつまでも時代遅れになってくれませんから。


 かのライト兄弟が『人間は空を飛べない』と諦めてしまったら飛行機はできませんでしたし、ナイチンゲール女史が『病院は不潔で患者はすぐ死ぬものだ』と当時の医療状況への憤りを抑え込んで妥協してしまっていたら病院はいつまでも雑菌の巣窟でした。他にも、消毒や地動説、進化論や万有引力などはかつて異端とされた誰かが必死に『今のこの世界は間違っている』と指摘して叫んだが故に一般化した偉大な『発明』です。

 『発明』とは、間違っていることや隠されていたことを発見し、明るみにすること。それにより、より明るい未来の出発地点となることです。


「この世界に価値がないというのなら、価値のある世界になるように。何度救われても戦争で台無しになってしまうというのなら、そもそもその戦争そのものがなくなるように。『この世界の方が間違っている』と叫ぶことは間違っていないはずです……そうやって叫んできた先人たちが、今の『正しい世界』の基盤を作ってきたのですから。手段に善手悪手はあれど、世界をよくしようと想うことに間違いはありません。ですから……」


 どうやら、長話をし過ぎたかもしれません。

 キャシーさんが先に気付いたようですが、鎧悪魔の一体がこちらへと歩いてきています。この林に真っ直ぐ……声はできる限り抑えていましたが、相手はライリーさんの親戚のようなものです。敵意や気配への感知能力の高い個体がいてもおかしくはない。キャシーさんは周りの音から、この戦場そのものへ憤りを抑えながらも溜め込んでいましたからね。その悪感情を察知されても仕方がありません。

 ですから、私は見つかったことを責める気もありません。


「キャシーさん、その戦争への憤りは、『悪』ではなく正しさへの渇望です。あなたの本当の立場や職業がなんであれ、そこは踏み間違えないでください。今回、少々漏れ出してしまったよくない部分の後始末は私が済ませておきましょう」


 『テレパスカード』でテーレさんに最短符号で『鎧悪魔一体に見つかりました』と連絡。

 すぐに『できるだけ早く戻るからそれまで自力で対処』という返事が返ってきました。つまり……情報共有で仲間が集まってくる前に、この一体だけは潰して場所を移して再潜伏、といったところですかね。


「さあ、護送対象を狙う不届き者への対処を始めましょうか」





 ちなみに、狂信者は自分を転生させたのが『戦の女神』だったとしても同じことを言います。


 その場合は『だからこそ戦争が避けられないならより上手くそれを扱える方が犠牲を減らすために頭を働かさなければならない』『いつか戦女神が安心して平和な世を見守れるようにするのです、戦の末に人が滅んでは元も子もありませんから』というような総括になります。


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― 新着の感想 ―
泥縄仕立ての発明品って視点はありがたいね
この戦争に関する視点は、考えたことが無かった、面白い
[一言] 「これまでもこうやってきた」 「前例がないから」 新しいことに実績があるわけが無いのに何故実績の有無で比べるのか 新しいことに前例があるはずが無いのに何故それが反論になると思うのか たく…
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