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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
五章:『穢れ』多き英雄譚

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第142話 伝達志願

side カサンドラ・ゾラック


 こいつらは何者なのだろう。

 雨宿りのために見つけた小さな洞穴、というよりも軽い土砂崩れでできた溝に木々の屋根ができただけの即席拠点で、少々窮屈な拘束の感触を確かめながら浮かび上がる疑問を処理する。


「私が『恩師の加護』でキャシーさんを背負って谷間を跳び越えるというのは……」


「却下。橋を落とすんなら対空トラップがあるかもしれないし、あれやった後の反動を考えるとその後の移動で不便が出る。いざという時までとっておくべきだと思う」


「では基本『恩師の加護』は使わないものとして、私たちの足で使えるルートは……」


 会話の中にはわからない部分、おそらく二人の間でだけ通じる符丁のようなものが多いが、それでも会話を聞き続けていれば関係性くらいは見えてくる。私の特技ともいえるものだ。


 まず、金髪の少女。こちらはわかりやすく全般的な技術分野のプロ。特殊な訓練を受け、特殊な装備を支給された工作員の類。政府系の工作員には見えないが、技術は信用できる。


 そして、黒衣の男。こちらは逆に、専門技術分野での判断を全て少女に丸投げしながら、作戦の決定権は確かに握っているというよくわからない男だ。

 『自分は何もできないくせに指示ばかりする無能な上司』という感じでもなく、自分が何もできないからこそできないことを少女に全て任せ、作戦難易度やそのコストではなく作戦で得られる結果を基準にした行動方針を決めているように見える。


 互いに、それぞれの役割への信頼がなければできない仕事分担だ。

 それでいて、二人の間には共に行動を始めてまだ日の浅いチームような手探り感が抜けていないように感じられる。特に、男の方は少女が『何ならできるか』というのをことあるごとに確認しながら作戦を組み立てなおしている。洗練されきっていない、非効率的な部分を残しているとも言える。


「モンスターとの接触リスクを考えると、やっぱりモンスター除けの効いた国道沿いを行きたいけど……」


「あらかじめ橋に火を放っておくような相手ですから、最もわかりやすいルートをそのまま通してくれるかどうか……」


「だけど、そうだとしても警報結界に引っかからない範囲での妨害なら森の中で万全に仕掛けられたトラップよりはまだ……」


 なにより、この二人はこの状況になっても未だに私を捨てていこうという話はしていない。

 私を護送すると言い出した男もそうだが、少女はその行動方針に最初ほどの反発を見せていない。この状況なら改めて私というお荷物を手放そうと言い出すのが普通であるはずなのにだ。


「……私を、人質にして突破するという案はないのか?」


「おや、お休みになっていたかと思いましたが。傷が治ったといっても体力は減っているはずです、休んでいた方がいいかと思いますよ」


「一番厄介な……おそらく、この状況を演出したのは『深紅の剣』のリーダーだろう。私を差し出して包囲からの抜け道を聞き出そうとか、そういうことは思いつかないのか?」


「却下です。『血塗れのアリア』ではないあなたには、その価値はないでしょう。そも、あったとしてもそれはそのリーダーさんとの交渉ができたらの話。私たちではその窓口すらありませんし、交渉失敗は包囲されてからの絶体絶命に繋がるでしょう」


「……そうだな。こんな包囲を仕掛けて、敵味方区別なく襲いかかる兵器を送り込んだ。それなら、砦のメンバーは皆切り捨ててもいいものだったということだ。私に価値はない……だが、そうだとして、私を責めない理由はあるまい?」


「あなたは盗賊ではないのでは?」


「……そういう話はいい。やつあたりでも責任転嫁でも、何でも構わない。私がここに誘導した……吊り橋が燃えているとも知らずに袋小路に誘い込んで、お前たちをさらに危機的状況に追い込んだ。法律の建前で捕虜への暴力が禁止されているとしても……役立たずと(なじ)っても、罪にはならんだろう?」


 それなのに、こいつらは、この男は、即座に視線を『次』の行動へ移した。

 唾を吐くことも悪態をつくこともなく、ただ淡々と行動を次へとすすめた。

 正直、それが一番理解できない。この戦場にありながら、どうしてこいつは……


(なじ)られることがあなたにとっての快だというのなら頑張りますが、そうでないというのなら御免こうむりますよ。どんな言葉を出力するかは私の勝手です。あと、私は言葉も時に暴力になるという意見に賛成している口なので」


「……私も、好き好んで暴言を浴びて悦ぶ性癖は持っていない。だが……多少の罪悪くらいは感じる。仮にも命の恩人の状況を悪化させた、それは事実だろう?」


「さあ、どうでしょうねえ? 私たちはあなたの看病やその他もろもろの作業をしていて乱戦の起点から遠い位置にいた、だからこうして冷静に作戦会議ができている。そう考えれば、さほど悪くないのでは?」


「それこそ詭弁だ。お前たちの判断の早さなら、あちら側にいればそそくさと逃げられただろう。特に、そちらの少女はそういった判断が上手そうだしな」


「そりゃまあ、否定はしないけど……知らんぷりして逃げるのはちょっと無理だったかもね。こいつ、たぶんあいつらとの相性いいから。どうやっても兵士たちは逃がしてくれなかったでしょ……無理やり殿にでもさせられてたら、たまったもんじゃないわ」


 部隊全体、味方の総体としての損害などを考えれば、敵と相性のいい個の戦力は前線に押し出してでも敵とぶつけて酷使するのが最善だ。けれど、それはその個からしてみれば全体の損害を下げるために自身の生存率を低下させるということに他ならない。


 今回は偶発的ではあるが、そもそもその最初のぶつかり合いの場に居合わせることができなかったおかげで、この男は味方から背中に槍を突きつけられるように前線に押し出される心配がなくなった。敵が散った現状なら、個々との遭遇戦ではその相性は純粋な生存力に繋がる。確かに、そう考えることもできなくはない……とんでもなく、前向きに考えた場合は、だが。


「納得できなかったんなら、『そういう星の巡り合わせだった』とでも思って。こいつは変なところで融通が利かなくて、私はこいつの最終的な決定には基本的に従うって決めてる。そんなに死にたければ、あの時『助けて』じゃなくて『殺して』って言うべきだった。あんたは死に時を逃したのよ。観念して生き残り会議に協力するか休むかしなさい」


 ……死に時を逃した、か。

 言い得て妙だ。私は、タイミングを逃した。死ぬ覚悟くらいとうの昔にできていたのに、急な窮地をギリギリで生き延びてしまって欲が出た。捕虜には勝手に自殺する権利も……諦める権利もない。

 この二人が何を思って重いお荷物でしかない私を捨てようとしないのかに疑問を挟んでも意味がない。私を見つけたのが、とびきりの変人だった。そういうことなのだろう。


「……信じてくれるなら、道案内をさせてほしい。また、道が封じられている可能性もあるが……」


「お願いします。妨害があった場合を考えても、ルートの選択肢は多い方がいい」


「私も罠を仕掛ける側でお前達を罠に導こうとしている可能性は考えないのか?」


「そんな不確実な罠のために、命を張って瀕死で待機しているあなたを、治療手段のある誰かさんが偶然に見つける可能性。それを考慮しての計画だったならそれを企てたプランナーには心底脱帽ですよ。それなら騙されても仕方がありません」


 確かに、言われてみればその通りだ。

 そんな計画を立てるやつがいてたまるか。予言者か何かか。

 ……そうか、なるほど。


「つまり、この私たちは、この状況を演出した者にとっての『計算外』というわけか。全てが混乱し敵味方も曖昧なこの森で、未だに愚直に『協力して生き抜こう』などと考えている。それがどの程度の誤差なのかはわからんが」


「……なるほど、そういう見方もありますか。プランナーの目的は味方の守護や砦の防衛ではなく、このパニックそのものと」


「いや、そこまで考えて発言したわけではないのだが……」


 私の言葉をどこまで聞いているのか、何かを深く考えながら棒状の糧食を取り出し、口に運ぶ男……いや、狂信者、だったか。思えば、最初から普通の行動原理で動いていないと自己申告しているようなものだったな。


「……テーレさん、もしもこの戦場を放置していたら、最終的に軍、冒険者、砦の盗賊団は『全滅』すると思いますか? 基本的に、戦争は損害三割で撤退、五割で壊滅と聞いたことがありますが……八割や九割損害というのはあり得ますか?」


「いくらなんでもそんなレベルでの『全滅』なんて……いや、あの鎧悪魔と包囲を考えたら……」


「……その『悪魔』というのが比喩ではないのなら、あるかもしれんな」


 普通は、ある程度の死人が出れば士気は最低を下回り、撤退命令などなくとも勝手に兵が逃げ出し始めて戦線は崩壊する。戦闘継続は困難になり、皆が生き残りに必死になる。そこまで及べば、生き残りに必要なのは命令に従い敵を殺すことではなく逃げ出すことだと皆が気付く。


 だが、それは人間の常識。

 『悪魔』は憎悪に染まった死者の成れの果てだ。自身の生存などより敵を殺すことを優先することは大いにあり得る。

 そして、今回の戦場においてはその悪魔が天然の隔離地形の出口を塞いでいるのだ。

 人間同士の戦争であれば、敵を追い込みすぎて死に物狂いの抵抗を受けるのを避けるために包囲には穴を開けておくという定石もあるが、悪魔にはおそらくそんな定石はない。


「包囲を命じた側からすれば、パニックが極まってくれさえすれば後は勝手に内側で殺し合い潰し合いで戦力を減らしてくれます。これは推測憶測予測ですが、軍や盗賊団を積極的に襲っている鎧悪魔は一部だけで、彼らの主目的は森から我々を逃がさないことでは?」


「……『人間同士で潰し合わせておけば、貴重な鎧悪魔も消耗せずに済む』。言われてみればその通りね。時間が経って鎧悪魔が分散してくれれば簡単に抜けられるかもと思ったけど、もしそうだとしたら包囲に必要な最低限の兵力は維持されたままってことね」


「むしろ、こちらの戦闘可能要員が減れば圧迫するために包囲は狭まり、密度は高くなるかと」


「だったら、しばらくやり過ごす作戦は下策になる可能性は高いか……」


「……理論上の最善策は、軍と冒険者、そして盗賊団が力を合わせて鎧悪魔に対抗することです。おそらくそれが、鎧悪魔の使役者にとって一番嫌な展開でしょう。既に犠牲は出始めているでしょうが……」


「何よ。まさか、一人一人説得して味方にしていくとか言わないわよね? さすがにそれは無理よ?」


 既に戦闘は始まっている。

 心情的にも、後に引けないというのはあるだろう。今この森では、自分以外の人間を見たら敵だと思えというような状態だ。今ここで『話し合いをしましょう』といって手を上げながら歩み寄って行っても斬られるのがオチだ。運良く一人が言うことを聞いてくれたとしても、それを見た二人目が与しやすい場面だと襲いかかってくるだろう。


「……確かに、平地ならそうでしょう。ですが……『砦』ならどうでしょう?」


「……え?」

「……あっ」


 砦、盗賊団のアジト。

 確かに内側から開門されてしまったらしいが、砦自体が大きく損壊したわけではない。誰も彼もそれどころではないだろうし、鎧悪魔がほとんど包囲のために森から脱出するためのルートを巡回しているだけだとするのなら……砦は中の人間がほとんど逃げ出したまま、ほぼ空の状態で残ってる?


「冒険者の中には神官系の方が急遽増員されていました。コミュニケーションの円滑化のためにキャシーさんには言ってしまいますが、テーレさんは同じような鎧悪魔と戦闘をしたことがあります。その時は単騎でしたが……あれらは、鎧を割ってからでないと『浄化』が効きません。神官系の冒険者だけでは倒しにくいですし、戦士系では止めを刺しにくい。ですが、その両者が連携すれば倒せない相手ではありません」


「遠見で戦いを見た感じ、鎧悪魔の強さの要は連携みたいだった。確かに単騎でも強くはあるし、改良されて遠距離攻撃の手段も持ってるけど、一体や二体ずつなら大したことはない。砦なら……最低限の人数で、やつらを誘い込んで嵌め殺しにできる。この雨だし、混乱で火を放たれてもいない」


 それならば……全員を説得する必要はない。

 抜け道を塞いでしまえば、護るべきは門一つだけだ。


「そして、おそらくですが……既に、判断の速い冒険者の方には、それに気付いて砦に入っている方もいるでしょう。抜け道の図面もありますし。キャシーさんのいた場所にあった秘密の抜け道はおそらくまだ知られていませんが……そこから入って協力を仰げば、比較的冷静な方とも話せるかと。テーレさんの交戦経験も、多少なりとも交渉カードになりそうですし」


「でも……それで、どうするの? 『味方』を見つけられたって、砦に籠もってて包囲されたらどの道……」


「はい、ですので砦での交渉を成功させて人間の皆さんが集まれる状態にしたら、私たちは隠し通路から再び出て街へと向かいます。そのままではジリ貧ですしね。敵の目的が包囲だとすると、軍からの伝令もちゃんと出ているかわかりませんし」


「……は、え?」


「まさか……」


 こいつ、まさか……いや、確かに誰かがするべきことではあるし、合理的ではあるけど……


「砦を、他の軍や盗賊を全部囮にして、クロヌスへ行くってこと?」


 合理的でも、正気とは思えない。

 確かに街への救援は絶対に必要な状況だ。盗賊討伐のための戦力では足りなかったというだけで、正式に大規模な軍をいち早く要請できれば解決する問題だ。それまで砦で防衛し続ければいいというだけの話でもある。

 だが、それは確かに誰かがやるべきだとしても、わざわざ自分がやろうとは思わないようなことだ。


「キャシーさん、危険な作戦になります。協力できないというのであれば、砦で他の土地勘のある方を探すつもりです。しかし、いち早く街へと辿り着きたいというのならそれが最も早い手段になると思いますし、キャシーさん以上に信用できる方はおそらく見つからないでしょう。ものはついで、というには少し大変かもしれませんが……」


 この戦場を終わらせるために、自分の出来る一番の立ち回りを。命令に従う義務のある一兵士でもなく、こんな戦争に付き合う義理なんてない冒険者としてでもなく、この悲惨な戦場で冷静さを保っているというある種の異常さの持ち主として。


「どうか、お手伝いいただけないでしょうか?」


 この男は狂気じみた本気で、この戦場で一番の貧乏くじを自分から引き抜いてやるつもりらしい。





 不利な戦場を少数で脱出して本隊に援軍を求めて走るという高難易度お使いクエスト。


 無双系の活躍を期待していた方には申し訳ないですが、うちの主人公はこういう男です。

 ちなみに範囲浄化を使わない理由は副作用(デメリット)のせいです。しばしお待ちを。

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