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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
一章:招かれざる『転生者』
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第11話 毒草採取

side 狂信者


 冒険者ギルドというのは、冒険者に仕事を斡旋する会社のようなものです。


 冒険者と言うのは生業の一つではありますが、何も冒険ばかりしているわけではありません。

 確かに、冒険で遺跡やモンスターの住処に侵入し価値のある物品を取って来て収入を得るという場合もあり、その時も冒険者ギルドは遺跡の場所を情報料を取って教えたり、回収品を買い取ったりしますが、それ以外にも地域から地域へ旅をする冒険者のために、誰でもできる仕事も斡旋しています。


 この鉄と薬草の街と呼ばれるラタ市では、主に危険な街の外に出ての薬草の採取と、鉄鉱石を採取する鉱山の坑道を通って迷い込んでくるモンスターが目撃された場合の対処などが主な仕事。

 他にも、街の治安を守るための警邏任務もありますが、そちらは少々不人気な様子。


 まあ、ということで、私のこの世界での記念すべき最初のクエストは……


「テーレさん。さきほどの見本に似たものをできるだけ集めてみました。この中に薬草はありますか?」


 森の中の馬車が通る公道の草むしりを兼ねた薬草採集です。

 私たちのように冒険者が徒歩で森を抜ける場合を除けば、他の街との商業取引や貴族の移動はこの道を馬車で通ります。


 当然、馬車の通り道は踏み固められて雑草など生えませんが、それは以前の世界での常識の話。

 魔力を持つ植物の生命力は素晴らしいものです。薬草も雑草も木々も、踏み固められた土をものともせず道を侵略しようとしています。


 薬草採集は復活時期に合わせて地区毎にサイクルが定められていますが、この道は頻繁に、薬草以外の雑草も含めた採取クエストがほぼ常時募集されています。

 そして、同時に公道近くのモンスターを積極的に退治してモンスターが馬車などを襲わないように人間の縄張りとして忌避させる巡回クエストも常時募集中とのこと。


 私たちは森の中に出現したのでコボルトさんと鉢合わせしたわけですが、一応ちゃんと決まった道を進む限りはまず襲われることはないそうです。

 まあ、それでも交通事故並みの確率で『事故』は起こるもの。旅をするなら護衛なり帯剣なりの身を守る手段を持つのが妥当でしょう。


 しかし、維持コストを考えたとしてもこの森の奥地で大規模な移動ができる通路が一つしかないというのは危険な気もしますがね。

 一応、普段のモンスター退治に加えて道の脇にモンスター除けが施されているらしいのでモンスターとの遭遇率が低く、安全で長い道をカバーするので警戒しながら行き来するばかりでこの手のクエストは報酬が割りに合わないと考える方も多く最近の冒険者には少々不人気なようです。

 重要な仕事だと思うのですが。


「うーん、これとこれ以外は全部雑草。あとこれは毒草。汁が血とか粘膜に入らないように気をつけて。死なないけど数秒で怖いくらいに腫れ上がるから」


「見分け方を教えてもらっても?」


「葉っぱの裏に白い筋があるのが薬草、固い芯があるのがただの雑草。裏側がペラペラで何もないのが毒草。一応取ったやつは全部見せて」


「了解しました。テーレさんは博識ですね」


「それより、動きやすさはどう?」


「はい、手袋も合わせていれば肌の露出もないので草葉で切れることもありません。それでいて通気性もそれほど悪くありませんので汗をかいても快適なままです。それに黒だと汚れが目立つかと思いましたが、そんなこともありませんし」


「それなら良かった。防御力はモンスターが出てこないと試せないけど、今回のクエストではモンスターはまず出てこないし、帰ったらちょっと小突いて試そうか」


「はい、お手柔らかにお願いします」


「いや、さすがに着た状態ではやらないから。まずは服としての機能性を確かめて、動きに合わせて防御機能を調節するんだから」


 なるほど、そうですね。動作によって服の位置もずれますし、内部補強の範囲もそれに合わせて広げる必要性があるかもしれませんしね。

 まずはしゃがむ、手を伸ばす、立ち上がるといった衣擦れの大きな動作を多用するクエストでそれを確認する。合理的です。


「おやまあ、話題の新人さんが草むしりかね。こんな地味なクエストでいいんかね?」


 おや、どうやら同業の方のようですね。

 同じクエストを受けられるのが一組とは決まっていませんし、不思議なことは何もありませんが……


「お婆さん。そのご高齢で冒険者とは、もしや熟練の達人の方ですか?」


 テーレさんが警戒態勢に入っているところを見ると、ただ者ではないご様子。

 魔法があるとは言え平均寿命のそう長いとは思えない世界で、見る限り六十以上ですか? その年齢になっても冒険者として活動できるというのはなかなかに凄いことだと思えるのですが。


「……何者?」


「ヒッヒッ、若い娘さん、そう警戒しなさんな。儂はギルドに籍は置いていてももう実質引退した身じゃよ。今は薬草から薬を作っておるんじゃが、足らない薬草を摘むために冒険者のクエストに便乗しておるだけじゃ。こうやって特に安全なところにクエストを受ける者がいるときだけにのう」


 なるほど、薬屋さんですか。

 大鍋を煮詰めながら回している姿が容易く想像できます。


「それに今回は、有望な新人が生まれたと聞いて興味が湧いたのじゃ。力を持つ者はこういう地味な仕事を嫌うからの」


「それはとても悲しいことです。大きな力を持つならばこそ、小さな力の使い方も知らねばならない、大は小を兼ねなければならないというのに」


「ヒッヒッ、それが口だけでなければいいのじゃがのう」


 そう言って、お婆さんはこちらに背を向けて薬草集めを始めました。

 テーレさんが警戒し、私とお婆さんの間の位置に入ったものの、特にお婆さんは嫌な顔をすることはなく、そのまま黙々と薬草を集める作業が続きました。






 そうして……数十分が経った頃。

 手を止めて立ち上がったテーレさんを見て、お婆さんが首を傾げます。


「……おや? どうしたんだい、若い娘さんや」


 おや、テーレさんが周囲に目を向けていますね。

 それに、表情がやや厳しいですね。険しいというべきですか。


「……囲まれてる。コボルトの群れ。モンスター除けを無視して接近してくるよ」


 コボルトさんですか。

 これは少し、困りましたね。

 いえ、テーレさんの表情からすると、また私だけを担ぎ上げて逃げるなら楽なんでしょうけどね。


「……選んで」


 疑念四割、警戒四割、焦燥二割というところですか。

 何を選ぶかは、まあ、口にするべきではない選択肢なのでしょうね。


「さて、どうしましょうかねえ」







side ドレイク


 さあ、期待の新人はこの窮地と貧弱な老婆(に変装した俺)を前にしてどうするんだろうな?


 転生者なら強力な特殊能力を使って切り抜ける可能性が高いが、力を出し惜しんでいれば役立たずの婆を見捨てる可能性もある。

 コボルトの群れは俺が遠めに撒いておいた肉と血の臭いに惹かれて集まってきたやつだが、興奮したやつらはモンスター避けの放つ忌避感も無視して人間に襲い掛かる。そろそろ俺達の気配を嗅ぎつけてくると思っていた。


 ま、俺は本気出せば走って逃げ切れるけどな。

 さて、この黒服の男はどうするつもりか……顎に手を当てて考え込んでるな。それからこっちを向いた。まずは戦力把握、相談か。


「ときにお婆さん。あなたは独力でこの状況を切り抜けるか脱出することができますか? 街まで逃げきれる程度でいいのですが……」


「ば、ばか言わんでおくれ! 儂がそんなふうに見えるんかい! 一匹二匹なら薬液ぶっかけて追い払えるけど群れなんて無理だよ! 昔ならともかく、こないだ腰やったばっかなんだよ!」


 俺の変装のスキルレベルは630だ。

 俺が怪盗と呼ばれる所以、天性の才能を磨き上げた技術での演技は素人には見破れない。


 今の俺は見るからに役立たずの足手まとい。偶にいる、他の冒険者に引っ付いて安全に自分のクエストをこなそうとする寄生型の冒険者にしか見えないはずだ。

 そして、コボルトの襲来に関してはタイミング的に最も怪しい人間ではあるが、足手まといが現れたのを狙って第三者がけしかけたとも見えるグレーゾーン。


 一番合理的な選択は役立たずの婆を囮に脱出すること。外聞は悪いが命には変えられない。

 だが、それで罪悪感も感じずに何事もなく帰還してギルドに報告もしなかったら後で暗殺してやる。転生者であろうがなかろうが力のある外道なんて放置しておく義理はない。それなら若い芽の内に摘んでおくべきだ。


 合理的じゃない選択は、婆を護りながら戦闘か撤退。転生者ならこれの可能性が高い。謝礼を期待してか善人アピールかわからねえが、余裕で切り抜けて転生者らしい能力を使ったらやっぱり暗殺してやる。まだ影響力も支配力もなく殺して問題ない転生者なら力を付ける前に殺す。これは確定事項だ。


 後は……本当にギリギリで婆を護りながら街まで撤退しようとする馬鹿か、婆を囮にしたことを本気で後悔しているようなら『謎の達人婆』でも演じて助けてやるか。


 さあ、どうする?


「そうですね……テーレさん。私たち二人を護りながら撤退できますか? 正直に意見をお願いします」


「……その人が、本当に敵じゃないって保証できるなら。さすがに、いつ背中を狙ってくるかわからない人をあんたと一緒にしながら護ることはできない」


「了解しました。お婆さん、失礼ながら私はコボルトさんの集団に勝てるような実力はないのでテーレさんの意向には従わなければなりません。申し訳ありませんが……」


 ……どうやら、囮にする方か。

 いや、本人に正直に言うあたり、積極的に囮にするんじゃなくて『自分の身だけは自分で護ってください』とか『私たちが交戦している間に逃げてください』とか言うつもりか? 囲まれてるなら実質囮と変わらないが、罪悪感は減らせるってわけか。


 ふん、転生者じゃないかもしれないが、期待の新人は期待はずれだな。


「テーレさんを納得させるためには、こうするしかないのです。大変心苦しいのですが、抵抗しないでください」


 うん?

 手を取ってどうする気だ?


「少しばかり痛いかもしれませんが、命には代えられませんので」


 腕を優しげな手付きで背中に回して、優しく捻って……


「いてて、イタタタタ! 何すんだい!」


 今いきなりのことに驚きすぎて地声が出かけただろうが!

 てか何で脈絡もなく婆の腕を捻りあげた!?


「テーレさん! 殺さなくても結構です。短剣がなくても戦えますね? 貸してください!」


「え、はいこれ!」


「ありがとうございます。では、お婆さん。決して、急に動かないでください。私も事故は嫌なので」


「え、え?」


「わかってください。三人で確実に生還するにはこれが最善なのです。後で肩をお揉みしますから」


「え、あだだだだ!」


「そこの岩の前に行って。そっちの方が守りやすいから」


「了解です。さあ、こちらへ」


「イタタタタいって言ってんだろ! 腕引っ張らないでおくれよ! ババアを大事にしな!」


「暴れないでください。あなたのアレに刺さりますよ」


「いったいどこに刃物向けているんだい!?」


 『容疑者かもしれない婆を拘束して仲間にコボルトを倒してもらう』って選択は確かに悪くないが、いきなり腕捻ってナイフ突きつけて来るってそんな誘拐犯みたいなこと顔色一つ変えずにやんなよ!

 思わず不意突かれたわ!


 期待の新人ならこんな悪党みたいな絵面じゃなくてかっこつけて能力なり魔法なり使え!

 てか、本気で気遣いしながら容赦なく捻りあげてやがるし! 

 こいつ転生者かどうか以前にヤベえ野郎じゃねえか!







side 狂信者


「お婆さん……怒ってましたね」

「うん……怒ってたね」


 テーレさんにコボルトを粗方昏倒させてもらって街までの撤退に成功しましたが、お婆さんにはかなり怒られました。


 しかし、命には代えられないのでしょうがないでしょう。私たちが多少怒られるだけで済むならそれに越したことはないのです。

 結果的にちゃんとお婆さんは無傷で護れましたし。


 いきなり拘束したのは失礼な行為であったことはわかっていますが、あの時はあれが最善手でしたし。ことが終わった後、誠心誠意謝ってどうにか許してもらいました。恩に着せるわけではありませんが、一応命の恩人ではありますしね。


 念のために言えば、拘束のために痛みを与えてしまったことは謝りましたが、私はあの時の行動を間違っているとは思っていません。

 テーレさんは、形式的とは言え従者として、私を護ることを最優先します。あの状況でああしなければ、テーレさんは無理にでも私だけを担いで街まで逃げたでしょう。


「ギルドに訴えたりはしないらしいけど、年寄りを手荒く扱うなってすごい説教されたね」


「しかし、テーレさんに約束通りに肩を揉んでもらったら昇天しそうになっていましたね。私の時はまだ怒っていましたが……テーレさんはマッサージの技術も一流なんですね」


 謝罪を受け入れてもらえたのも、テーレさんの卓越したマッサージ技術があってこそです。

 私の捻った痛みが残るどころかまるで二十代の若者のような機敏な反応で跳ね飛んでしまうほどに軽くなっていました。


「……あのさ、肩揉んだ時、体つきに違和感あったんだけど、あの人お婆さんじゃなくて……」


「テーレさん。それは私も関節を取ったときに感じましたが、それ以上は言わなくていいでしょう。私は異世界の異国でも、性別の自由は認められるべきだと思うのです」


 本筋には全く関係のない話でしょうし。

 私は昔から人間の男女を識別するのは少し苦手ですしね。

 実を言えばテーレさんの性別が男性だと言われたとしても何も変わらない自信があります。こちらの世界の天使にとって性別という概念がどれほど意味を持つのかわかりませんし。


「……あなたがそれでいいなら、それでいいよ。で、クエスト失敗は報告しないといけないよね。お婆さんのことはともかく」


「ご安心を。雑草を抜いた袋は置いてきましたが、薬草はこちらに。テーレさんが集めていた山は回収しておきました」


「いつの間に……」


「お婆さんの腕を掴んでいる時です。片手が空いていたので」


「……短剣、突きつけてなかったの?」


「事故が怖かったので。逆手にして何かの拍子にぶつかっても服の袖くらいにしか刺さらないようにしていましたよ」


「そう……ま、何はともあれ初クエストは成功ってことでいいかな。ある程度動けるのは見れたし」


 テーレさんは複雑な顔をしていますね。

 まあ、あのお婆さんは結局、コボルトさんの群れと関係があったのかどうかわかりませんでしたからね。


 しかしまあ、あれがお婆さんのせいでも、問題はないと思うのですよ。


 あれがお婆さん自身を原因とするものなら、少なくとも私たちは悪くありません。怒らせてはしまいましたが、責められることはありません。

 結果的に誰も死傷しませんでしたし、故意悪意作為の結果であったとしても未遂であったならそれを退けるだけの力を示せたということ。それはそれでよしです。


 そして、あれがお婆さん以外の原因なら、私たちの行動は巻き込まれたお婆さんを助けたことになります。

 どちらにしろ、私たちの行動は最善です。特に、結果としてコボルトさんを倒して二人を護りきったテーレさんの実力ははっきりと裏付けされました。これからは、その実力を前提に行動を決められます。


 今回は装備の性能確認も兼ねたクエスト受注でしたが、どんな装備よりも最優先で知っておくべきテーレさんの強さが予定外の窮地で確認できました。

 『コボルトの群れの制圧は楽に可能。しかし護衛対象の一部が裏切れば対処は困難』。テーレさんの戦闘能力の『底』が見えたのです。安全性を完全に確保した検証ではわからない部分です。


 これは幸運な結果です。

 この出来事がこの先の役にきっと立つ……いえ、この出来事がこの先のどこかで役に立つように、そういった状況が来たときのための準備を整えなければなりません。


 今回のように追い込まれた時に彼女に負担のかかる行動の選択を担うのはきっと、私なのですから。


「……さて、テーレさん。クエスト報酬も手に入りましたし、もう一度市場へ行きませんか? 今度は装備を買うためではなく、この世界でどんなものが一般的に使われているかを観察したいので」


 初めはそうですね、ガリの実が苦手らしいテーレさんの好き嫌い趣味趣向を知るところから始めてみましょうか。


 ちなみにスキルレベルは500を超えると魔法のような不思議現象が起こるレベルです(『変装』で何故か質量保存の法則を無視して体重が変わったり、『走行』で水の上を走れたり、『剣術』で斬撃が飛んだりし始めます)。


 魔法でのブーストもなしにスキルレベル600越えのドレイクは何気に化け物の領域。

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