第114話 聖ホワイトの伝説
side 狂信者
今日も今日とて幸運の女神ディーレの加護に感謝です。
山での修行の最後に【力の継承】を行ったはいいのですが、身体がその力に馴染むまでの数日間は深い睡眠状態になっていたらしく、目覚めた時にはもうテーレさんとの合流場所に向かわなければならない日程でしたから。
山を出てすぐに行商の馬車を拾えた本当に幸運なこと。
しかも……
「それにしても本当に、久しぶりだね狂信者さん。相変わらず元気そう……しかも体格がなんか前よりがっしりして強そうに見えるし」
「アーク嬢にそう言ってもらえると私も修行の成果が出ているようで嬉しく思います。毎日見ていると客観的な変化の度合いというのはなかなかわかりませんので」
まさか、見つけた馬車が偶然にもアーク嬢のものだったとは。
馬車馬のジルさんとライルさんもお元気そうで何よりです。しかし、あれから三ヶ月以上、探索の旅を続けるアーク嬢ならば寄り道や滞在の多い私たちとはかなり距離ができているかと思ったのですが……
「私も商人の端くれだからね。稼ぎ時には稼げる街へ行かないと。丁度、狂信者さんの言ってた目的の街ではこれから『聖ホワイトの日』のお祝いでお祭りの時期だからね。人が集まれば物が売れるし、いらなくなったものは安く手に入るんだよ」
なるほど、お祭りのためでしたか。
確かに、テーレさんとの合流も他の転生者に悟られないように人の流れの増える時期と場所を指定していますからね。
祝祭があるのなら目的地が重なるのは不思議ではありません。そして、時期と地域が一致すればこういったこともあるでしょう。
しかし……
「『聖ホワイトの日』……『ホワイトデー』ですか。それは、この世界の伝統的な祝祭なのですか?」
「そうだよー。狂信者さんの前の世界にはなかったんだ?」
「一応は同じような名前の日はありましたが……それは、親密な関係の男女や友人が日頃の感謝や愛情を示すためにチョコレート……甘いお菓子を送り合う日、というわけでは?」
「『チョコレート』はこの世界にもあるよ。高級品だからあんまり平民層じゃそんなことできないと思うけど……『聖ホワイトの日』は、『仲のいいカップルや夫婦に贈り物をして祝福する日』だよ。まあ、別にお互いに送り合うのもダメじゃないけど、基本的に他人の仲睦まじい関係をお祝いする日なの。だから、結婚シーズンにもなってて、これから行く『観光都市レグザル』は街全体で大々的な結婚式とそのお祝いをまとめてやってるの」
なるほど、さすがは『観光都市』。
季節のお祝い事を街全体で盛り上げて集客に繋げるとはなかなかに合理的です。
そして、そんな状況なら仮に他の転生者に出くわしたとしても一般人がたくさんいますから、即戦闘に繋がる可能性は低いでしょう。
「私の前世の世界では『ヴァレンタイン』という日がありましてね。先程私が口にした風習はその日のもの……まあ、私の故郷のごく一部地域のものなのですが。そして、そちらでは『ホワイトデー』というのはそのお返しをする日のことで『聖ヴァレンティヌス』という方はいても『聖ホワイト』はいなかったと記憶しています」
「へえー、違う世界の話って似てたり似てなかったりして面白いね。ちなみにこっちは『ヴァレンタイン』なんてないけど……その時期にチョコレートを安く売ったら儲かりそうだね」
「そうですねえ。ちなみに、聖ヴァレンティヌスは『法律で結婚の禁じられた男女の結婚を認めたこと』で処刑されたとされている聖人のことです。それ以来、彼は恋人達の守護聖人と呼ばれ、その命日が記念日になったとか。こちらの聖ホワイトという方はどのような方で?」
「『恋人たちの守護聖人』っていうのはこっちも言われることあるかな。ホワイトさんって人もそのヴァレンティヌスって人と似てるみたいだけど、実はあんまり知られてない偉業もあってねー。すっごく面白いんだけど……長くなるし、どうしようかなー」
「ほう……アーク嬢は物知りですね。まるで吟遊詩人のようです」
「お金の種になるならこういう小話も集めておくのが行商人の知恵ってもんだよ」
いやはや……相変わらず、商人魂が逞しい。
レグザルまでの旅路は長く、まだまだ時間はたくさんあります。山籠もりのお陰でお金も予定ほど使いませんでしたしね。
親しき仲にもなんとやら。アーク嬢のそういうところ、私は実に好ましく思いますよ。
「銀貨一枚、それでどうでしょう?」
「はいはい! さすが狂信者さん太っ腹! じゃあ、レグザルまでの旅路で退屈しないとっておきのお話をいくつかサービスしちゃいましょう! ではまず最初は件の武闘派聖人、敵国同士での悲恋を拳で祝福した聖ホワイトのお話のはじまりはじまりー」
side 語り部 (ジャネット・アーク)
時は戦乱末期、平和を知らない子供が死体を玩具に遊ぶような世も末の頃。
人々を救うにはどうしたものかと悩み苦しみながら旅をする修行者が一人おりました。
道行く人の傷や病を治しながら国々を渡り歩くも、その視線の先には果てしなく続く死屍累々の荒野だけ。
彼こそが後に聖ホワイトと呼ばれることとなる男です。
「ああ、神よ。何故私には二つしか手がないのか。目の前には何人も苦しんでいる人々がいるのに、そのほとんどを救うことができない」
彼は優れた才能を持つ神官だったと言われています。
しかし、如何に優れた魔法の才能があっても、全ての人を癒すことはできません。
飢えた人は、たとえ一時の癒しを与えることができても、食べられるものがなければ死んでしまうのです。
そんなある日、彼は野盗に襲われた村を見つけました。
そして、そこには一人の、少女の姿をした天使様がいました。
天使は、襲われたばかりの村で死者の魂を弔い、天に還していたのです。
ホワイトは天使様に問いかけました。
「天使よ。この村は襲われたばかりだ。何故、見ているばかりで彼らを護ってくれなかったのか」
天使様は、自分を見ることができる力を持つホワイトを認め、質問に答えました。
『摂理である。争いもまた人の営みである。我はただ、怨みを持って死んだ者達の魂を浄化し天に還すのみ』
ホワイトは、さらに天使様に問いかけました。
「天使よ。人の争いを止めないというのなら、何故飢えた者に恵みを与えてくれないのか」
天使様は淀みなく答えました。
『不要である。雨の恵みも、日の恵みも、風の恵みも十分に与えられている。森を焼き、田畑を踏み散らし、農夫に剣を持たせ戦に駆り出し収穫を減らしているのは汝ら人の勝手である』
ホワイトは、もう一度だけ天使様に問いかけました。
「天使よ。私はこの人々を救うために何ができるのか」
天使様は、ホワイトに一つの器を渡しました。
器の中には、毒虫と毒草と、毒を持つ魔獣の肉が煮込まれたスープが入っていました。
『試練である。本当に救いを欲するのなら、これを食すがよい。汝は力を得るだろう』
ホワイトは躊躇うことなくスープを飲み干したと言われています。
スープを飲み干すと、ホワイトは毒であったはずのスープを飲んでも苦しむことはなく、むしろその身は強靭となり、神の祝福により力に満ち溢れたものとなりました。
『祝福である。飢えた人々にはこれを与えるがよい。生者を救うのは人の役目である』
一説にはこの時、天使様が与えたものはスープそのものではなく、そこに含まれていたとされている食材の『毒抜き』の方法だったと言われています。
彼の逸話は最期の戦いがもっとも有名ではありますが、史実にはそれ以前に彼が聖人として認められた活動として、それまで食べられないと考えられていた毒を持つ生物の安全な調理法を確立し、国々を巡ってそれを広めることで多くの人々を飢えから救ったという偉業が記録されています。
彼は旅の中で、いくつもの困難に出遭いました。
戦乱の時代、分け隔てなく人々を救うというのは簡単な話ではありません。
ある時には、調理法を独占しようとした国に捕らえられそうになり……
「やつを敵国に渡らせるな!」
「祝福あれ!(拳骨)」
ある時には、その食材を食べてならないという異教徒に襲われ……
「悪魔の食物を広めるあの男を殺せ!」
「救いあれ!(巨石投擲)」
ある時には、人の世を闇に迷わせようとする悪魔に襲われました。
「ヒャッハー! 俺様は飢餓を司る悪魔だ! 貴様のような男は生かしておけん!」
「悪魔退散!(ヘッドバッド)」
しかし、彼はそれらの試練を乗り越え、国々を渡り歩きました。
そんな苛烈で熱心な彼の姿は人々の心を惹きつけ、彼の元に集まった人々は施しを広めるとともに各地で争いを諫め、さらに多くの人々を救いました。
今では大陸中で一般的な食べ物とされているものの中には、彼らが普及させたものもあります。
そして、彼が多くの人々に崇拝されるようになった時、再び天使様が彼の前に現れました。
『栄誉である。汝は十分に働いた。多くの人間を救うことができたであろう。その偉業を称え、汝を天界へ迎えよう』
聖ホワイトは突然の再会に大いに驚きながらも、答えました。
「天使よ。私はまだ多くの人々を救わなければならない。今はまだ、天へ行くことはできない」
天使もまた、聖ホワイトの返答に驚いたようでした。
『警告である。汝は力を持ちすぎた。この先、汝には人の悪意に弄ばれ、非業の最期を遂げる運命が待っている。その偉業を穢さぬ内に迎えに来たのだ』
貧困に苦しむ民を救い続けた聖ホワイトの影響力は、当時国々を治めていた指導者達が無視できない大きさまで成長してました。彼を無理矢理にでも取り込むことで民衆を動かすことができるのではないかと、彼を利用しようと企む者が大勢いたのです。
『警告である。純粋に崇められている今ならまだ、汝は天に仕えることができる。どうか考えを改めてほしい。汝の偉業は讃えられ、汝の苦行は報われるべきだ』
天使様は、聖ホワイトの歩んできた道の険しさを全て知っていました。
下界の人の営みに干渉しないために力を貸すことはできませんでしたが、彼をずっと見守っていたのです。
「天使よ。その慈悲には感謝する。だが、私は最期の瞬間まで人を救いたいのだ」
『警告である……否、通告である。汝の返答がそれだけであるのならば、我はただ去るのみである。晩年を穢す汝とは、二度と逢うことはないだろう』
聖ホワイトの逸話として有名な事柄の中心となる貴族の男女二人組と彼が出会ったのは、この三日後のこと。
彼は友人となった二人が、生家が敵対している中で互いの立場を知らずに知り合い、禁じられた恋に落ちてしまったことを知りました。
そして、互いの家は敵対している家の後継者を排除しようと刺客を放っていることも。
このままでは、どちらが命を落とすことになることも。
しかし、それを防ぐ術が、たった一つだけありました。
それは、二人が神に誓って婚姻の儀式を行い、祝福を受けることでした。神に誓った契りを破れば神罰が下ります、どんなに家の者が反対しようが、二人が儀式を完遂してしまえばもう互いの家が争うことはできなくなるのです。
しかし、それには問題がありました。
儀式の最中は、決して参列者の中に二人の愛に異を唱える者がいてはならないのです。
しかし、両家の攻撃は凄まじく、たとえ地の果てだろうと儀式の会場に押し入ってくるということは明白でした。
そうなれば、儀式は失敗です。二人も儀式に協力した者も、命はないでしょう。
しかし……聖ホワイトは、古い友人に式の進行を頼み、信頼できる僅かな友人達を呼んで儀式を行わせました。
彼自身はたった一人……儀式を行う聖堂の前に立ち、刺客を止めることを選んだのです。
彼は戦いました。
一人で拳を振るい、矢の雨を浴びながら、それでも決して逃げ出すことなく戦い続けました。
そうして……彼は、儀式が終わるまで、誰一人として聖堂に踏み入らせることなく、戦い抜いたのです。
彼が、その時の負傷が元で天に還ったのは儀式の日から数日後のことでした。
彼は天使様に迎えられ天へ還るのではなく、最期の瞬間まで人を救い、権力者達に利用されることなく自らの定めた道に殉じたのです。
そして……彼の最期の瞬間には、誰も名前を知らない、天使のように美しい少女が現れ、弔いの花を捧げ、数滴の涙を流したのを多くの人が目撃したそうです。
「祝福を。そして彼の生涯に称賛を。この時代に彼より強き英傑がいくらいようと、彼より多くを救った聖者がいようと、ただ愚直に己が手で眼前の人間を救い続けた男は他にいない。彼は神の恩寵を受けたが故に人を救ったのではなく、彼が彼であった故に人を救うことができたのである」
聖ホワイトの魂は少女から翼を広げ姿を変えた天使の手によって天界へ送り届けられ、彼の命日は公式に記録された前例の少ない天使降臨の日として後に祝日として定められました。
そして、その際に公表され正式に中央教会で認可された調理法は大陸中に広められ、戦乱で困窮していた多くの人々を救いました。
side ジャネット・アーク
「これにて、聖ホワイトの伝説はおしまい……どうだった?」
「いやあ……アーク嬢の語りが想像以上に上手かったこともありますが、とても面白いお話でした。この世界では信仰心の強さが戦闘能力に繋がるとしても、そこまで高潔で豪快な聖人が実在するとは。映画が一本作れそうな内容です。他にも、このようなお話が?」
「はは……あるにはあるけど、今日はここまで。さすがに一度に全部話すと疲れちゃうからねー」
というか、本当は途中で区切りを付けて話をやめるつもりだった。けど、狂信者さんがあんまり楽しそうに聞くものだからつい一度に最後まで行っちゃった。
ホント、どこか子供みたいで……一緒に旅をするのも悪くないと思えちゃう人だなー。テーレ様には悪いけど……今はフリーだし、もうちょっとだけ。二人旅を楽しんじゃおうかな。
「じゃあ今度は、狂信者さんの話をしてよ。あの後、コインズの街でどんなことをやったのかとか。偽金の件、どうなったの?」
「そうですか。では、今度はこちらが語るとしましょうか……中には少々お恥ずかしい不手際もありましたが、それはそれとして。この体験談の共有がアーク嬢の幸福に繋がることを願います」
……ちなみに、コインズでの話を聞き終わった後、少しだけテーレ様に同情してしまった。
あの後も苦労してるみたいだなあー。




