第108話 やたら強い木偶人形
side 狂信者
ここ、『大岩前の空き地』はこの山での修行を始めてからよく利用している場所の一つです。
地面が平坦でそれなりに広く、場所を広くとるトレーニングに向いています。
木偶人形との戦闘に利用するにも丁度いい空間だと思いますが……実際来てみて、少々首を傾げることになりました。
「お師匠様の話では戦闘用の木偶人形が配置されているとのことでしたが、どこにいるのでしょうか」
お師匠様の作った木偶人形というものを見たことはありませんが、この空き地にいつもはないものがそれであるはずです。
しかし、特段変わったものがない……もしや、既にスタンバイしていて不意打ちを狙って隠れているのでしょうか。だとすれば、想像以上に高度な戦術的思考が行えるのかもしれません。
「あるいは、木偶人形というのは、安直に木製の人形だと思っていましたが……もしかしたら、全く別の姿をしている可能性もありますね」
翻訳の結果として私には『木偶人形』と言っているように聞こえているだけで、この世界ではそれが木製の人形ではなく他の物体の通称であるという可能性は否定できません。
実験動物がキマイラやコボルトさんであっても『モルモット』と呼ばれるような感じで。
となると、ともすれば既に私はそれを目にして気付いていない……いえ、いつもと変わった所がないというのなら、いつも見えていたもの自体が『木偶人形』という可能性もあります。
たとえば、あの大岩など……
「……【万物鑑定】」
できれば魔法は使いたくありませんが、敵がどこなのかすらわからなければそもそも試験を始めることができませんので、周囲を鑑定してみたところ……案の定、異質な色合いを放つものがありました。
岩の内部、ひび割れから光が漏れ出ています。
「その岩の中ですね。残念ながら、不意打ちは失敗です。木偶人形さんが会話可能かはわかりませんが」
試しに声をかけてはみたものの、返答があるとは思っていませんでした。
しかし……
『クク、勘のいいやつだ。まあよい、待っているのにも飽きていたところだ』
思いの外、はっきりと聞き取れる流暢な口調と共に岩を内から裂くように……いえ、まるでアスファルトを割って生える樹のように現れたのは、身長が私の倍はあろうかという樹の巨人。
その手には何か、人間大の丸太のようなものが握られているようにも見えますが……変形しすぎて原型がわかりませんね。何かの木製品だとは思うのですが。
『ふん、森の守衛も大したことがなかったな。まあいい。私の用があるのは貴様だ人間』
「……失礼、想定を超えて強そうだったので驚いてしまいました。お待たせしたことも申し訳ない」
『そうだ。貴様らの寿命と同様に時間は有限だ。この森の番人が囮に気をとられている隙に用件を済ませてしまおう……答えろ、神樹はどこにある?』
「真珠ですか? 天然物をお探しならば森より海辺をお勧めしますが……」
『とぼけるな……いや、知らないだけか。だが、関係はない。貴様自身が知らずとも、番人は必ず知っている。であれば……貴様を痛めつけ、番人に吐かせれば問題あるまい。人間とはいくら強くなったところで今度は身体の外に弱点を持ちたがるものだ』
なるほど、とても深いお言葉です。
強くなればその力に意味を求め、護るべきものや目的が発生し、結果的に新たな弱点を生み出してしまう。
なればこそ……
「なるほど、そういう設定での戦闘、そういった主旨の試験でしたか。いやはや、これはまた……負けられませんねえ」
『……ぬ? 試験?』
「私の負けはお師匠様やリザさんの敗北に繋がる。『生き延びた者こそ勝者である』としても『生き延びるのなら生殺与奪を握られてはならない』と。自分自身の命の重みを意識することが、より強い生への執着を生み出す……よく考えられた試験です」
『おい、貴様。何かを勘違いしているのではないか? 我は剛樹の……』
「『魔王』、辺りでしょうかね。お師匠様を苦戦させる者という設定の名乗りであれば。ええ、いいのです。これは噓ではなく試験の上での設定、問題用紙に記載されたシチュエーションと同じです。戦闘訓練を行うのなら実戦のつもりでというのはよくある話です」
先程の言葉を読み解けば『相手は急いでいて交渉に応じる余裕がない』『ピンチになれば助けてもらえるなんて思うな』『命乞いをする材料はない』といったシチュエーションでしょうか。
大いに結構。実戦とは多くの場合そういうものです。
「では始めましょう、我が敵対者様。私はあなたを全力で排除すべき外敵だとして、言葉ではなく拳を振るいましょう」
『……ふん、何か勘違いをしているようだが、どちらでも構わん。我は貴様を捕らえ、痛めつけることで神樹の在処がわかればそれでいいのだからな』
敵は強大、助けは望めず、命までは取られないとしても死ななければどれだけ痛めつけても構わないと言わんばかりの殺気を放つ巨人。
相手にとって不足なし。
いざ尋常に……
「行きます!」
『やってみろムシケラ!』
side リザ
おかしい。
さっきから森の中で暴れてる魔王の分体に違和感がある。
「追えば逃げて、追うのをやめると暴れ始めるなんて……まるで、遊ばれてるみたい」
とはいえ、森を好きに荒らさせるわけにはいかない。全力で追いかければ仕留められる相手だ。直接戦う分にはそれほど脅威じゃない。
ただ、問題は数が多いこと。
師匠も私以上のペースで分体を仕留めてるけど、集まってるところを攻めても蜘蛛の子を散らすみたいにバラバラに逃げて一気に倒せない。
というより、一度に倒されないように離れた個体まで協力して動いてる感じすらある。
「師匠は神樹を探してるはずだって言ってたけど……それにしては、散りすぎてる」
敵は地面の底、森の木々の根よりも深い場所から現れたはずだ。
やろうと思えば、森全体に一定間隔で分体を出してローラー作戦ができたはずなのに、現れた分体は場所が偏りすぎている。
これだけの奇襲をしておいて、知能が高ければしないような雑な采配をしている。
偏って現れている場所が、神樹がある可能性が高いと判断されたのか。
それとも……
「まさか……いや、でも……」
不確かな勘だ。
頼りにはできない。放置すれば分体は暴れ続けて確実にこの森を荒らしていく。森がダメージを受ければ神樹がそれを癒やすために力を使い、場所が見つかりやすくなる。
祈るしかない。
キョウくんのいる場所が偶然、分体の全く出ていない地域で、キョウくんは何も知らず普通に木偶人形と戦ってると。
「キョウくん、もしも敵に襲われたら……無理なんて、しちゃダメなんだからね」
私には、祈ることと……信じることしかできない。たとえ、分体が現れたとしても、キョウくんならきっとそれをどうにかしてくれるということを。
side 狂信者
走馬灯というのは、死の間際に人生を振り返り、生き残りの可能性を記憶の中から探り出すために起こるものだとか。
まあ、単に極度の緊張による脳の機能低下を発端とする機能不全によるものという説もありますが、私は前者の方が好きですね。夢があって。
ええ、夢というのは大切なものです。魔法を使う上でも、イメージの大切さは語るまでもないのですしね。
『潰れろ』
「ぐはっ! うぐ……」
この世界では、魔法使いだけでなく戦士系の方々も魔法は使っているのです。
魔法使い系の職業の方は瞬間的なイメージ力が強く、それに対して戦士系の方は平常時の持続的なイメージ力が強く、それが肉体の成長や日々の鍛練の結果に影響しています。
詳しい原理や構造を理解していなくとも、皮膚や骨の組織が鋼鉄のように特殊な形質の素材へと変化し、魔法使いが斥力場や自己認識による改変により維持する防御力を生物としての耐久力として会得するのです。
『さっきまでの威勢はどうした? もっと足掻け』
「うぐ……くっ……」
『リジェネ道』においても、それは変わりません。リジェネ道では【常時回復】という魔法によって肉体の再生速度を上げ、それと同時に厳しい鍛練で肉体を壊して新しい組織と入れ替えていく。
戦士系の方々が幼い頃から長い時間をかけて行うことを、苦痛と引き換えに短時間に圧縮するのです。
そして、当然ですが、その時に新しくできる肉体にはイメージ力が反映される。
厳しい鍛練は肉体を無為に壊して脆いイメージを与えるのではなく、『これだけ鍛えているのだから強靭な肉体になって当然だ』という自負を抱かせるもの。肉体には精神の在り方が刻まれているのです。
『身体強化は多少できるらしいが、弱いな……こうして踏まれていて、内臓を潰されないようにするのが精一杯か』
「ぐ、が……」
いやはや……手も足も出ないとは、まさにこのこと。
まず、リーチが違いますよ。
こちらの攻撃を当てる前に大振りの蔓の鞭を振られ、何度も樹や岩に叩きつけられこの有様。
これは……うっかりすると、死ぬのでは?
『やはり、こちらを狙って正解だったな。もう一人の女の方、あれの方が番人に近いのだろうが、捕らえるのは骨かと考えていた。だが、最も弱いこいつを取り込んで見せれば、捕らえやすくなる』
もう一人の女の方……番人というのが師匠だとすれば、リザさんのことですか。
ああ……困りますねえ……
『こいつを目の前で引き裂くと言って、出てきたやつの手足をもいで逃げられなくしてやろう。やつなら神樹の場所を知っているはずだ……死ぬまで痛めつけても知らないというのなら、知らないのかもしれんがな』
それは、本当に困ります。
あなたがお師匠様の作った木偶人形かどうかというのはこの際脇に置いておいて……リザさんを傷付けられるのは、本当に困るのですよ。
『そろそろ、抵抗する気力も失せてきたか。なら、この身体に埋め込んで……』
「リザさん……には……手足が、必要です……」
『……まだ喋れるのかと思ったら、命乞いか? それも他人の? 人間というのはなんとも……』
「美しいものに……人間も、それ以外も……ありません……」
少しだけ踏みつけの力が緩んだ瞬間を狙い、息を大きく吸い込み、大気中の魔力を取り込みます。
さすがに、自然回復できる魔力だけでは足りませんしね。これからは……消費量が、増えるんですから。
「油断した……とは、言いません。私がこんなにも弱いのは、純然たる事実です……わかってます」
コボルトさん相手なら安定して勝てる程度には強くなったつもりです。まあ、実際鍛えていない状態だったのなら今頃手足の一つも失っているかもしれませんが。
慢心ですね……多少鍛えた程度で、この世界では私はまだまだ弱い。まあ、マシにはなったんでしょうが。
ええ、まだ私はモンスターと殴り合いで勝てるほどの肉体は得ていないのでしょう。
ならば……魔法を解禁するしかありませんねえ。これが試験であったならダメかもしれないと攻撃に耐えるためにしか使いませんでしたが……大事なのは『生き残ること』。
勝ちますよ、使える手段は全て使って。




