第106話 プランニングマニア
side リザ
外に日が昇り、夜が明けた。
けれど、弟弟子と合わせる顔がない。
眠っている間に血を奪おうとして、しかも失敗して正体を見られてしまった。
嫌われていたらどうしよう。
怖がられたらどうしよう。
そうしたら、また……
「おはようございます姉弟子様、いえ、リザさん。お師匠様から差し入れです。入り口に置いておきますので……お師匠様に頼んで今日の修行はお休みしてもらいましたので、急ぐ必要はありません。しかし、できるのならばお話がしたいので、滝で待っています」
いつもと変わらない声。
怖がってはいないという意思表示……それに、少しだけ安心する。
けれど……自分が嫌になる。こんなに強くなったはずなのに、彼を信じられるくらいに信用しているつもりだったのに、私はちっとも変わってなかった。
私は……強くなっても、怖がりのままだった。
塒の入り口に置かれた『差し入れ』の壺を手にする。
これは人間の血だ。
匂いでわかる。
しばらく人間の姿に化け続けるのに十分な量だ。
匂いからして弟弟子のものじゃないから、師匠がどこかから手に入れてきたんだろうけど……それでも、これを飲むということは、人間の血を取り込む、一部だけだろうと人喰いをするということだ。
これまでもずっとしてきたこと……けれど、今これを口にすれば、それは彼に私が『これからも人間の血を奪って生きる』ということに等しい。
彼の私を見る目が変わるかもしれない……次に彼と顔を合わせた時、私の姿が人間であっても、彼の向けて来る目は化け物を見る目かもしれない。
これを運んできてくれた以上、彼も私がこれを必要としているとわかっていてのことだろうけど……確実とは言い切れない。
私は、どうすれば……
「あ、そうそう言い忘れていました。リザさん、これはお師匠様からの伝言なのですが……『あんまりうじうじしていると馬鹿弟子二号を投げ込むぞ』、だそうです。私も投擲物として扱われるのは嫌なのでできれば早めに出て来てください」
待っていると言われた、いつも修行で使っている滝の前。
私が意を決して血を少しだけ口にしてここに来ると、黒炭と木板のセットが用意してあった。
「リザさん、来ていただきありがとうございます。ではさっそく、『人間恐怖症対策会議』を開始しましょう」
唐突だけど……『人間恐怖症』か。
改めてはっきり言われると、自分の弱さを自覚する。そして、それに対して気を使わせてしまったことも。姉弟子を名乗りながら、本当に情けない。
「私は……まず、昨日はごめん。治るからって、勝手に傷までつけて……」
「謝罪は受け取りましょう。しかし、それならばこちらも……私の隣人『ゼット・ネイバー』が過剰反応してしまい申し訳ありませんでした。ゼットさんは私の血液の中に住んでいる小さな隣人なのですが、血圧が急変すると居心地が悪くなるそうで。次回からは事前の申告をお願いします」
昨日見た血液の変な動きは彼の魔法かと思っていたけど、少し違ったらしい。
小さな使い魔のようなものを自分の血に取り憑かせている……そうそう聞く話じゃないけど、冒険者という人種の中にはそういう人間もいるのか。
いや、さすがにそれは彼だけか。普通の人間はたぶんそういうのを嫌がるだろう。
「さて、では謝罪は終わりとしまして本題に戻りますが……リザさん、過去の体験談を聞かせていただきましたが、一応知識や理性からの計算としては『今の自分の力なら人間の大部分には負けない』というのは理解しているのですよね?」
「それは……まあ、さすがに。そのために鍛えたわけだし」
「しかし、恐怖が消えなかった……それは、一定の条件が揃うと故郷が人間たちに襲われた時の情景を無意識に想起してしまうから、ということで理解は合っていますか? それか、自分が強くなったことを一時的に忘却してしまうとか、過呼吸になって肉体的機能が麻痺するとか」
「最初ので……たぶん、あってる」
「その条件というのが……おそらくは、一つ『人間との接触』、二つ『変身状態の解除』といったところですか。では、まずここから考えましょうかね。私はカウンセラーでも心理学者でもないので、心的外傷自体の治療技術はありませんが、それならばとりあえずその条件が満たされないようにする方法から考えて行けば何かいい方法が見つかるかもしれません」
彼は『頑張って恐怖を乗り越えろ』とか『本当は人間なんて怖くない』とか、そういうことを言わなかった。対症療法でも、その場しのぎでも、とにかく少しでも私の状態が好転するようにと彼にできることを考えてくれていた。
それだけでも、嬉しい。彼が私を見て、目を逸らさずに一晩しっかり考えてこうやって会議という形にしてくれたのだろうと思えることだけでも。
それが気休めにしかならないものだったとしても、根本的な解決にならなかったとしても、私は真剣に考えよう。彼が私のために考えてくれたものなら。
「第二条件に関しては現状で実行されている『定期的な血液の供給』を持続すること、できることならばさらにそのシステムを安定化させるため街の医療関係者との関係確立などの対策を取ることができますが、それに関しては情報が不足しているので後回しにしまして……第一条件に関して根本的かつ恒久的な解決法がありますので、まずはそれをプランAとして議論を開始してみましょうか」
彼を信じて、真剣に考えてみよう。
それが、たとえ『一生人間と遭遇する心配のない場所へ隠れ住む』みたいな実現の難しい案だったとしても。
「プランA、名付けて『人類絶滅作戦』というのはどうでしょう?」
………………それ、実現できるとして、実行しちゃっていいプランなの?
side 狂信者
実行するかどうかはさておき、考えるだけなら世界滅亡ルートのシュミレーションというのは存外面白いものです。
詰将棋みたいなタイプの面白さですね。
冒涜的な想像というわけではありません。対策や対処にもまずは起こりうる脅威を想定し列挙しなければいけないわけですし。立場を変えた視点で物を考えるのは大事なことです。
「プランA-5『魔王連合作戦』の概要としては現在このガロム中央会議連盟と敵対関係にある存在の筆頭たる『魔王』が個々に独立した地域のみを占拠し互いに協力していない状態であることに着目し、知能の高い『魔王』との交渉や誘導によって連合を形成するという……リザさん、どうしました?」
「いや、真面目な人類絶滅作戦が五つも出て来て驚いてるっていうか……根本的なこと、訊いていい?」
「はいどうぞ、質問は大歓迎です」
「弟弟子くん……一応確認だけど、あなた、『人間』だよね?」
「はいまあ、そうですね。こういった手心のない計画ばかり考えている時点で人でなしと呼ばれたりもするかもしれませんし人並みのこともできないことはありますが、生物学的な分類では人間ことホモ・サピエンスでしょうね」
体内にゼットさんを宿していたり修行と魔力の干渉の結果、地球で精密検査でもすれば改造人間やスーパーヒーローの一種と分類されかねない変化を遂げているような気はしますが、この世界の基準においては人間でいいはずです……たぶん、きっと。
「人間が……『人類絶滅作戦』なんて提案しちゃっていいの?」
「いけませんか? 難易度を度外視すればリザさんの恐怖の原因を根本的に解決するには最も合理的な方法の一つだと思いますが」
「それ……あなたも、死ぬよね」
「ええ、死にますね。実行実現成功してしまった場合の話ですが」
「それ……いいの?」
「あまりよくありませんね。しかし、自分に都合の悪いプランだからといって秘匿するのは不誠実でしょう。もちろん、実際に始動したら人間側として抵抗はさせていただきますが、リザさんは種を滅ぼされかけたのです。報復復讐逆襲を試みる動機と権利があります」
「えっと……それって、『信仰に背く行為』じゃないの?」
「そうですね。できることなら、リザさんた……不快でなければ、種族を仮称として『レプタリアン』とさせていただきますが、レプタリアンが人類の次の霊長となった場合には、信仰の対象として女神ディーレを掲げていただければ、徹底具合によっては女神ディーレは信仰率100%を実現できるかもしれません」
リザさんは人間に故郷を襲われながらも報復ではなく自身の中の恐怖の克服を志した……人間でなくとも、善い人です。
二週間も一緒に過ごしていれば、彼女の持つ人間的な善性が演技や嘘でないであろうということはよくわかります。
姿形もそれほどかけ離れてはおらず、人間と同じように恐怖を抱いて苦悩し、人間に化けて違和感を持たれることなく人間と共に生活できる……そんな彼女が人間と同じ善意を持っていることに不思議はないでしょう。
そんな人間と変わらぬ善意を持つ彼女たちからの信仰であれば、ディーレ様もまたそれを受け取ってくださるでしょう。
「ついでに言えば、現在人類が使用しているインフラ設備および技術体系などに関しても使えるものは引き継いでいただければ……そうですね、比較的短期で達成できる策ばかり挙げていましたが、リザさんが我慢できるのであればまずレプタリアンの個体数を回復し、擬態能力を用いて人間の支配者層に成り代わることによる隠密的な支配シフト作戦による侵略が実現性の高いものとして考えることができますし、そのためには効率的な個体数の回復の手段として……失礼、リザさん。レプタリアンの繁殖法やその頻度をお尋ねしても?」
「……もう、いいよ。そのプランは……ありがとう」
呆れたという様子ではなく、私の少々セクハラ的な質問を不快と受け取ったわけでもなく、満足だというような反応。
そうですか、ならばいいですかね。提案はしてみましたが、実際に乗り気になられたら私もテーレさんに怒られてしまいそうですし。
「……では、プランBの提案です。これは恒久的でも絶対確実でもありませんが、しかし今すぐにできてそれなりに現実的な成功率が期待できる方法です。多少消極的な方法になりますが……プランB『新技習得』です。いざ人間を前にして戦えなくなってしまうというのなら、最初から人間を前にしないようにすればいいのです。『人間と遭遇する前に絶対に感知できる能力』『どんなに捜索されても絶対に隠れきることのできる能力』そして『どれだけ多く人間に包囲されたとしても絶対に逃げ切れる能力』、もしもこれらが実現できればもはや人間を前にして恐怖する必要などどこにもありません」
私もそろそろ新たに習得した魔法を使った合成魔法を作ってみようかと思っていた所です。
修行に忙しくその時間がなかったのですが、せっかくですし一緒に私自身の新技も考えてしまいましょう。私の新しい魔法はリザさんから習ったものですし、合成元となる基本的な魔法は同じなのです。
「私は『強くなることで恐怖を克服する』というこれまでのリザさんの方針、そのための努力が無駄だとは全く思いません。ならば、まずはその方針を突き詰めてしまいましょう。怖いまま、勝てないままでも、鍛え上げた強さを全力で逃げることに費やしてみましょう。それは決して。『生き延びた者こそ勝者』というリジェネ道の理念に反していないのですから」
side トガ・クロクヌギ
目を瞑る。
風の感触、大気の匂い、地面の震動……普段は意識していない全てが語りかけて来る。
これは山の生命の脈動、多くの生命が共存し、循環するこの山の声。
そして……
「うむ……やはり、近づいてきたか。『魔王』とやら」
山も感じ取っている。
人間がモンスターと呼ぶ獣たちも脅威に立ち向かうか逃げるかを選び、動き始めている。
『魔王』が目指すのはこの山の生命の中心……この大地の地脈、その要点。
儂がたった今、この手で触れている根の先……この山で最も古く、最も強い生命を持った大樹の聳える場所。森の深奥に位置する、山に溢れる生命力の供給源。
「神樹といえど生命には変わりなし、老いもすれば衰えもする……そこを狙うは生命としての本能か。だが……この山は、ぬしの支配は望んでおらん。この山の周りの人間には、節度があるのだ。儂も昔、少しばかりそれを教え込む手伝いをしたがな……故に、山と人が共に生きるこの土地をやるわけにはいかんのだ」
儂が脅威を退けるという手もある。
だが、それでは根本的な解決にはならない。
神樹は大地から生命力を自ら取り込み、そしてそれを山全体に分け与えることで、この穏やかにして恵みに溢れた健やかな森を作り上げた。
神樹の寿命が尽きようとしているというのなら、その代わりとなるものが……この山の新たな『主』が必要になる。
「時間がない……ああ、わかっておるよ。ただ、もう少しだけ……あれらの成長を、見届けさせておくれ」




