第10話 専用装備
side テーレ
宿部屋に来て手に入れた品を見る限り、品質はまあまあ、初期装備としては十分に及第点に届いてると言えた。これから先、より質のいい素材が手に入ったならこれをベースに補強を重ねることもできるくらいだ。
結果的に、仕入れ元はともかく市場のものよりずっと質のいい掘り出し物が揃っていたのは悪くはなかったと言える。
まあ、本来はこんな森の中の街じゃ装備に加工できる技術がないからそのまま素材として安く置いてあったみたいだけど、私のスキルレベル200の装備作成にかかれば話は別だ。
「《リリスレッグスネークの抜け殻》、《アンチマテリアルボアの毛皮》、そして《ゲリラスパイダーの糸》。どれもそこそこ見つけるのが難しいレアな素材だし、丈夫な分加工が難しいけど、私が加工すれば問題ない」
プロ顔負け……とは行かないけど、プロ並のスキル熟練度は転生特典として付加されたものだ。
一応、元から種族的に人間より遥かにスペックが高いのは事実だけど、さすがにあらゆる専門技術や知識を修得してるわけじゃない。
転生特典としてのスキルレベルは意図的に起動しなければ使えない。そうじゃなきゃ、常に目に見えるもの全部を関連するスキルで解析しようとしてしまって頭がパンクする。
不意打ち対策とか戦闘系のスキルは常時起動してあるけど、こういう普段使わないスキルは必要な時だけ起動する。スキルを起動すると、必要な知識や動作の技術が想起される。
『リリスレッグスネーク』は毒付きの鉤爪と重いストレートアッパーが強力な一本足の黒蛇のモンスター。
しなやかな皮は刃物をなかなか通さないし毒にも強い。加工には本来の筋肉の筋に沿って裁断しないといけないけれど、スキルレベル200なら簡単に可能。表にすると鱗が目立つから服の裏地になるように縫い付ける。
『アンチマテリアルボア』は強力な突進で畏れられる猪のモンスター。
その突進力を支えるのは強靭な筋力と、衝撃に反応して硬くなる毛皮。これは静かに滑らかに加工しないと刃物が折れる。胸とか背中みたいな急所を守る部分に仕込んでおけば不意打ち即死の一回くらいは防げるはず。衝撃は通るから油断はできないけど。
『ゲリラスパイダー』は高度な知性で罠を張る蜘蛛のモンスター。
その糸は丈夫で伸びにくくて力の伝導が良い。一続きの糸で広い範囲を縫っておけば、斬撃の衝撃を分散してダメージを軽減できる。
後は表面の布はそれほど特別じゃなくていい。
目に見えて高級な装備だと盗賊にも狙われやすくなるし、装備に頼って実力がない冒険者だと思われるのも困る。
「あとはデザインか……神官系に適性があるなら法衣がいいか。でも、動きにくいと回避力が下がるし……」
「テーレさん、ディーレ様の信徒に決まった宗教的服装はないのですか?」
「ディーレ教徒にはそういった形式を重んじるような規則はあんまりないよ。善意に従い善行を行い、そして幸運に感謝する。その方がシンプルで、教養のない人間にも簡単に理解できるでしょ? ディーレ様は善良ではあるのに儀式とかを知る機会がないだけで祝福を与えられなくなる人が出るのを嫌ってそういった儀礼の複雑化を禁止したの。本当は洗礼とかマスコットとかの信仰の証を厳密化した方が信徒を保持しやすいんだけどね……」
「なるほど、確かにディーレ様はそういった仰々しい崇められ方を好むようには見えませんでしたね。信仰とは心の在り方。礼とは心の動作。そして信仰の証とは形だけのものではなく実践することが肝要……とは言うものの、はっきりとした形を意識することでようやく自分の信仰心に自信を持つことができる人間が多いのも事実です。神様が実在するこの世界でも、それは変わらないのですね」
「なんとか被災地の援助団体とか主神様の勢力圏の孤児院とかの慈善団体に旗印を貸し出すことで信仰を確保してるけど、従属神としての信仰だと大部分が主神様に流れちゃうしディーレ様の力は強くならない。ディーレ様の恩恵は幸運って目に見えない形で現れるから、恩恵のわかりやすい美の女神や戦の女神、豊穣の女神なんかに信者を取られちゃってるのが現状よ……あんなに優しいディーレ様の魅力を、誰も理解しないんだから」
多くの人間は『あってあたりまえ』という形でいつも受けている幸運には気付きもしない。
その点では、まだそれを弁えているらしいこの男には多少は期待が持てるけど……と、ディーレ様の話をしてる間にデザイン画ができた。
「こんな感じでどう? 色は応相談だけど、あんまりダサかったら却下してこっちで決める。とりあえず、神殿でよく使われる動きを邪魔しないシンプルな修行着をベースにしたけど」
「ふむふむ……私の知るデザインの中では学生服……いえ、それよりも神父服に似ていますね。気に入りました。では、基本色は黒でお願いします。あと支障がなければこの衝撃感応硬化素材を仕込んだフード付きで。ヘルメットの代わりになりますので」
神父服……こいつの元居た世界の最大宗派の聖職者が着ているらしい、足元まで隠れる真っ黒い服。
裏に補強材を仕込めば防具としての隙も少ないし、黒なら隠密行動にも向いている。それに、フードの追加も悪くないアイデアだ。不意討ちでの昏倒が防げるかもしれない。
「……多少、実用的に改造するからスータンそのものじゃないけどいい? あと、私の装備は機能性を最優先にするから」
「はい、よろしくお願いします」
「採寸はもう済ませたから、二時間くらいあれば大体できるよ。それまで、これでも読んでて」
「これは……」
「あの質屋の表の店にあったから買っておいた絵本。これでこの世界の常識を少しくらい頭に入れておいて」
最初は情報を絞って一人で買い物もできないようにしておくつもりだったけど、今はもうそんなことは考えていない。勝手に自分で情報を得ようとして厄介ごとに首を突っ込まれても困る。
こいつには、ディーレ様のために動いて……生きてもらわないと困るから。
「完成したら声かけるから、それまでベッドで寝転がってそれでも読んでいなさい。装備ができたら簡単な任務で使い心地を確認するから。休憩するのも大事な仕事の内よ」
とりあえず、こいつには常に何か仕事を与えておけば動きは読めるし。
最低限の仕事ができる程度の知識は与えておこう。
side 狂信者
絵本とはいえ、大変勉強になります。
ふむ、物語の中での扱いを見る限り、日本円の価値に置き換えるなら銅貨は10円程度の価値、銀貨は一枚で銅貨百枚なので1000円、そして金貨は銀貨百枚なので10万円といったところですか。
しかし、この世界ではあまりお釣りといった概念は徹底されておらず、税金や役所の資金運用は別として平民同士での取り引きでは端数は値切り交渉か物々交換で済ませることが多いと。
基本的に低層民は銅貨のみ、平民は銅貨と銀貨を日常で使い、土地を取り引きしたりする場合のみ金貨が出て来る様子。
そして、貴族はその上の土地運用などで金貨の上の1000万円相当の白金貨を使うこともあると。
「さきほどの素材セットは確か銀貨40枚でしたか。四万円ほどで一流装備が入手できるのはテーレさんの手先の器用さのおかげですね」
「わかったならより感謝して。とりあえず、大方できたから着てみて、最終調節するから」
「おっとテーレさん。お早いですね。それでは……これを、二時間とかからずに?」
「まだ改良できるところはあるけど、とりあえずここら辺の森で使う試作品としては十分な性能に仕上がったよ。装備名は材料からとって〖リリスレッグ・スータン〗でどう?」
テーレさんから渡されたのは、注文通りの神父様の服装に似た上下セットの真っ黒な服です。
しかし、肘や裾など破損しやすい部分には補強のための金属板などが装飾と刺繍に似せて仕込まれていますね。
それに、懐や腕の内側などに短剣などが隠せるスペースがあります。あれですね、フードと相まって宗教サスペンス系の映画で出てくる敵戦闘員が着ていそうな服装です。
「刺繍は余ったゲリラスパイダーの糸で入れたから、生半可な剣で斬っても破れないくらいの防刃機能はあるよ。服が無事でも骨が折れない保証はないけど。あと、真っ黒でわかりにくいかもしれないけど、いくつかポケットも作っておいたからポーションなり小銭なり自由に入れて。それなりに力作だから、今度は簡単に服交換とかしないように」
「ありがとうございます。しかし、材料をほとんど全て使ってしまったご様子。テーレさんの分は大丈夫なのですか?」
「私は残った毛皮をマントにでもすればそれで充分。元々、モンスターの群れのど真ん中に出ても大丈夫なように装備は選んできたから」
「そうですか。では、ありがたく使わせていただきます。どうやら、サイズは手直しせずともピッタリなようなので」
「そう。じゃあ、クエストに行っても問題ないってこと?」
〖リリスレッグ・スータン〗に袖を通し、ボタンをかけます。
ふむ、腕回りの部分が分厚いようですが、素早く力を加えると硬くなるようですね。普段は邪魔にならず、しかし咄嗟に防御を取れば手甲をつけているのに近い状態になるのですか。よくできています。
これを私が使いこなせればですが。私も、気合を入れて行かないといけませんね。
「はい、では行きましょうか。我々の最初のクエストです」
side ???
地上からは角度的に絶対に見えず、かつ周りからの接近者があれば一目でわかる広い屋上。
その中央で『変装』を解き、ふと安堵の息をつく。
「ふーう、追っ手は完全に撒けたみたいだな。しっかし、田舎者は聞き分けがなくて困るねえ。あーあ、せっかくの勝負服なくしちまったし。そういや割り符も一緒だったな。ま、この街に見切りつけるなら別に構わねえか。噂のブラックマーケットもちろっと覗こうかと思ってたが、絶対に見たいわけでもねえ」
そういえば、服を交換して囮に使ったあいつは大丈夫だったか?
背格好が近かったから丁度いいと思って上着を交換させたが、急いでいたおかげでどんなやつだったかよく憶えていない。というか、いきなり服を交換しろと言われて多少は抵抗されるかと思ったらあまりにあっさり行き過ぎてそっちの方が印象深かった。
単にこっちの服の方が高級品だったから得だと思ってやったのかもしれないが、そうだとすれば服についてきた厄介事を知って俺を恨んでいるかもしれない。
ま、盗賊団のやつらも服見て囲んでも顔が違えばすぐ囮だって気付いて逃がすだろ。
その割には、追いついてくるのに大分時間かかってたが……ま、もし勘違いでボコられてたらそのときはそのときだ。今度偶然会ったら飯でも奢ってやるか。
しっかし、なあ……
「このラタ市ってところは、どうにも半端でいけねえな。もう汚れきってんのに、変に意地張ってやがる。こっから先、こんな歪な街がやっていけるとは思わねえけどねえ。ま、俺の知ったこっちゃねえか」
俺には仕事がある。
ま、大義がどうとか言うほど忠誠誓ってないがね。
この街が崩壊しようと、中央政府から見捨てられようとどうでもいい。
「俺様はドレイク。私掠怪盗ドレイクだ。同業のくせに貴族共の使いっぱしりなんぞやってて、今更プライドだのはぐれ者の仲間意識だの言われてもピンと来ねえわ」
あーあ、どうすっかね。適当にほとぼりが冷めたらここは出ていくか。
いや、そういや昨日、ギルドで新人が称号持ちになったとか噂になってたか?
せっかくだ、手ぶらで帰るよりはそいつについての情報収集もしていったほうが仕事したっぽいか。
最近、また神々の遣いとやらが……転生者とかいう糞野郎がまた現れたらしいからな。
『リリスレッグスネーク』という矛盾塊。
そしてその皮を使って作られた狂信者の装備。
外見のイメージは宗教サスペンス系映画で出て来る、フードを深くかぶったら顔が完全に影になって見えなくなるタイプの装束です。とりあえず現状での機能は基本的に物理攻撃(特に斬撃)に対して異様に丈夫というだけですが、見た目はあまり派手ではなく普通に街中を歩いていても怪しまれない(普段着として常に装備していられる)ことに重きを置いています。
 




