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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
一章:招かれざる『転生者』
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プロローグ

 かつてこの世界では、神々の争いが絶えなかった。


 神々は王として人を治め、自身への信仰を広めるため人と人を争わせた。

 無力な人に神の奇跡の断片たる『魔法』を与え、定命の人に叡智を紡ぐ『言葉』を与え、蒙昧たる人に標たるべき『威光』を与えた。


 やがて、遍く人が神々を崇め、各々の神の名の下に武器を取り、果ては人という人が疲れ果てるまで争いが続いたが、全てを手にした神はいなかった。


 そんな時、ただ静観を続けていた一柱の神がおもむろに告げた。


「我は死後の世界を治める『秩序の神』なり。我を崇める者にはただ死後の安寧のみを約束しよう」


 神々の争いは、その一言により終結した。

 長きに渡る争いは、数多の死者を『秩序の神』の元へと誘い、地上において生きる人もまた争いなき死後を想うほどに争いに飽いていた。死者の数が生者の数を遥かに超え、『秩序の神』の権能は争うまでもなく神々を従わせるに十分なものとなっていた。


 『秩序の神』は主神となり、争いを重ねていた神々を地上から引き離し、約定通りに人々が死後をただ穏やかに過ごすための法を敷いた。

 地上は一時の平和を得たが、それはすぐさま神たる王を失った者達の混迷の時代へと移り変わった。


 主神たる『秩序の神』は標を失った人々の嘆きを受け取り、己の息子たる『混沌の神』を地上に遣わせ、地上の在り方を見定めさせることとした。


 『混沌の神』は人の姿で地を巡り、生老病死の苦しみを知ることで、如何にして人を治めるべきかを定めた。

 『混沌の神』は旅の中で出会った中で、最も優れた王の才覚を持つ人に、人の王を任じた。


 任を受けた人の王はよく人を治め、その功績から『秩序の神』は権能を『混沌の神』へと譲り渡し、『混沌の神』は新たな主神となった。

 そして、新たな主神は秩序ある混沌こそが地上に必要として、旅の中で出会った未だに信仰を保つ神々に権能と信仰を分け与え従属神とした。これにより、主神の名の下に神々の戦いは終結し、世界には人の時代が訪れた……少なくとも、表向きには。


 従属神となったからといって、長く争っていた神々が手をとり合えるかといえば、そんなことはない。

 主神に直接的な衝突を禁じられたからといって、王としてこの世界の人々を操ることはできないからといって、それがどうしたというのか。


 直接争うことができないというのなら、力を与えればいい。

 この世界の人間を使うことができないというのなら、この世界の人間ではないものを使えばいい。

 力を求め、新たな世界での転生を望む魂など、いくらでもいるのだから。

 










 『ガロム中央会議連盟』。

 この世界において最も魔法技術の進んだユトリヤ大陸の西岸一帯を治める連盟国家。

 その中央政府の最高権力者である『議長王』ことアルゴニア・ガロムは、王都に構えた自らの居城にて、彼自身が治めるべき国土を記した地図の上に駒を並べていた。


「クロヌス地方南部の農業地帯が壊滅し食料自給率は2%低下。原因は『剛樹の魔王』の北上……防衛が失敗したということは報告以上の能力を持つ可能性あり、討伐作戦を国営軍で行った場合の損害予想は……」


 人類は常に、怪物(モンスター)の危機にさらされている。

 モンスターとは、魔力に影響されて異様な進化を遂げた動植物の総称。そして、絶えず人類と生息域の拡大という名の陣取り合戦を繰り広げる敵対勢力。


 ガロム中央会議連盟が最も魔法技術が進んだ国家として存在できる所以である豊潤な魔力は、同時に世界で類を見ない強大なモンスター群、そして『魔王』と呼ばれる人の手に負えない脅威を生み出した。


 そして、人間の願いに応える神々は時折『魔王』を打倒しうる存在を天界から送り込む。

 現世において自ら力を振るうことを禁じられた神々の権能を代行する者を。


「議長王! 議長王陛下! 星読みから報告がありました!」


 議長王の部屋に駆け込む臣下。その息は荒く、額には汗が伝っている。

 その慌てた様子から、議長王は報告の緊急性を理解して礼を欠いた態度を諫めることなく問いかける。


「星読みはなんと?」


 臣下は息を切らせながら、しかし伝達に誤りがないように息を吸い込み、はっきりと告げる。


「新たな転生者出現の兆しあり。そして、その中に……『女神ディーレ』の証あり。前例のない……幸運の女神、ディーレ様の加護を受けた『転生者』の降臨です」


「な、なんと……女神ディーレが……これは、どうなるかわからんぞ」


 議長王は駒の置かれた地図に向き合い、新たな駒を一つ手に取る。

 それは、今まで一度として使われた事のない駒。

 これを使うときは、世界が再び混沌へと向かうことを覚悟しなければならないと考え、使うことがないようにと願っていた『幸運の女神ディーレ』の使徒を示す駒。


 主神に従属する神々の中には派閥と序列がある。

 従属神の頂点に立つべく定められたのは、神々の中でも最も慈悲深き神、最も優れた王、最も強き人として信仰を集めた三大女神。他の小神は三大女神の従属神として、天界において新たな役職を得た。


 争いが終わり統一されたはずの天界を切り分けるようなその構造の由来には、それぞれの権能に適した役割があるためという理由もある。

 だが、それ以前の理由として……その三柱の女神が、互いに同等の力を持ちながら、最後まで相容れることのない性格だったからだと語られている。


 そして、その新たな神群の中でただ一柱。

 人の姿で旅をしていた主神に善意の施しを与えたことから図らずも神として祀り上げられ、『善意と幸運の女神』となってしまった村娘……『女神ディーレ』。


 主神以外との繋がりがなく、三大女神の派閥にも属さない……言い換えれば、三大女神以外で唯一の主神直属の従属神であり、下位の従属神を持たない女神でありながらも三柱の女神と対等と言える第四の女神。


 『もしも女神に目を付けられたら好意であっても許しを請え』とすら言われるこの世界において、最も善良で無害な女神として語られる異色の女神。

 他の神々が三大女神の派閥に吸収された中、頑なに吸収を拒絶し、ただ一柱だけ取り込まれることのなかった……ある意味において、三大女神の全派閥との因縁を持つ女神だ。


 それが……『転生者』を送り込んでくる兆しが確認された。


 議長王は額に汗しながら、その駒を地図の上に置く。

 現在、現世に対して直接的な干渉を避けている主神を除き最も信仰を集める三大女神『美の女神』『戦の女神』『豊穣の女神』の勢力がぶつかり合う『ガロム中央会議連盟』という戦場のど真ん中……そこに、第四の女神と呼ばれる『幸運の女神』の手駒が入り込む。


 互いに対抗しながらも拮抗し、ある程度安定していた三大女神の睨み合うゲーム盤に、よりにもよって三大女神のどの派閥にも属さないとされる第四の女神が新参者として転生者を送り込めばどうなるか……


 何が起こるかは誰にもわからない。

 だが、何かが起こることだけは間違いない。


 主神の従属神となった神々は天界で直接的に争うことはできないが、その権能の一部を与えられた転生者同士が争う分にはその縛りは働かない。

 つまり、転生者の降臨は神々がその神威をぶつけ合う代理戦争の手段となり得るのだ。


 仮に転生者を送り込む神の側にその意図がなかったとしても、天界での衝突を禁じられた『仲の悪い神々』が代理戦争の機会を与えられた時、普段から睨み合っている神々、そしてその配下の転生者が反応しないわけがない。


 加えて、女神ディーレは神々の中では非好戦的で温厚な女神だと言われているが……転生者を送り込んできたことはこれまでに一度もない。どんな転生者が現れるか、見当も予測もできない。もしも間違った者に強力な力が与えられれば、それは『魔王』以上の脅威になる。


 議長王は天を仰ぎ、今にも転生者を送り込もうとしているであろう幸運の女神に、届かないとわかっていながらも、祈りを捧げた。


「女神ディーレよ……頼むからせめて平和的で常識のある人間を選んでくれ」


 この世界の外側のどこかで、賽子(ダイス)が転がる音が聞こえた気がした。










 一方、天界にて。

  

 善人というのは、苦労しやすいものである。

 それは、人間であっても神であっても大差はない。古来より、死後の管理などのような『神でもできればやりたくない』という仕事は、大抵最も生真面目で善性の強い神へと与えられるものだ。


 そんな中、『善意』そのものを司るとされる女神が苦労することも、また自然な流れなのかもしれない。

 その女神が元はただの人間であり、加えて主神の直属であるというのなら、なおのこと苦労の種は尽きない。神々の中にも血統意識や嫉妬心のようなものはあるのだから。


 彼女の元には今日も他の女神から押しつけられた……もとい、誰よりも心優しき彼女の気質を見込んで託された仕事が唐突に舞い込んでいた。


「ディーレ様! 大変です、期日ギリギリの案件がいきなり!」


「あ、はい! すぐに片付けます!」


 神にふさわしい神気を持ちながらも、その姿を目にすると何故だかただの人間の少女だと錯覚してしまうような、矛盾した雰囲気を持つ女神ディーレ。彼女が忙しなく手を動かしテキパキと事務仕事を片付けていく様は姿形とはまた別の矛盾を感じさせるが、周りの天使たちは『いつものこと』であるそれを不思議とは思わない。

 幼い少女神は部下の天使から受け取った案件に目を通し、深く嘆息する。


「『転生者の受け入れ要請』……ちょっと待って、私まだ一度も転生処理なんてやったことないんですけど……しかもこのリストから一人ですか? 気のせいか、転生者としての適性判定が『D(致命的)』と『E(問題外)』ばっかり並んでる気が……」


「いつもの意地悪ですよ! 自分達は主神様に振り向いてもらえないからって、わざわざこんなに扱い難そうな候補者ばかり集めて……ディーレ様、選出は私が……せめて、できるだけマシな、ディーレ様の評判を落とさないで済みそうな人間を選びますので」


 そう言ってリストを持っていこうとする天使を制止する女神ディーレ。

 悲しいことだが、こういう事態には慣れている。いざという時の責任を考えれば部下の天使に判断を任せるよりも、自分自身が決めるべき案件だ。

 一瞬、リストを全て読もうとして……また、小さく嘆息して目を閉じる。


 仮にも『神様』の一柱として本質を見抜く目に自信はあるが、このリストを作ったのもまた神々の一柱だというのなら、『当たり』はないのだろう。

 『幸運の女神』に『はずれ』を引かせるには、最初から『はずれ』しかない籤を引かせるのが一番手っ取り早い。一見正解に見える選択肢があったとして、それが最もいい結果を生むとは思えない。


 何せ、これを作ったのがどの神であれ、『善意と幸運』だけで神様になってしまった自分よりはずっとこういった駆け引きに長けているのだから。

 考えて選んだ結果こそより一層悪いものになる気がしてしょうがない。


「才能、経歴、人格、素行。総合的に見て全ての候補者に問題ありというのなら……まあ、これで決めますか。振り直しなしの一発勝負にしておきましょう」


 女神ディーレは、自らの権能たる『幸運』を信じ、自らの権能で生み出した賽を振る。


 運命すらも思いのままにすることができる神々の端くれでありながら、未来を自らも予測不能なものとする『神の賽子』が二個、十面体の概念を得て、各面について完全に平等な確率に従って跳ね回る。


 神はサイコロを振った。

 賽は既に、女神によって投げられた。


 誰の予想もつかない、どんな神も好き好んで選ばないような転生者を生み出す可能性を背負って転げ回り……そこに、未来を定める二つの数字を指し示した。


 はじめましての方ははじめまして。

 お久しぶりの方はお久しぶりです。


 ひねくれ作者の描くちょっと変わった転生物語をどうかお楽しみください。


※2021/4/21

 議長王『閣下』という呼び方を『陛下』に訂正しました。

 以降も誤字報告などを受ければ(なにぶん数が多いので)追記なく訂正させていただく場合がございます。ご了承くださると助かります。

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2週目いくぞ! とはいえまた例のあの話を読むことになると思うとちょい気が重い(・ ∀ ・)
[気になる点] 主人公がずっと敬語で違和感ある
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