やっぱり牛肉が食べたいです。
昼の陽射しで溶けた雪が泥濘ませた小道をマーリヤ、こころさんと3人で歩いて店に帰る。
トリキア辺境伯が催した近隣の領主が集うパーティーの帰りだ。
既に暗くなっており、近道の貧民街を抜けるところだが、特に警戒はしていない。
屠殺にかかる人員はスラムから雇用するのが多いためほとんどの住民は顔見知りだし、俺らを狙うような輩もいまい。
それに得物も持ってある。
「こんな貴族のパーティーに出ることができたなんて、夢見たい。」
そう言ったマーリヤは青いドレスで着飾っている。
もうすぐ彼女も15歳になる。
早くから働いているからか、もう大人の女性にしか見えない。
「仕事だけどな。」
「それでも嬉しい。」
「疲れた。」
こころさんはデザートのクレープを調理もしないといけないので、今日はドレスではなくワンピースだ。
こころさんはスイーツ部門のリーダーになったからだ。
基本的にスイーツは貴族向けの商売なので、今着ているワンピースもそれなりに良いものなんだけど。
「次はこころさんもドレスで出ようか。」
「面倒。」
と言いながらも、マーリヤのドレスを少し羨ましそうに見ていたクセに。
俺の方は、チュニックにスパッツとハイソックスで、貴族様のような格好だが、どうも好きになれない。
カレンだとタキシードとかも出始めているらしく、そっちの方が良いんだけどな。
辺境伯のところに直接肉を卸すようになってから、懇意にしてもらっている。
パーティーだと普通は豚肉は人気が無いのだが、ウチの生ハムを始めとした肉メニューは充分通用した。
それに、飼料肥育した豚肉は今のところウチしか取り扱っていない。
脂が充分にのった豚を初めて食べる人々がその美味しさに驚き、質問攻めにされた。
また、デザート類も好評でパーティーによく呼ばれるようになった。
また、その縁で今は他の領地にも支店を出すように誘われていて、幾つか準備をしている。
最近はそんな調整ばかりで現場に出てないのが少し寂しい。
特に冬場の精肉の安定供給のニーズが高いのも理由の一つで、この冬から出荷を始めた飼料肥育の豚はトリキアの重要な交易品になると期待されている。
このパーティーもトリキア辺境伯の三男である、キリル・パレオロギナと辺境伯の寄子であるカルダ・トグラテンカ伯爵の共催で行われたもので、他領への宣伝の他、商人同士の顔繋ぎがメインになっている。
トグラテンカ伯爵領は山がちで森が多く農業も難しく産業が無い。
そこで、キリルから養豚などの指導をと言われていたが、豚ではなく牛を勧め、その可能性を示すために開いたものなのだ。
ちなみにこの辺りでチーズと言われれば、牛ではなく羊や山羊がメインで、中南部の荒れた土地では既にかなり生産されている。
乳牛の飼育は国内全体でも非常に少ない。
バターは多少は流通しているものの、チーズだと今から開発して競争力を持つまで時間が必要になる。
だから、今回は乳製品として生クリームを選んだのだ。
また、貴族向けの高級な肉といえば、鹿などが挙がり、牛は農耕用の家畜で貧しい人間が死んだ物を食べるというネガティブなイメージしか無い。
単純に焼いた味を楽しんでもらうため、仔牛を潰しステーキとローストビーフを振る舞った。
どちらも好評に終わり、前向きに検討が進められている。
上手く行けばウチも新たに牛の解体に着手することができ、更に規模を大きくできる。
ただ、牛となると肥育に最低2年は必要だと思うので、本格的に事業が動き出すのはまだ先になるが。
ちょこちょこ仔牛の出荷もしようと思っているので、解体場は少し早めに建てておきたい。
「ステーキ…。」
こころさんが残念そうに言う。
「ごめんな、俺とマーリヤだけ食べてて。実はひと塊貰ってるから、後でみんなで食べよう。」
「ん。」
「こ、これは…。牛だぁ!」
アンが塊を見て吠える。
もう完全に晩餐メンバーに馴染んでいる。
「トグラテンカ伯爵のところで、牛の放牧を始めることになった。その解体もウチに任せられることになったぞ。」
「お、ウチらの出番か。」
「ああ。今度は改修じゃなくて、イチからの建設だ。」
「余裕だな、ヴィネフ。」
「牛って本当に美味しいの?」
ヴィネフの心配も分かる。
一般的には固くて筋張っていてさほど旨くないと思われている。
そもそも、普通、食べるのは年老いてやせ衰えた牛なのだからそれは仕方がない。
貰った部位もランプなので、そのままま焼いて食べられる部位じゃない。
「ああ、貰ったところは筋が多いから、ハンバーグにするよ。」
豚も少し混ぜてハンバーグにする予定だ。
「よっしゃー!」
「ん!」
アンとこころさんが小躍りして喜んでいる。
大きめの牛刀2本で肉を叩いてミンチを作っていく。
しかし、こうやってミンチを作るのも慣れたし、自分たちの食事分だけなら面倒とも思わなくなったけど、やっぱり店にはミンサーが欲しいな。
作れそうな職人ってトリキアには居ないんだよなぁ。
今度、王都で職人を探してみるか。
軽く炒めた玉ねぎと古くなったパンをおろし金でおろしたものとを合わせてタネを作ってゆく。
今日は表面を焦がしてから窯で仕上げる。
肉は窯の入り口で冷めないようにして、出た肉汁に塩、小麦粉と赤ワインを入れてソースを作り、ハンバーグに掛けたら完成だ。
「え?こんないい匂いすんの?」
ヴィネフが驚いている。
「兄貴が作るモンが不味い訳ないだろ。」
ペタルの無闇な信頼が痛い。
「今まで牛が食べづらかったんだよなぁ。」
アンが言う。
そういや、ポチさんの前で柊華たちが狩ってきた仔牛を食べた事があったけど、言わないでおこう。
食事が一段落ついた頃を見計らい、俺は話を切り出す。
「この春から親父は動き出す。」
食卓が静まり返る。
「ルースが聖騎士討伐隊を組む。親父の正体は不明らしいが、魔王として認定されたらしい。4人の魔族が親父の元にいるのもどこからか情報が漏れた。今日、キリルから聞いた。辺境伯からは退去勧告を明日にでも出す予定らしい。」
「私たちはどうなるの?」
「ウチは正式にパレオロギナ家の出入り商人になるようにキリルが取り計らってくれた。要請があれば、ルースからの監査の受け入れなりをして対応する。まぁ、大丈夫だ。」
「『銀灰の翼』はどうなるの?」
「表向きには関与もないしそっちも大丈夫だ。」
「そうなのね。サムイルは大丈夫かな?」
「ああ、もうアリプロフの関係者になってるからな。定期便事業を手土産に商会の幹部だからな。心配することは全くないよ。」
「うん。」
最近は王都に詰めて全く帰ってこないが、やはり姉であるマーリヤは心配なようだ。
「それにアリプロフも気を使ってウチとの関係を切ってるし、今度、他の幹部の養子になるって聞いた。ウチや親父との関係は疑われることもないよ。」
「じゃ、昌也さんともう会えなくなるの?」
「ああ。それどころか、もう動き始めてる頃だろうな。」
「寂しいな。」
ペタルがそう言ってくれるのが少し嬉しい。
「まぁ、自分の道は自分で決めろ。親父ならそう言うだろうな。俺はこの店、この場所で出来ることをする。何というか、それが親父の信頼に応えることだと思う。」




