親父殿に汚い事をする宣言をされてしまいました。
朝から親父に前日の報告をしながら、稽古をつけられている。
そう言えば、親父がマントを脱いでいるところを見るのは稽古の時ぐらいで、街に着いてからもずっと着っぱなしだ。
俺は街に来てからは、野宿なので手放せないのだが、寝る時だけしか着ておらず、今では全く羽織っていない。
素手でのスパーリングを終え、今度は俺がスタッフ、親父がナイフ代わりの棒を持ってのスパーリングになっている。
「随分と稽古に力が入ってるな。」
「ここでは腕力も無いのに商売はできへんからなぁ。」
「まぁ、覚悟はしてるけど。」
「試合とか遊びの喧嘩やないからな。もしもん時は腹括れよ。」
「ああ。」
「ところで、お父さんは何してるんだよ。」
「愚連隊みたいなのを掌握しょうか思うてな。」
「何を目指してるんだよ?」
「これが上手いこといけたら、今後の商売も楽になるしな。」
振り下ろしたスタッフを持つ腕を足で押さえられ、首元にナイフ代わりの棒を当てられる。
「参りました。」
「肉屋の方はお前に任せたからな。しっかり頼むぞ。」
「うん。」
今日も4頭の豚を解体し、ソーセージ作りに取り掛かろうとしたとき、見張り役の笛が聞こえてきた。
「早いな。まだ一週間も経ってないのにな。」
女の子たちの顔が恐怖で引き攣っている。
「大丈夫だ。とりあえず、ソーセージ作りは諦めて、移動するぞ。あと、マーリヤはペタルを呼んで来てくれ。回り道してな。」
内臓や血は勿体無いが川に投棄し、荷物を片付けて街道から離れる。
荷を隠したあと、街道に戻ると、衛兵らしき二人組が周りを見回しながら歩いてきていた。
しばらく川の周辺を彷徨いていた。
誰かが密告したのだろう。
彼らが街に戻るまで様子を伺っておき、街に戻ったのを確認してからペタルと合流して肉を街に持ち込む。
女の子たちにはねぐらに戻らず、迎えが来るまで街道で待つように言っておいた。
いつもは『肉食い亭』から回るのだが、今日は『べっぴん亭』から肉を卸していく。
『肉食い亭』の裏口には、ガラの悪い男たちが5人待ち構えていた。
「お前ら、面白い商売してるらしいな。」
「俺たちのシマで勝手なコトされると困るんだよな。」
十代半ばから、二十代後半まで年齢はバラつきがある。
「ペタル、こいつらの事は分かるか?」
「この辺りで幅を利かせてる徒党だな。」
「人数は?」
「12、3人ぐらいだな。」
「ボスはいるか?」
「ああ、あの一番年長なのが、フリスト。奴らのボスだ。」
ここでボスを片付ければ、親父の力を借りなくても何とかなるかな。
さて、これを乗り切らないと、この先苦労するんだろうな。
「仲間に入れて欲しいのか?」
「このオッサン!フザケてるのか!」
親父に言われて伸ばした髭のせいか、年上にオッサン呼ばわりされるとはちょっとショックだ。
「ああ、俺の前であんまりおフザケが過ぎるのは良くないぞ。怪我したくなかったら、さっさと帰りな。」
「てめぇ!」
それぞれ、ナイフや鉈を取り出して凄んでくる。
「お前は身を守る事だけ考えとけ。」
ペタルに声を掛けてから向き直る。
「お前ら、おもちゃを見せびらかして何がしたいんだ?」
「もういい!やっちまえ!」
ボスのフリストが顔を真っ赤にして叫ぶ。
リヤカーから鉄の棒を引き抜いて、手前の男の手を狙って振り出す。
中途半端なチンピラぐらいだと、まだ人を殺すのに躊躇いがあるので、付け入る隙きがある。
俺は腕や足を貰う積りで思い切って振っていった。
ペタルに手伝わせてフリストを後ろ手に縛り、『肉食い亭』の勝手口を開ける。
「あ、イヴァンさん。ちゃんと見ててくれましたよね。」
扉の手前にイヴァンが立っていた。
「昨日はこの男を店に呼んでたみたいですけど。俺はまだ理性的ですけど、兄貴はそうでもないんで、気を付けてくださいね。」
そう言いながら微笑んでやる。
「1回目は許してあげますよ。さ、今日も3頭分用意してますから、確認してくださいね。」
もう、店の裏からフリストの徒党のメンバーは姿を消していた。
因みに、翌日に仲間に裏切られたフリストは仲間割れの末、殺されて川に浮かんでいた。
俺が直接手を下していないものの、気分は良くなかった。
これも、この街、この時代の常識なのだろうか。
街道で待つ女の子たちを迎えてから、ねぐらに戻ると、そこには親父とその周りに呻きながら這い蹲る男たちがあった。
「おう、イヴァンの方はどない始末着けたんや?」
「このまま継続して、今の値で買い取りさせる。来月までに転売の販路は俺たちに譲るってとこ。」
「まぁ、上出来やな。次のワシらミッションは?」
「肉が売れてきたら、今度は屠殺場を敵に回すことになるから、都市側、衛兵?に手を回す必要がある?」
「そのとおりや。郷に入れば郷に従わなあかんな。」
元の世界にいた時の親父は基本的に真面目で、賄賂なんて目もくれなかったタイプの人間だったと思う。
「この世界で生きていくには、今までの常識は通用せん。賄賂みたいなもんも、潤滑油程度の認識やからな。」
「その愚連隊とかを使って役人と接触する積りなんだよな?」
「まぁ、それだけやのうて、ナンボでも使い途はある。こっちの仕事はワシの領分や。お前は肉屋の方をしっかり頼むぞ。」
「うん。分かった。」
夏の暑さが落ち着く頃になると、恐ろしいぐらいの忙しさになった。
日本と違って残暑は厳しくなく、過ごしやすい。
豚は基本的に放し飼いにされており、森に放されているものは冬を越えられない。
そのため、まだ肥えているうちに農家たちが街へ売りに来るのだ。
本格的な処分が始まるのは冬直前とはいうものの、日に5頭を超えると既に川沿いの何もない原っぱでは難しくなってきた。
また、付加価値と需要を上げるため、俺が店に出張ってレシピを教えているのもあり、解体をするための人数も足りなくなっている。
そんな中、親父が盗品屋のカロヤンの伝手で大店の商人を動かし、そこから木っ端貴族や役人に働きかけて正式に川沿いで解体を行う許可を取り付けた。
この許可を取り付けるために必要な賄賂は相当な額になり、蓄えもほとんど無くなってしまった。
それでもハイシーズンであることと、徐々に人気が出てきていることがあり、すぐに取り返せそうであると判断し、儲けた金をそのまま設備と人員の整備に流していった。
稼いでは解体場の整備に使っていくというサイクルであったが、なにせ取り扱う店舗数も各店舗で取り扱う量も日に日に増えており、需要はうなぎのぼりにどんどん上がっている。
正式に何というのか分からないが、ノッキングする場所とその回廊もちゃんと設けてある。
これだけでも、時間いや、労力が大幅に軽減された。
また、ダーティーゾーンとクリーンゾーンを分け、豚を吊るすレールの設置までは費用が捻出できなかったものの、多数の台車で工場内を移動させるようにし、効率と衛生環境の向上を図っていった。
資金が貯まれば増築するといった継ぎ接ぎな解体場の建物ができた頃には日に20体の解体を行っており、その数は今後も増えていく予定であった。
目下、毛抜き作業が一番人手を取られているため、何か効率的な道具でも開発しないといけないか。




