久しぶりにいただきますをしました。
結局、日が暮れて料理が出来上がっても、妙案は浮かばず諦めてまな板に乗ることになる。
生ハムにオリーブオイルを掛けたもの、ベーコンは厚切りを焼いたものと、チーズとソーセージのピザ、生ハムクレープなどがが食卓に並ぶ。
後から食卓に加わったペタルとヴィネフは何かを察したのか、いつもの表情ではなく、初めて見るアンにどう対応したら良いのか分からないでいるようだ。
しかし、夕食の準備に追われているのもあり、しばらく放置することにする。
ヴィネフの彼女のキラツァは娼婦なので、今日のように稼ぎ時の夜には顔を出さないが、最近はたまに顔を出している。
全員が着席したので、夕食を始めることにする。
その前にペタルとヴィネフにアンを紹介しないと。
「ペタル、ヴィネフ、改めて紹介する。アンだ。彼女は俺やこころさんの同郷だ。」
「え?なら彼女はどこかの国の使徒なのか?」
「違うな。あーしは元魔族だ。」
聞いたペタルの口が驚きで開きっぱなしだ。
いや、こころさんもだ。
「この子らにも話して大丈夫なんだろ?」
「んん、まぁ…。」
「元ってどういうこと?」
こころさんが堪らず聞く。
「自分のスキルで魔物を辞めて人間の身体を手に入れたんだ。」
「いきなりそこまで言っちゃうんだ。」
「え、ダメだった?」
「いや、いきなり過ぎてびっくりしただけだから。」
うわ、どこまで言っちゃうんだろ。
「まぁ、このまま自己紹介続けたら、ご飯がいつ食べれるか分からんから、とりあえず、食べようか。」
「手を合わせて!」
アンの言葉に反射的に手を合わせてしまう。
こころさんも同じようだ。
「それは?」
ペタルは不思議そうに聞いてくる。
「これは、『いただきます』っていう、俺たちの故郷の食事の時の挨拶だ。食事や食材の提供者に感謝を表すためのものだ。故郷の言葉で『いただきます』。」
日本語の『いただきます』。
そう言えば、この世界に来てからしたことなかった気がする。
こころさんも同じようで、少なくとも彼女もここに来てからはしていない。
「いただいた命に感謝。」
「そういう説もあるね。俺もその方が好きかな。」
「じゃ、この食事を生み出す天地の恵みと奪った命、それにこの食事に関わってくれた全てのものに感謝の気持ちを籠めて。」
アンが上手くまとめてくれると、テーブルにつく全員が手を合わせる。
『いただきます。』
全員で唱和する。
「良い響きの言葉ね。」
マーリヤが感心したように言う。
「俺もそう思う。さ、みんな食べよう。」
「ユーキ、この青い豆は何?何で房まま?」
「あ、それオレも聞きたかった。」
アンナとペタルの兄妹は目の前にあるものを訝しげに見つめている。
それは3株ほど抜いてきて、1株は何となく枝をつけたまま盛り付けてある。
「『枝豆』。」
こころさんが答える。
枝豆はこっちで相当する言葉がないので、そのまま日本語で発音している。
確かもとの世界でも海外では同じような食べ方をしないので英訳が無かったと思う。
「それ、やっぱり?!あーし大好物だった。」
「故郷の食べ方で青い大豆を枝ごど塩茹でにしたものだ。こころさんの発案で植えておいたんだ。」
ちなみに、まだ少し実が小さかったものの、スキルか何かで食べ頃にまで成長させている。
「どうやって食べるの?」
「こうだ。」
立ち上がって手を伸ばしたアンが枝豆の房を口に当ててから豆を押し出す。
「美味い!日本がここにある!」
アンナは房を摘んで豆を出したものの、まだ口をつけない。
「ん。美味しい。」
こころさんも満足げに枝豆を食べている。
「絶対美味いから、騙されたと思って食ってみろ。」
「兄貴が美味いっていうなら、大丈夫だろ。今までも大丈夫だったろ。俺も食ってみる。」
そう言いながらペタルはアンを真似て豆を口に放り込む。
「あ、本当に美味えや。」
アンナもそれを見て、恐る恐る口にする。
「あ、全然青臭くない。美味しい。」
それを皮切りにパンティアのみんなも手を出し始める。
アンが「美味い」と言い続ける食事が終わる。
エッグタルトもプリンも好評で、これだけ褒められると嬉しいはずなのだが、俺の気持ちは沈んでゆく。
「さて、話を聞かせてもらいましょうか。」
マーリヤが口火を切る。
「彼女は前に会いに行ったストーンカさん、ポチさんの主なんだ。」
こころさんは『ポチ』に反応しているようだ。
気持ちは分かる。
「ああ。まぁ、今はアレしか居ないけどな。」
「今まで森の中で何をしていたの?」
「ああ、アイツは美味い草を食いたいからって、ゴブリンたちに森の手入れをさせてたな。」
みんなが聞きたいのはそっちじゃないって。
「冗談だよ。森の奥で『権能』を使って力を残したまま人間に戻ろうと試行錯誤してた。」
「『権能』?それは何?何で今出てきたのか聞かせてもらえる?」
「『権能』は人間にとってのジョブと同じものだな。出てきたのはやっと人間に戻れたからだよ。それに、近く裕紀の親父が女神と戦うんだろ?一緒に戦う気は無いけど、あーしはあーしであの女に復讐したい。」
「復讐?」
「ああ。あの女はあーしの彼氏に惚れたんだ。あーしは逆恨みで、あの女を虐めてた奴らと一緒に殺されて、復讐されるために連れてこられた。あーしはイジメなんてのには加担してない。」
サラッと言うけど、めっちゃ重いよな。
「復讐のために、少しばかり情報も欲しくてね。一緒に動く気はないけど、裕紀の親父なら何か教えてくれそうだしな。裕紀はあまり巻き込む気は無いよ。そんなことしたらポチらに怒られるしな。」
「ここで働きたいってどうことなの?」
「まぁ、美味いモノ食わしてくれた礼をしたいからな。ウチらみたいに読み書きできる人間がいれば商売の役に立つだろ?別に護衛でも良いし。」
アンを護衛なんて過剰戦力も甚だしい。
「それに今度は生クリームも食べたいしな。」
「ミルクレープ。」
「お、それも良いな。あーしとしてはタダで食べさせて貰うなんて図々しいことはできないね。働かざる者食うべからずだ。」
「巻き込む気は無いって言ってたのに?」
「あーしは死んだことになってるから大丈夫だよ。それに今の身体は裕紀と同じでシステムには繋がってないから絶対に見つけられないよ。それに働き口も無理にとは言わないよ。」
バックボーンを無視して素直に考えれば、おいしい人材なんだけどな。
ええい、ここでサラッと暴露するか。
「俺は別に構わないんだけど、アンって聖書の登場人物なんだよね。」
「あーしの事は『淫魔の魔王』って書かれてる。本当は種族が違うんだけどな。」
ルース教の聖書では、初代で最強とされている魔王だ。
場の全員の顔が引き攣っている。
「悪い人じゃないんだけどね。」
「こころは良いと思う。」
「その話は2・3日様子を見てからでも遅くないと思います。それよりも、ユーキに話したい事があるんですよね?」
マーリヤが一旦話を打ち切る。
「ああ。」
「私たちも聞いても?」
「構わない。子どもには少し刺激が強いかな?」
「アガタ、アンナ。今日は部屋に戻りなさい。聞いた話はまた今度教えてあげるから。」
言われた2人はしぶしぶ部屋に戻っていった。
「じゃ、あーしがこの世界に来た理由と、今までの話をしよう。」




