親父はこうやって訓練してたんですね。
「これ以上は、命に関わるわよ。」
サキが心配そうに声を掛けているのは、昌也だ。
木々にロープを張った簡単な作りのテントの中には2人しかいない。
昌也は返事もせず、脇に置いていた革袋を慌てて引き上げる。
胃の内容物を吐いているが、胃液しか出ていない。
「まだ大丈夫やったやろ。ホンマに死なんために必要やからな。」
「こんな事やって本当に強くなれるの?」
「さぁな。やれることは全てやっとかんとな。」
「このまま続けてたら、本当に死ぬわよ。」
「本番は一回限りや。失敗はできんからな。」
そう言う昌也の身体には赤い引っ掻き傷のような物が無数に這っている。
特に肩口と首の蚯蚓腫れは痛々しく、内出血を伴っているだけでなく、身体を改めて見回すと既に青痣になっているものも多い。
サキの幻術でアルラウネとの戦闘を再現しているのだ。
元々、この幻術自体、攻撃魔法として分類される場合もあるもので、術者が作り出す精神世界で現実世界と遜色ない体感を与えることができる。
生々しい精神世界での体感はリアルであればあるほど現実世界へ反映される。
悪意を持って運用すれば、脳死すら起こし得るらしい。
尤も、自ら幻術を認識しているため、命を失うようなことは無いと思われるが、精神世界で、刺され、切られ、抉られ、引き千切られ、溶かされ、焼かれ、磨り潰され、そうして受けた痛みは現実と遜色ない。
そして精神世界で受けたダメージは、昌也の体中に聖痕現象のように、傷痕となって現れているのである。
「日に何度も断末魔聞くのは堪えるな。」
ラファエルが苦笑を浮かべながらテントを覗き込んでいる。
「何でアナタがそこまでしないといけないのよ。苦しむ姿を見るこっちも辛いの。アタシの気持ち分かる?」
「ああ、辛いこと頼んでるのは分かっとる。けど、必要なことなんや。ホンマに済まんな、サキ。」
リューリク南部の帝国軍討伐遊軍の拠点を出てから4日目に蓮たちと別れそこから2日で目標となる魔族アルラウネを見つける。
かなり順調な滑り出しだったのは、帝国軍討伐遊軍から情報を得られたのが大きい。
そこから、丸2日を彼女の観察に充てた。
2日で観察を終わらせたのは、運良く彼女が盗賊のアジトを通りかかるところを見れたからだ。
外見はただの幼い少女であるが、威圧を超え、死そのものとも言うべき雰囲気を纏っている。
盗賊たちが彼女を視認した時点で既に彼らの未来は無かった。
腕に覚えのある者もいたようだが、彼女自身ただ歩くだけで、彼女の周囲にある樹木や草木が動き出す。
大半はその得物を振るうことも叶わず、あらゆる武器も魔法様々なスキルを用いて的確な対処をされる。
見える範囲の生き物は触手、毒、幻術などあらゆる手段が使われ、逃げることすら叶わない。
まるで息をするように命を奪い、その骸を植物たちが取り込んでゆく。
鎧袖一触という言葉では言い足りない。
無双という言葉とは程遠く、静かに死と滅びを齎す。
人も獣も魔物も差別せず、全ての動くものを彼女は公平に土へ還す。
それは動く死者ですら。
昌也とサキはその現場を見て、焼き付けたアルラウネの記憶と戦っていたのだ。
「しかし、何で昌也さんにサキの幻術が効くんですか?」
宗一郎が聞いてくる。
アンデッドの宗一郎は気配を全く感じさせないので、ラファエルは急に聞こえた声に思わず驚いていた。
宗一郎の疑問はもっともだ。
「そう言えば、宗一郎には説明してなかったなかな?スキルの中でも、システムが介在するモノはワシには効かへんのや。実はデバフとか認識阻害はステータスに干渉して実現しとるんや。単純な魔法系のスキルは違うんや。魔法ってのはこの世界に元々存在しとるもんなんや。あの女神が来る前からこの世界に連れてこられた人間がおった。」
「そうなんですか?」
「この世界に先に来た人間はこの世界に元いた者から魔法を習った。」
「え?」
「元からおったからワシらは便宜上『先住者』って呼んでるんやけどな。」
「『先住者』ですか。」
「その『先住者』は魔力を糧にして生きてて肉体を持たへんのや。あの女神がその仕組みを真似たものを肉体のある人間に組み込もうとしたんや。その過程で生まれた実験動物が魔物や。ほんで人体実験で生まれたのが魔族や。サキとか夢魔は半分肉体、半分魔力とかのエネルギーで形作られた半仮想の肉体やんや。」
「そう言えば。」
「それを限りなく人間に近付けて、人間の身体に魔力を取り扱う能力を付与したのが、この世界の人間と使徒やな。スキルのシステムはその肉体的な器官と仮想的な器官を持ってないと利用できひんわけや。」
「はぁ。」
「『先住者』とのハイブリッド、特に魔族や魔物は色んな方向性を持って造られてるんやけど、宗一郎はもしかしたら、完成形の一つなんかも知れへんな。」
「完成形?」
「肉体を持ちながらも、物理的な生命活動を肉体に依存せぇへん。そやな、ゴブリンなんぞは心臓すら無くして魔力とかを魔核か魔石を通じて循環させて生命活動をしとるわけや。多分、肉体部分の遺伝子でいうたら、ほぼ人間と変わらんのとちゃうやろか。知らんけど。」
「!?」
「宗一郎のコンセプトやと、完全な人間の肉体を持ちながら、この世界に順応した肉体の活動に依存せぇへん魔力とかを用いた生命活動を行う。もう、宗一郎の体は生前のままにしか見えんぐらいになっとるやろ。人の身体を持ちながら、死すら超越することが出来る存在ってとこやないかな。」
宗一郎は自分の掌を思わず見てしまう。
「もう、生きてる時と変わらんぐらい綺麗になっとんのは、レベルアップで魔力を肉体の修復とか維持に使えるエネルギーが増えたからちゃうかな?」
確かにこの世界に来てすぐは、肉体の腐敗は進行しており、昌也たちに出会ったころは黒く腫れていた部分も多かった。
しかし、今では彼の身体は生きている人間と変わりなく見える。
「えらい話が逸れたな。まぁ、魔法っちゅうんはこの世界やと、物理的な法則と同レベルやねん。剣術とかと同じように既存の技術をパッケージ化したもんの一つや。せやから、ワシにも効くんや。」
「何かすごい話を聞いたんだけど。」
「俺も初耳な話が多いな。そうか、それでゴブリンを殺す時にそんなに血が出ないのか。」
「まぁ、半分ぐらい推論やし、話半分でな。」
「それはそうと、アルラウネへの接触率は今はどのぐらい?」
「5割はいけてるな。」
「まさかもう一日ぐらい使うんすか?」
「せやな。帝国の使徒がくるまでの余裕がある間はな。」




