施しとは難しいものなのです。
ペタルと二人で、マーリヤにハルグラド行きを説明したところ、思いがけない返事が返ってきた。
「帰ってきてから早速ですね。今回は私も行きます。」
「いや、魔物の大発生が起こってるんだ。魔物が玉突きされて、元から住んでる魔物も活発に動き始めるから、普段より圧倒的に魔物に遭遇する確率が上がるんだ。」
「ユーキは私の事が心配でしょ?」
「そりゃ、お前にもしものことがあったら…」
「同じです。私は毎回同じ気持ちであなたを待ってるんですよ。だから、今回は連れて行ってください。それに私を守れるぐらいの力はあるんでしょ。」
若い女の子を連れて行くなんて、魔物以外の危険がたくさんある。
それを分かったうえでこう言ってるんだよな。
ヘタれだな、俺。
「すまん、マーリヤ。お前にこんなこと言わせるなんてな。」
マーリヤの表情が曇る。
「違う、違う!お前を連れて行くって言いたかったんだ!」
今度はキョトンとした表情を見せる。
「ここでやりたい事が出来た。それには長い時間がかかる。そう思った時、お前に一緒にいてほしいと思ったんだ。お前がいつまで一緒にいたいと思ってくれるか分からない。でも、俺はお前を幸せにしたいと思ったんだ。俺に付いてきてくれるか?」
少し潤んだ瞳で、笑顔を俺に向けてくる。
こんな表情をしてくれるんだ。
「お前の俺への気持ちは、俺に助けられた恩や憧れからくるものだと思ってたから、お前の気持ちに応えるのが不安だった。けど、そうじゃないって気が付いたし、何より俺がお前に惹かれてるのに気が付いた。だから、一緒に行こう。そして、これからも一緒にいてくれ。」
「はい。」
この笑顔だけで心が満たされる気がする。
これまでもこれからもずっと一緒にいるから、焦がれるような恋じゃないけど、こういう恋愛ってのも有りなのかも知れない。
親父を通してテオドルへ護衛の依頼をしたあと、べセリンさんのところで、仕込み中のベーコンのほぼ全量と、今日から先一週間のソーセージ作りフル稼働を依頼してから全員を集めて打ち合わせを始めていた。
「俺とマーリヤでハルグラドへ行く。第一弾の出発は明後日だ。俺たちは現地で拠点を作っておくから、第二弾は4日後に出発、第三弾からベーコンの出荷を始める。今日の分から、足はすべて塩漬けにして持っていく。こっちで余った分もすべて塩漬けにしてハルグラド用に回すようにする。」
「こころは留守番?」
「済まないけど、定期便事業は最優先だからな。」
「我慢する。」
何で我慢なんだよ?
既にマーリヤへの告白をペタルから聞いてたこころさんは普段の無表情よりさらに憮然としてるように見える。
もしかして、妬いてくれてたりする?
いや、そんな自惚れはよそう。
「オレは?」
「ペタルは平常業務を回すのと同時に、豚肉の買い付けだな。危険は無いけど、一番忙しくなるから頑張ってくれ。」
「おう。買い付けを増やす分は直接近くの村に買い付けに出た方が良いか?」
「そうだな、それはヴィネフに任せられないか?」
「オレは大丈夫だよ。」
「よし、決まりだ。」
近隣の村を回っての買い付けの相談をするペタルとヴィネフを残して散開した。
俺とマーリヤは旅の準備をするため、街に繰り出すことになった。
「我儘言ってごめんなさい。」
「いや、正直言って、マーリヤが一緒に来てくれるのはありがたい。個人的にも仕事の面でもな。あと、ゆっくり話をしたいこともあったし、丁度いいよ。」
「あれ?粉屋に寄らないの?」
さっき、ハルグラドに持っていくためのそばと大麦を買ったところだったのだ。
「止めた。」
「止めたって、どう言う事なの?」
「粉にすると手間も税金がかかるだろ。粥で良いよ。」
「粥ねぇ。」
「ハルグラドには川もあるみたいだし、上流だから、水もきれいだって誰かが言ってたの思い出したんだ。」
こっちじゃ、粥は貧民の食べ物って印象があるからなぁ。
話をしながらスラム近くに足を伸ばす。
粉屋だと税と時間を取られたうえ、量も限られるんだよな。
だから、粥にしようと。
栄養価も高いし、大量に作るならそっちの方が楽だし。
今、思いついたんだけど。
「それに、俺らの商品じゃないから気にしないで良いよ。故郷じゃ、粥ってのは貧民から身分の高い人らも食べるもんだから、抵抗ないんだよね。それにあの硬いパン、嫌いなんだ。」
「好き嫌いですか。まぁ、それぐらい良いですかね。」
「そういや、こうやって二人で出掛けんのは初めてだよな。」
「うん。」
「ごめんな。マーリヤにはいつも留守番ばっかさせてたからな。」
「店でしないといけない事も多かったから仕方なかったわ。」
「いつも、甘えてばっかりでごめんな。」
話しているうちに、蕎麦の皮を剥く商売をしている男のところに着く。
「肉屋のユーキだ。皮剥き屋はここか?」
まぁ、見れば分かるんだけど。
四十前の男が杵のようなもで何かを突いている。
「肉屋が何の用だ。」
「急だが大量に剝いた蕎麦が必要になってな。」
「大量ってどんぐらいだ?」
「大袋で30から40ぐらいかな?明日の晩までに最低10袋だな。」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。そんな量、ウチでできるわけないだろ。」
まぁ、オッサン独りで杵と臼じゃ、無理だわな。
「やるんなら、石臼は買ってやるよ。終わったら好きにしていい。」
「マジかよ。」
「ああ。その代わり寝ないで働け。」
粉挽きには税がかけられることもあり、石臼は許可を持つ人間しか持てないこともあり、半ば禁製品みたいな扱いになっている。
そのうえ、皮剥きなんて普通は小売商がするか、自分でするものなので、農家から直接かったものや、出処の分からないものとかしか持ち込まれないので、そんなに需要があるものでもない。
「粉が挽けないようにしとけば、捕まるような事もないだろ。」
石臼はこの男に渡す手間賃からすれば考えられないはど高価な物なので、現実的では無いと思いながらも揺れてる感じだな。
臼屋はヴァイスヴルストやスパイスを挽くのに必要だったので、何度か足を運んでいる。
確か、小型から中型なら幾つか在庫もあったと思う。
今の俺からすれば、間に合わせるために必要な投資と割り切れる。
それに、何度か納入する予定だから、十分元が取れるんじゃないかな?
「何なら今から臼屋に行くか?」
「本気か?」
「冗談で言ってどうする。まぁ、見合う働きはしてもらうがな。」




