甘味は正義でした。
俺の視界に白い物が入ってきた。
「お待ちをっ!」
「白いの、それにクソゴブリン!このアタシに逆らうんだな。」
その涼やかな声に含まれる威圧感は普通に死を覚悟するレベルのものだ。
「二人とも逃げてくれ!」
俺は堪らず叫ぶ。
ストーンカさんが再び女の子の足元に寄って話しかける。
「アン様。お戯れはその辺で。」
「分かってるって。あの女の事を思い出して少しイラッとしたのは謝るよ。」
「一時の感情に踊らされるなど、アン様らしくありませんな。このポチの知るアン様はもっと思慮深く、情け深い方でありました。」
「うるさい。」
戯れで兵器級の魔法陣をチラつかせられたこっちの身にもなってくれよ。
しかし、あのクラスの魔法陣を瞬時に想起するのは凄い。
いや、これがスキルの力なんだろうか?
まだスキル持ちが魔法を使うところを見たことがないから、なんとも言えないけど。
「で、ポチ、何で連れてきた?」
「ユーキは聞けばアン様と同郷。あの女との関係もない。このポチですら話しをするというのは心が落ち着きました。何百年という沈黙は毒になっているのかも知れません。元人間であったアン様には尚更かと。」
「アタシにそんな必要は無い。」
「では、試してみては如何でしょうか?このユーキは無駄に義理堅い。口も固いでしょうから。」
「ふん。コイツと何を話せと言うの。」
「先程、この世界の話をと申しましたが、それは今でなくとも良いでしょう。アン様の話したい事からで。それに、このユーキ、料理をできると言うことです。長らく食事から遠ざかっておられるアン様には必要なものと思いまして。」
ってか、ポチさん意外と喋るな。
ずっと話すのが苦手だと思っていたんだけど。
アンって子の前だからか?
それとも、今の体じゃないと声が出しにくかっただけなのかな?
「ちょうど、ストーンカさん、ポチさんの方が良いかな?ポチさんと一緒に飲もうと思って紅茶を持って来てたんです。」
紅茶は舶来の超高級品で、なかなか入手もしづらい。
なので、ポット一杯分だけしか用意していない。
「ソイツ、牛なんだけど。」
良いじゃん、牛がお茶を飲んだって。
「とりあえず、お茶、淹れましょうか。」
「アン様。我もお茶とやらをいただきとうございます。牛とはいえ、先程、ユーキの料理とやらを食しましたが、美味という感覚を初めて感じました。」
「へぇ。アンタも味が分かるんだ。草しか食べないのに。意外な発見だな。」
「なら、お菓子とかも食べさせてみたいな。」
「菓子でございますか?まだ城があった頃に見たことがありますが、そんなに美味なるものなんでしょうか?」
「うーん。こっちに来てから大したものは食べてないかも。ってか、食事自体、長い間摂ってないもんなぁ。」
「じゃ、軽く何か作りましょうか。」
二人の会話を聞きながら魔道具のコンロで俺は湯沸かす。
食事はしないって言ってたのに、意外に道具が揃っている。
残った食材から小麦粉、砂糖、バターは無いので代わりにラードで生地を作ってゆき、生地を鍋で焼いていく。
確かショートニングって、ラードの代わりに使うって聞いてたし、大丈夫かな。
「この匂いっ!クッキーか?!砂糖があるのか!!」
「残り少ないんですけど。お茶にも要りますよね。」
「要る要る!砂糖要る!」
そういや、こころさんも王宮での食事以外で砂糖を食べたのはウチが初めてと言ってたな。
「もしかして、砂糖って久し振りですか?」
「おうっ。500年ぶりだなっ。甘いものは、たまに蜂蜜が手に入るぐらいだった。」
横でポチさんが頷いている。
ってか、500年ってどんだけなんだよ。
と言うことは、この世界に来てから一度も砂糖を口にしてないってことか。
時代を考えるとそんなもんなのかな。
「今は食べなくても良い体になったけど…」
少女の表情が少し曇る。
「また食べたい。昔みたいに。」
「お茶の準備ができましたよ。ミルクもレモンも用意できてなくてすみません。」
まぁ、寒いこの辺じゃレモンなんて手に入らないけどね。
「あーしはレモンティー派なんだけどね。砂糖、入れて良いよね?」
「残り少ないですけど、好きなだけ入れてください。」
先にポチさん、白狼さん、ゴブリン族長の分はまとめて作って冷ましているので、使い切られても大丈夫だ。
ポチさんと白狼さんは皿で、ゴブリンさんはジョッキで渡している。
横目で見ているとアンちゃんはスプーンで4杯ぐらい入れたあと、残った砂糖の器をひっくり返して入れていた。
「クッキーも貰うよ?」
何で控え目になってるんだよ?
「すみません。手持ちの材料があまり無かったんで、とりあえずの物ですけど。」
即席のクッキーを口に入れたアンちゃんは、しばらく黙り込んでしまった。
「もしかして、食事自体、何年も摂ってないんですか?」
「この結界から出れなかったからな。部下も今はこのポチだけだし。」
「アン様、ユーキは肉の料理が得意のようで、魔狼たちもゴブリンたちもユーキの料理に心を奪われていた様子。」
「こちらに来てからは豚肉屋をやってますから。森でポチさんに出会ったのもソーセージに使う新しいハーブを探すためだったんです。食材も香辛料も今回は使い切ってしまいしたが、また今度伺う時に用意しておきましょうか?」
「何が作れる?」
「全力でアン様のリクエストにお答えしますよ。」
「オムライス。」
「すみません。この世界にトマトが無いんです。米も。」
「エビチリ。」
「唐辛子も無いです。」
「エビマヨなら…」
海のエビは手に入りにくいから、ザリガニになるだろうけどね。
「マヨ!!マヨネーズがあるのか!」
「マヨネーズぐらいは作れますけど…」
「ぐらいと言ったな!今!」
「はい。材料さえあれば作れますけど。」
そう言えば自分でマヨネーズ作ることなんて無いし、作り方を知らないのも普通かな?
帰ったらこころさんが知っているか聞いてみよう。
「ちょっとお前!他に何が作れる!?」
「うーん。こっちに来てから豚肉屋をやってまして、新しいところだと、生ハムとか…」
「生ハム!!生ハムって言ったな!喰わせろ!!」
今までとはうってかわり少女らしく小躍りしている。
「ポチ!でかしたぞ!生ハムにマヨネーズか!!お菓子は?!」
「お菓子はあんまり作ったことないんで…。あ、クレープぐらいかな?」
「クレープ?!クリームは?!生クリームか!?」
「ホイップクリーム作れますけど…」
「生クリーム?」
「ええ。」
「本当に生クリームなんだな?」
「はい。」
「本当に!?」
「ええ。でも今は無理ですよ。涼しくなってからじゃないと。それに生乳の取り寄せも大変ですし、準備も大変だから数日前から準備しないといけないんです。いつでもって訳にはいきませんよ。」
「マジかー!」
アンはバンザイしている。
「秋ですよ、秋。秋になったら作りに来ますから。」
「分かった!約束だぞ。絶対だぞ!」
「はい。」
なんとか、仲良くなれそうかな?




