女心は難しいのです。
「急にくるなよ。準備ってものがあるだろ。」
何とかストーンカさんの下から這い出した俺は扉まで出てきていた人物と目が合う。
ピンクのパジャマ姿のその姿は人間でいうと、5・6歳といったところだ。
ぱっつん前髪に腰まで伸びたストレートの黒髪は艶々と輝いている。
明らかに日本人と分かる外見だが、普通の女の子にしか見えない。
「一つ目、コレは何?」
気が付くとストーンカさんは、脚を折り畳んでその場に伏せている。
ってか、一つ目って、『ポチ』って名前、自分でつけたんじゃないのかよ。
それに俺は『コレ』扱いかよ。
「我が友のユーキであります。」
というか、この子、日本語じゃなく、流暢なパンティアの言葉で話している。
ストーンカさんの主人なら使徒ではない。
なら、彼女は魔王か。
「アンタの?牛なのに?意味分かんない。それに何でココに連れてきたのよ?」
何だよ『意味分かんない』って。
「俺は芦屋裕紀。いろいろあって、この世界に迷い込んだんだ。お嬢ちゃんは?」
デコピンでもするように女の子の指が空を弾くと、俺は再び吹っ飛ばされる。
「黙れ。聞くまで口を開くな。」
跳ねるように立ち上がるものの、残念ながら、この少女に逆らうような気概はへし折られている。
威圧すらされていない。
彼女の目には取るに足らないものとしか俺は映ってはいないことが分かる。
「アン様、どうなさいました?」
「黙れ一つ目。」
「このポチめに何があったのかお話いただけませんでしょうか?」
「黙れ。少し独りに…。いや、いい。改めて聞く。コイツは何者だ?」
「我が友のユーキです。アウト・オブ・レンジに住む者たちが協力者として彼の父親を呼び寄せました。その際に一緒にこちらに来たとのことです。」
「ふーん。あのサイコ女の息は掛かってないんだな。何か使いみちがありそうなの?」
「この者は料理が得意なようでして、アン様に久方ぶりに何か口にして欲しいと思っております。それと、一つ我よりお願いがあります。我とユーキに女神とこの世界の事をお教えいただけませんでしょうか?」
「それはこのクソガキに頼まれたからか?」
「それもあります。我も全てを存じておりません。これまで、何も知らぬ獣としてアン様に従っておりました。しかし、知ったうえで、自らの意思でアン様にお使えしたいと思ったのです。」
「知って私から離れることもあるって事で良いんだな。」
「そんなことはあり得ませんし、この身は貴方様のものでごさいますから如何様にでもなさってください。」
気が付くと、ピンクのパジャマから黒い少しドレスっぽいワンピースに着替えていた。
「分かった。ソレも連れて中に入れ。」
少女が人差し指を振るうと、ストーンカさんは子犬ぐらいの大きさに縮む。
いや、縮んだだけではない。
青銅色の犀のような皮膚は今は柔らかな産毛で覆われている。
何故かピンクだ。
何故か足も短い。
恐ろしくファンシーな姿になったストーンカさんを少女は抱き上げた。
「アンタもこんぐらいん時は喋らなくて可愛かったのに。」
「そうは申されましても…」
単眼のストーンカさんは、小さくなっても俺の目には微妙に可愛くは映らないが、なんだかアメリカにならこんな縫いぐるみがありそうだ。
ストーンカさんの幼い頃を知っており、常軌を逸した力を持つ。
倒されたと思われたが、生き延びて隠れている、この世界で言う神話世代の魔王といったところか。
あの姿は世を忍ぶ仮の姿ということなんだろう。
「お前はどこを拠点にして、どんな勢力に属している?」
「パンティアのトリキアで肉屋をしてるよ。勢力ってのはよく分からないけど。」
「大陸の情勢とか、あの神を名乗るサイコ女が今は何をしているのか聞きたいんだが、何が知ってるか?」
「俺自身、トリキアからほとんど出たことがないから、あんまり詳しくないし、何から話したらいいのか分からないよ。」
「使えないヤツだな。あの田舎モンの関係者なんだろ。」
「俺は直接関与してませんから。」
「確かにお前もシステムの適用外みたいだな。」
「ところで、サイコ女って、ルース教の女神のことですよね?」
「ルース教?あの人の名をそんなものに使うんじゃない。」
ちょっと本気で殺気が漏れてるぞ。
何の地雷を踏んだんだ俺は?
「今の世の中じゃそう呼ぶのが一般的なんだから仕方ないだろ。」
「仕方ないだと?」
小さくなったストーンカさんの体当たりで一命をとりとめた。
俺の立っていた場所は家から外の森まで抉れていた。
「アン様。あまり力を使うと結界が綻んでしまいます。」
「その時はその時よ。一つ目、そのガキを庇うなら、お前ごと消すぞ。」
魔法なんて覚えるんじゃなかった。
目の前の女の子が扱おうとしている魔力のその量は自分が行使する量の桁が2ついや、3つは違う。
それに目の前に浮かび上がった恐ろしい程精緻で複雑に構成された、まだ魔力を流していない、想起しただけの魔法陣が見える。
いや、わざと見えるようにしていると言うべきか。
その魔法陣は芸術的ではあったが、向けられた俺には絶望にしか見えないものだった。
恐怖で体が動かないなんて、覚悟のない奴だけに起こることだと思ってた。




