乗馬(牛ですが)ってのは思ってたより大変です。
ゴブリンたちが用意してくれた革紐がストーンカさんの胴に巻かれ、俺が掴まる場所を作る。
手綱というよりは、掴まるためものもだ。
屈んだストーンカさんの背に、革紐を掴みながらよじ登る。
その青銅色の皮膚には毛がなく、色の違う犀のようで、その見た目通り硬い。
しかし、触れるとちゃんとストーンカさんの体温が感じられる。
温かさのせいで少しだけ不安が減ったような気がする。
「ここからだと、どのぐらいかかりますか?」
「何とか夜が明ける前には着ける。」
「まぁ、それなりの距離じゃな。やはり族長はアタシが運ばないといかんのう。」
今は日が暮れたばかり。
夏至も近いため、午後7時ぐらいだろうか。
夜明けは4時半ぐらいだろうから、片道8〜9時間はかかるということか。
そんなに遠くないな。
甘かったです。
どれだけ夜明けが、目的地への到着が待ち遠しかったか。
ストーンカさんと白狼さんは空恐ろしい速度で森の中を駆けておられましたな。
時速80kmは出てたんじゃないでしょうか?
半ばぐらいで一度休憩をもらえたものの、必死でしがみついていた俺は足も手もパンパンです。
木々が生い茂る中を左右に避けながらスピードを落とさず走り抜けるという様子はまるでレースゲームのデモでも見ているみたいでした。
絶対、バイクや車より速かったと思います。
多分、俺たちを乗せていなければ、白狼さんの方が早いんだろうけど、ストーンカさんは馬力が違いまして。
俺一人の重量じゃ、無いのと変わらないみたいでした。
それと、身体が冷え切っています。
厚い外套を羽織ってなければ、今頃、どうなっていたことか。
バイクに乗ったことは無いんですが、何故みんな厚着をしていたのかやっと分かった気がします。
しかし、ストーンカさんも白狼さんも息を切らしていないのが恐ろしい。
多分、トリキアから王都ぐらいの距離は走った気がする。
「やっと着いたか。アタシぁもうクタクタだよ。」
少しは白狼さんは疲れてたみたいだな。
「うむ。物を運ぶのは苦手だろうに、よく頑張ってくれた。」
暗い森に囲まれた泉が目の前にあった。
わずかに山から顔を出した朝陽の中から泉に差し込もうとする光があり、その光を受けた水面から顔を覗かせている倒木の影は水面の下までその影が伸びている。
恐らくすごく澄んだ水なんだろう。
「こりゃ、帰ったらまた美味いモンでも食わんと身体が保たんなぁ。」
残念ながら、塩も香辛料もほとんど残ってませんが、どうしましょうか?
「帰った時の話は後だ。」
「そうさね。しかし、酷く精巧な結界じゃの。見たことのない術式だらけじゃな。爺さんがいなけりゃ見過ごしてるさね。音、匂い、魔力まで。それも断絶するんじゃなくて自然の中に紛れるようになってるのかい。」
白狼さんは、鼻で嗅ぎ、辺りの様子を窺いながら言う。
「爺さん、一体、ここに居るのは何者なんだい?」
「入れるのは我とユーキだけだ。暫くここで待て。」
「ちゃんと答えな。爺さん。」
「すまんが、今は言えん。少しだけ待ってて欲しい。」
「爺さん!」
「ユーキ。構わんか?」
「ああ。」
「なら、行くぞ。我の尾を掴め。」
「分かった。」
ストーンカさんは、俺を引きながら泉の方に歩き出した。
「ユーキ、シンパイ。」
「何かあったら、押し入るさな。」
白狼さんが族長を宥めているのは、自分に言い聞かせているようだ。
「何かあったら、二人の所に逃げてくるから。その時は頼みます。」
俺とストーンカさんは、泉に向かって歩き出した。
「入るぞ。」
ストーンカさんがそう言った直後、何かチリチリした感覚、薄い膜を突き抜けたような感覚があり、何かに撫で回されたような気がした。
外からは見えなかったが、石造りの一軒家が泉の辺りに建っているのが見えた。
小さく小綺麗だが、何か違和感を感じる。
その質素で古い造りに似合わない赤い可愛げのあるドアが嵌っているのが目につく。
近づくと違和感がある理由の一つが分かった。
窓にガラスが嵌っているのだ。
この世界に来てからまだガラス自体を見たことがない。
それが窓に嵌っている。
「ここに居るのは俺と同じように、違う世界から来た方なんですよね。」
「うむ。呼ぶぞ。」
ストーンカさんが扉に向かい声を張り上げる。
「我が主。下僕にして貴女様の騎獣たるポチが参りました。」
まさかの『ポチ』かよ。
ストーンカさん、牛だぜ。
しばらく経ったが、何の反応もない。
「すまんがユーキ、扉を開けてくれんか。開けたら我の後ろに行ってくれ。」
扉を開けてストーンカさんの後ろに回る。
その外見通り一部屋しかなく、ピンクのカバーの掛かっているベッドが見えた。
ストーンカさん改め、ポチさんは…
やっぱり改めるのは止めとこうか?
ストーンカさんは扉に頭を突っ込んで声を張り上げる。
「アン様!ポチが参りました!」
「煩い!一つ目!」
女の子のような声が聞こえた瞬間、ストーンカさんと俺は吹き飛ばされた。




