年寄りとは色々と物知りなものなのです。
「しかし、人間なのに不思議だねぇ。坊やは。」
「不思議ですか?」
白狼は俺の横に座り、白いふさふさした尻尾で俺をあやすようにしている。
驚くことに、彼女からは獣臭さを全く感じない。
それどころか、ふんわりと森の緑の匂いがする気がする。
意外と毛は硬いものの、温かさを感じるので心地良い。
「そうさ。普通は人間を見るだけで、嫌な気分になる。それは人間の方も同じみたいなんだけどさね。」
「女神の軛に縛られていないからだな。」
ストーンカさんが会話に入ってくる。
「この間連れてた使徒の女は近づくだけでも辛かったがな。」
「俺は勝手にここに迷い込んできたんだ。その女神とやらとは全く関係ないからだね。」
「坊やは使徒とは違うのかい?」
「ああ。同郷だけど、こっちに喚ばれたんじゃなくて、別口でここに来たんだ。その軛ってがあることをみんな分かってたりするの?」
「我らのように女神の来る前を知る者でなければ、気が付くこともあるまい。我も含め女神が来てから生まれた者のほとんどはかの軛に囚われておる。」
「ほう。爺は物知りじゃて。長いこと生きてることはあるのう。」
茶化さない、そこ。
「それで、軛に囚われていないこの坊やが来たということは、何かあるってことなんだろ?」
「恐らく。外側の者がユーキを呼びつけた。あの女神を止めるために。」
「残念だけど、それは俺じゃない。俺の親父だ。」
「ユーキの父親とな。では何故お主はここに来ている?」
「それって、この世界に来たこと?それとも、ストーンカさんに会いに来たこと?」
「どちらもじゃ。」
「そもそも、この世界に来たのは、親父に巻き込まれただけなんです。親父がアウト・オブ・レンジの人たちに喚ばれ、自分の意志でこの世界に来ることを決めたんですが、俺は巻き込まれてこの世界に来てしまったんです。」
「そりゃぁ、災難じゃったのう。」
「まぁ、そうなんですが。しかし、危険だと言われ、この世界に来た目的、何をしようとしているのか具体的には教えてはくれませんでした。」
「まぁ、主の親父は負い目というか、自責の念にかられておろうて。聞いてしまえば後戻りが出来なくなるかも知れん。主の親父かそうするのはわからいでもないがな。」
「基本的に過保護なんですよ。」
「ユーキも父親の気持ちも汲んでやってるか。」
「うん、気持ちは分かる。ただ、この世界でたくさんの人に出会った。親父には魔族の仲間がいるけど、俺と仲の良い人もいる。俺の仲間には使徒の女の子もいるし、この世界で知り合った子どもたちがいる。みんな大事なんだ。親父が何をする気なのか分からないけど、俺はみんなを守りたい。そのためには知らないといけないことがたくさんある。この世界に来て1年以上経って、やっと少しだけ覚悟が出来た。」
「ほう。それで何故我らに関わろうとする?」
「ここに来たのは、ストーンカさんと出会って、魔物だって話せば分かりあえると思ったからもう一度ここに来たんです。」
「誰とでも分かりあえるというようなことはないぞ。」
「それは人間同士でも同じです。みんな対等なんだって思ったんです。人も魔物も。他の魔物はそうでなくとも、貴方となら分かり合えるそう思ったんです。」
「分かり合って何を望む?」
「親父が世界の秩序を壊してしまった後、これまでの関係のままじゃ、悲しい事になるから。魔物にも、人間にも。」
「つくづく甘いのう。ユーキは。」
「全くだね。でも、アタシは嫌いでもないかね。アタシは坊やが全てを知ってどう動くのか見たいさ。」
「ユーキにこの世界の真実を教えろと?」
「そうさね。爺さんは知ってるんだろ?最も古き魔物のうちの一体なんじゃから。」
「最古の魔物ですか?」
「その表現は妥当ではない。女神に作られた中で古い魔物ではある。」
「では、ストーンカさんは、女神が来てすぐの世界を知っているということなんですね?」
「うむ。我も当時はまだ若く、自我も朧げで記憶が曖昧なのだ。」
「頼りにならん爺じゃの。」
「じゃが…」
「言いかけて途中でやめるんじゃないよ。」
「会わせたい人がいる。」
何か覚悟を決めたような顔でストーンカさんが俺の顔を覗き込む。
目は口ほどに物を言うとはよく言うが、ストーンカさんの大きな一つ目は非常に分かりやすい。
嘘なんてつけないんじゃないかな?
というか、嘘なんてつく必要なんてなかっただろうけど。
「その方はこの世界の真実を知っている。その方のためにユーキは料理を作ってはくれぬか?」
「今日は持ち合わせがそんなに無いから、御用聞きだけになるけど。あと、機嫌を損ねたら拙いんだよね。」
「うむ。」
「面白そうじゃ。アタシも付いていってやるよ。」
「危険だ。お主は来なくとも良い。それにまだユーキが行くとは言っとらん。」
「ユーキはちゃんと覚悟しておるよ。なぁ。」
おい、勝手に決めるなよ。
「白いの。少し黙ってもらえんか。」
ふと気配を感じて後ろを振り返ると族長が立っていた。
「オレモ、イク。」
「族長、主まで来る積りか?」
「ユーキ、ニンゲン。ダレカアウ、シンパイ。ユーキ、オレノムレマモル、タタカウシタ。オレモ、ユーキ、マモル。」
苦手な発音で半分近く聞き取れなかったが、族長は俺と一緒についてくるってことか?
もう、断るって選択肢無くなってるよね。これって。
ストーンカさんから何か聞ければと思ってここまで来てみたんだけど、こんなに上手くいくとは思わなかったな。
それに、白狼さんや族長の気持ちをないがしろにはできないよな。
「この世界の事を知るのは、目的の一つだったんです。それに白狼さんと族長の厚意を無碍にはできませんし。」
「決まったら早い方がいいじゃろ。まだ日が暮れたばかりじゃしな。」
「うむ。白いのの言うとおりだな。ユーキは重いだろうから我が乗せる。族長はそちらで誰かに頼めるか?」
「アタシが乗せてやるさ。」
「イイノカ?」
「遠慮しないで良いさ。」
「ユーキ。馬に乗れるか?」
「乗ったことがないです。」
「族長。ユーキを背に結わえるための物を用意してくれんか?」




