やっぱり揚げ物はラードです。
昼前に事務所に戻り、ヴィネフとこころさんの帰りを待とうと思ったが、既に戻ってお茶を飲みながら休憩をしていた。
「日帰りで行けるような場所をいくつか見繕ったぜ。」
「おう、助かるよ。こころさんも、お疲れ様。」
「ん。」
「さて、森の探索は明日から始めるんで、今日は各自旅支度をしといて。食料の買い出しは俺が行くから。こころさんは『回復薬』の作成をお願い。」
「ん。」
翌朝早くから集合する。
「こころさんのそれ、良いなぁ。」
確かにこころさんの行李は便利そうだ。
小さな箪笥の上側に旅の道具を積めるようになっており、両手は塞がないで済んでいる。
対して、行李とともに俺は肩がけの革の鞄を掛けている。
ヴィネフは麻の袋に荷を入れている。
まるでサンタクロースだな。
「ヴィネフのそれは疲れるぞ。」
ヴィネフの荷を行李に詰め直して出発する。
2時間ぐらいでゴブリンの巣があった場所にたどり着く。
「やっぱり、バックパックが欲しいな。」
特に森に入ってから重い荷物が揺れると、鉈と長巻と当たって鬱陶しい。
パンティアの人々は基本的に生まれた場所から移動しない。
だから、旅の装備はあまり発展していないのだ。
行商人となると、もっと大量の荷物を運ぶため、巨大な篭に背負うためのベルトが着いたものが多い気がする。
そこまでの大きさは必要ないし、硬いと森の中で動きがとりにくそうだ。
街に戻ったら、作ってもらうようにしよう。
「アニキ、この辺だろ?ゴブリンの巣だったのは。」
「多分。あの時は俺も森の入り口までしか行ってないからな。」
「まずは、ゴブリンが居ないか確認しますか。」
ゴブリンが生息していれば今後の近辺の探索に支障をきたすため、確認に訪れたのだ。
「うわっ!」
「どうしたヴィネフ!」
そこまで深刻そうでもない声だったが。
「アニキ、洒落になんないくらい臭い。」
「まぁ、そうだろうな。」
血の臭いがすれば、野犬や別のゴブリンなどが集まって来る可能性があるため、巣にしていた穴蔵に死体を放り込んで燃やしたのだ。
ただ、ゴブリンもかなりの数がいたため、燃え残っているものもあっただろう。
「動くものは見当たらないな。気分のいい場所でもないし、さっさと目的地に向かおうか。」
「ああ。」
その後、昼過ぎまで森の中を探索し、日が暮れるまでに森の外まで戻り、初日の探索を終えた。
それから3日間、日帰りでの探索を終える。
特に成果は無かったものの、想定内ではある。
「2日間は充分休養して、3日後には、泊まりがけで探索に向かう予定だったけど、頼んでいたバックパックが出来てからだな。」
「いつの間に?」
「昨日は早く帰ってきたから、その足で革職人のところに行って注文してきたんだ。」
「へえ。」
「総革造りだと重すぎるから、革のベルトと枠に麻袋を中に入れて使うようなものにしたよ。」
「当然、俺の分もっすよね?」
「まぁな。」
「こころさん『とんかつ』って覚えてる?」
「うん。」
「明日は作ってみようと思ってさ。せっかく肉屋なんだからね。」
「本当?すごい!」
「この間、こころさんの部屋でランプの補充をしてたときに、脂の臭いで思い出しちゃって、急に食べたいなぁって思って。こころさんはどう?」
「食べたい。」
「何すか?『とんかつ』って?」
「豚肉を脂で揚げた料理だ。」
「揚げるって?」
「熱した熱した脂で火を通すんだよ。」
確か、貴族であれば稀に食べることもあるらしいが、この辺りでは油が手に入りにくいのもあり、あまり調理法としては普及していない。
『炒める』というのもまだあまり一般的ではないようだが。
「美味いのは確かだから、期待しとけ。」
翌日、昼食後すぐから、夕食の準備に入っている。
固くなったパンをチーズおろしでおろしてパン粉を作り、衣を作る。
ロースの部分の筋切りをしてからハンマーで叩いてから、また元の大きさに戻してから、塩胡椒で下味をつけておく。
手間をかけた分、肉は柔らかくなる。
そういえば、皿に取り分ける習慣が無いためか、肉を柔らかくするという考え方をしないようだ。
いや、柔らかくするために良く煮るということはするようだが。
ひき肉もソーセージにはするものの、ハンバーグにするというのも聞いたことがない。
もう少し、色々とこの世界の文化を調べないといけないな。
小麦粉をまぶしてから、ちょっと高かったけど、なんとか手に入れた卵を溶いた卵液に潜らせてパン粉の衣を纏わせる。
調味料は塩しか準備していないけど、大丈夫だろ。
ソースの材料になるスパイスは南方からの輸入で希少なうえに値段も馬鹿高い。
そのうえトマトはまだこの地に齎されていない。
マヨネーズは考えたが、せっかくラードで作る揚げ物の衣の味が無くなるのも勿体無いも思ったので、結局、塩だけにした。
「美味しい。懐かしい。」
塩だけのとんかつをこころさんは泣きながら食べていた。
「ソースも材料が手に入らなかったから再現できなくて。今の精一杯だけど、ごめんね。」
「ううん。ありがと。」
「しかし、コレは美味いなぁ。」
ペタルがしんみりしそうな雰囲気を盛り返すように明るい声で話す。
「良かったよ。喜んでもらえて。」
「確かに、すごく美味しいのですけど…」
マーリヤの言いたいことも分かる。
「ラードをこれだけ使うのも肉屋のウチでもなかなかできないからなぁ。特にウチは皮ごと肉にして卸してるからな。あ。」
「また、何を思い付いたんですか?」
「何だよアニキ。何を思い付いたんだよ?」
マーリヤは少し呆れ気味だが、ペタルは喰い付いてくれる。
「こころさん、魚フライにタルタルソースは?」
「フィレオフィッシュ好きだった。」
「魚も同じように脂で揚げるのか?」
「タルタルソースなら、材料もなんとか揃う。高カロリーで安価…。卵は高いけど。労働者が買える値段まで下げられるか?」
フライドチキンは、元々、安価で栄養価が高い肉体労働者の料理としてアメリカで普及し始めたものだったと思う。
フィッシュ&チップスも似たようなもので、労働者向けだったと思う。
魚、鱈だと塩漬けなら年中供給できるが、ここらで買うと高いし、塩抜きに時間がかかる。
それでも肉よりはかなり安くはできるが、労働者階級にしてみれば、値段の割に腹が膨れないということになるだろう。
だから鯉だ。
近くの川ではそれなりの型のものが上がるし、年中供給が可能なうえ、鱈に比べればずっと安い。
この辺りだと、泥臭さもあるのため、燻製や干物にして食べるのが一般的で、煮込みやスープなどにするのは泥抜きが必要になることもあり、貴族とかしか食べないようだ。
あとは、労働者の食事として提供できる値段に収められるかが課題か。
「ちょっと、喋りながら考え込まないでよ。」
マーリヤの機嫌もとっておくか。
「マーリヤは鯉が好きだったよな。」
「特に鯉が好きって訳でもないけど。魚は全体的に好きかな。」
「この揚げ物が鯉でも同じように作れるぞ。しかも、とっても美味しいソース付でな。」
「それ、欲しい。タルタル。」
こころさんも食い付いてきた。
「また今度、みんなの分を作るよ。」




