改めてこころさんを迎えて食事をしようと思います。
今日はこころさんと『べセリンの肉屋』に来ていた。
「僕の知り合いがこの店の主人に養子に貰われたんだ。」
「この街の子?」
「うん。そして、この店のベセリンさんは、ハムとソーセージ作りの達人なんだ。胡椒が無いから、保存には塩しか使っていない。依頼の時にも話はしたけど、冷蔵庫の無いこの世界じゃ加工食品はほとんど保たないし、塩漬けにしたとしても夏なら1か月、冬でも3か月しか保たない。」
「保存性を高めると思ってる?胡椒が。」
「え?」
「効果出るほどだと辛すぎ。ニンニクの方がマシ。」
「ハーブは?」
「精油なら効果ある。食べるにはキツい。しかも馬鹿高。」
「う〜ん。だと風味だけ?味をメインで考えるしかないのかな?」
「組み合わせや精油の量で調整してみる?」
「ああ、試しはしてみるか。」
「知識はある。味は分からない。」
「まぁ、そっちは任せといてよ。」
一旦、見学してから2人で事務所に戻る。
事務所にある、商品開発を行うための大きな作業台を挟んで2人で話をすることにした。
まずは、手持ちのハーブからハムやソーセージに合う物を探す。
ここの気候に合い栽培できないもの、満足できるものがなければ、採取に向かう。
そういう予定だ。
今日のところはよく料理に使用されるものを中心に、香りを確かめることにした。
こころさんは行李をテーブルに置いて、引き出しを開け始める。
その行李には、小さな引き出しが幾つもついていて、取り出しやすそうである。
こちらの世界に来てからしばらくは魔物退治などもしていたと聞いていた。
緊急時の傷や毒の手当がしやすいために工夫して作ったのだろう。
「コレって、もしかして特注?」
「ん。前は富山の薬売り風もあった。」
よく見ると行李の下部に前向きに開くところもついている。
該当するハーブをこころさんは小瓶を作業テーブルに並べていく。
小瓶とはいっても、硝子はまだ一般的ではないため陶器の瓶だ。
一つ一つ蓋を開けて匂いを嗅いでいく。
見知った匂いのする瓶を見つけた。
「あ、ローズマリー?」
「うん。既知だとローズマリー。レモングラス。」
向こうの世界でも聞き慣れたハーブが挙がる。
「そりゃ、使いやすいし、僕も好きなんだよね。」
「レモングラスは寒いとダメ。ここでは難しい。」
「そういや、熱帯原産だったっけ?種を収穫して夏だけ栽培するのは?」
「種は難しい。普通は株分け。南の方では栽培してる。」
「輸入に頼るとコストが馬鹿にならないんだよね。あ、レモンバームは?」
「こっちには無い。」
「あっ、一番大事なものを忘れてた。セージは?」
「無い。似た香りはある。サリグル。消化・血行促進。殺菌、抗酸化は無い。」
そうか、こちらに存在しないものかあったり、似てても異なるものがあるということか。
それから、しばらく彼女と話を続けていた。
「料理好き?」
「うーん。嫌いではないかな。親父に教わったりしてた。」
「そう。」
「そうだ。『薬草師』のスキルについて聞きたいんだけど、良いかな?」
「うん。」
「全く知らない薬草でも知識にある?」
「無い。名前で分かる場合がある。」
「名前だけの場合、どこまでの情報が分かる?」
「大まかな効能と外見。あと大まかな自生地。」
「もしかして、胡椒は?」
「遠すぎ。遥か南方ぐらい。」
「実物の入手しやすさも入手できる情報の精度に関わってるのかな?」
「今はまだよく分からないことが多い。」
「もしかして、まだ誰も知らない薬草を見た時、その情報が分かったりする?」
「する。だから『薬草師』はみな旅する。」
「だからなかなか探しても見つからないのか。」
それからしばらく、こころさんの手持ちの可食ハーブの香りを確かめていった。
気が付くともう日が暮れ始めていた。
「今日はこれぐらいにしようか。」
昼食は話しながら何気なく2人で食べていたが、よく考えれば、別で食べたいなんてこともあるかな。
「夕食はどうする?僕らは昼はバラバラだけど、夜はみんなで集まって食べることにしてるんだけど?気が向いたら外でも良いし。」
「一緒で良い。」
あれ?意外だな。
独りが好きなタイプかと思っていたけど。
事務所兼自宅にある食堂に向かうと、既にウチの人間は集まっていた。
ペタルとアンナ、マーリヤとサムイルのきょうだい、それにペタルについてきたスラムの少女アガタ、それに俺を入れて6人。
そこまで大所帯でもないし1人減ったばかりだ。
こころさんが増えたところで、あんまり変わらないか。
テーブルには、普段より少しだけ豪勢な食事が並んでいる。
半分はウチの商品や試作品だけど。
ウチの目玉商品のクリスピーローストポークも並んでいる。
「今日は豪勢だな。」
「ユーキも揃ったから、これからの活躍を願って少し奮発してみたのよ。」
マーリヤが笑顔で答える。
生活の事は基本的に女性で最年長のマーリヤが仕切っている。
まだ15歳とはいえ、こちらでは成人と見做される年齢だ。
パンティアでは、幾つから成人だと明確に決まっているわけではないが、おおよそ14歳から15歳ぐらいから成人と見られるようになる。
ペタルももう16歳になり、完全に大人扱いされている。
というか、出会った時に比べれば充分大人になったように見える。
まぁ、栄養状態が良いからか、この一年でウチの子たちは全員恐ろしい発育をしている。
「こんなたくさんの肉料理が並んでるの初めて。」
「肉屋だし、色々試作を作ってるから。」
この街の庶民の一般的な食生活で肉が出ることはほとんど無い。
スープか煮込みに欠片が混じっている程度か。
中世でもペストの流行後に人口減少した時代には、庶民でも肉が手に入った時代があったと親父から聞いている。
そんな状況になった時に、優位に立つためにも、保存や味といった付加価値を持つ商品が必要になるだろう。
まぁ、そんなことは起こってほしくないけど。
「塩漬けじゃない豚、うれしい。山羊とか羊は固くて臭くて苦手。豚はたまのソーセージか塩漬けしか無かった。」
そんな慣れないうえに貧相な食生活は日本生まれのこころさんには堪えただろう。
「ごめんね。鶏とか牛はなかなか手に入らないけど。」
「充分。」
「じゃあ、今日は僕が給仕をしようかな。」
「ええ、お願いします。」
マーリヤが盆に載せて準備したナイフとトングを渡してくる。
ウチでは食事を皿に取り分けるようにしているが、これはこちらでは一般的ではない。
また、そんな対応を始めてウチにくるこころさんにしていいのか、そういった対応が通じるのか、そんな不安もあるだろう。
肉を切り分けて取り分けていくが、当然ながら現代日本人のこころさんは特に反応はしない。
「美味しそう。本当にうれしい。」
表情や声のトーンはいつもどおり平坦だけど、何故か結構本気で喜んでくれている気がする。
躊躇いなくナイフとフォークに手を伸ばすのを周りのみんなは驚いたように見ている。
「ココロはフォーク使えるの?」
アガタがたまらず聞く。
「ん。ん?」
「ああ、こちらの世界じゃ、まだフォークが一般的じゃないんだよ。カレン王国の上流階級ぐらいかな?この国じゃ、王族かそういう聡い貴族の一部だけかな。」
「そうだったの。」
「衛生面を考えると食器を使うのは大切だから、身内だけでも使ってもらおうと思ってるんだ。」
しまった。
周りのみんなが訝しげに見ている。
そうか、俺が日本語で話しかけているが、こころさんの言葉はみんなに通じてるんだ。
「じゃ、食べようか。」
意識してパンティアの言葉で改めて食事の開始を告げた。




