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従業員を一人とられました。(めでたいことです)

「すまんな。この忙しい季節に本当に助かったよ。」

 ボリスの様子を見るのも兼ねて、店に顔を出すことにした。

「ちゃんとした基礎を学んだ者がいませんから、大変有り難かったです。僕だと料理がメインなので、目を見張る事が多いです。それに、あなた方に可愛がられているのを本当に喜んでいますよ。口には出しませんけど。」

「そうだと嬉しいがな。」

「特に褒められた日は帰ってきてからも浮かれてますね。少し前までは、兵士になりたいとか言ってましたが、最近は今の生活が満更でもないみたいで、僕としても少しホッとしてます。僕のところではそんな素振りも無かったのに、こっちに来てからだとは少し悔しいですけどね。」

 べセリンは急に改まった表情を見せる。

「この店を乗っ取りたいのか?」

「私のところの商品を売る伝手になってくれれれば嬉しいですが、ここの味が無くなるのは寂しいですしね。」

 べセリンは表情を更に固くする。

「ぶっちゃけますけど、乗っ取ることも考えなかったことは無いんですけど、ボリスもあなた方に懐いてますから、そんな事をすれば、彼は離れていくでしょうし。僕の故郷には『三方よし』と言う言葉がありまして。」

「『三方よし』?」

「はい。『売り手よし、買い手よし、世間よし』と言いまして、売り手も買い手も満足して、世の中にも貢献するのが良い商売のやり方だと言われています。闇取引から始めてはいますけど、最終的には信用を得て息の長い商売をしていきたいと思ってます。」

「具体的には?」

「ああ。肉って高いですよね。今は。それに製法や材料まで価格統制の為に決められている。混ぜものなんかも増やして平民でも買いやすい製品を作りたいと考えています。その為にも新たな商品を作って、全体の消費量を上げたいですね。そして、ギルドや領主からの統制を外していきたいと思ってます。それから、春になっても美味しいままのハムとかも作ってみたいですし、もっと余裕ができれば、養豚を事業にして冬でも安定して肉を供給したり、とかですかね。」

 べセリン夫妻は呆気にとられた顔をしていた。

 しばらくの沈黙のあと、べセリンがようやく口を開く。

「ギルドを潰す気か?」

「まぁ、邪魔をされるなら。経済が混乱している時ならいざ知らず、平時にまでギルドが価格統制を強いるから価格も下がらず、平民に行き渡らない。それが原因で経済全体が活性化しない。僕はそう考えています。学も無いので何となく思ってるだけなんですけど。ギルドも悪いところだけじゃないんですけど。」

「例えば、自由に作った商品を売れるのなら、何を作りたい?」

「ドライソーセージですかね?今はソーセージは豚しか認められていませんが、牛と合わせることで、更に美味しくなります。家畜の種類ごとにギルドがありますし、価格統制のために豚のロースとバラしか使えませんからね。それに一年以上もつハムも作りたいですね。作るだけじゃなくて、肉が傷まないような仕組みもそろそろ実現したいですね。」

 しまったな。

 ついノリで要らない事まで喋ってたか?

「世の中の仕組みをぶち壊して、何を企んでいる?」

「あなたの腕が勿体無い。あなたならもっと美味しいハムやソーセージを作ることができる筈です。美味しいものは文化です。この街を食文化の最先端の街にしたい。それに僕は美味しい物を食べたい。」

 少し殺し文句の積りではあったが、大半は本音だ。

 べセリンの作るソーセージはハムは限られた材料だけなのに、明らかに美味いのだ。

 まぁ、俺は別の部分で勝負をしているから、そこまで悔しくないし、純粋に尊敬できるのだ。

「生意気かも知れませんが、保存や香料、調理法などの工夫は僕のほうが上だと思っています。しかし、単純な美味しさでは勝てないんですよ。それなら、乗っ取るよりも仲間として一緒に動いてもらう方が良いに決まってますし。」

 奥で作業をしていた婦人とボリスが店先にやってきた。

「ユーキさん、どうしたんすか?」

「ちゃんと働いてるか見に来た。」

「もう、俺はもう店に戻らないと駄目っすか?」

 相当こっちが気に入ってるみたいだな。

「おい、さっきの話、条件がある。」

「条件ですか?」

「コイツを引き抜きたい。」

「引き抜きですか?」

 まぁ、ボリスも気に入ってるみたいだから、別に良いか。

 こっちも正直、信用できる人間が減るのは避けたいところなんだけど、本人がやる気なら良いか。

「いや、コイツを引き取りたい。出来ればアンナもだ。」

「おやっさん。何を言ってるんですか?」

 ボリスが口を挟む。

「黙ってろ。」

「ユーキさん。一体何の話をしてるんですか?」

「どういう形でですか?」

「まだ、ニーナとも話はしていないが…」

 そこまでボリスとアンナの事を思ってくれているのは嬉しすぎる誤算だな。

「成りはデカいんですが、まだまだ子供なんです。もし、家族として迎え入れてくれるのなら、こちらからもお願いしたいと思っています。」

 ボリスはどう反応したら良いか分からず戸惑っている。

 ニーナさんは口を抑えている。

「ニーナさんはどうでしょう?べセリンさんのお話は?」

「私は…」

 ニーナさんの目が赤くなっている。

「もう一度、母親になりたい。」


 無事にボリスとアンナはべセリン夫妻のところに養子に迎えられることになった。

 良かったよ。

 そもそも、ウチの子たちは、全員、勤勉で素直で良い子ばかりだもんな。

 全員、自慢できる子たちだったけど、ボリスのおかげでなんだか自信も出た。

 少しだけ素直じゃないヴィネフはボリスを裏切り者のように言っていたが、心の中では多分、祝ってくれてたと思う。

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 同じ世界を舞台としたもう一つの物語、『エンチャンター(戦闘は女の子頼みです)』 を隔日・交互に掲載しています。 こちらもよろしくお願いします。


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