街にわざわざスラム街から入らなくても良いじゃないですか。
ギランの掛け声で親父の試合が始まる。
掛け声とともに親父が男に向かって歩き始める。
何かを話しかけにいくように気負いもせずに歩いていく。
相手の男は親父の様子に気を取られ、焦って剣を振り下ろす。
歩む速度を落とした親父の前に大剣の切っ先が落ちる。
切っ先が地面に届く頃には既に親父は間合いを詰めており、大剣を踏み、取り落とさせると、寸胴鍋のようなフルフェイスの兜の顎あたりに右掌を当てる。
ピタッと手を止めたと思った次の瞬間、兜が大きく振れた。
いわゆる寸勁だ。
ただ、武道をしている者の動きではなく、不良の喧嘩にしか見えない型ではあるが。
何でアレで力が出るのかよく分からない。
その場で崩れ落ちる男を背に、何も無かったかのように戻ってきた。
「結局、コレ、使わんで良かったな。」
そう言って、無邪気に篭手を翳して見ている。
しかし、後から男が立ち上がって斬りかかってきた。
「やっぱり、倒しきれて無かったよな。思いっきり殴ったらこっちが痛いからな。」
親父の顔に凶悪な笑みが浮かぶ。
普段のぱっと見は温厚そうに見えるので、そのギャップが逆に恐い。
俺からすると、いつも目が恐いんだが。
「アホみたいに振り回すだやけと、バットとか鉄パイプとそう変わらんなぁ。」
そう言いながら、間合いぎりぎりで剣を躱す。
確かに、剣道やフェンシングと比べると、男の振る剣は確かに泥臭いが、弱くは見えない。
躱してすぐに蹴りを入れる。
「おら!」
どうみても、ヤ○ザキックにしか見えない。
しかし、鎖帷子では衝撃は防げず、更に重い兜がバランスを崩させる。
更に追い打ちで手首を手刀で押さえながら左手で腿を掬う。
仰向けに倒れた男の右腕を踏みつけると、取り落とした剣を遠くに蹴り飛ばす。
そして、馬乗りになり、兜の面貌を掴んで、地面に叩きつける。
盾を捨てて、左手で親父を叩いているが、親父は意に介さず、兜を地面に叩きつける。
「おい、もうちょっとは根性みせてみぃ。」
そう言いながら、また兜を地面に叩きつける。
何だろう、どうみても親父が悪者にしか見えない。
もう、囃す者もいなくなり、静まり返っていた。
これ、大丈夫なのか?
「ソコマデ!」
ギランが身体を挺して試合を止めにはいる。
親父は立ち上がり、集まっていた人間たちに向かって話し始める。
「ワシがお前らの思うてる通りの人間かどうか分からん。でも、このギランに絆されて微力ながら力を貸そうと思う。一緒に頑張って行こか!」
静まり返っていた民衆は拳を振り上げ、歓声をあげた。
その後、俺の処遇についても話があったが、別に何とも思われていなかったようで、親父と同じように客人として迎え入れてくれるらしい。
「この町に商店みたいなのはあるか?」
「ショウテン?」
「お店や。雑貨とか食糧とか売る店や。」
「アリマセン。」
「もしかして、ここらはあんまり貨幣を使うてないんか?」
「カヘイ?」
「金貨とか銀貨とかや。」
「ソウです。シュウイとコウリュウをモチません。ダカラ、ツカワない。イチでコウカン。」
「言葉を覚えるのには向いてると思うたんやけどなあ。」
最終的に親父とギランが二人で何かを話していたが、詳しくは教えてもらえなかった。
子供扱いされているようだが、この中世っぽいところであれば、17歳なんて大人扱いだろうに。
ギランと話をした結果、5か月、ここで剣と言葉を習ってから、町に出ることが決まった。
ここに来た当初はまだコートが手放せないぐらいだったが、気が付くと夏真っ盛りだ。
5日ほどかけて、小さな村や町を経由して二人で大きな街まで歩いてきた。
辺境では貨幣より物々交換が多く、家に泊めてもらうのも、岩塩や毛皮でやりとりできたので、貨幣が無くても困らなかったのは幸いだ。
あと、パンティア王国に入ってからは人種もスラブ系に近い。
ただ、ヘーゼルというのか、緑ががった髪の人もいるのにはびっくりした。
こんな中世っぽい世界なので、染髪ではなく天然だと思う。
金髪から茶色が多く、ヘーゼルは少ない方で、黒髪は全く見かけなかった。
俺は茶色、親父は灰色のフード付きの長いマントに大きな荷袋といった格好で、荷袋の中身までほとんどギランに準備してもらったものだ。
目指すのは、パンティア王国の東端にあるというトリキア辺境伯領の領主がいるトリキアという街だ。
親父が言うには、中央から距離があるにも関わらず、富と人が集まるいい場所らしい。
何重もの高い城壁に囲まれた街で、中心部に近付くほど、街並が整っている。
街に降りた俺達は、アウト・オブ・レンジで狩った獣の毛皮を抱えて売り先を探す。
当然、片言の一見さんの外国人がマーケットや店を回っても売れる訳はない。
宿に泊まるにも、俺達は貨幣を持ってはいない。
どうみても、城壁の外のスラムにしか見えない場所で休憩していた。
「何もこんな場所で休憩しなくても。」
「まあ、大人しく待っとったらええわ。」
アウト・オブ・レンジから持ってきた干し肉ももう底を尽きかけている。
「ガラの悪そうな奴が増えてきたな。」
「貧民は日が暮れたら城壁から追い出されるもんやからな。」
「だから、無駄にスラムがでかい訳か。」
ガラの悪そうと言うよりもハングリーそうな目をした少年の集団がこちらに向かってきている。
「お父さん、ちょっと。」
「ちょっと、あの子らに話を聞かして貰うわ。」
親父が笑っている。
今の俺は親父がから顎髭を剃らないように言われており、かなり厳つく仕上がっている。
親父は髭が薄いので、羨ましいとか言ってたけど。
人数は5人か。
ナイフを取り出して座る俺たちを取り囲む。
「しかし、ガキばっかりやの。」
リーダーらしき男といっても、14か15歳ぐらいで、その他はそれより下にしか見えない。
ただ、こんなスラムで生活していることを考えれば、栄養不足で成長不良である可能性もある。
「俺たちが売ってやるから、それを渡しな。」
「ああ、親切な子らやのう。大人はいとらんのか?」
親父が笑いながら応える。
「うるさい。さっさとその毛皮を渡せ!」
親父に近づき、ナイフを突きつけながら、少年は声を荒らげる。
いつの間にか親父は左手に篭手を着けていたようだ。
こんな子供たちをどうする積もりなのか?
「裕紀、準備は?」
俺が頷くと、親父が声をかけてきた。
「怪我はさせへんようにな。」
俺は杖として持っていた木の棒を握る。




