引導
時間が分からない。
辛うじて日差しの熱で日中かどうかは判別できたが、時間の感覚がずれ、それに伴って日数の感覚が分からなくなってきた。
ステータスウィンドウのコンソールは認識できるため、長らくしていなかったスキルの整理をしてみた。
そこに、『偽装』スキルというものがあり、ステータスを偽装できることが分かった。
弱いステータスに偽装しておけば、襲いかかってくる魔物もいるだろう。
期待していたとおり、襲ってきたトロールを3体ほど仕留めて喰った。
それから何日も経ったのか、一晩か二晩ぐらいしか経っていないのか。
腹の減り具合からすれば、相当経っているとは思うのだが。
前に喰った人間の仲間は逃げやがったが、討伐隊でもくりゃあ、腹の足しにでもなるか。
そう思いながら躓いたり、ぶつかったりしながら彷徨い続けているうちに、俺に話しかけてくる者がいた。
「お前がゴブリンやらトロールやらを引き連れてきた奴か。」
「何モンだ!」
声と人間の臭いがするものの『鑑定』で見ることができない。
何故だ?
「まぁ、落ち着きぃや。」
「こんな所で関西弁が聞けるなんて、思ってもみなかったぜ!」
聞こえた声は、関西弁のイントネーションで、明らかに日本語だ。
「そうや。お前の言うとおり、『日本人』や。」
俺は声のする方向に向かって、飛び出した。
ぶつかった木は割れる音がしたが、人間の手応えは無かった。
「ちょっと素直やない子やな。もう少し大人しゅうできんか?」
「てめぇ、フザケた口を利きやかって!」
「人間の分際で?」
「もう、人間辞めたんか?」
俺のことを見透かすような態度に腹が立つ。
一体、俺から何を聞き出したいのか。
「日本では幾つで死んでもうたんや?」
この男は何を企んでいる?
もしかしたら、この男が俺を人間のいる街に連れて行ってくれるかも知れねぇな。
「15だ。」
「親御さんもやりきれなかったやろうな。」
「知らねぇよ。母親しかいなかったし、散々、迷惑かけてたからな。」
「それでも親にとったら、可愛い息子やからな。こっちの親御さんは?」
この男は何故こんな事を聞いてくるのか?
この手の奴はお涙頂戴を求めているんだろう。
身の回りに欲情できる女が居ないから、抱いていたなんて言ったらどんな反応をしやがるんだろうか。
「ああ。今は何処にいるか分からん。自分の父親に身体を売ってまで俺を育ててくれた。」
「そうか。こっちに来ても時は苦労してたんやな。」
「フン。俺は人間と違って成長が早かったからな。前世よりはマシだったよ。」
確かに前世よりはマシだ。
ここで生まれてからも、散々苦労はしたが、成長が早いのと、力を持って生まれたのもあり、まだマシだ。
日本での母は父に捨てられ、自殺した。
外では不倫の子など言われ、義母からはヒステリックに八つ当たりをされ、そんな義母を疎ましく思ったのか、父は家に寄り付かなくなった。
義母となった女は同級生の母親だったため、学校では知らない奴もいない。
そのため、よく虐められた。
高学年になると、他の奴らより腕力が付き、悪口を言う奴らは皆殴って黙らせた。
暴力を振るう度、呼び出される義母は帰ってから俺への暴力をエスカレートさせ、何度も血が出るまで、物で叩かれることも多くなったが、中学生になってからは、ますます身体もデカくなり、逆に義母は俺を恐れるようになった。
そのうち俺も家には寄り付かなくなった。
せっかく買った家も、父が義母に産ませた子と義母しか使わないなんて、勿体無かったな。
「死ぬ前よりはマシだったな。」
確かに、シファは短い時間だったが、俺に母親らしいことをしてくれたんだと思う。
「死ぬ前より、か。」
この男は、俺を憐れんでいるのか。
勝手に!
お前なんかにそんな風に思われる筋合いはない!
そうは思ったものの、この男に連れて行ってもらわないと、ずっと森の中を彷徨い続けることになるから、表情には出さないようにした。
「その身体、随分と馴染んどるみたいやな。そういや、生肉以外のモンは喰われへんのか?」
「さぁな。喰った事もないから分からんな。」
「もう、人間には戻れんか。」
なにか、俺に訊くというより、独りごちたような言葉だった。
何を言ってるのかと思ったが、確かに今の、生まれ変わってからの生活の方が幸せだったと思う。
人間だった頃の方が、辛いことが多かった。
そう言えば、生まれ変わってからは、人間は餌か欲情のはけ口としか見ていなかったな。
そう考えると、もう人間よりも、魔物としてしか生きていけないのかもな。
とは言うものの、人間として俺を扱おうとしているんだろう。
「戻れるなら嬉し…」
バン!
次の瞬間、爆発音ともに凄まじい衝撃が側頭部にあった。
頭がボールのように飛び、身体がそれに引きずられて、何メートルか飛ばされる。
よく頭蓋が陥没しなかったな。
慌てて膝立ちになって、左手を頭部のガードに、右手でダメージを確かめる。
やっと驚きが落ち着いたかと思ったが、湧いてきたのは怒りじゃなかった。
「ワシが止めたるから。」
「ああ、頼むよ。」
バン!
再び爆発音が聞こえ、右の眼球に熱と圧力を感じ、脳が熱い棒で掻き回される感触がある。
別に悔いなんてないけど、本当は俺は何をしたかったんだろか。
そういや、やっぱり走馬灯なんて、嘘だったんだな。




