光明
あのウツボカズラは置いておくだけで、小さいが獲物が勝手に捕れる。
そのおかげなのだろうか、身体が丈夫になってきた気がする。
今では何とかその身体の見た目ぐらいには、歩いたり、走ったりすることができる。
見た目どおり5歳児程度ではあるが、これまで上手く身体を動かせなかった頃からすれば、すごい進歩だ。
あと、この身体の特性なんだろうか、走るのはすぐにバテてしまうのだが、日のある間はいくら歩いても疲れない。
ただ、今のところ、この能力を有効に活かす用はないのだけど。
寝る時は足が根になる。
髪の代わりに葉があり、ウツボカズラの房や消化液を出す筒状の花は、不要になれば枯らして、捨てることができるようになっている。
昨日はモウセンゴケの様な粘液を分泌する葉を作り出すこともできた。
そして今日はハエトリグサの様な顎は作ってみたものの、実用的な威力はなかった。
ただ、このように何かを作るのは、体力を消費する。
一日一つをテーマにできることを試している。
そして、明日は茨を試してみたい。
鞭にしたり、いや、敵を拘束できたりできれば、生き残る確率が上がるかも知れない。
陽のある間だけは、少しはポジティブになっていれる。
身体が変わったこともあるのだろうか?
とはいうものの、生前の私の状態は、ただ、肉体の状況だけでは無かったと思う。
社会という軛から解かれたことも大きいのではないだろうか?
そう考えると、私が死を選んだことは、間違いでは無かったような気もする。
本当の正解は、まだ見えていないが。
そう、この無法の地で生きる術を身に着けなければ。
陽のあるうちはそう考えられても、暗くなると辛くなる。
男たちは私を売ると言っていた。
捕まえられ、乱暴され、再び地獄の日々が来るのではないか。
そんな事も心に浮かぶ。
どちらが本当の私なのか?
そもそも私とは一体何なのか?
まだ少し薄暗いうちから目が覚める。
何か泣き声のようなものが聞こえる。
子供が泣くような声だ。
どこから聞こえてくるのだろう。
そう思っていると、木々が教えてくれる。
何か思考や意識とは異なる認識のようなものだった。
根を払い、歩く準備を整える。
木々の声に導かれ、泣き声がする場所に近づいていく。
そこには、人間の男の子が独りで泣いていた。
「どうしてここにいるの?」
私はつい、声を掛けてしまった。
男の子は怯えて私から距離をとる。
「恐がらなくていいよ。」
ゆっくり男の子に近づいていく。
急に私に背を向けて男の子は逃げ出した。
私はそれ以上、追うのをやめた。
私はもう人間ではないのだ。
もう人間に関わらなくてもいいのだ。
林の奥は日が当たりにくい。
また、林の縁まで戻ることにしよう。
ゆっくりと歩き始めたとき、鋭い叫び声が奥から聞こえる。
木々は教えてくれる。
男の子が魔物に襲われていると。
もう人間を辞めたのに、男の子の匂いに飢餓感を掻き立てられてしまったのに。
それでも、助けたいと、そう思ってしまった。
私はどうすべきなのだろうか?
本当はどうしたいのだろうか?
迷う間に男の子のもとに来てしまった。
緑灰色の私と変わらない背丈のものが、男の子を取り囲んでいる。
3匹だ。
いわゆる、ゴブリンとでもいうものだろう。
モウセンゴケに似た葉を地面に広げる。
それから、ハエトリグサに似た葉と麻痺毒の果実を準備する。
ゴブリンたちが男の子に襲いかかろうとしているように見えたので、慌てて声を出す。
「止めなさい。」
手前の一匹が振り返って私を見ると、鉈のようなものを構え直す。
更に奥の一匹も私に敵意を向けてきた。
手前のゴブリンが標的を私に変え躍りかかってきた。
飛び出す前に、ハエトリグサの葉でゴブリンに噛み付く。
捕獲できただけでダメージは無さそうだが、それで充分だ。
捕まえたゴブリンに麻痺毒を食らわせる。
もう一匹はモウセンゴケの葉の粘液に絡め取られていた。
最後に残った一匹は逃げたしたようだ。
《スキル『斧術』を取得しました。》
麻痺したゴブリンには、消化液をかけながら、モウセンゴケの葉の上に落とす。
しばらくすると、また頭に声が響く。
《レベルが5に上がりました。》
《スキル『怪力』を取得しました。》
男の子が腰を抜かしてへたり込んでいるのが見える。
まだゴブリンは1割も消化していないが、使った葉を捨てることにする。
この作業は早くても3分ぐらいかかるのだが、男の子はその場から動かなかった。
やっと男の子の側にいく。
「僕を食べるの?」
そう言われた時、飢餓感に掻き立てられた。
男の子の、子供特有の良い匂い。
ゴブリンとは比べ物にならないほど良い匂い。
ゴブリンとは比べ物にならないほど、甘美なのだろう。
そう思う反面、前世の、人間としての心がそれを咎める。
「迷子になったの?」
男の子は無言で頷いた。
「私は明るい所にいないとダメ。林の外に出るから。一緒に来る?」
返事を待たず、林の外へ向かって歩き始めた。
木々から教えてもらった、街道のある方角に向かって。




