ゴブリンは災害です。
晩秋から初冬に入る頃には、工場は最盛期を迎えた。
販売に来る農家の数が多いため、安く(街中の屠殺場よりは高く)で買い叩き、毎日遅くまで解体に精を出す日々はかなりの蓄えを作り出した。
冬支度の時期には塩漬けもそれなりの量を仕込むことになったが、俺たちの卸す皮付き精肉の人気が上がってきたこともあり、解体した分だけ売れていく状態だった。
精肉については、価格統制のため決められた部位しか販売できない。
内臓などは加工済みの料理として提供すれば、問題無いと判断された。
ただし、スラム内での販売許可しかおりなかったが。
工場では加工するスペースも確保できておらず、販路も確立していなかったことから、加工していたのは3頭分程度でしかなかった。
そのため今まで出た儲けでスラムの中でそれなりの大きさの家を買い、仕事場兼住居として、腰を落ち着けて商売をすることにした。
作った料理の販売についた、飲食店という形態をとらなかったのは、スラムでの新たな雇用を作りやすかったことと、レバーパテやブラッドソーセージの増産を将来的に考えての事だ。
金をせびりにくる役人の相手をしながらも俺の屠殺業は順調に業績を伸ばしていき、冬が来る頃にはかなりの蓄えができていた。
ただ、今年の春にも感じたことだが、肉の保存は塩漬けしかなく、春にはほぼ傷みきっている。
この時期に解体してから、春まで保存できる技術が必要だろう。
ジャーキーっぽい干し肉はあるものの、保存食という立ち位置だし、普通の食事に使うようなものでもない。
となると、ドライソーセージか乾燥が必要な生ハムなどになるか?
それと、養豚技術の確立も必要だな。
この辺りのことなのか、この世界の時代のせいなのかは分からないが、基本的に豚は放し飼いが基本で、小屋等での飼育がほとんどされていない。
そのため、飼料が確保されておらず、冬場に飼育できる頭数が限られる。
このことが冬前に一斉に豚を塩漬けにして保存するということにつながっている。
まぁ、冬の食糧事情を考えれば、豚の飼料を確保するのも難しいのかも知れない。
ただ、飼料での養豚を行えば、圧倒的に脂が乗り肉質も良くなる筈だ。
肉の質の面からも養豚について進めていく方向で考えようか。
「済まんけど、金を借してくれへんか。」
「ああ。どのぐらい?」
親父がそんな事を言うのは珍しいと思いながら、気の抜けた返事を返す。
「金貨100枚程必要なんだ。」
「100枚って、何に使うんだよ?」
元いた日本の通貨価値に換算すると、1500万円ぐらいだろうか?
「とりあえず、都合つくだけ借りたいんやけど、どれぐらい都合できそうや?」
「だから、何に使うんだよ?」
「娼婦を扱ってる宿を宿ごと買い取るんや。」
「何でそんなに急ぐ必要があるんだよ。」
「ここに来た目的の一つに関係あるんや。金が工面できへんかったら、また次の手を考えなアカン。そこに居てる子を助けたいんやけど、その子の事を気取られる訳にはいかんのや。」
「俺にはどうしてもこの世界に来た目的を言う気はないんだよな。」
「どないしてもや。色々と考えてみたんやけどな。地獄まで付いてきてくれなんて、由紀恵には言えてもお前にはよう言わん。腐っても父親やからな。」
「今出せるのは30枚。来週の集金に合わせたら50枚。これが限界かな。」
帳簿を見ながら言った数字を確認するが、何とか出来そうだ。
この秋で相当儲けたものの、設備投資にほとんど消えていったうえ、春まで豚の入荷がほとんどなくなってしまう。
そのうえ、来年のシーズンに合わせて保存食の試作を行いたいと思っていることもある。
「ほな、来週で頼めるか?必ず返すから。」
「分かったよ。一番豚の入荷が難しい時期になるし、賄賂の支払が来月の頭にある。それまでに20枚は返済の都合をつけてほしい。」
「20枚やったら資金繰りで何とかできそうや。」
貸し借りとは言うものの、最初の投資は親父の物だし、問題ないとは思っているのだが、親父としては稼いだ金は俺の物とけじめをつけたいようだ。
その3日後、思わぬ災害が起きた。
魔物の、ゴブリンの大群が街を襲ったのだ。
被害に遭ったのは、城壁の外側、特に東側の繁華街だった。
200匹を超えるゴブリンが一斉に攻め込んで来たらしい。
この辺りは色街も多く、多くの娼婦が連れ去られたとのことだ。
その他の宿や店も略奪を受け、たくさんの男たちが殺されたらしい。
結局、被害は城壁の手前までで、城の衛兵や騎士団が本格的に動く前に略奪を終え、大半は森に逃げ帰ったらしい。
数年に一度、ゴブリンを統率する上位種が発生するらしく、その仕業であると言われている。
以降、他の場所での被害が出ていないらしく、警戒はされるようになったものの、討伐隊が組まれるような話は出ていない。
この襲撃で数十という人間の命が失われたはずだが、城壁内に住む人間からすれば、城壁外は被害の内ではないということらしい。
親父の引き連れていた愚連隊も当日に用心棒をしていた何人かが殺されたらしい。
新しく郊外に作った屠殺場に俺を訪ねて親父が来ていた。
「すまんなぁ。金を工面してもうたんやけど、使う先が無くなってもうたわ。」
こちらに来てから、親父が落ち込む姿を見るのは初めてかも知れない。
「確か、ほとんどの女の子は連れ去られたんだよな。」
「せや。」
「助けには行けないのか?」
「ゴブリンも一匹一匹は大したことないけど、200匹以上となると、どないもこないもいかへんわ。」
「忍び込んで女の子を助けに行くとか。」
「できるわけ無いやろ。」
「傭兵でも使うか。」
「そんな略奪の旨味も無い事に傭兵なんぞが動くかい。とは言うものの、今後の戦力の確保も必要やしな。それに、今回やったら俺にとっては旨みがあるか。」
ブツブツ独り言を言い始める親父を眺めていると、一人で勝手に納得した顔をしている。
「よっしゃ。決めた。ワシにもしものことがあったら、アウト・オブ・レンジに戻れよ。」
そう言って親父は勝手に事務所を出て行った。




