こんな間抜けな巻き込まれ方は不本意でした。
『エンチヤンター(戦闘は女の子任せです)』と同じ世界を舞台にしたもう一つの物語です。
こちらは父親の異世界転移に巻き込まれた少年の物語です。
交互に隔日更新していく予定です。
母の葬儀が終わってから、父はまだ立ち直れていなかった。
繁華街で刃物を振り回す通り魔による無差別殺傷事件があった。
母はその事件の被害者だった。
地方公務員なのに何故か多忙な父だったが、子煩悩で家事もこなしていて、母とはすごく仲の良い平和な家庭だった。
忌明けから既に一週間以上経っていたが、まだ出勤する気配を見せなかった。
「お父さん、もういい加減にしてくれよ。」
酒と饐えた匂いのなか、返事もせずに背中を向けたまま酒をあおっていた。
「風呂ぐらい入れよ。」
俺は親父を置いて、学校に向かった。
結局、授業にも身が入らず、周りに気を遣われるのも面倒だったので、部活にも顔を出さずに帰ってきた。
仏壇の横にある物を見たが、一瞬理解ができなかった。
ドアが、木製で金属が縁取られて装飾された重厚そうなドアが開いていたのだ。
半開きのドアの向こうから、親父の声が聞こえてくるが、遠くて何を言っているのか分からない。
聞き耳を立ててみるが、少しドアから離れているようで、親父の他にも何人かの声がする。
気になってドアに近づくが、声はまだ遠い。
俺はそのドアを潜ることにした。
「ピンクじゃねぇのかよ。」
暗くてドアの向こうは見えなかったが、潜ってみると、石造りの部屋に出た。
親父は中世っぽい、どうみても騎士としか思えない、西洋の鎧を着込んだ男達に囲まれ、真剣な表情で話し込んでいる。
鎧とはいっても、金属板があるのは手甲やすね当てだけで、体の方は鎖帷子にサーコートといった出で立ちは、教科書にあった十字軍を思い浮かべさせる。
「お父さん。一体、何してんだよ。」
親父に声を掛ける。
「裕紀っ!」
俺と目が合った瞬間、親父が血相を変えて、騎士達を掻き分け、すごい勢いで俺に向ってくる。
「こっちに来たらアカン!早よ戻らんかい!」
親父が俺を突き飛ばすと、ドアにぶつかってその場に倒れ込んでしまった。
「ドアが閉まってもうた…」
「いてて。」
後頭部をしこたまぶつけて倒れた俺は、痛いところを擦りながら立ち上がった。
「痛ってえな!血相変えて、どうしたんだよ。」
「このダァアホ!ホンマにアホなことしよったな。もう帰られへんのかも知らんねんぞ。」
「どこにだよ。」
「家にや。元の世界にや。」
「何を言ってるのか、さっぱり分かんないんだけど。」
「ここは異世界や!あのドア閉まったら、もう元には戻られへんかも知らんのや。何でこっちに来てもうたんや。」
振り返ると閉じてしまったドアはその色を失い、透けて消えかけていた。
「あのまま、向こうの世界におるんは、もう耐えられへんかったんや。」
親父から何があったのか、説明してもらった。
「じゃ、お父さんは勇者に選ばれたってこと?」
「そんなエエもんやないわ。」
「じぁ、何なの?」
「一言では説明しにくいなぁ。」
この関西弁の男は、俺の父、芦屋昌也だ。
大阪出身なのだが、大学進学で上京して学生結婚し、千葉の片田舎の市役所に勤めている。
今年39歳になるが、かなり若く見えるタイプなうえ、ゴツくてフケ顔の俺なので、よく兄弟と言われることが多い。
親父曰く、ここはいわゆる異世界と言うやつらしい。
あの仏壇の横に現れたドアは異世界同士を繋ぐ物だったらしい。
発動するのに必要な魔力を貯めるためには2年ほどかかるうえ、適合者がいないと発動に失敗する。
その適合者が選ばれるのは、12年に一度ということだ。
つまり、俺が次に元の世界に戻れるチャンスは12年後というわけだ。
どこに繋がるか分からないと言いながらも、何故か俺達のいた日本と密接な結び付きがあり、ドアは必ず日本に開くらしい。
つまり、次にドアが開けば日本のどこかに帰れるとのことだ。
親父を呼び出した人々は、隔絶した山中に世間と接触を断ち町を作って暮らしているらしい。
彼らは12年に一度しかチャンスが無いにも関わらず、誠実に交渉を持ちかけてきた。
親父はその姿勢に共感し、異世界に行こうか迷っていたおとろらしい。
因みに、実際には『親父』とは恐くて呼べないので『お父さん』と呼んでいるけど。
上背も体重も俺の方があるが、親父は意味不明だが無駄に強い。
俺のことは空手道場に入れたのだが、本人はどこの道場にも通ったとは聞いたことがない。
俺の方が15キロは重い筈だが、正面から殴り合ってもまだ勝てる気がしない。
「すまんなぁ、裕紀。こんなことになってもうて。お前のことを一番に考えなあかんのに、なんも考えられへんようになってもうてたわ。」
親父は酔いを覚ますため、水瓶ごと貰った水を木のコップで掬って水を飲みながら話をしている。
「俺をおいてこっちに来る積りだったのかよ。」
「まぁ、大学は卒業できるぐらいの蓄えはあったからな。」
「一番早く帰れて12年後か。その頃にはもう29歳か。」
「無事に戻れたら、高卒認定試験でも受けるか?勉強せんならんな。」
「まぁ、何とかするよ。」
「そや、勉強で思い出したんやけど、こっちの言葉を覚えなアカンな。」
「そう言えば、さっき話をしてたのは?」
「日本語で喋ってくれとったんや。」
「日本語で!?」
「せや。この世界は何でか知らんけど、日本と繋がりが強うて日本から来る人間が他にもおるんや。」
「何で日本と繋がりがあるの?」
「それはこれから調べることやわ。」
「お父さんが?」
「そうや。まあ、ややこしいことはワシが何とかする。お前は何とか帰れるまで生活できる力を付けるんや。」
「うん。」
「ほな、アイツらと話しよか。」
「ここは異世界の何処かの国なの?」
「またちょっとちゃうねん。この場所と自分らの事をアイツらはout of rangeって呼んどる。」
「範囲外?」
「せや。範囲外。細かいことはまた今度説明するわ。」




