第一話
授業の終了を知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。 俺が委員長に立候補したのが効いたのか、他の委員もスムーズに決まった。 しかし、唯一時間がかかったのが副委員長だった。 副委員長は委員長と一緒に仕事をすることが多い。 その委員長に知らない人がなっているので当然だろう。 皆が周りに視線を走らせ、目立ちたがり屋も一歩引いてしまう。 これは、一番最後に決まるパターンかな… と皆の意識が重なりかけたその時…
「じゃあ、俺が立候補します!」
俺の右隣でハキハキとしたよく通る声が聞こえた。 立候補したのは、俺らのクラスのイケメン君、常磐だった。 他の立候補者は当然おらず、彼が副委員長に就任した。 そして彼は、「よろしく」と笑顔と共に俺の方に手を差し出してきた。 こういうことがスマートに出来るならそりゃモテるわ… しかし俺も負けていられない。 爽やかな笑顔と共に、俺も手を差し伸べ、固く握手を交わした。 そして、他の委員を決めている間に、お互いの紹介を済ませた。 すると、驚くことに、彼とは下の名前が同じだったのだ。 漢字は違うといえども、これには二人して驚き、笑いあった。 さらにそこから話を進めると、最寄り駅も同じで、家も割と近かった。 むしろ、何で今まで知り合わなかったのか不思議だったぐらいだ。 そんな話をしていると、ふと俺の左隣から鈴を鳴らしたような綺麗な声が教室に響いた。
「はい。 私がやります。」
その声の持ち主は言わずもがな、立花さんだった。 彼女は行事委員に立候補したようだった。 行事委員というのは、各クラスの行事を取り仕切る役だ。 文化祭のクラスの出し物を決めたり、体育祭の時は会場の準備などをする。 その仕事量は他の委員より郡を抜いて多い。 だから立候補は毎年でないらしい。だから「今年はすぐに決まって良かったわー」とか何とか先生が言っていた。 そういうわけで、クラス委員もすぐに決まり、入学式の準備が行われた。 似合わない赤い花を渡され、普段は絶対留めることのないホックを留めた。そして、色々な準備を施し、形式ばった入学式が行われた。 典型的な長い長い校長先生の話を聞き、担任の説明があった。 話によると、俺たちの学校は、学年担任制という制度らしい。 まぁ、誰ひとりちゃんと意味を理解した人はいないようだったが… 常磐に聞いてみると、担任団の先生全員が担任ということらしい。 なんとも面倒くさいシステムだ… そして入学式が終わり、教室に戻ると新しい教科書の配布が始まった。 一応、進学校であるがために、一般的な教科書だけではなく、単語帳やら、参考書がどっさりと配られた。 きっとこれからの授業で使うのだろうが、これら全てをマスターするとなるとさすがに気が引ける。 俺の学力は普通の一言に過ぎるのだ。 中学の頃も、平均点あたりをずっと彷徨っていた。恐らく、入学試験も全部平均点付近だろう。 一応、入試勉強はそれなりに力を入れたのだが、普通から離れることを恐れた「僕」は冬休みごろから全く勉強が手につかなくなり、高校の学力ランクをいくつも下げた。 それはまあ、先生や親の怒号が飛び交ったが、「僕」は何も感じなかった。 なんとなく、自分の想定内で、きっとこれぐらいなんだろうという予想と綺麗に一致していたためだ。 確かにあのまま、勉強を続けていれば成績は上がっただろう。 だがそれだと、きっと試験中に急な虚無感に襲われ、ペンを投げ出し、滑り止めとして受けた高校、つまりは、この学校と同じ程度の学力の高校に通っていたに違いない。 こんなことを両親や先生は認めてくれはしなかったが、そうなると「僕」は確信出来た。 しかしそれがなぜなのか、自分でもよくわからないままなのだが…
まぁそんな事はいいとして、問題はここからだ。 他のクラスと違い、委員を先に決めた俺たちのクラスはどこのクラスよりも早く終礼が終わり解散となった。 俺はこれからの事を考えたかったので、急いで帰路に着こうとしたのだが、それは先生によって阻まれてしまった。 早速、委員長の仕事が始まったのだ… 正確にいうと、残されたのは、委員長である俺と、副委員長の常磐、イベント委員の立花と、三好と名乗る女子の計四人だった。 先生の指示通り、四人揃って一階にある視聴覚室に向かい、席に着くと、他のクラスであろう人たちがそこに座っていた。 人数はおおよそ三十人といったところだろうか。 中に入ると入学式で紹介されていた、担任団の先生が指揮をとっていて、俺たちは一番後ろの席に座ることとなった。 しかし状況を上手く読み込めなかったので、常磐に色々と尋ねてみた。
「なぁ、これなんの集まりだと思う?」
「あれ? 成瀬、知らないの?」
常磐はキョトンとした顔をして、こちらを見ていた。 なんだ、何か説明があったのか? 頭の記憶のページをペラペラとめくったが答えにはたどり着けず、次は立花さんに助けを求めた。
「立花さんはこれなんの集まりか知ってる?」
すると、彼女は読んでいた読書本を閉じ、こちらに視線を向けてくれた。
「成瀬って、入学説明会みたいなのこなかったの?」
「うーん… 来たことないなぁ、元々ここ受験するつもりじゃなかったし」
「それなら仕方ないわね… この集まりはこの学校の伝統なの」
「伝統?」
「そう、この学校は一年生の委員長、副委員長、行事実行委員の四人が。リーダーシップをつけるため研修に行くの。」
「研修!? なんか大変そうだな…」
「あ、研修って言っても、ほとんど中学とかでやる合宿と似たような感じだと思うから気にしなくてもいいと思うよ?」
俺はその言葉で胸を撫で下ろした。 研修とか響き悪すぎでしょ… けど、どんな過程であれ、立花さんと泊まりがけのイベントがあるなんて、結構ついてるな。 そうしていると、学年主任である、年配のド迫力の先生が入ってきた。
「皆、知ってると思うがここに集められた四人で連休の間、研修に行ってもらう。 詳しいことはプリントに全部書いてあるから目を通しておくように。 あと、この研修目当てで委員になったやつが最近増えているみたいだが… 俺が担当だから、生半可な意思で立候補した奴は後悔することになるから、さっさと担任の先生に言いに行って委員を変えてもらえ。 それで、やる気のあるやつだけで行けるようにしよう。 それじゃあ、プリント貰ったやつから解散してよし。」
良くもまぁ、こんなに淡々と… それにしても、これが目当てのやつもいるというのは納得できた。 やはり、高校生にとって泊まりがけのイベントというのは胸が躍る。
それは、常磐達も同じらしく、俺たち四人は「頑張ろう」と声を掛け合った。
しかし、胸の中に一つ腑に落ちないことがあった。 それは、立花のことだ。 俺が委員長になったとき 「委員長みたいな仕事は嫌」とかなんとか言っていたのにどうして立候補したのだろうか。 隣で、先ほど読んでいた文庫本を直していたので、意を決し聞いてみた。 もしかして… 俺が立候補したから… とか?
「あのさ、立花さん。 どうして行事委員に立候補したの?」
すると彼女は首をかしげ、鋭い視線をこちらに向けてきた。
「なに? 私と研修に行くのが嫌なの?」
「いや、そうじゃなくて… さっき、委員長みたいな仕事は嫌いだって言ってたから…」
すると、彼女は納得したように手を叩きこう述べた。
「だって、他の人がやるより、私がやったほうが上手く回ると思ったから。」
なるほど… 立花さんはそっちのタイプの人か。 っていうか、俺の要素全く入ってないし…
そしてその後、事前学習の課題が山のように配られ、俺の気持ちがさらに下がったのは言うまでもなかった…