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そんな漫画みたいな(仮)

そんな漫画みたいな(仮)・委員長

作者: みわかず

スピンオフになりきれない話…

『そんな漫画みたいな(仮)』

『そんな漫画みたいな(仮)・渡』

を流し読みしてからどうぞ……


約11000字です。

 

 僕は勉強が好きだ。

 いや、趣味だ。

 問題を解き、それが正解だった時の達成感は園児の頃には感じていた。


 勉強を嬉々としてする僕を両親や祖父母は喜んだ。

 うちは何代遡っても資産家ではない。農民あがりのサラリーマンなので、無駄に期待を背負うことに。


 でもまあ、勉強は趣味だ。将来を思えば高学歴は悪くはない。

 僕には下に二人の弟と二人の妹がいる。

 僕の影響か、弟妹たちも勉強は嫌いではない。

 まあ、僕の影響かスポーツは苦手な様で、そこはもっと外遊びをすれば良かったと思わなくもない。

 皆まだ小学生なのでこれから興味もわくだろう。


 実のところそれほど将来への明確なビジョンはなく、何となく大学は行っておきたいとだけ考えていたので、目指す学部もまだ決めてはいない。

 公立に通うのが唯一の目標で、家からも近い偏差値もまあまあな高校に進学した。


 眼鏡坊主(バリカン一個あればすむ、クシ要らずの髪型)というおよそ萌要素の無い僕は、中学生の頃から学級委員長に選ばれる。

 正直面倒だと思うが、内申点を稼ぎたい下心はあるので特に文句はない。


 二年になった今年は、去年他クラスで副委員長だった井上(いのうえ)さんとクラスメイトになったせいか、「二人にお願いします」とあっという間に決まってしまった。


 ……まあ、いいけど。


 こういうのに選ばれるのは、大抵大人しめな人間が選ばれる。

 井上さんもそのタイプだと思う。学級委員の仕事でしか喋った事はないし、会議でも彼女が必要以上の意見を言ったことがなかったから。

 まあ僕だって気のきいた意見を言ったこともないけど。


吉野(よしの)君。今年も一緒になっちゃったね。知ってる人で良かった。よろしくお願いします」

「僕も井上さんが副になってくれて心強いよ。よろしくお願いします」

「職場か」


 その時から、井上さんの友達の荒井(あらい)さんとも話すようになった。挨拶程度だけど。

 二人は同じ美術部で水彩画を描いているらしい。


 僕はまあ、美術的なものも苦手である。それについて最近は少し思うところが無くもない。…勉強しか取り柄がないっていうのは、兄としてどうなのだろうと。




「委員長!数学の宿題見せて! キーちゃんと答え合わせしたんだけど、自信がないの!」

「ごめんなさい吉野君。 ハルちゃんと二人で手こずったから自信が無くて…教えてもらってもいい?」


 あぁ、昨日の宿題には引っかけ問題が一つあった。荒井さんと井上さんがノートを持参で僕のところへ来たので、いそいそとカバンから自分のノートを探す。

 ちなみに、井上さんは喜世子(きよこ)さんで、荒井さんが美晴(みはる)さん。


「おお!委員長の字、綺麗だね」

「そうなの。去年も学年のプリントは吉野君にお願いしてたんだよ」

「え!? あれって先生が書いてたんじゃないの?」


 二人のノートに書かれている字は、女子らしく少し丸みがあっても綺麗な字だ。へぇ、ノートの取り方も綺麗だな。試してみようかな。


「あ~、ここか、私が引っかかったのは……」

「私もここで迷ったの……」

「見分けるコツは問題文のここだよ」

「「 あ!そうか! 」」


 今日は朝から女子と喋っている。

 星座占いは最下位だったのに……いい日だ……


「ありがとう委員長!」

「ありがとう吉野君」

「うん。どういたしまして」


 荒井さんはさっさと席に戻ったけども、井上さんはまだ傍に立っていた。


「これからも、分からないところは聞きに来てもいい?」


 たぶんこの時から僕の片想いは始まったんだと思う。




 ***




 ある昼休みに、サッカー部の次期エースと言われる(わたり)君が荒井さんを手伝ってクラスに入って来た。

 あ!社会の資料集を運んでる! ほんとに佐々木先生は日直とか無視するのが困る。しかも女子一人とか。

 ああでも、渡君て手伝ってくれるんだ……意外だ。


 渡君がクラスを出た後に、荒井さんは女子たちに囲まれた。


「一人で出来るかとひーこら運んでたら手伝ってくれたの、彼優しいね!」


 彼女のスゴいところは誰に対しても同じ態度であることだ。ヒーローだろうがオタクだろうが先生だろうが、喋りたい時、用がある時は自ら動く。でも空気を読まない訳でもない。

 僕にはなかなか出来ない。


「ハルちゃんて、ああいうところがスゴいなって思う」

「……結構羨ましいなぁ」

「え? 私的には吉野君もそうだよ? だってこうしてしょっちゅう教えてくれるじゃない。嫌にならない?」


 これっぽっちもなりません!


「全然。女子と喋れる貴重な時間です」

「ふふっ。吉野君てそういうこと言うんだね。意外」

「たまにはね」


 女子に冗談を言う日が来るとは……!

 井上さんが笑ってる。あまり羽目を外ずさない様にしなきゃ。せっかく仲良く(当社比)なれたんだから、嫌われたくはない。

 ……進展の見込みも今のところは無いけど。


「キーちゃん、終わった?」

「うん。今ね吉野君と、ハルちゃんは誰とも喋れるのは何でだろうって言ってたの」

「え~?…うーん、対人はあんまり緊張しないかな? 一人でステージで発表する方が緊張するかも!」

「僕はどっちも緊張するな~」

「え、そうなの?」

「クラス内ならまだ平気かな」

「あれくらい堂々と議事進行出来るなら、どこでも大丈夫そうだけど。ねえ?山田君も思うよね?」

「そうだな。吉野の進行は安定感がある」

「だよね~」


 前の席の山田君に急に話をふっても全然怪訝な顔をされない。

 スゴいな~。


「うぅ照れる……褒めても宿題は写させないよ。教えるけど」

「ダメか! でもまあ教えてくれると言うなら聞こう!化学のさ、」

「じゃあ私行くね。吉野君、今日もありがとうね」

「うん。いつでもどうぞ」


 振り返った山田君が残念そうに、席に戻る二人を眺める。


「ちぇ。俺も女子と勉強会したい…」

「…山田君も数学は強いだろ? 二人はよく数学を持って来るから、次はまざる?」

「え!いいの!?」

「成績が上がるなら良いんじゃないかな」


 本当は嫌だけど。

 井上さんは僕の彼女ではないし、僕らはクラスメイトだし、大人しい系の僕らがそれぞれ交流するのは悪くはない。

 でも毎日来るわけじゃないから、山田君の思うようにはいかないかもよ、とは言っておいた。




 ***




 数日後の昼休みに、また渡君が五組(うち)に来た。手には筆記用具がある。ん?何で?

 入口でキョロキョロとし、目当ての誰かを見つけると片手を上げた。

「げっ!」と言う声を見ると、荒井さんが弁当を掻きこんでいた。

 ……よく詰まらせないな……

 一緒にいる井上さんと上島さんと島貫さんが呆気に取られている。


 そしてあっという間に食べ終えた荒井さんが立ち上がり、二人に「じゃ!」というような仕草をし、渡君と空いている席に向かい合わせに座り、何と勉強を始めた。

 井上さんと上島さんと島貫さんは荒井さんに頷いていたから、彼女が何で渡君と勉強することになったのか理由は知っているんだろう。


 でも何で?と思わずにはいられない。


 渡君の所属するサッカー部は去年全国大会に出場し、イケメン率の高さもあり、女子から絶大な人気がある。その次期エースと、見た目はパッとしない(僕に言われたくないだろうが)荒井さんの組み合わせ。

 クラスの女子たちの視線が異様なのもあり、渡君との勉強会後に今度は井上さんたちと始まった勉強会中に荒井さんに聞いてみた。


「教頭先生から運動部に、中間試験で赤点だった場合、夏休みに長期の強制補習のお達しがあったんだって」

「……へ~…それは…大変だね…」

「頼りにしていた友達皆に断られて、この間資料集運びを手伝った顔見知り程度の私のところに来たんだ~」


 意図してそうなのか、少し大きめの声で答えてくれた。


「大変だね、運動部」


 僕も少し大きめに声を出す。


「文武両道って、そういうことじゃなくても良いのにね?」


 確かに。囲碁将棋部の僕に、スポーツで県大会には出ろという事だろう? 無理。スポーツに関してはクラスで一番になるのも無理だよ。

 でもまあ、普通クラスの平均点が低いと先生方がぼやいていたのを職員室で聞いたことがあったからな…苦肉の策なのかな…?

 スポーツで結果を出してるから、それで勘弁してあげてよ、と思わずにはいられない。


 その会話が聞こえたのか、荒井さんが絡まれる事はなかった。




 と思っていた翌日。

 渡君は新たにサッカー部員を二人連れて来た。


「増えてる!」


 慌てた荒井さんに渡君はコンビニ袋に入ったシュークリームを渡した。

 それで大人しくなった姿に少し呆れたが、ふと見た井上さんたちが口を押さえて肩を震わせていたので、あれで(・・・)彼女なのだろう。


 今日新たに来た二人は、荒井さんと渡君を覗きこんでいるだけのようなので、教えるのは昨日と変わらないようだ。

 と安心していたら、その二人が出ていき、それぞれにプリントを持って戻って来た。


 ていうか、この二人が戻って来るまでの荒井さんと渡君の会話に愕然としてしまった。

 荒井さんは渡君の名前を今知ったと言う!

 マジですか! 同学年で知らないのは荒井さんだけだったと思うんだけど!? きっと渡君の事は校長先生だって知ってるよ!?


 なんというか……驚かされる……

 後で井上さんから、彼がサッカー部のエースなのは知っていたと教えてもらえた。……いやいや。




 そして翌日。

 渡君は六人でやって来た。

 渡君も申し訳なさそうにしてるけど、これは……うわ、五組(うち)の肉食女子がギラギラしてる!?

 ど、どうやって助ければ!? 渡君!君たちの人気がどれ程のものか知らない訳はないよね!?

 更に今日新しく付いてきた三人の内の二人は「英語!」「古文!」と言っている。昼休みだけじゃ無理だよ三教科は!


 手伝いを申し出ようかと思った時、荒井さんが振り向いて叫んだ。


「昼休み限定サッカー部勉強会、英語と古文の担当してくれる人求む!」


 クラスの女子がほぼ手を挙げた。その勢いや恐ろしいものが…!


「募集はさっきの二教科二名のみ! 勝ち抜きジャンケンでお願いします!」


 指示早っ! そしてこんな鬼気迫るジャンケンは初めて見たよ!

 井上さんが混ざってなくてホッとする。


「はいじゃあ、英語は丹野さん、古文は佐東さんにお願いします!」


 おお、僕的肉食女子二人に決まった。クラスの女子の中心である二人が勝ち抜くとか、神の采配だろうか?

 これで荒井さんが吊し上げられることは無いだろう。思わずホッと胸を撫で下ろす。


 にしても……サッカー部にイケメンが多いのは何故だ?


「美晴は?」

「数学」

「じゃあ俺はこのままだな」

「俺も入れて~」

「木村が持って来てるの英語だろ?」

「ん? 数学は渡のを見ればいいじゃん。俺は美晴ちゃん先生がいいの」


 そして軽いのが似合うのは何故だ? 

『美晴ちゃん先生』と僕が言ったら後が恐い。自分自身で。




 ***




 サッカー部の昼の勉強会が日常になった頃、井上さんが久しぶりに一人でノートを持って来た。山田君がこっちを気にするのが分かった。


「吉野君、化学なんだけど、聞いてもいい?」

「化学? じゃあ山田君も一緒にいいかな。」

「え!いいの!?」

「井上さんが良いならね。まあ山田君に不安な所があればだけど」

「不安だらけです! 俺も吉野の説明聞いてもいい?井上さん」

「いいよ~。じゃあ山田君もお願いします」


 井上さんが山田君に笑いかけるのを見てちょっと後悔したけど、井上さんが僕寄りに立ったのでまあいいかと。……現金だな、僕って。


 そうしてこちらはこちらで和やかに勉強会をしていると、荒井さんの唸り声が聞こえると井上さんが言った。

 見れば、荒井さんも渡君も難しい顔をしている。


「どうしたんだろ? ちょっと見てくる」


 近づくと渡君の方が先に気づいた。


「荒井さん、どうしたの?」

「あ!委員長! この問題、私の説明じゃ上手く伝わらなくて…。代わりにしてみて?」

「…ああ!字の綺麗な委員長か。もう少しで分かりそうなんだけど。何が引っかかるのか分からなくなってさ。頼むよ」


 困った顔の二人に見上げられて、さっそく問題をチェックする。

 僕なりの説明で渡君は理解し、荒井さんからも「そうすれば良かったのか!」と唸られた。


「すげえな!委員長!」


 ぐはっ! イケメンの笑顔って何て破壊力だ!?

 教室が一瞬ザワリとした。

 ありがとうと言う二人にどういたしましてと返し、内心息絶え絶えで自分の席に戻ると井上さんが僕の席に着いていた。


「あ、ゴメンね吉野君、座ってた。ハルちゃんを助けてくれてありがとう」

「おかえり吉野。あっさり解決だったな。すげえな」


 ああ、そのまま座ってもらってていいのに……でも井上さんが山田君と向かい合うのも少し悔しいので、大人しく席に着く。

 ……井上さんのぬくもり……はっ!?ダメ変態!


 その次の日から丹野さんや佐東さんにも呼び出されるようになり、さらに他の人の質問にも答えている内にいつの間にか五組全体が昼休みに勉強をするようになっていた。


 ……これもサッカー部効果だろうか? イケメンてスゴいな~




 ***




 正直なところ、渡君たちがこんなに長い間勉強会を続けるとは思っていなかった。

 今までの彼らの集中力に驚く。これが持続できれば文武両道も実現できそうだけど、本人たちはとにかくサッカー優先だ。

 だからモテモテでも彼女がいない。

 あっという間にフラれたと聞いた時は、ざまぁと思うよりも涙が出そうだった。


 今や五組に馴染んだ彼らの良さは僕にだって分かる。


 なので、お節介と思いつつも比較的成績に余裕がありそうな田辺君と木村君にノートを見せてもらった。

 一組から四組までの普通クラスの教科担任は同じ先生だ。それに夏休みまでの試験範囲はそんなに広くない。


「という事から、僕なりにヤマを張ってみたよ。あくまでも参考ってことで。まあ明後日には試験だけど、本番前の気休めにして下さい」

「「 委員長~!」」


 加藤君と佐竹君に抱きつかれた。ぎゃあ!


「ありがとう委員長、大変だったろ?」


 ルーズリーフに書いて何も綴じずに渡したのを田辺君がパラパラとめくり終えてからお礼を言ってくれた。コピーは各自でね。


「いや楽しかったよ。もしかしたら僕はこういうのが向いているかもしれないね」


 今回しみじみ思った。弟や妹にも教えてるからかな?


「サンキュー委員長。絶対点数とる」


 キリッとした渡君はやっぱり格好いい。

 こんなのを毎日正面に見て、荒井さんはよく何もないなと感心する。


 してたんだけど。




「ねえ委員長、最近渡君と荒井さんの雰囲気良くない?」


 少し前に、丹野さんの所で出張講師をしていると彼女が二人を見ながらなぜか僕に聞いてきた。


「ほら、委員長も井上さんと仲良いでしょ? 何か聞いてない?」

「えー? 何も聞いてないよ。気のせいじゃない?」


 渡君たちの雰囲気よりも井上さんと仲良さげに思われてる事に嬉しく思ってしまった。

 これが外堀を埋めるってことか……は!イヤイヤそれで嫌われたら困る。


「渡君、私たちの所になかなか来ないのよね~。もしかして教え方が悪い?」


 教え方は悪くないけど近づき過ぎ、とは言えなかったので、渡君も慣れないと緊張するんじゃないかなと誤魔化した。


 丹野さんと佐東さんが隣に座ると渡君の眉間にシワが寄る。

 荒井さんと向かい合うとよく笑ってる。

 ……渡君、荒井さんだけに懐いた大型犬みたいだ。

 だから荒井さんもよく笑うのかな。


「ハルちゃん、勉強会が楽しいんだって」


 井上さんが笑っていたので、そうなんだと僕も笑った。


 それに気づいてからは二人の事を生温く観察してる。

 真面目に勉強しながらも、添削を終えた二人がはにかむのを見るとほっこりする。

 誰かを観察するなんて、と思っていたけど……少し楽しい。

 山田君はたまに舌打ちをしてるけど、いいなぁともぼやいてる。

 ……分かるよ。


 そういう訳で実はそっと応援してる。ごめんね丹野さん、佐東さん。




 ***




 とうとう試験も終わり、HR終了後に、今日まで部活が休みの渡君たちの答え合わせをする。

 自分達の結果も気になるところだけど、まずはサッカー部だ。

 荒井さんたちと答えの擦り合わせをしつつ、問題用紙に書かれた答えを採点していく。


 結果。全員赤点を回避した。


 荒井さんが代表で渡君たちに告げると、彼らよりも先に五組で歓声が上がった。本当に頑張った。素直に嬉しい。


 そして点数を確認した渡君たちも叫び、僕ら一人一人に「ありがとう」と言ってくれた。最後の方にはクラス全体で質問に答えたり説明したりしてたもんな~。わりと面倒見のいい、良いクラスだ。


「ありがとう委員長。教えてもらったのも助かったし、ヤマのおかげで落ち着いて受けられた」


 荒井さんの花丸を見せながら、満面の笑みの渡君。

 格好いいな~、いいなぁ。良かった。


 そして渡君は荒井さんの前に立つ。


「ありがとう。美晴のお陰だ」

「どういたしまして。でも渡君たちが頑張ったのが一番だからね。去年のインターハイもそう。運もあったというなら、それも含めての結果だから。テストだってヤマは運よ。だけど、起こるべくして起こる運。だから渡君たちも自信は持って」


 起こるべくして起こる運か……何かいいな。

 少しだけ驚いたような顔になった渡君は、ゆっくりと口を歪ませた。


「……お前、いいな……」


 二人の間にいつもと違う雰囲気が漂いそうになった時。


「美晴ちゃん先生!ありがとう!お礼に今度デートしよう!」


 木村君が乱入。うわ、デートとかスルッと言っちゃうし。凄いなぁ。


「木村君、お礼はいらないからその『美晴ちゃん先生』を()めて…」

「そうだぞ木村、『荒井先生』と呼べ」

「ちょっと中村君!?」

「『荒井先生』! 丹野さんと佐東さんとデートする(すべ)を俺に伝授して下さい!」

「加藤君、私にそんな事を聞く無謀さに敬意を表して両手に花は高くつくのを覚悟してと言っておくよ! そして『先生』も()めて!?」

「荒井、委員長を口説くにはどうすればいい?」

「田辺君!? ええっ!? ちょっとそれ詳しく!!」

「馬鹿野郎田辺! 俺は別れないからな!」

「佐竹君!? ちょっとそこ詳しくっ!!」


 冗談だと分かっていても、自分の事を言われるとドキッとする。

 佐竹君、そんな風に広げるの()めてよ、本当に田辺君に迫られてるみたいじゃないか。

 荒井さんがちょっとキラキラした感じなのは、冗談だと分かっているからだよね?


「駄目。美晴は今から俺とデート。コンビニスイーツしか買えない散歩デートだけど」


 ほ、ほおおおおっ!?

 渡君の頬がうっすら赤い!

 そして荒井さんは真っ赤だ!

 この流れでついに告白か!? 教室だよ!?


「ボケんな、つっこむな」


 渡君が呆れながら言った。え?コントの続きだった?告白だよね?


「何日お前の正面にいたと思ってんだ。顔見れば分かる」


 わぁ、荒井さんの混乱ぶりが分かりやすい…


「初対面で対戦相手の心理も読まなきゃならない運動部をなめんな」


「う、運動部ってスゴいね…」


 やっと荒井さんが発言すると、渡君はニンマリと笑った。…うわ。


「せっかくだから、公開告白しとくか?」

「攻め過ぎでしょ!?」

「だって俺、攻めてなんぼのFWだし」

「ポジションなんか知らないし!」

「そこがいいよな~」

「馬鹿にされてる!」

「プリンが好きだよな~」

「バレてる!」

「俺とどっち好き?」

「ぶふぁあ!?」


 荒井さんの叫びに教室大爆笑。ごめん、笑っちゃった。


「恥ずかしいから帰ります! 皆さんサヨウナラ! できれば明日までに忘れてて~!」


 井上さんたちに頷いて、荒井さんは教室を出ていった。


「責任とれよ」


 ニマニマとする木村君と田辺君に、「当然!」と言って渡君も出ていった。


 うわあ。告白シーンを生で見る日が来るとは。貴重だけど、自分には無理だなぁ。


「どうする? 見に行くか?」

「いやあ、美晴ちゃん先生の為にここで応援しておこうぜ」

「渡が本気になると女子にもああ(・・)なんだなぁ」

「それよりも。丹野さん、佐東さん。渡じゃないけど、俺と遊びに行かない?」

「バ加藤、その前に。皆にどうお礼したらいいかな、委員長?」


 え。僕に聞くの? ええ~??


「えぇ~と、どうしようかな。せっかくだから皆でボーリングでも行く? せっかくのサッカー部との縁だしね。あ!個別のデートの申し込みは各々(おのおの)でよろしく!僕はそこまで仕切らないから!」

「ぶははっ!委員長は大変だな!」

「代わってくれてもいいよ、佐竹君」

「ムリムリ。こんなお調子者でも仕切るのは下手だから~」

「中村!」

「でもボーリングはいいな。久しぶり~!」

「間違っても蹴るなよ、バ加藤」

「一言うるせぇよ、田辺!」

「カラオケは?」

「僕、苦手なんだ。だからカラオケは希望者でやって。まあボーリングも下手の横好きだけどね」

「おぉ、なんかホッとするわ~」

「失礼だね木村君」


 悪い悪いと言いながらも笑ってる。でもまあ嫌じゃない。

 ほんと、馴染んだな~。


「……そろそろ、昇降口行っても大丈夫かな?」

「ぶふっ!くくっ、大丈夫じゃね?」

「もう、荒井さんだなんて大穴だったわー」


 丹野さんがブスッとしながらぼやいた。


「まあまあ、俺で良ければ今日は隣に置いてよ?」

「やった!木村君ゲット!」

「え、丹野さん俺は!?」

「加藤君は、私と佐東と選べないんでしょ。そんな安くないっての」

「ガーーン!!」

「あはは! おーい加藤君、丹野にフラれたなら私の所においでー」

「佐東さーーん!!」


 そんな加藤君が面白くて、また皆で笑ってしまった。




 そうして、僕は盛大にガーターを出したけども、参加できた人たちは楽しく過ごせたようで良かった。

 カラオケに行く二次会組と別れて帰るのに、少し先を歩いてい

る井上さんを見つけた。


「井上さん」


 呼んだはいいけれど、続く言葉が出てこない。一緒に帰ろうと言うだけなのに、ものすごく恥ずかしい。


「あれ、吉野君はカラオケ行かないの?」

「下手なんだ。そんで弟たちが見てるアニメしか歌えないし」

「私もアニメとかドラマとかの主題歌じゃないと知らないし、一番しか歌えないから、初めての人とはカラオケに行きにくいのよね」

「そっか、…お、同じだね」

「ね。ふふっ」


 わあ。井上さんが、僕と同じって笑ってる。


「吉野君、コンビニに寄ってもいい? 飲み物買いたいんだけど」


 あれ、コレ、一緒に行動してもいいパターン?


「あ、僕も何か買おうかな。行こうよ」

「うん」


 神様ありがとうございます! 今日のラッキーポイントの眼鏡がここで活きるとは! この日の為に僕は眼鏡をかけていたんだー!


 ……一人で盛り上がり過ぎて、奢りそびれたのを後悔しながらコンビニを出る……

 そのコンビニの近くには公園があり、井上さんが、渡君と荒井さんがベンチに座っているのを見つけた。


「あ、ここにいたんだ」

「声かける?」

「まさか。友達だって付き合い始めは邪魔できないよ」

「確かに。むしろしたくない」


 付き合う前から良い雰囲気だったのがオープンになったのだ。独り身としては近づきたくもないというのが本音。


「それは……ハルちゃんだから…?」


 え、荒井さん?


「ハルちゃんが渡君と付き合ってしまったから…?」


 え?ん??


「え~と、どういう事? 僕はあの二人が付き合うことになって良かったと思ってるよ。あのイチャイチャな空気に触れるには独り身として切ないなとは思うけど」

「え? 吉野君はハルちゃんを好きなんじゃないの?」

「ええっっ!?何でそんな事に!?」


 うわ、大声になってしまった。でも何その誤解!?


「だっていつも勉強みてたから」

「それは渡君に教えてたんだよ。荒井さんだけじゃないよ」

「でも、ハルちゃんのとこに行くのは多かったと思う」

「だって井上さんが荒井さんを気にするから…」

「え、私が?」

「まあ、井上さんの友達だし、そういう意味では多く行ったかも」

「……ほら」


 誤解って、どうやって解くのーーっ!? 誤解を解く公式を誰かーーっ!!

 何で井上さんが俯いているのか分からない。

 だけど、僕が言うべき答えは分かってる。

 それを言ってしまえば、今までのようにはいかない事も分かる。

 もう二度と話す事も出来なくなるのは惜しいけど、僕が好きなのは荒井さんじゃない。


 ……さっき買ったこのお茶は、失恋が癒えるまでとっておこう……


「井上さん、僕が好きなのは井上さんです。そういう意味で荒井さんは特別だよ。好きな人の友達を邪険にはできないし、クラスメイトにそうする理由もない。それだけ」


 一拍置いて、井上さんが勢いよく顔を上げた。驚いている。


「…………本当……?」

「うん。僕は、井上さんが、好きです」


 もう言う事もないだろうと、ここぞとばかりに繰り返す。顔が熱い。

 もうこんなに近づく事もないだろうと、ここぞとばかりに見つめる。……顔が、熱い。


 井上さんの顔も赤い。可愛い。

 可愛い字できれいなノートをとるのも、黒板をものすごく綺麗に消す所も、よく聞こえるけど静かに喋る所も、学級委員の仕事に真面目に取り組む所も、友達と笑ってる所も、勉強を聞きに来るとき僕に慣れるまで実は少し震えていた所も。

 可愛い。

 小さな両手で口を隠す姿も。


「……嬉しい」


 ……良かった、嫌がられなくて。


「私も、吉野君が、好きです」


 ……………………は?


「私も、吉野君が、好きです」


 井上さんが口から手を離して繰り返した。そら耳じゃない。


「え、僕、勉強しか取り柄のない眼鏡坊主だよ?」

「ふっ! それだけじゃないよ。吉野君は私のヒーローだもん」

「ひ、ヒーロー!?」


 僕を表すには真逆の単語。


「一年の時の最初の委員会で助けてくれた時から、吉野君は私のヒーローだよ」


 最初の委員会……何だっけ?

 全然思い出せない僕に、井上さんが微笑む。


「もう一人の学級委員がその日たまたま休んで、一人で出席することになって、人見知りの私は緊張で吐きそうになってたのを、吉野君が並んでいい?って聞いてくれたの」


 ……あ、思い出した。

 高校で初めての委員会なのに相方の学級委員は休んでしまい、聞き逃したりしたらいけないという不安を、同じく一人らしい女子に声をかける事で誤魔化した。そして先生に許可をとり、自分のクラスじゃない席に着いた。

 そうだ、その時に井上さんと知り合ったんだった。


「吉野君はどう思っていたか分からないけど、その時から吉野君は私のヒーローです」


 い、イヤイヤ……


「同じクラスになれてすごく嬉しくて、また一緒に学級委員になれて嬉しくて。……舞い上がっていたら、ハルちゃんがもっと近づこうって質問作戦を立てて……あっさり教えてくれるようになって……もっと傍にいたいなって思うようになって……」


 ふっと、意を決した井上さんは息を吸った。


「私と、付き合って下さい」


 ……あぁ、女の子に言わせてしまった……でも。

 天にも昇る気持ちってこういう事か。

 可愛い井上さんがもっと可愛い。


「よろしくお願いします」


 もっと何か文学的にあるだろうと突っ込みながら、お辞儀をしてしまった自分に呆れる。


「末永く!」


 アホみたいに付け加えた一言に、井上さんはやっぱり微笑んだ。


「何だコレ、プロポーズか? やるな委員長」

「それくらいの覚悟でキーちゃんをよろしくね!」


 公園を囲うフェンスのすぐ向こうに、渡君と荒井さんが立っていた。

 僕らと目が合うとニヤニヤとする。

 まさかのタイミング!漫画かっ!


 色々混乱して何かを振り切った僕は、真っ赤な顔をしたまま真っ赤な井上さんの手を掴み、


「また明日!」


 二人にそう言い捨て、その場を逃げた。



 で。

 離すに離せず手を繋いだまま井上さんを家まで送り、丁度庭の手入れをしていた井上さんのお母さんに見つかってテンパったまま挨拶をし、家に帰っても一人でドタバタして家族に心配され、井上さんとのメールのやり取りもたどたどしく、でも、幸せな気分で眠りについた。



 次の日、お互いに真っ赤な顔でおはようと言う事になるのだけど、夢じゃなくて良かったと、井上さんと手を繋いだ。









シリーズ(完)です!

ここまでお付き合いありがとうございました!

m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] きゃあきゃあ、委員長好きーーーーっ! お主は、男じゃ! 当社比が一番ウケました。(笑) とても素敵な物語をありがとうございます。 ぜひぜひまたこうゆうお話が読みたいです。
[一言] ああ、ニヨニヨが止まらない・・・(笑)
[一言] 委員長視点!! 本当に書いてくださって、ありがとうございましたvv とても幸せな気分で読ませていただきました♪ シリーズでは、私この話が一番好きですvv ってかサッカー部も五組もみんな好きで…
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