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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第九十四話 イミテーションシスター⑤

 イングラウロはサペリオン王国の中でも屈指の都市だが、それでもスラムは存在する。むしろ都市だからこそ田舎以上に貧富の差が出るし、そもそも貧民街と無縁の都市など存在しないと言って良いだろう。

 そのスラムの一角を占めるのが、プラティボロス商会の倉庫群である。貧民街の安い土地を買い上げ、周囲の住人を警備員として雇う事で、土地の有効活用と雇用と治安向上を生み出したと謳うそれ。

 確かに事実でありスラムの住人や権力者の一部からは称えられているのだが、雇われている警備員は商会に集団として纏められてただけで、正規訓練などが施されたわけでもない破落戸(ごろつき)のままであった。また見方を変えれば、為政者や警備隊など公的権力が踏み込みにくい場所に堂々と設備を構えたと言える。それでも表面上しか知らない者には善行として受け止められているのだから質が悪い。

 そんな半ば治外法権と化した倉庫うちの一つの中で、アロルドは肩を竦めた。


「バメルで我が商会はほぼ撤退、人類の心臓の入手も滞り、漸く試作品が完成した『順延の水晶』も消失。ここ数年碌な事がありませんねぇ」


 バメルというそれなりな街の鍛冶師ギルド役員であるグロッグとコネクションが出来たと思ったら、彼の悪事が警備隊に露見し指名手配された事で取引は中断。商会に飛び火する前に証拠を隠滅する為、商店を一軒のみ残して他は全て破棄。

 心臓を買い取る契約を交わしていた連続殺人犯(シリアルキラー)とは唐突に連絡が取れなくなった。心臓収集家(ハートコレクター)と呼ばれるようになるほど成果を挙げていた彼女が足を洗ったとは思えないが、警備隊に捕まったという情報も無い。獲物に返り討ちに遭ったか、はたまた何処かで野たれ死んだか。いずれにせよ、今後彼女がアロルドの前に現れる可能性は皆無だろう。

 人類よりも上位の存在である魔族との契約に干渉する魔道具『順延の水晶』も、実践テストにと違法奴隷の取引で商会と繋がりのあったラッカスという男に与えたが、彼も大勢の仲間を連れて行ったまま帰っては来なかった。

 足が着かないように外部の人間を利用するのは商会ではよくある事だが、グロッグとラッカスに関しては人選を誤ったという意識もある。とは言え失敗が続くと辟易するのも無理からぬもの。


「では、いよいよ回収と参りましょうか。貴族のお嬢さんの下から出てくるのは多少骨でしょうが、あの魔導核ならば大丈夫でしょう」


 故に今回の試作型魔導核は確実に回収する為、あらかじめ制御術式に帰還命令を書き込んでおいたのだ。

 魔導核が自律移動不能なものに組み込まれていたら破綻するように思えるが、この魔導核にはもう一つの仕掛けが施されている。故にアロルドは魔導核の帰還には問題無いだろうと考えていた。


「試験運用するだけなら商会内で行えば手間も無いのですが、王国の反応も見なければなりませんからね。会頭も面倒な事を言ってくれたものです」


 そう言いつつもアロルドは何ら気負った風も無く、帰還命令を発動させた。







 ルリと一緒にプラムを研究室に送った後、練習場に寄って射撃訓練をしていたら突然爆発音が響き渡った。

 音の方へ振り向けば、実験棟のアナベルの研究室がある位置から仄かに黒い煙が上がっていた。場所が場所だけに嫌な予感が過ぎる。


「ルリ!」


「何かあったみたいね。行きましょう」


 打てば響く返事を返してくれたルリと共に実験棟に戻り、アナベルの研究室へと向かう。

 廊下は焦げた臭いが漂い、煤で黒く汚れていた。

 最早炭しか残っていない扉から研究室を覗いた俺達が見たのは、焼け焦げた室内とクリスティナを庇って結界を張るアナベル、そして手を翳したプラムの姿だった。


「アナベル先生、一体何が―」


 問おうとして、咄嗟にその場から飛び退く。一瞬遅れて俺が立っていた場所をプラムの掌から射出された液体が掠め、壁に当たって小さな爆発を起こした。


「原因は判らないけど、暴走しているみたいね。ふへっ」


「アナベル先生!」


 崩れるように膝を突いたアナベルをクリスティナが支える。アナベルは薄ら笑いを浮かべてはいるが、そこにいつもの余裕や底知れなさは無い。結界は維持しているが、それもきっと長くはもたないだろう。


「プラム、やめて! 命令です、止まりなさい!」


 クリスティナが主人権限でプラムに停止を命令する。

 暴走の原因は判らないが、魔導人形にとって強制的に最優先される主人権限の命令ならば絶対に止まる筈―


「エラー。最上位優先命令実行中の為、他の指示は受け付けできません」


 だがプラムの返答は俺達の予想を裏切るものだった。


「そんな、主人は私で登録してる筈なのに…」


 わけが判らず呆然と呟くクリスティナにプラムの掌から液体が迸り、巻き起こる爆発が結界に阻まれて四散する。だがそこでとうとう力尽きたのか、アナベルはガクリと項垂れ、結界が消滅した。


「制止不能。障害の排除が実行されます。クリスティナ様、お逃げください」


 言葉ではそう言いながらも、いや、きっとプラム自身は止めようとしながらも、それが叶わないのだろう。翳した掌に液体が生まれ、しかもすぐには撃ち出されず更に大きくなっていく。


「ちっ」


 俺は舌打ちしつつ飛び出し、プラムの両脇に腕を入れる。金属や魔導人形の身体はやっぱり普通の人間より重いが、こちらも普通の人間より力のある魔導人形なので難なく抱え上げる事が出来た。


「ルリ、どけ!」


 勢いを付けて振り返ると同時に入口に立っていたルリに叫び、床を蹴って部屋を飛び出す。そのまま勢いに乗り、プラムを抱えたまま背中から突っ込んで窓をブチ破る。

 腕の中から極大の水球が真上に向けて発射され、上空で花火のように爆ぜた。

 地面に叩き付けられ、滑るように転がる。幸いにも二階からの落下なので魔導人形の身体にはさしたるダメージではないが、衝撃でプラムを放してしまった。


「っ、プラム!」


 アナベルの言う通り暴走しているなら止めないと。そう思って顔を上げると、プラムは既に立ち上がり、掌をこちらに向けていた。


「障害を排除します。お姉様、お逃げください」


 プラムが掌に大きな水球を作る。逃げるように言ってくれるが、妹を見捨てられるわけが無い。


「暴走の原因は判らないけれど、せめて動きを止めないと」


 収納空間から出した鋼糸の玉を掴んで駆け出した。クリスティナに聞いた話では、俺みたいな手足を切り離して操作する機能はプラムには無いから、拘束さえしてしまえば何とかなる筈。

 撃ち出された液体を躱し、爆風を背中で受けながら距離を詰める。周囲に鋼糸を張り巡らせる場所が無いので直接縛るしかない。

 鋼糸の玉に魔力を流して解いて構えた。

 だが鋼糸を振るうより早く、もう一方の爆発する液体を溜めた掌を向けてきた。

 即座に鋼糸を手放し結界を張る。瞬間、燐光を放つ結界を爆炎が軋ませる。

 飛び退いて距離を取ると、プラムは煙が晴れた先で虚ろな目のまま立っていた。俺が結界で防いだせいで自爆させてしまった両腕には亀裂が走り、力無く垂れている。


「プラム、大丈夫か!」


 痛覚は無いと解ってはいても、その無残な光景に思わず声を上げるた。だがプラムは特に動じた様子も無い。


「破損を確認。帰還に支障をきたすと判断。再生機能が発動されます」


 呟いたプラムの両腕のヒビは外装を弾き飛ばさんばかりの勢いで広がり、二の腕、一の腕、掌、あらゆる隙間から神経糸が飛び出してだらりと垂れる。そして胸の魔導核が収められている場所から泡立つ白い粘液、いや、肉が溢れ出し、プラムの胸から肩、腕、手、更には神経糸まで覆った。

 肉は形を整え、地面まで届くような大きな四つ指の手になり、表面に滲み出した光沢を放つ粘液で包まれた様子はまるでカエルやイモリのような両生類の前脚に見える。プラムの小さな身体に無理矢理接続したようなアンバランスさは形成過程もあって不気味だった。


「危険度上昇。お姉様、お逃げください」


「っ、出来るわけないでしょうが」


 プラムの太い腕がのそりと動き、さっき回避する時に手放した鋼糸に触れる。するとプラムの腕はまるで麺を啜る様に、鋼糸を吸い取ってしまった。何がどうなったかはわからないが、まだ予備はあるからと防御を優先して鋼糸を手放したのは失敗だったかもしれない。


「障害の排除行動が再開されます」


 プラムが腕を振って爆発する液体を飛ばしてくるが、それほど早くないので避けるのは簡単だ。

 通り過ぎた液体が背後で爆発する。


「きゃあっ!」


 声に振り返れば、そこにはクリスティナがいた。心配して追ってきたのだろうけど、このままじゃ巻き込みかねない。

 再び飛ぶ爆発液をブラックホークで撃ち、宙で爆発させる。プラム自身の手から撃っていたときより量は増えているが、腕が大きくなったせいで動きが緩慢になって、むしろ対応しやすくなった。


「プラム、お願い! 止まって!」


「命令を受け付け出来ません。障害排除は困難と判断」


 プラムはぬらぬらした両手を槌のように振り下ろすと、腕の表面から白い煙が噴き出し、辺り一面を覆い尽くした。


「しまった!」


 まさか煙幕まで出せるなんて。しかもこの煙は有毒かもしれない。

 即座に結界を張って遮断するが、事態は悪い方に転がっている。

 結界の外は何も見えないし、後ろにクリスティナが居る為迂闊に動けない。

 俺に毒は効かないだろうが、クリスティナや他の生徒が吸ったら拙い。風魔法の基礎現象で散らすのは出来そうだが、毒の強さによっては被害を広げる結果になりかねない。


「あ、あの、ナタリアさん、収納空間に吸い込む事は出来ますか?」


「吸い込む、ですか?」


 どうすべきか思案していると、背後にいたクリスティナが提案してきた。


「は、はい。散らすと危険かもしれないんですよね? でしたら最初に収納空間を真空にしてから開けば、安全に処理出来るのではないでしょうか?」


「成る程。やってみます」


 収納空間の中を真空か。やった事は無いけど、多分出来なくはない。

 いつもやってるような口を作ってから中を広げていくのとは逆で、まず何も無い空間を作ってから口を開くイメージで。


 結界の外に真っ直ぐな裂け目が広がると、白い煙は渦を巻き、瞬く間に吸い込まれた。掃除機にでもなった気分だ。

 だが煙が晴れたその場から、プラムの姿は消えていた。

 まさか煙と一緒に吸い込んだのかと収納空間()を確認したが、流石にそれは無かった。


 プラムの姿を探して辺りを見渡していると、実験棟からアナベルとルリが降りてきた。


「ナタリア、プラムは?」


「さっきまで居たのですが、見失いました」


 俺の返事を聞いたアナベルは周囲の爆発跡を見ると、深い溜息を吐いた。


「あれは暴走じゃないわね。クリスティナを主人に設定してあるのにそれを受け付けないという事は、予めそれ以上の優先設定がされていたという事よ」


 魔導人形にとって主人が命令として発した言葉は絶対だ。俺が命令されたのは過去にゴーレムと戦った後の一度だけだが、あの時意識の無い俺はオフィーリアの命令で眠りに就いた。主人権限が魔導人形の意思より上にある以上、たとえプラムがどんな状態だろうとクリスティナの命令に従う筈だ。なのにプラムはクリスティナの命令を受け付けなかった。


「記憶装置の設定は私も立ち会ったからそこは間違いない。それ以上に支配権を持つ命令を組み込める部分は魔導核しかないわ」


 アナベルはそこまで説明して、もう一度深い溜息を吐いた。


「そろそろ人が集まってくるわね。ここは私が何とかするから、貴女達はプラムを追って回収してきて頂戴」


「しかし、何処に行ったのか―」


「ああ、さっきから変な足音が学園から遠ざかっていってるけど、多分これがプラムちゃんかな? 今ならまだ追えるけど、案内しようか?」


 ルリの長い耳が探るようにピクピクと動いている。人間よりずっと優れた聴覚を有しているウサギの半獣人であるルリなら、特定の足音を補足する事も可能だろう。

 先導をルリに頼み、プラムを連れ戻そう。


「あの、アナベル先生…」


「クリスティナ、最悪の場合も覚悟しておきなさい」


「はい…」


 背後から聞こえた、いつも通りのアナベルの口調と消え入りそうなクリスティナの返事。

 最悪の場合という言葉が意味するところは大体想像出来るが、そんなの考えたくない。

 まだ明確な自我が無くても、暴走してても、プラムは俺の妹だ。絶対に助ける。

多忙につき一話分しか書けませんでした。

今年最後の投稿がこんなので申し訳ありません。



少し早いですが皆様良いお年を。

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