第九十三話 イミテーションシスター④
オリビアにも困ったものだ。思春期真っ盛りなのは解るが、いくらなんでも限度がある。
今のところはどうにか最悪の事態は避けているが、単純に力で負けている以上本気で迫られたら逃げられない可能性がある。
「はぁ」
「お姉様」
呼ぶ声が思考の海から意識を引き上げる。
いけない、今は仕事中だ。
「ごめんなさい、プラム。少し考え事をしていました」
「問題ありません」
持っていた洗濯物を手渡すと、プラムはたどたどしくも丁寧に畳んで洗濯籠に入れる。
力加減が出来るようになったので、今では洗濯物を破いたりする事も無い。
ふと空を見上げると、空には太陽が燦々と輝いている。お陰で洗濯物の乾きが早い。
「こっちは終わったわよ」
「訊いてませんが?」
洗濯物を取り込み終えたところで、同じく洗濯物を取り込んでいたルリが声を掛けてくる。
別に一緒に作業していたわけではなく、たまたま同じ時間に来ただけなので、俺達がルリに合わせる必要は無い。
「そっけないわねぇ。そういう態度はプラムちゃんの教育に悪いんじゃないの?」
「私の中では貴女こそプラムの教育に悪いのですけど」
さっきも屋上に来た瞬間胸を触りに来ておいてどの口が言うかな。
「プラム、部屋に戻りますよ」
「お姉様、お尋ねしたい事があります」
ルリを置いて屋上の出入り口に向かおうおすると、プラムがその場を動かずにじっと見上げてくる。
俺は踵を返そうとした足を止め、妹に向き直った。
「ルリ様やオリビア様は、どうしてお姉さまの胸を触りたがるのですか?」
な、何て言えばいいんだ。
俺の胸に欲情してるからとはとても言えない。誤魔化すべきか、でもそれでプラムに間違った知識を教えるのも今後の為にならないだろうし。
魔導人形に年齢という概念はあまり意味が無い。プラムは感情が未発達だが、記憶力や思考速度は並の人より優れている。見た目が幼いからと安易に子供扱いしてもいい結果になるとは限らない。
「それはね、私もオリビアさんもナタリアを愛してるからよ」
「おい、ルリ」
俺が返答に困っていると、ルリが勝手に答えていた。
しかも何だよ、愛してるからって。
「私はナタリアの事好きよ。勿論オリビアさんだってそうでしょ。何か間違ってる?」
「でも好きって言ったってそれは」
「私は女の子が好きでナタリアとは友達だから胸に触る。オリビアさんはナタリアが好きだから胸にも触りたい。何もおかしくないでしょ」
いや、お前が女好きなのは個人の趣味だからとやかく言わないが、友達だったら胸に触ってもいいわけじゃないだろう。
「そんなに言うなら私がルリさんの胸を触りますよ」
冗談半分脅し半分で言うと、ルリはその薄い胸を腕で隠し、ゴミを見るような目を向けてきた。
「アンタ、アレなのに…最低だわ」
「理不尽だ」
アレというのは前世が男だった事だろうが、それを知った上で胸を触りに来ているくせに何を言っているんだ。
それに俺だって別に本気で触りたいなんて思ってない。ルリみたいなあるのか無いのかも判らないような胸に興味無いし。
「どうせならオリビアさんにしてあげなさいよ。あのボリュームならそうとうだし、きっと喜ぶでしょ」
確かにオリビアの胸は大きく育っているし客観的には非常に魅力的けど、だからって俺がそれに欲情するかはまた別の話だろう。
オリビアが俺に向けている感情は思春期に持て余してる性欲を勘違いしてるだけだし、大恩あるオフィーリアの娘に手を出すなんて以ての外だ。
「愛しているから…」
さっきから黙っていたプラムがポツリと呟く。
「愛とはなんなのですか?」
いきなり難しい質問が来たな。これは哲学みたいになるんだが。
「振り向かない事よ」
「それは若さだ」
当然のように割って入るルリの誤回答を訂正しておく。
「これが若さか」
「きみ、少し黙れ」
ネタにネタを被せるなよ。話が進まないだろ。
流石に空気を読んだのかルリが口を噤むと、俺は気を取り直してプラムと向き合う。プラムの目は相変わらず無機質なままだが、どこか最初の頃とは違う雰囲気を纏いつつあるような気がする。俺の希望的観測かもしれないが。
「ええとですね、愛というのは言葉では説明しづらいものなのです。誰かを大事に思い、その人を護り、役に立ちたいという気持ち、とでも言えば良いでしょうか」
「魔導人形の存在意義である主人を護り、命令を遂行する事と類似するものではないかと推測します」
プラムの返答は、確かに行動だけを見ればそう言えるだろう。だけどそれは表面上のもので、気持ちや自分の意思が込められていないのならただの作業だ。
「魔導人形の責務とは少し違います。役割や立場も無関係ではありませんが、それ以上に自分自身の意思や感情によって生まれるものだと、私は思います」
「意思、感情。どちらも私には存在しません。私に愛は無いという事でしょうか?」
声音は平坦で、瞳に明かりも無く、確かに今のプラムから意志や感情は感じられない。だけれどそれはこれからの可能性を否定する要素にはならない筈だ。
「その結論を出すには早過ぎます。貴女はまだ成長途中なのですから、焦らずにゆっくりと、魔導人形の責務や命令以外に自分がしたいと思う事を探していきなさい。そうすればいつか解かるかもしれません」
「……はい、お姉様」
プラムに自我が芽生える保証は無いけれど、毎日の中で少しずつ変わっていると思う。それがプラスかマイナスかは判らないけど、いつかプラムも自分の意思で行動出来る日が来れば良いと、俺は心から思った。
ああ、こういうクサいのは柄じゃないんだがなぁ。
「それならぁ、お姉さん二人でプラムちゃんに新しい感情教えちゃおうかなぁ」
手をわきわきと動かしていやらしい笑みを浮かべるセクハラウサギ。
大人しくしてると思ったらすぐこれだ。
「プラム、手加減は要りません。教えた通りに全力でやりなさい」
「はい、お姉様」
プラムが硬く握った拳を振り上げる。魔導人形の腕力は人間の比じゃない。まともに喰らえばただでは済まないだろう。
魔導人形とは言え女の子だしな。自衛意識は持っておかないと。
「え、ちょっと待って、それルリさん死んじゃう。なにこのワイヤー、逃げられな―」
鉄 拳 制 裁
いつもより早めに研究室へと返されたプラムは部屋の主であるアナベルがクリスティナと共に帰ると、二人にお茶を淹れた。
「お姉様に教わりましたが、いかがでしょうか?」
「ええ、美味しいです。ありがとう、プラム」
受け取った紅茶を一口飲んだクリスティナは味に満足なようで、それは対面のソファに座るアナベルも同じようだ。
プラムはその様子を暫し眺めてから、唐突に口を開いた。
「今日、お姉様から愛について教わりました。誰かを大事に思い、その人を護り、役に立ちたいという気持ちで、魔導人形の責務とは違うのだと」
「ふへっ、結構踏み込んだ事を言うのね」
アナベルは相変わらずの薄ら笑いを浮かべながら、飲み干したカップを手の中で弄ぶ。
魔導人形に自我を求めず道具と割り切っている彼女にしてみれば、完全自立型は半ば専門外だ。だからプラムに自我が芽生えるか、どのような過程を経るのか、どのような自我を形成するかは全く予想出来ない。専門外ではあるが、研究者として多少の興味はあった。
「ですが解りません。魔導人形の責務や命令以外に自分がしたいと思う事を探すようにも言われましたが、私にはそのようなものはありません。私が自我を持つ事をクリスティナ様のお望みならば、それは果たせない可能性が高いと思われます。であれば主人の命令を遂行出来ない私に、魔導人形としての価値は無いと判断します」
「プラム…」
淡々と無感情に告げるプラムにクリスティナは僅かに目を伏せ、しかしカップを置いて立ち上がると、プラムの前に歩み出た。
そしてくすんだ銀色の髪を柔らかく撫でた。
「私が貴女を創造したのはナタリアさんに憧れてですけど、でも貴女はナタリアさんじゃありません」
「はい、私がお姉様のようになれる確率は限りなく0です」
「でもそれでも良いんです。貴女は貴女になってくれれば」
「私に、なる…」
「ええ」
プラムはクリスティナの言葉を、先程ナタリアに言われた事と合わせて記憶する。
『その結論を出すには早過ぎます。貴女はまだ成長途中なのですから、焦らずにゆっくりと、魔導人形の責務や命令以外に自分がしたいと思う事を探していきなさい。そうすればいつか解かるかもしれません』
『でもそれでも良いんです。貴女は貴女になってくれれば』
魔導人形が自我を形成するメカニズムは未知の部分が多い。だがそれでも、低確率ではあっても、不可能と判断するには早計だったと判断した。
少なくともクリスティナとナタリアが諦めていないのならば、自分はそれに従おう。
「了解しました。クリスティナ様」
プラムはゆったりとした所作で一礼し、主と姉の期待に応える事こそが自分のしたい事であると定義した。
その数分後、研究室は爆炎に包まれた。
「これが若さか」
「きみ、少し黙れ」
「 ∩ ∩
(▼×・) 」
「ッ!」
突っ込んだら負け。
当たり前ですが魔導人形にロボット三原則みたいなのは主が設定しない限り無いです。




