第九十一話 イミテーションシスター② ※イラスト有り
え、俺をお姉さまって呼んだ?
どういう事?
「ふへへっ、驚いてもらえたようね。その娘はクリスティナが創造った魔導人形よ。勿論私も手伝ったけど」
クリスティナが?
それは凄いけど、でもそれでどうして俺をお姉さまって呼ぶんだ?
「その娘の基本設計は貴女を元にしていてね、クリスティナでも創造れる程度に機能を削ったり素材をグレードダウンさせたりしてるけれど、根本的な構造は同じなの」
「ああ、そういう事でしたか」
それならば俺が姉と言えなくもない……のか?
改めて見ると、髪や瞳は俺より少しくすんだ色で、素材の違いがはっきりと判る。だが俺とこの娘の一番の違いは、やはり肌だろう。俺の肌は指や肘などの関節を除けば殆ど継ぎ目が無い。対してこの娘は目の下から下顎にかけて、肌に継ぎ目がある。他にも二の腕や脛にもそれらしき線が走っている。おそらく見えない部分にはもっとあるのだろう。そういったところがオフィーリアとクリスティナの技術差を明確に表している。いや、オフィーリアの技術が高すぎるんだろうけど。
あとメイド服が俺と違い鮮やかなピンクだ。
「という事はもしかして先日差し上げた鋼糸はこの娘に?」
「は、はい。神経糸に使わせていただきました」
「それだけじゃないわ。魔導核を起動させるときには外部から少量の魔力を流す必要があったのだけれど、それにクリスティナと貴女の魔力を混ぜさせてもらったわよ」
起動するときに外部からの魔力が必要と言うのはカセットコンロの火種のようなものだろうか?
けれど俺の魔力って、魔導核の起動に立ち会った覚えは無いんだが。
「私の魔力を混ぜるというのはどうやって」
「ふへっ、これよ」
アナベルが取り出したのは小さな小瓶。中には煌く青い粉末が詰まっていた。その粉末に、俺は見覚えがあった。
「それは、私の魔導核から出る魔力粉ですか?」
「ええ。魔力密度が薄すぎて放置すればいずれ空気に溶けて消えてしまうけれど、こうして密封するか魔晶石に入れれば保存出来るのよ。他にも錬金術で結合させれば魔石になるし、今までこれを活用していなかったなんて、勿体無い事したわね」
魔力粉にそんな使い道があったのか。ゴミとしか思っていなかったけれど、確かにこれは勿体無い。と言っても俺自身は普段は魔力を余らせているくらいなので特に困る事は無かったのだけれど。
「ただね、この娘は起動したばかりだからまだ自我が形成出来ていないのよ」
俺みたいに人間の魂が宿った場合は例外として、半自立型が経験を積む事で自立型に昇華するんだったか。
そう言えばプラムはさっき挨拶したっきりずっと黙ってるな。自我が無いから命令された事意外はしないというわけか。
「あの、それで、ナタリアさんにお願いしたい事があって、ですね…」
「暇な時でいいからこの娘の教育をお願いしたいのよ」
「教育、ですか?」
オウム返しで尋ねてもアナベルはいつも通りの笑みを浮かべるだけ。代わりに説明はクリスティナ自身が引き継いだ。
「その、プラムには早く自我を持って欲しいんですけれど、私もアナベル先生も学校がありますから……それなら同じ魔導人形で、この娘の元になったナタリアさんにお願い出来ればと、思ったんですけど、お仕事に同行させるだけで構いませんから……」
クリスティナは説明しながらも、その声は徐々に小さくなっていく。多分申し訳ないと思ってるんだろうなぁ。
ふむ、幸い今の俺は学校に用事は無い。二年生以上への特別講師の依頼は無いし、もし頼まれるとしても一年生の下期からだろう。だから時間は充分に余っている。
「判りました。私でよろしければお引き受けします」
「あ、ありがとうございます!」
了承すると、クリスティナは深々と頭を下げた。
「まだ起動したてで毎日調整しなきゃいけないから、夜は私が預かっているの。隣の準備室で待機させておくから好きな時に連れて行って、夕方までに帰らせてくれたらいいわ」
「解りました」
さて、それじゃあこの後は特に予定は無いし、寮に連れ帰って仕事の手伝いでもしてもらおうか。
そう思って模倣の妹の方へと振り返ると―
「ナタリアがちっちゃくなったみたいで可愛い。ぐへへへ」
オリビアがプラムを抱き締め、ちょっと人には見せたくない欲望丸出しのやばい顔を晒していた。
お嬢様、その顔は色々とダメだ。
て言うか本人を前にいきなりそっちに興味が移る辺り、やっぱり性欲と恋愛を混同してるんじゃないだろうか。
さっそく何か経験させようと実験棟から寮へプラムを連れ帰ったが、今日の家事は殆ど終わっているので夕飯の支度まで特にする事が無い。宿題があるオリビアを半ば強引に部屋へ押し込んだ後、とりあえず食堂に来たが。
「さて、どうしましょうか」
「ご注文はウサギですか!」
「注文してないから帰れ!」
無言で佇むプラムを見ながら考えていると、呼んでもないのにルリが跳び込んで来た。
「釣れないわねぇ。せっかくナタリアが自分そっくりの幼女を連れ込んでるって噂を聞きつけてきたのに」
「何処で聞いたんだ…聞いたんですか」
危ない。プラムが見ている前でつい男口調で喋ってしまった。
これ学習しないよな?
「はじめまして。私はリューカ・ウラド様付き女中のルリ。よろしく」
「クリスティナ・バーナード様製魔導人形プラムです。よろしくお願いします、ルリ様」
こいつさっきのやり取りを無かったかのように。プラムも普通に挨拶してるし。
「それで、こんな可愛い娘、何処から攫って来たの?」
「私を何だと思ってるんですか」
どこぞのセクハラウサギじゃあるまいし。
俺は呆れつつもプラムを預かった経緯を説明した。
「へぇ、あのリス獣人の女の子がねぇ。でもまさかナタリアに妹が出来るなんて」
「その読み方やめてください」
意味違うからそれ。『タイが曲がっていてよ』とか言わないから。
「それで、何か教えるの?」
「問題はそれなんですよね、今日の仕事は殆ど終わってるし、特に急ぐ事もないから何を教えればいいやら」
「ふーん。プラムちゃんはしてみたい事とかある?」
「クリスティナ様よりお姉様の指示に従うようにと言われております」
「うーん、そうじゃなくてね」
「まだ自我が無いって言ったでしょう。その為に預かったんですから」
とにかく何でもいいからやらせてみるか。
どうせ一朝一夕で出来るわけじゃないんだし、地道な積み重ねが大事だ。
「そうですね。どうせもう少ししたらお嬢様が頭から煙を噴く頃だからおやつでも作って差し入れしますか。二人とも手伝ってください」
「はい、お姉様」
「私も?」
「手伝ってくれたらお土産用に分けてあげますから」
「それは手伝わざるを得ない」
取り敢えずは簡単なパンケーキでいいか。
素直に従うプラムと分け前に釣られたルリを伴って厨房に入る。
ちらりと振り返ればプラムは真っ直ぐに俺を見上げていた。だがその瞳には灯りが無く、見ているようで何も見ていないようだった。
これが本来の魔導人形なのか。この身体も俺の魂が宿ってなかったらこうなっていたと思うと、何だか不思議な感じだ。
プラムがどんな自我を形成するかは判らないし、自我が芽生えない可能性だってある。でももし自我が芽生えるなら、自分が創造られた事を誇れるような娘になって欲しい。
なんて、創造主でもないくせに偉そうだな。
俺は自嘲しながら、パンケーキを作り始めた。




