第九十話 イミテーションシスター①
時はナタリアが目覚める数日前、魔法学校の長期休暇中にまで遡る。
人の寄り付かない裏通りの古めかしい扉を閉め、身分を隠すような長いローブを着込んだ一人の少女と二人の女が店に入る。
店内は魔物の骨や角など、禍々しくも魔力に満ちた品が並んでいる。盗品や違法品を扱う事もあるの裏の店なだけあり質はピンキリで、中にはボッタクリどころか詐欺の域にまで及んでいるものもあった。だが一匹で町一つ滅ぼすような強力な魔物の素材もあり、このような場所に店を構えているのが伊達ではないと思わせられた。
しかし店内を見回した護衛の魔術師は首を横に振り、それを見た少女、クリスティナ・バーナードは残念そうに肩を落とした。
ここの品の中には確かに優秀なものもある。だがそれはクリスティナが求めるものではない。ただ優秀な程度では駄目なのだ。
国内一の魔法学校があるイングラウロの、違法スレスレの裏の店でも、クリスティナが望む物は無かった。ならば最早手に入れるのは不可能なのではないか。
引き止める護衛にも無理を言って着いてきてもらったのに申し訳ないと、クリスティナは身を縮こまらせる。尤も普段大人しいクリスティナが珍しく我侭を言ったので、護衛達は立場としては窘めつつも内心では可能な限り叶えたいと思っていた。
「お客様、何かお探しですか?」
落胆するクリスティナが声の方を向き護衛が即座に割って入る。
歳は三十前後であろうか、この場にそぐわない小奇麗な身なりの男が立っていた。
「失礼、わたくし、プラティボロス商会のアロルドと申します。見たところ何かお探しのご様子。わたくしなら何か力になれるやもと思い、お声を掛けさせていただきました次第でございます」
アロルドという男は貴族から見ても非の打ち所の無い所作で一礼する。それはつまり彼が普段から貴族を相手に商いをしており、尚且つ目の前のクリスティナ達が貴族であると見抜いている事を意味する。
護衛がちらりとクリスティナを見やると、彼女は躊躇いがちに小さく頷いた。
「魔導核を探している。予算はこれくらいで、可能な限り高出力な物はあるか?」
クリスティナに代わって護衛が用件を伝えると、アロルドは『少々お待ちを』と言って一度店の奥へ行き、胡桃に似た形の金属の器を持って戻ってきた。
「ご予算の内でしたらこちらなど如何でしょう?」
アロルドは手にした魔導核の説明を始める。
中核にBランクの魔物の骨を、外殻にウーツ鋼を使用。初期起動には外部から魔力を与える必要があるが、以降の魔力は自己精製が可能。精製量も要求水準に達している。使用者制限のプロテクトは勿論、保護用防護壁に対物理と対魔法を五枚ずつ完備。
その説明に護衛の魔術師とクリスティナが目を見張る。指定した金額は決して安くなかったが、それでもこの性能は高すぎる。
だが信用していいのか。この説明が事実とは限らない。詐欺である可能性は充分にある。だがプラティボロスは表でも多少名の通った商会だ。それならば信用してもいいのではないか。いや、そもそもここで買わなかったとして、今後これ以上のものに出会える可能性があるのか。
クリスティナは暫し思案し、そして決心して頷いた。
「お買い上げありがとうございます」
こうしてクリスティナはアロルドから魔導核を購入したのだった。
実を言えば、バーナード伯爵家の権力と財を使えばより高性能な魔導核を手に入れるのは可能だっただろう。だがクリスティナが魔導核を求めるのは彼女の個人的な趣味の為だ。だから資金は自分の自由に出来る金の中で工面したし、実家が懇意にしている商会も通さなかった。
更に言えば貴族の権力と友情を混同したくなかったので、実家が商会を営んでいるエイミーにも相談しなかった。
彼女なりの貴族としての矜持と友情に対する誠意だった。
だが結果から言えば、彼女は実家や友人に相談するべきだったのかもしれない。
そうすれば少なくともこの、バメルのゴーレム事件で使用された物と同型の魔導核に関わる事は無かったのだから。
「ナタリア、好き」
実験棟の廊下を歩きながらの唐突な告白。
いや、唐突と言うか、ここのところ毎日のようにされている。流石に常時というわけではないけれど、会話の合間に告白を挟んでくる。
「ええ、私もお嬢様の事は好きですよ」
足を止めずにそう返すと、オリビアは拗ねたように唇を尖らせる。
「そういう意味じゃないのに」
その呟きを俺は敢えてスルーする。
オリビアは多感な年頃だ。性にも興味を持ち始めているのはベッド下のコレクションや先日の迫り方を見れば明白だし、恋愛にも憧れを抱いたりするだろう。甘えたい盛りに父を亡くし、将来に関わる大事な時期に母を亡くしたオリビアにはそういった感情を上手く処理出来なかったのかもしれない。だから恋愛への憧れと性欲を拗らせて一番身近な存在である俺に向けてしまったのは何らおかしい事ではない。
でもそれは一時的なものだ。時が経てばいずれ薄れ、思い出に変わるようなものだ。蔑ろにしていいわけじゃないが、だからといって真に受け過ぎてオリビアの人生観を歪めるわけにはいかない。
俺にとってオリビアは恩人から託された大事な娘だ。勿論好意は持っているが、それは恋愛じゃなくて家族に向けるような親愛だ。だからここはオリビアの告白を誤魔化しつつ、心の成長を見守るべきだろう。
女型の人形に欲情するとか既に拗らせ過ぎているような気もするが。
「ねぇ、それで何処に行くの?」
「アナベル先生の研究室です。何か見せたい物があるそうなので」
「ふーん」
そう言ってる間に着いた。扉をノックするとクリスティナが出迎えてくれた。
「ナタリアさん、お待ちしていました」
その顔は何処と無く赤みがさしている気がするのだが、何だろう?
部屋に入ると、奥の席に座るアナベルが意味ありげに笑みを浮かべている。いや、この人の場合はこの表情がデフォルトだわ。
「ふへっ、よく来たわね」
「ごきげんよう、アナベル先生。それで見せたいものとは何なんですか?」
「せっかちね。でもそれは私じゃなくてクリスティナからよ」
「クリスティナさんから?」
言われてクリスティナの方を向くと、彼女は赤かった顔を更に赤くさせ、俯きながらもじもじしている。
「あ、あの、ナタリアさん」
「はい、何でしょう」
「こういうのは、本当はもっと早く言うべきだったんですけど、その、恥ずかしくて。それにナタリアさんも困るんじゃないかと思って……でもその、勇気を出して言いますね」
何だろう?
クリスティナはオリビアの友人だし、俺が機能停止している間も助けてくれたからそれなりに親しくしているつもりだが、そんなに言いづらい事なんだろうか?
「ナタリアさん、その……デキちゃいました……」
……
………
…………
……………は?
「ななななナタリアとクリスが一線越えてた!? 二人で愛を囁きあって熱い夜を過ごした!?!?! 共同作業で愛の結晶まで作ってたああぁぁぁぁぁ!??!?!」
「落ち着いてくださいお嬢様! そんな事実はありません! アナベル先生も腹抱えて笑ってないで説明してください!」
動揺のあまり身悶えしながらドス黒い魔力を立ち上らせるオリビアと部外者のように楽しんでいるアナベルに叫ぶ。
「ふっへっへ。驚かせようとは思ってたけれどこれは予想してなかったわ。あー、お腹痛い」
顔を上げたアナベルは目尻に浮かんだ涙を拭いながら引き攣った腹を擦る。
「まぁ、言い方はあれだったけれどクリスティナの言った事は概ね本当よ。入ってきて挨拶なさい」
アナベルの声を合図に、研究室の奥にある扉が開いた。
現れたそれはゆったりと歩き、俺の目の前で丁寧に頭を下げた。
「魔導人形プラムと申します。はじめまして、お姉様」
俺を小学生くらいまでサイズダウンさせたような人形は、俺に向かってそう言った。
第一章から登場していた奴の名前が漸く判明しました。
活動報告にお知らせがあります。




