第八十七話 同郷の従者
次に訪れたのは冒険者ギルドだ。今回の長期休暇では帰省出来なかったので、ミール宛に手紙と関節痛の薬を届けてもらう為だ。
最初は商業ギルドで依頼しようと思ったのだが、商隊がバメルに出発するのは一週間後なので、それならば多少値が張っても冒険者に依頼した方が早いと思い予定を変更した。
中途半端な時間だからか、ギルド内は職員も冒険者もまばらだった。
「バメルのミール様までですね。承りました」
手紙と薬の入った瓶を受け取った依頼受け付けの職員は掲示する依頼書を作成し始めた。
これで一安心かな。
「んだと! もっぺん言ってみやがれ!」
突然の怒声に思わず目を向けると、依頼の受注受付の前で冒険者達が胸倉を掴み合っていた。
「何度だって言ってやる! お前があそこでちゃんと足止めしておかないから俺が魔法を撃てなかったんだ!」
「碌に援護しねえでこっちにばっか押し付けんな!」
あー、前に出て戦う戦士職と後ろから援護する魔術師職の喧嘩か。
前衛としては後衛にしっかり援護して欲しいし、後衛は安全に詠唱出来るように前衛に敵を食い止めて欲しい。
役割分担がはっきりしているが故に相手に完璧さを求めてしまう気持ちは良く解る。前世でも場所を問わずよくあった。『勝利は味方のお陰。敗北は自分のせい』と謙虚に受け入れられればいいのだけれど、実際なかなかそうはいかないし、彼等の場合はゲームと違って命が懸かっているから尚更だろう。
「けっ、そもそもこの程度の依頼ならてめえのへなちょこ魔法なんざ無くても俺一人で充分だったんだ」
「なんだと!」
おっと、頭に血が上ってるのか、そのへなちょこ魔法の援護を期待してた事実を忘れてるな。
しかしそろそろ止めにしないと周囲の迷惑だし、受付の人も困ってるぞ。
「そんなに言うなら本当にへなちょこか喰らってみやがれ!」
「おう、受けてやろうじゃねえか!」
そう言って魔術師は突き飛ばすように手を離すと杖を構え、戦士も剣の柄に手を掛けた。
おいおい、それは洒落にならないだろ。
関わりたくはなかったが、この距離で見て見ぬ振りをするのも後味が悪い。
面倒だが仲裁するか。
そう思った矢先だった。
「逆巻く風の刃よ」
魔術師は本当に詠唱を始め、戦士も慌てて剣を抜く。
やばいっ!
俺が動くより先に、銀色の閃光が幾つもの孤を描く。
キンと小気味良い音が耳に届くと、二人の着ていた服が細切れになって弾けた。
「うわっ!?」
「な、なんだ!? 急に服が!?」
「きゃああっ」
突然半裸になった男達に受付嬢は悲鳴を上げ、男達は身を隠す場所を探し慌ててその場から立ち去った。
どうやら彼等は今の剣筋が見えなかったらしい。
俺も以前なら見えなかっただろうな。
「またつまらぬ物を斬ってしまった」
そう言ったのはいつの間に近付いていた兎の半獣人の女だった。そして彼女が銀閃と快音の発生源だ。
「こんにゃくは斬れなさそう」
思わず呟くと、女は驚いた顔をして俺を見た。
「あんた、元ネタ判るの?」
“元ネタ”なんて言い方をするのは、その台詞が本来は他で使われたものだと知っていないと出来ない。
「俺は帽子被って距離測るべきだったかと思ってる」
「驚いた。まさか私以外にもこの世界に転生してる人がいるなんて」
「案外他にもいるかもよ?」
少なくとも俺以外にシューマさんという前例がいるんだ。他にいても何ら不思議じゃないだろう。この碧い髪の兎半獣人のように。
女は見たところ年齢は十代後半で、大きな眼帯が右目を隠している。
だがそれ以上に気になったのが、彼女の着ている着物と腰に差した刀だった。
「ねぇ、今から時間ある? 少し話してみたいんだけど」
「せっかく同郷の人間に会えたんだ。時間を取るくらいわけ無いさ」
俺も日本風の出で立ちをしている同郷の女に興味が湧いた。
話を聞きたいと思ったのはお互いだったようだ。
ギルドの一角にある軽食店の席に向かい合って腰を下ろす。
改めて見るが、やっぱり着物だ。という事はこの世界にも日本に似た国があるのだろうか?
「それじゃあまず自己紹介でもしようか。私の名前はルリ。サペリオン王国より東にあるレイバナ国から来た、見ての通り兎の半獣人だよ」
ああ、オフィーリアが生前の授業で独特の文化がある島国だって教えてくれてたな。
それが日本風だとは思いもしなかったけど。
「俺はナタリア。一応この国の生まれ。種族は魔導人形、世間で言うところ魔物だな」
「え、魔物? 魔導人形ってマジ?」
「ほら、腕とか見たら判るだろ?」
これやるのも久しぶりだなぁと思いながら腕の関節を見せると、瑠璃は目を輝かせ始めた。
「うわ、すご。薔薇乙女みたい」
この世界でその例えを他人の口から聞く事になろうとは。
「ねぇ、魔導人形って魔物なのよね?」
「ああ。この身体が完成して知能を構築する直前に転生してしまったらしい。従魔として登録してあるから討伐対象にはならないけど」
「そっか」
ルリは小さく呟き、俺の種族に関しては何も訊いてこなかった。
気を遣わせてしまったか。
「苦労話ばかりも味気無いだろ。楽しい話をしようぜ。さっきの剣筋は凄かったよ」
「ありがと。これでもかなり修行したからねー」
「前世で剣道とかやってた?」
「完全に初心者。いやー、物凄く大変だったわ」
それであの速度と精度か。本人は軽く言ってるけど、こいつの硬そうな手を見れば、それが並ならぬ努力だと言うのは判る。
「レイバナ国から来たって言ってたよな? どういう国なのか知らないんだが、やっぱり日本に似てるのか?」
「似てるね。歴史とかあんまり詳しくないけど、戦国時代か江戸時代くらいみたい」
やっぱり着物や刀がまだ標準的と言えるくらいの文明か。
「魔法があるから思ったより不便じゃないけど」
「あ、それは俺も思った」
「でもふとスマホやネットが恋しくなる時がある」
「それな」
この世界に転生して忙しなくも充実した日々を送って来たつもりだが、前世の習慣はなかなか抜けないものだ。俺の場合はたまの射撃練習なんかでGSTを思い出して発散してるけど。
「ところでメイド服着てるけど、もしかして本職?」
「勿論。炊事に洗濯、掃除は言うまでも無く、魔物の討伐から学校の授業までこなす瀟洒なメイドだ」
「魔物の討伐と学校の授業ってメイドの仕事なの?」
「俺も自分で言ってておかしいと思った」
「でも奇遇じゃん。私も女中してるんだ」
「二人揃って使用人か」
「せっかくの異世界転生でこれって」
異世界転生と言えば勇者や貴族が王道なのだが、大きく外れていた俺達は揃って苦笑した。
俺なんて人類どころか生物でもないしな。人の形してるだけまだマシと言えばマシだけど。
「あ、そう言えば冒険者登録しに来たんだったわ。それにそろそろ戻らないと」
「そうか。それじゃあ俺も帰るとするかな」
俺達は席を立ち、ルリが冒険者登録するの待ってギルドを出た。
寮から始まって校舎、校庭、練習場、実験棟を順に回り、傾いた陽の色が変わりかけた頃に寮まで戻ってきた。
「オリビアさん、今日は案内してくれてありがとうございました」
「これから一緒に生活する仲間じゃない。これくらいなんて事無いわ」
最初と同じように丁寧にお辞儀するリューカさんに、私は少し気圧されかけていた。
そこで出掛けていたナタリアが帰ってきたのが見えた。隣には見た事のない服を着た兎の半獣人の女の人(?)が一緒に歩いている。
「お嬢様、ただいま戻りました」
「リューカ様、冒険者登録、終えて参りました」
ナタリアと兎の半獣人は揃ってそう言うと、互いに不思議そうに顔を見合わせた。
兎の半獣人はリューカさんに言ったみたいだけど、どういう事?
「リューカ様、こちらのナタリアさんとは冒険者ギルドで偶然知り合いまして、魔法学校の寮に住んでいるそうなので帰路をご一緒した次第です」
「そう」
兎半獣人の返答を聞いたリューカさんはナタリアに向き直った。
「初めまして、ルリの主、リューカ・ウラドと申します。よろしくお願いいたします」
「これはご丁寧に。オリビアお嬢様にお仕えしております、魔導人形のメイドでナタリアと申します。こちらこそ主従共々よろしくお願いいたします」
リューカさんとナタリアは互いに丁寧に挨拶する。
「ふふ、まさかそれぞれで知り合っていたなんて、私達って何だか縁がありますね、オリビアさん」
リューカさんはそう言って笑いかけてくれた。
確かに奇遇よね。これから一緒に生活するんだし、仲良くなれるといいな。
「ではお二人の歓迎も兼ねて、今日の夕食は盛大に致しましょうか」
「でしたら私もお手伝いしましょうか?」
「二人の歓迎なのですから、それには及びません。それに久方ぶりに腕を振るいたい気分ですので」
手伝いを申し出たルリさんにナタリアは優しく断って、少し不適に笑った。
ナタリアって料理好きだものね。停止している間ずっと出来なかったから張り切ってるのかも。
「ルリ、今日はナタリアさんに甘えさせていただきましょう」
「はい、リューカ様」
こうして私達四人は一緒に寮へと帰った。
その日の夕食はナタリアの言葉通り、とても盛大なものになった。