第八十五話 名状しがたいシチューのようなもの
見舞いに来たと言うエイミーだったが、用件は勿論それだけじゃなく、参考書売り上げの現状と今後の予定もしっかり話して行った。
下期の新刊発行は俺が原稿を渡していなかったので出来ず仕舞い。利益は安定したもの、予想を下回る結果になったらしい。
「うん、まぁ、事情が事情だから仕方ないけどね。損失はちょっとだし、ナタリアさんは気にしないで」
意訳:大変だったね。でも埋め合わせはしてね(はぁと)
新しい原稿とは別に何か譲歩する必要がありそうだ。
「気にしないでいいって。良かったわね」
オリビアはエイミーの言葉の裏を察していないようで、そのままの意味で受け取っている。本当にそうだったら俺ももっと気楽なんだけどな。
でも利に目敏い姿勢も嫌いじゃないし、だからこそこっちも遠慮無く商談出来る。
さて、埋め合わせには何を提供しようかね。
思い返してみれば毎日働き詰めだった。と言っても馬車馬の如くこき使われていた訳ではないし、オフィーリアに仕えるのもオリビアの世話をするのも楽しかったので何も不満は無い。
なのだが、目覚めた翌日はオリビアに絶対安静を言い付けられた。俺としては早く本来の調子を取り戻したかったのだけれど、散々心配掛けた手前反論出来ず、言われた通りに大人しく過ごす事にした。
今日はメイド服を着てもいないし、こんなに何もしないで過ごすと言うのは転生してから初めてだったんじゃないだろうか。
お陰で読書が捗る捗る。
前の長期休暇で帰省したときにオフィーリアの書斎から持ってきた本―小説や魔導書や図鑑と、ジャンル問わず興味惹かれたものを片端から―を収納空間に入れていたのだが、案外忙しくて今まで殆ど読めていなかったのだ。
読み終えた本を閉じて息を吐く。気が付けば窓の外は赤く染まっている。
腹が減らない魔導人形だから時間を忘れて読書に没頭出来たな。
しかし流石に夕飯の準備は必要だろう。
オリビアはどうしたんだ?
洗濯をすると言って一度部屋に戻ってきてはいたけれど、それからは姿を見ていない。
席を立とうとしたら部屋にノックの音が響いた。
誰だろう?
オリビアが帰ってきたならノックはしないだろうし、特に誰かが訪ねて来る予定も無かった筈だが。
そう思いつつ扉を開け、目の前に現れた人物を見た俺は言葉を失った。
「お嬢様、ご夕飯の準備が整いました」
メイドが居た。
メイド服を着たオリビアが居た。
メイド服を着たオリビアが俺に向かって丁寧に頭を下げた。
「………」
「ナタリア?」
オリビアの黒い瞳に覗き込まれ、漸く頭の処理が再開された。
それでもこの状態が何なのかさっぱり理解出来ないけど。
「あの、お嬢様、一体何をしているのですか?」
「ふふん、よくぞ訊いてくれました。オリビアの復活祝いと日頃の感謝を込めて、今日の夕飯は私が作ったわ。メイド服は気分を盛り上げる為よ」
あら嬉しい。もうその気持ちだけで充分嬉しい。
あと得意げに胸を張るオリビア可愛い。うちのお嬢様可愛い。カメラがあったら写真撮ってオフィーリアの墓前に見せに行くレベル。
「それでお嬢様、そのメイド服は」
「これ? ナタリアのを借りたわよ」
洗濯を買って出たのってもしかしてこの為?
別にいいんだけどね。もし汚したとしても同じメイド服は何着もあるし、錬金術で修繕出来るし。
ただ自分が普段着ている服をオリビアが着ているという事に妙な気恥ずかしさがある。
「サイズは大丈夫でしたか?」
俺のメイド服はオフィーリアがこの身体に合わせて作ってくれていたものだ。オリビアも成長して身長は俺と変わらないが、それでも合わない箇所があるかもしれない。
「胸がほんのちょっと苦しいけど問題無いわ。」
あ、本当に抜かれてるんだ。それなりに自信あったんだけどなぁ。
……悔しくなんて無いよ?
「さぁ、食堂へ行きましょう」
オリビアの先導で食堂に入ると、壁にはささやかながら飾り付けがなされ、エイミーと他に五人ほどの寮生が集まっていた。
「あ、ナタリアさん、本当に目を覚ましたんだ?」
「良かった」
「おめでとう」
寮生達が口々に俺の復帰を祝ってくれる。
今集まってくれているのは寮母さんが休みの日に俺がよく食事を作ってやっていた連中だった。
「ナタリアさんが停止している間、本当に大変だったわ」
「うん、改めて料理してくれる人のありがたみが解ったね」
オリビアが沢山食べるからそのついでで、何も特別な事はしてなかったんだが。費用も材料費を貰う程度だったし。流石に寮内で商売になるくらい利益を上げるのが憚られたというのもあるが。
「じゃあ私は料理を運んでくるわね」
オリビアが厨房の奥に向かい、俺は他に寮生達に席に着く。
「でも本当に目覚めてくれて良かったよ」
「オリビアもずっと元気無かったし」
そうか。俺はオリビアを護れたと思って満足してたけど、残されたオリビアはずっと俺を心配してたんだな。
「勿論私達だって心配してたんだよ?」
「うんうん」
「いや、あんたはナタリアさんの作るご飯が食べられないってだけじゃない」
「ほ、ホントに心配してたし感謝もしてます!」
賑やかなやり取りについ口元が緩んでしまう。
以前はあまり意識してなかったが、皆俺の料理をこんなに喜んでくれてたんだな。
「ま、ここにいる私らだけじゃなく、卒業した先輩やまだ帰省から戻ってない奴もナタリアさんに感謝してるんだ」
「うんうん。だからさ」
「本当に申し訳無くって」
え?
「私達には止められなかったんだ」
何を言ってるんだ?
俺が尋ねる前に、全員が周囲から離れてしまった。
「お待たせー」
困惑していると、オリビアが料理の載った皿を配膳してくれた。
「あ、ありがとうございま―」
本日二度目の絶句。
なんだ、これ。
「オリビア特製シチューよ」
シチュー!?
私には沸き立つ様に泡の爆ぜる異様に粘り気の強い紫色の液体に黒い炭らしきものが浮いているように見えるんですけど!?
「料理なんて初めてだから見た目は悪いかもしれないけど、精一杯気持ちを込めて作ったの」
はにかんだように頬を染めるオリビア。
卑怯だぞ!
こんなの、食うしかないじゃないか!
俺はスプーンを握りシチュー(と言っていいのか?)を掬い、臭いを嗅ぐよりも先に口に放り込んだ。
「う゛っ!」
舌から走った激痛が全身を駆け巡った。吐き出さなかった自分を褒めてやりたい。
何だこれ!
強烈に甘くて苦くて酸っぱくて辛い!
マズイなんてレベルじゃない!
寝ている間に受けた情報処理の痛みに匹敵するぞ!
ちらりと見上げると、オリビアは俺の反応を窺うようにそわそわしながら目を輝かせている。
……ええい、ままよ!
俺は気合を入れ、二口目を口に運んだ。
「なかなかに楽しそうじゃない」
「いや、楽しいと言えば楽しいけどさ」
一面の花畑に腰を下ろして今までの事を話すと、わざわざこんな所まで出向いて来たその人は愉快そうに笑った。
「それで、オリビアとはどうなの?」
「どうって、この間の件でかなり迷惑掛けたからけど、それでも嫌われてはないと思う。主従としてそれなりに仲は良い方じゃないかな?」
「主従って、それだけ?」
「? 他に何があるんだ? 家族とか?」
「貴女ねぇ……」
彼女は眉間を抑えて溜息を吐くが、何故そんな反応をされるのかが判らない。この身体はオリビアに仕える為に創造られたのだから、俺がその通りにしているのは彼女の意に添っている筈なんだが。
「まぁいいわ。私が出しゃばるような事でもないし、後はオリビア自身の問題だわ」
「どういう意味?」
「それよりそろそろ帰らないと手遅れになるわよ?」
「え、手遅れ!?」
「ほら、今まで薄かった姿がはっきりしてきたでしょう? 現れきってしまえば完全に死んでしまうわ」
彼女の言う通り、ここに来た時の俺の姿は輪郭も曖昧だったのに、今では後ろが薄く透けている程度だ。
「ど、どうすればいいんだ!?」
「安心なさい。ちゃんと送り返してあげるから」
そう言うと彼女は立ち上がり、ゆったりとした所作で片手を挙げた。
「天高く轟け、神の雷鳴」
「え、何を」
「地へと示せ、神の威を」
「ちょ、待って」
「神罰の雷」
「ぎゃあああああぁぁぁっ!!」
オフィーリアの放った上位雷魔法は俺をあの世への入口から現世へと叩き落した。
「………ア!……タ…ア! ナタリア!」
「はっ!?」
オリビアの声に呼び起こされ、俺は正気に戻った。
あれ?
さっきまで死んだ筈のオフィーリアと話してたような気がするんだが、夢だったのか?
まるで臨死体験のようだ。
「驚いたわ。料理食べたと思ったら急に止まっちゃうんだもの」
そうか、オリビアの作ってくれた料理を食べてる途中だった。
「すみません、お嬢様」
「ううん、気にしないで。それよりまだ本調子じゃないならちゃんと食べて元気にならなきゃね。まだ沢山あるから遠慮しないで」
オリビアは無邪気な笑みでフォークに突き刺した炭の塊を口元へと向けて来る。
なんか視界の隅で寮生達が肩を寄せ合い、ある者は涙を浮かべ、またある者は頭を抱えて震え、またまたある者は目を伏せて首を横に振っている。
うん、わかってるさ。
その後、俺はガーデランド親子の間を何度か往復した。
殺されるかと思いました。
どっちにかって?
両方にだよ。
途中から口の中に収納空間を開き、そこに流し込む事で食べたフリをして誤魔化した。
ごめん、オリビア。
でもこれを完食しようとしたらマジで死ぬと思うんだ。
オリビアの料理
何の食材をどう料理したらこうなるのか皆目見当も着かない、見ただけで言いようの無い不安に駆られ、食べれば身体だけでなく魂にもダメージを受ける代物。
SANチェックです。
こういう話を書いてるので誤解されがちですが、作者は別にメイドフェチと言うわけではありません。
胸元は開けない、スカートの丈は膝より下という拘りがあるだけです。




