第八十二話 リ・エンカウンター⑦
魔力粉の除去は大変な作業だった。いくらナタリアの身体が頑丈でも、魔導核とその周辺は文字通りの意味で心臓部だ。多少の傷は自己修復機能で直るらしいけど、場所が場所だけに下手な事は出来ない。
それも今みたいに起動しない原因がはっきりと判らない状態だと、何がどう作用するか判らないから細心の注意が必要だった。
けど、それでも私はやり遂げた。かなり時間が掛かったけど、不器用な私にしてはよくやったと思う。
それからどれだけ時間が経っただろうか。既に太陽は昇り、街中が一日の仕度を整えている頃だ。
だけどナタリアは目覚めない。
ならまだ何か他に原因がある筈。それを探さないと。
「ふぅん、このままいても仕方ないわね。貴女達は登校なさい。徹夜だし、休むのなら私から連絡しておくけど」
なのにアナベル先生は私達に学校に行けと言う。そんなの出来るわけない。
「先生、ナタリアはまだ目覚めてないんですよ! それなのに、学校なんて行ってる場合じゃありません!」
「落ち着きなさい」
「落ち着いてなんていられません! 魔力粉は無くなったのに、ナタリアは目を覚まさないじゃないですか! 他に何か原因が……そうだ! 魔導核自体がダメなのかも!」
焦る私の頭に浮かんだのは、魔力粉の奥にあったナタリアの心臓そのものである魔導核だ。周囲の魔力粉は取り除いたけど、魔導核自体には手を着けていない。もし魔導核が壊れていて魔力を精製出来ないのなら、ナタリアが目覚めないのも当然だ。
「それは無いわね。ナタリアの魔導核は正常よ」
なのにアナベル先生は私の意見をあっさりと否定した。
「ナタリアの胸の扉の中を見てみなさい。魔導核が魔力を生み出す光が見える筈よ。それに肩の傷も自動修復が始まっているわ。魔力の循環が正常に行われている証拠ね」
アナベル先生の言う通り、ナタリアの胸の奥には青い光が小さく燈っていた。私を庇って出来た肩の傷も、よく見れば少しずつ塞がり始めている。
でもそれならどうして目を覚まさないのか。
専門家ではない私にはどうすればいいのかさっぱり判らない。
「オリビア、これ以上貴女に出来る事は無いわ。後は私に任せて、学生は学生らしく勉強してきなさい」
「でもっ!!」
「もう一度言うわよ。これ以上貴女に出来る事は無い」
言葉に詰まった。
アナベル先生の言う通り。さっき自分でも思った事だ。私は魔導人形どころか普段使ってる魔道具すらよく解らない。そんな私がここにいても、出来る事なんて、本当に何も無い。
心配だから傍に居たい。
そんなのただのワガママだ。
「解りました…一度寮に帰ってから登校します」
「ええ、そうなさい。ナタリアに関してはもう少し調べてみるわ」
「お願いします」
私は深く頭を下げて部屋を出た。
でもどうしたらいいのか、どうすればいいのか解らない。
先生にはああ言ったけど、今授業を受けても(いつも以上に)頭に入らない自信がある。
「あ、あのっ、オリビアさん!」
足を止めて振り返ると、クリスが小走りで追い付いてきた。
そうだ、クリスもナタリアの修理に一晩付き合ってくれたんだ。
「クリス、今日はありがとう。泊まりにさせちゃって、怒られたりとかしない?」
「いえ、ナタリアさんには私もお世話になってますし、オリビアさんも私にとって大事なお友達ですから、これくらいは当然です。それに昨日は元から泊まりでアナベル先生に教わるつもりでしたから」
冷静になって考えたら、いくら身分関係無しの魔法学校生徒でも伯爵家の女の子が外泊って色々マズイんだろうけど、この時はナタリアの事で頭がいっぱいで気付かなかった。
「あの、元気出してくださいね。オリビアさんが落ち込んでいたら、きっとナタリアさんも悲しむと思いますから」
「……うん、そうよね」
クリスの言う通りだ。
ナタリアはいつも私を第一に考えてくれる。私が落ち込んでたら、ナタリアは凄く心配する筈だ。
「ありがとう、クリス。大丈夫よ。私もナタリアを悲しませたくないもの」
まだ目を覚まさない好きな人と気を遣ってくれた友達を心配させないように笑顔で応える。
でも頭では解っていても、上手く笑えてる自信はこれぽっちも無かった。
オリビアとクリスが退室した後、アナベルは横たわるナタリアを覗き込んだ。
先程言った通り、魔導核は正常に動き、魔力を生み出している。
胸の扉の中に指を入れると、奥に行き当たる前に止まった。魔導核を守る結界が展開されたのだ。
この結界を破るには、製作者であるオフィーリアと同等の技量が必要だろう。つまりアナベルはもとより、世界中の人類、魔物の大半が不可能だ。
ならば魔導核は本当に無傷なのだろう。
「となれば考えられる原因は魂の方なのだけれど、そちらはあまり得意ではないのよね…」
アナベルにとって魔導人形は自分が専門とする魔道具と錬金術の延長でしかなく、あくまで便利な道具という認識だった。故に彼女が扱う魔導人形はフィジカル面を重視した機構の、命令に忠実な半自立型のみ。自我を持ち勝手に動く自立型、ましてやそこに宿った魂など、専門外もいいところだった。
「とは言え、何もしないわけにもいかないしねぇ」
アナベルは深く椅子に座り込み、机の上にある設計図を手に取った。
紙を捲り、やたら余白の多い一枚で手を止める。
記されているのはナタリアの機構の然程重要ではない部分に関してだが、問題はそこではない。
アナベルが手を翳し、微弱な魔力を流すると、何も掛かれていなかった余白に文章が浮かび上がった。
最初に設計図を受け取ったときにその仕掛けに気付き、思わず声を上げそうになった。こうして落ち着き、再度見直してみても、その文章は変わらない。
極微小な魔力に反応して浮かび上がる文字は、当時はまだ子供だったアナベルにオフィーリアが緻密な魔力制御を習得させる為に取った手段だった。それ以来は二人の間で秘密の暗号のように使われており、設計図の不自然な余白に気付いたアナベルが試したところ、案の定オフィーリアからのメッセージが隠されていたのだった。
アナベルへ。
もしオリビアがナタリアの事で貴女を頼ってきたら、出来るだけで良いから力になってあげて頂戴。報酬はこの設計図の技術全て。勝手なお願いだけど、頼んだわよ。
貴女の師より
設計図を机の上に置き、アナベルは溜息を吐いた。
「敵わない、なんて気持ちはとっくに通り過ぎてるんですよ、師匠。準備良すぎでしょう」
今は亡き師に向けて呟くアナベルの目の前で、文字が蒸発するように消えていく。魔力を通し直せばまた現れるだろうがその必要は無い。
「こんな技術を見せられたら、弟子としては頑張るしかないじゃないですか、ふへへっ」
アナベルは奮起するように立ち上がり、再度ナタリアの身体を調べ始めるのだった。
最後の授業が終わると、私はすぐにアナベル先生の研究室へと走った。
「先生! ナタリアは!?」
扉を開けて中に飛び込む。
もしかしたらナタリアが目を覚ましているかもしれない。そんな希望はあっさりと崩れた。
アナベル先生が分厚い本と設計図を交互に見比べてるけど、ナタリアが横たわったままなら、変わってないも同然だ。
「アナベル先生?」
それでもと思ってもう一度尋ねる。
けれど本から顔を上げた先生は目を伏せて首を横に振った。
落胆しなかったと言えば嘘になる。
でも頭の何処かでそんな可能性もあるって考えていた。
だから私は冷静でいられたんだと思う。
「ナタリアは身体の材料から機構から、一般的な魔導人形の常識が当てはまらないのよ。だからこの状態も何か特殊な要因があるのだと思うわ」
アナベル先生は本から顔を上げずにそう言った。
特殊な要因というのが何か、私にはさっぱり判らない。
そもそも普通の魔導人形の知識すら無い私には、特殊と特殊でないものの区別すら着かない。
私は本当にナタリアの主人失格だ。
でも落ち込んでる暇は無い。
せめて今出来る事をしないと。
それから私はアナベル先生の許可を貰い、研究室にある魔道具や錬金術の本を片っ端から読み始めた。




