第八十一話 リ・エンカウンター⑥
もう時間は深夜になる。
アナベル先生は設計図を読みながら、ナタリアの身体に異常が無いかチェックしている。
取り外されたナタリアの両手両足はクリスが診てくれている。胴体や頭に比べて重要な部分ではないらしいから私でも手伝えるかもと思ったけど、開かれた中身を見て断念した。とても私が手を出せるものじゃない。
「アナベル先生、手足のチェックは終わりました。表面の細かい傷以外に異常はありません」
「そう。こっちも特に無いわね。となれば後は魔導核くらいかしらね」
魔導核は魔導人形の心臓とも言える、一番重要なパーツだ。
「ええと、胸部メンテナンス用扉を開けるには……これはナタリア自身か主人でないと開けないわね。オリビア、来て頂戴」
「はいっ!」
今まで見ているだけだったけど、やっと私にも出来る事がある。
嬉しくてつい大きな声が出てしまった。
「ナタリアの胸の間に手を添えて。そして開くように念じて」
アナベル先生の言う通り、ナタリアの肌に触れると魔法陣が浮かび上がった。開くようにイメージすると、魔法陣は弾け、それまで無かった筈の場所に拳ほどの扉が開いた。同時に青い粉が噴き出す。
中を覗き込むと、青い粉がびっしりと塊になって詰まっていた。
「これがナタリアの魔導核なんですか?」
「いいえ、設計図によると魔導核が稼動するにあたって密度の低い魔力が粉状に精製されるらしいわ。月に一度程度の頻度で掃除が必要らしいけれど」
アナベル先生に目線を向けられ、私は首を横に振る。
私はナタリアにこんな事をするように頼まれた事は無い。
「そう。まぁ、ナタリアの事だから、自分でしていたのでしょう」
私は……なんてダメなんだ。
ナタリアが好きだなんて言っておきながら、そのナタリアの事を全く理解していなかった。
いつも助けられて、お世話されて。なのに主人としての役割を全く果たせていない。
「あの、アナベル先生、それではこの量は今までのがずっと蓄積していたわけではないのですよね?」
沈んでいた私を、クリスの言葉が引き上げる。
そうだ。反省は後だ。今はナタリアを助けなきゃ。
「そうね。おそらく結界の為に魔導核を普段以上に稼動させた結果、余剰の魔力粉が大量発生し、それが詰まって全身への魔力循環を妨げているようね。魔力粉を取り除けば再起動するかもしれないわ」
そうと判ればやる事は決ってる!
「先生、これは私にやらせてください!」
今までは素人の私が手を出しても足手纏いになるだけだった。
でもこれなら、私でも出来る!
ううん、このくらいは私がしなきゃいけない!
「魔導核はとてもデリケートな部分だから、慎重に丁寧にね」
「はい!」
私は今までに無いくらい神経を集中し、塊になった魔力の粉にブラシを当てたのだった。
目が覚めると、辺り一面真っ白だった。
いや、目が覚めると、という表現は相応しくない。何故なら目を開いたという感覚が無いのだ。
ならばこれは夢かと言うと、断言するには意識が鮮明すぎる。
一体俺はどうしたのか。
もしかしてまた死んだのか?
ならオリビアはちゃんと逃げたのだろうか?
「気になるかね?」
うわっ!?
「やあ、先日はどうも。改めて、我は魔族、名はフルートだ」
突然現れたそいつは、樹海でラッカスに召喚されていた魔族だった。
「ああ、そう身構えなくていい。敵対する意思は無い」
フルートはそう言うが、信用なんて出来るわけが無い。
「いや、本心だとも。むしろ君達には感謝しているくらいだ」
もしかして、心を読まれてるのか?
「ここは君の精神世界だ。そして魔族は半分が精神体。故にこうして直接干渉出来るのさ」
じゃあお前はお迎えか。
「いやいや、君はまだ生きているよ」
そうなのか?
「うむ。完全な人の魂を宿した魔導人形は珍しいので、その水先案内人になるのも吝かでは無いがね」
俺が人間の魂を宿した魔導人形だって判るのか?
「おいおい、魔族との契約で最も一般的な代価が魂だぞ。つまり我々は魂の専門家だ」
魔族との契約自体が一般的じゃないだろと突っ込むのは無粋だろうか。
にしても精神世界か……周囲を見回してみたが、解るのはフルートの姿だけだ。
「どうかしたかい?」
この身体に俺以外の、魔導人形本来の意思が宿ってるんじゃないかと思って。
「身体が自我を確立する前に君の魂が宿ったなら、その時点で他に自我が芽生える余地は無い。私が見たところ、君以外の意思は存在しないよ」
そうか。あれは俺の取り越し苦労だったようだ。
それはさておき、俺はまだ生きてるっていうのは本当なのか?
「ああ。本当だとも」
じゃあこの状態は何なんだ?
「君の人形の身体は人間の魂では処理しきれない程に高性能だ。徐々に慣らせばいずれ制御下に置けるかもしれないが、いきなり全性能、知覚能力を受け止めればあまりの情報量に魂が耐えられず崩壊するだろう。それを防ぐ為に、魂の処理能力に応じて段階的に制御装置が設けられている。もっとも、これは後付のようだがね」
魂を守る為、後付の制御装置……
ゴーレムと戦った後に内部構造を弄ったって言ってたのはこれか。
そうか、俺はまだ護られてたんだな。
ありがとう、ご主人様。
「だが君が自分の意思で魔導核の魔力精製速度を上げた事で制御装置による現段階の上限に抵触し、君の意思と制御装置で身体に対する指示が衝突。結果、魔導核が緊急停止。更に矛盾した状態で稼動した魔導核には通常以上の魔力粉が発生し、それが詰まり再起動が阻害されている状態だ。ついでに言えば、全魔力を結界につぎ込んだせいで身体は完全な魔力切れ状態だな」
つまり俺が自分の身体を理解しきれていなかったのと後先考えずに結界に魔力を込めすぎたのが原因というわけか。
我ながら嫌になるな。
「まぁ、コメットウルフのネビュラブレスはまともに喰らえばそれこそ君も君の主人も無事では済まなかっただろうし、最善とは行かなくてもあの状況では仕方無かろう。ちなみに魔力粉の方は君の大事なお嬢様が必死に除去作業に勤しんでくれているよ」
オリビアが?
オリビアは無事なのか?
「ああ、君は完璧に彼女を護った。誇り給え」
そうか。無事ならよかった。
それで、その除去作業が終われば俺は目が覚めるのか?
「いや、そうとも言い切れない。君が魔導核を強引に高速稼動させたせいで制御装置による制限が幾つか外れてしまった。そのせいで全身への魔力循環が始まれば今まで以上の情報量が君を襲うだろう。それを人間の魂がいきなり受け止めると、それこそ魂が死ぬぞ」
オフィーリアが俺の為に作ってくれていた制限を俺が壊したせいで今度は俺の命の危機か。
自業自得過ぎて遣る瀬無いな。
それで俺はどうすればいいんだ?
「おや、魔族に助言を求めるのかい? なら相応の対価を頂くが」
………
「冗談だ。言ったろう。君達には感謝していると。実はあのラッカスという男、代償を後払いで魔族に契約を強制させる魔道具を使っていてね」
強制契約か。
それは酷いな。
「いやはや、あんなものが作られるなんて想定外もいいところだ。だが君を自分で痛め付けるのに固執したせいで正規契約を結び、しかも要求の内容が不明瞭ときた。君の魔道具を警戒していたからそれに対応出来る身体能力を与えたが、それだけで充分強くなったと勘違いしているのは実に滑稽だったよ。あんなのオーガより少し上程度でしかないのに」
ああ、確かに俺も一対一なら時間は掛かるけど勝てる相手だったと思うわ。
「お陰で多少溜飲は下がったし、魔道具の束縛から解放される契機を得た。だからその御礼として、君の再起動に手を貸そうと思った次第さ」
……そうか。
「ああ、ちなみにラッカスはコメットウルフに食い殺されたぞ。我が直接手を下せなかったのは残念だが、クズに相応しい無様な末路だったよ」
そいつはざまぁ。
全くもってざまぁ。
実に実にざまぁ。
「同感だ。断末魔を上げる暇すら無かったのは物足りなかったがね」
そこまでは賛同しかねる。
加虐趣味は無いんで。
「それは残念」
話を戻すけど、俺はどうすればいいんだ?
「うむ、先程も言ったが、君のお嬢様が魔力粉を取り除いてくれている。いずれ全身に魔力が通い始めるだろう。そうなったときにこれまで以上の知覚情報が押し寄せる」
その知覚情報は人間の魂が耐えられないほどなんだよな?
「突然受ければな。だからまずは耐えられる程度に我が抑え、少しずつ慣らす。そして全ての知覚情報に耐えられるほどになれば、後は自然と目覚める事が出来るだろう」
解った。
正直、お前の事は敵だと思ってたけど、それでもお前が契約に忠実な魔族だって言うなら信用する。
「魔族の誇りに懸けて、君の再起動に手を貸すと誓おう」
判った。
頼む。
「うむ。と、言っている間に魔力粉の除去は終わったようだ」
よし、気合入れろよ、俺。
オリビアを待たせるわけにはいかないんだからな。
「来るぞ」
――ッ!
あああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!
何だこれ!
痛い!
あ、頭が割れるぅっ!
「思考する部分なので頭と認識しているようだが、それは間違いだ。それは魂の感じている痛みだよ」
冷静に分析してる場合か!
少しずつ慣らすんじゃなかったのかよ!
「いや、これでもかなり抑えているぞ。それだけこの魔導人形の性能が凄まじいという事だな」
ああああああぁぁぁぁっ!
ぅぅううううう!
あああああぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ!
「うむ、いい絶叫だ。実に心地良い」
て、てめぇ楽しんでるだろ!
覚えてやがれ!
「おっと、調整を間違えた」
ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「頑張り給え、魂が砕けぬようにね」




