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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第八十話 リ・エンカウンター⑤

これは『お姫様抱っこ』なのか『お姫様が抱っこ』なのか

 樹海を駆け抜け、人のまばらな門に駆け込む。本当なら手続き待ちの列に並ばなきゃいけないけど、緊急時は例外も認められる。


「怪我人です! 通してください!」


 入口を潜ると同時に叫ぶと、並んでいた人達がこちらを向き、列を空けてくれた。

 小さく頭を下げながら受付担当の守衛さんの前に立ち、魔法学校の学生証を見せる。


「あの、樹海の中で盗賊と魔物に襲われて、私を庇って怪我したんです」


「まずは落ち着いて。その女性は…あの魔導人形の娘か。わかった、通そう」


 学生証とナタリアの様子を確認した守衛さんが手で指示すると、別の守衛さんが扉を開けてくれた。


「ありがとうございました!」


 守衛さんと順番を譲ってくれた人達にお礼を言って、すぐに扉から出て行った。


「怪我人なら誰か先導して…行っちまった」


「あの娘、人一人抱えて汗一つかいてなかったな」


「最近の魔法学校の生徒ってあんななの?」


 街に入って、一直線に魔法学校を目指そうとしたけど、一番混む時間ではなくても大都市の人通りは大きい。さっきみたいに大声を出して避けてもらうのにも限界がある。

 なら、出来る方法は限られてる。


「神風二式!」


 移動用魔闘術を発動させ、一気に屋根の上までジャンプする。

 二式は一式に比べてスピードは出ないけど、代わりに細かい制御がし易くて持続力がある。これなら足場の悪い屋根の上でも素早く移動出来る。


 屋根から屋根へと飛び移り、学校への最短距離を進むと、魔法学校まではあっと言う間だった。

 校庭に着地し、そのまま実験棟へと走った。

 そして目的地であるアナベル先生の研究室へと到着した。


「先生! アナベル先生! いませんか!?」


 力一杯声を張り上げると、数秒置いて扉が開き、目当ての人物が顔を出した。


「そんな大声出さなくても聞こえるわよ。どうしたの?」


「あのっ、ナタリアが私を庇って、目を覚まさなくって!」


 冷静に説明しなきゃいけない。そう頭では解っていても、口から出る言葉は纏まってくれない。


「へぇ。これはただ事じゃ無さそうね。入りなさい」


 でもアナベル先生は私が抱えたナタリアを見て、状況を理解してくれたみたい。

 中に入ると、そこにはクリスがいた。クリスは私達を見て喉を詰まらせたみたいに短い悲鳴を上げそうになった。

 アナベル先生の研究室はお母様の部屋と同じくらい本や研究機材で溢れていた。けれど整理整頓されていたお母様の部屋とは違って、ここは雑に置かれているせいでより手狭に思える。


「ナタリアはそこのソファーに寝かせて頂戴」


 アナベル先生に言われた通り、散らかった部屋の中で無理矢理場所を空けたようなソファーにナタリアを下ろした。


「オリビアさん、一体何があったんですか?」


 口元を押さえて不安そうに尋ねるクリスに、私自身も心を落ち着けながら、あった事を説明した。


「ふぅん、肩に抉られたような焼け跡があるけれど、これは機能停止するようなものじゃないわ。原因は他にあるわね」


 ソファーの前に屈んだアナベル先生がナタリアの全身を調べながらそう言った。


「でも外観だけじゃあ原因を探るのにも限界があるわね。詳しい内部構造でも判れば別なんだけど」


 内部構造……そうだ!


「ちょっと待っててください!」


 私は研究室を飛び出し、寮の部屋に大事に仕舞ってあった書類の束を掴んで研究室へと戻った。


「アナベル先生! これを!」


 差し出した書類を受け取ったアナベル先生が表情を変えず私を見る。


「オリビア、これは」


「お母様から受け継いだ、ナタリアの設計図です」


 この設計図なら、ナタリアの内部構造も詳しく判る筈だ。


「ふへっ、いいの? 人形術師にとって、自分の人形の設計図は技術の集大成よ。それを他人に見せるのは、技術を盗んでくれと言っているようなものよ。いくら私が貴女の母親の弟子でも、容易く見せるべきではないわ」


 自分だけの技術というのが強みだというのも、それを他人に盗まれる危険性も解ってるつもりだ。

 何よりこれはお母様から託された、形見と言ってもいい物だ。

 でも――


「先生が望むなら、設計図に載っている技術は全て差し上げます」


「本当にいいのね?」


「ナタリアを助ける方が大事です」


 私じゃあこの設計図に書いている事の半分も解らない。ナタリアを助ける為には、これを理解出来る人に預けるしかない。

 それなら、迷う事なんて無い。


「解ったわ。でも先に言っておくけど、助けられる保証は無いわよ。クリス、道具を用意して頂戴」


「は、はいっ」


 そう言ってアナベル先生は設計図を読み進め、クリスは修理に必要な道具を揃え始めた。







 オリビアがナタリアを抱えて走り去った数時間後、日が森の木々の陰に隠れ始めた頃、地に倒れ伏していたラッカスが動いた。


「うぅ、畜生…」


 常人であれば死んでいる筈の猛攻だったが、魔族によって強化された肉体はしぶとくも命を繋ぎ止めていた。


「許さねぇ…あいつら、次に会ったら…」


 ラッカスは恨み言を零し、土を舐める煩わしさに耐えかねてまだ痛みの残る身体を押して立ち上がる。

 とにかく街へ戻り傷を癒そう。そう思った彼の前に影が落ち、見上げると鹿角の悪魔が立っていた。


「やぁ、ずいぶん手酷くやられたね」


「…ちっ」


 見ていたのに助けようともしない悪魔に、ラッカスは苛立ちを募らせた。

 だが、この悪魔がまだ居るならと思い直す。


「おい、契約だ」


 悪魔と続けて契約出来るなら、まだ復讐を遂げる算段はある。


「それは構わないが、ここにはお前しか居ないから、代償は自分の魂でいいのか?」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ。そんなもん後だ、後」


「ほう、どうやって? 悪魔への生贄は先払いが鉄則だぞ」


 言われ、ラッカスは懐に手を入れる。だがそこにある筈の物は無く、指先に触れた小さな破片の正体に思い至り、血の気が引いた。

 考えてみれば当然の事で、体中を滅多打ちにされたのに、懐に入れていた『順延の水晶球』が無事であるわけがない。


「勘違いしてもらっては困る。あの水晶があったから、我は理不尽な要求にも従った。だがそれが無ければ、代価を支払えぬ貴様には何の価値も無い」


「う、うるせぇ! だいたいてめぇが役立たずだからこうなったんだろうが! あれだけ生贄をくれてやったのに女に負けるような―」


「図に乗るな、下郎」


 息巻いて吠えていたラッカスを、フルートの底冷えするような声が一瞬で黙らせた。


「あのような安い魂をかき集めたところでどれほどになる。魔族と契約したければ身内一人くらい差し出すべきと知れ」


 魔族への生贄の価値は幾つかの要素によってまる。

 まずはその生贄の魂の美しさ。その者の身体能力、魔法技術、社会影響力などから判断される強さと精神の清らかさから判断される。

 次に契約者との関係。契約者と親しい者ほど生贄として価値が高く、敵対者やどうでもいい者の魂など、生贄としての価値は低い、もしくは皆無に等しい。

 そして生贄の生死。契約者自らが手を汚し、命を奪う事で更に価値が高まる。魔族の目の前で行えば尚良い。


 以上の事から判る通り、生贄の価値は魔族ではなく契約者によるところが大きい。言うなれば代価とは契約者との関係と覚悟だ。親しい者を自らの手で殺めてでも叶えようとするからこそ、魔族は生贄に価値を見出す。


 だが男達は特に名を知られているわけでもないならず者の集まりであり、ラッカスにとって元から使い捨てるつもりで、直接手を下したわけでもない。故に彼等には二束三文以下の価値しかなかった。

 フルートがその事を忠告しなかったのは、彼女にとってラッカスがその程度の相手であったからだ。


「だが我は代価相応の力を与えた。それでなお敗北したのは貴様の見立て以上にあの少女が強かったからだ」


 フルートがラッカスに与えた力は、あの場で得た男達の魂の価値相応ではあったが、それで勝てると、その程度の相手だと踏んだラッカスの判断ミスだろう。


「そもそも人が真摯に代価を捧げるからこそ、我々魔族は酬いるのだ。貴様のような契約の重みも解せぬ下郎が魔族と取引など千年早い」


「お、俺はお前の契約者だぞ!」


「契約は既に果たした。お前と我は既に無関係だ。そして代価も魔道具も無い貴様と再び契約する道理も義理も無い」


 契約を軽んじ、対価を無理矢理後回しにする不誠実な魔道具は魔族にとって、己の存在意義を否定されるに等しい。

 それを抜きにしても、この男は良い契約者ではなかった。魔族を道具のように扱い、気に入らなければ喚き散らすような小者など、獣程度の知能しかない下級魔族の下位種でもお断りだ。


「では、ここからは我の私用だ。これまでの鬱憤、存分に晴らさせてもらうとしよう」


「ひっ!」


「貴様のした行為は魔族にとって最大の侮辱だ。その罪、死程度で贖えると思うなよ」


 ラッカスが短い悲鳴を漏らし、フルートの黒い眼球が紅く光った。

 そしてラッカスは黄金色に掻き消された。

 喉笛を食い千切られたラッカスは断末魔を上げる事すら出来ず、四肢も(はらわた)も頭も無残に引き裂かれ、咀嚼された。


「おいおい、それは私の楽しみだったんだがね」


 フルートは唐突な乱入者、いや、帰還者に肩を竦めた。

 彼女の獲物を横取りしたコメットウルフは大きな音を立てて嚥下すると、血塗れの口を開いて、搾り出すように唸った。


「ゥ、アッ…ォ、ゴ…メ…ンン」


 フルートは一瞬目を丸くして呆けたが、すぐに気を取り直して笑った。


「ほう、今日は珍しい物を良く見る日だな。これは気分が良い」


 そう言ってフルートはさっきまで居た男の事など忘れたかのように、上機嫌で姿を消したのだった。


 星が瞬き始めた樹海の中、コメットウルフの遠吠えが響き渡った。

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