第七十九話 リ・エンカウンター④
下着姿や全裸のような高露出度のまま戦うのって、羞恥心より戦闘や目的遂行を優先する必死さや割り切りが感じられていいですよね。
そこにいやらしい気持ちは全くありません。
本当なんです! 信じてください!
途端、メテオウルフの押さえつける力が弱くなった。
いや、違う。俺の力が強くなったんだ。
これが本来の俺の、魔導人形“ナタリア”の力。
見た目五百キロはありそうなコメットウルフを、俺のか細い腕が僅かにだが押し返し始めている。
「こ、のおぉっ!」
開いた隙間に脚を捻じ込み、力一杯蹴り飛ばす。
巨体がよろけ、しかしすぐさま金の目で睨み付けてくる。
俺の体勢が整う前に、今度はラッカスが襲い掛かってきた。
飛び込むように脇を擦り抜けて横薙ぎの剣を躱すと、木がメキメキと悲鳴を上げて倒れた。
即座に身を起こすと、既にラッカスは次の一撃を振り被っていた。
両腕に出した魔力刃と剣のぶつかり合う甲高い音が響き渡る。
だがこれで終わりじゃない。距離を問わず、手数にはそれなりに自信があるんだ。
勢いに任せて、足を大きく振り上げる。
ただの蹴りじゃ弱いが、そこに魔力刃を出すとなれば話は違う。
「喰らえ」
足から魔力刃を出したらブーツが破れる!
って、思うじゃん?
今履いてるのは帰省中にミールに作ってもらった紫鋼の具足だ。紫鋼の篭手と同様、俺の神経糸と同じ素材で出来た具足は魔力のロスも無く、高精度の魔力刃を形成した。
「ぐぅっ!」
感覚は鈍かったが、魔力刃は確かにラッカスの身体を斬り裂いた。
いける!
今の俺の魔力刃なら、こいつを斬れる!
それに―
「畜生があぁ!」
人並外れた膂力で誤魔化されているが、こいつの剣の腕はミールやダニーには遠く及ばない。前に戦った犬の獣人よりも更に下なくらいだ。
俺もあまり人の事は言えないが、それでもこいつよりはマシだろう。
一撃の威力こそオーガ以上だが、冷静に対処すれば避けるのは容易い。
そう思った瞬間、背後から嫌な気配を感じ、即座にその場を離脱した。
直後に俺が居た場所を無数の光弾が過ぎ去った。
軌跡を辿るとコメットウルフの周囲に光の弾が無数に浮遊していた。以前俺がフロートライトをブラフに使ったのと似ているが、直感的に違うと判る。
あれは俺が使うような見掛け倒しの偽物とは違う、本当に破壊の威力を持った攻撃魔法だ。
そもそもこいつ、魔法使えるのかよ!?
「グラォ!」
コメットウルフが短く吼えると光弾が一斉発射された。
俺は回避しつつも躱し切れなかった弾を結界で受け止め、ラッカスは全て回避しきった。
両腕の魔力刃を消し、代わりに収納空間から取り出した二丁の魔銃をコメットウルフに向ける。
「お返しだ」
ブラックホークとホワイトヴァイパーの一斉射だが、コメットウルフは木々の間を跳び回り、易々と回避する。
このまま無駄にするのは癪なので、狙いをラッカスに変更する。
それぞれ片手操作で空マガジンを落とし、収納空間に回収。間を置かず別の収納空間の口を開き、空間内部を変形させて換えのマガジンを押し出し、そのまま銃の中に納めてリロードを完了させる。
ブラックホークの弾は弾かれた。だがこれだけの量を集中して撃たれたらどうだ?
俺の作れる最大の弾幕を浴びたラッカスの身体に細かく浅い傷が刻まれる。
やっぱり魔族に強化されたと言っても無敵じゃない。
ならば当たり方次第で致命傷を与える事が出来る。
「だったら―」
至近弾を食らわせてやろうと駆け出した俺は即座に身を翻して見上げた。
コメットウルフが俺達を睥睨するように高く飛び上がっていたのだ。
だが問題はそこじゃない。
重要なのはその口内に、溢れんばかりの光を放つ魔力が集中している事だ。
「ゥワオォォッ!」
コメットウルフの口から放たれた渦巻く光の塊が真っ直ぐ向かってくる。
結界で防げるか!?
そう思慮した瞬間、俺は気付いた。
気付いてしまった。
不安そうにこちらを見るオリビアの姿に。
どうして!?
逃げたんじゃ――いや、そんな事を考えてる場合じゃない!
余計な思考を中断し、オリビアを護るように前に立つ。
結界を展開した直後、視界が白一色で埋め尽くされた。
それは美しい純白とは裏腹に、途方も無い破壊の力だった。現に結界は衝撃と熱に軋みを上げ、今にも砕け散りそうだ。
「ナタリア!」
オリビアが俺の名を叫ぶが、今は応える余裕は無い。
結界に亀裂が走る。
拙い!
魔力を送り込んで結界を修復、いや、それだけじゃまだ足りない。更に強化する。
破壊の光は止まない。
限界近い結界に更に魔力を送り込んで修復・強化する。
それでも結界にヒビが入り、一部に穴が開いた。差し込んだ光が肩を掠め、一部を抉って焦げ痕を残した。
クソッ!
こんなの通すわけにいかないだろ!
もっと結界に魔力を送り込め!
穴は修復して、強度を上げろ!
魔力なら幾らでも持っていけ!
出来るだろ、俺の魔導核!
普段あれだけ魔力を余らせてるんだ!
こんなときくらい全力で使わなくてどうする!
胸に広がる圧迫感にも似た息苦しさ。自分の魔導核が最大稼動しているのが解る。
そうだ。それでいい。
俺はどうなってもいい。
絶対にオリビアを護るんだ!
樹海の中を駆ける。
来た道は覚えている。このまま行けばイングラウロに帰れる。
私は無事に帰らなきゃいけない。そうしなきゃ、私を逃がす為に残ったナタリアの覚悟が無駄になる。
相手は魔族と契約して力を得た、魔人とも言える存在。更にメテオウルフの進化系。
それらを同時に相手にするのは、いくらナタリアでも厳しい筈だ。
ナタリアはきっと死ぬ覚悟をしているのだろう。私を逃がす為に、一人で。
地面を蹴る足に力が入らなくなり、いつの間にか止まっていた。
『大丈夫よ、オリビア。貴女は一人じゃないわ』
死を覚悟したお母様が言っていた。私は一人じゃないと。
ナタリアが居てくれるから。
だから私もお母様の死を乗り越えられた。
ナタリアが居てくれたから。
なのにそのナタリアが私を逃がす為に死のうとしている。
そうなったら、私は今度こそ一人になる。
嫌―
お母様も、好きな人も失って、本当に独りになる。
「そんなの嫌よ……ナタリア……」
震える声で名前を呼んでも、応えは無い。当然だ。ここにナタリアは居ないのだから。
ダメだ。
ナタリアが私のメイドとして尽くしてくれてるのも解ってる。だから言われた通りに逃げようと思った。
でもダメだ。やっぱりこのまま一人で逃げるなんて出来ない。
好きな人を置いて逃げて、その先には私の目指す“私”は居ない。
ごめんね、ナタリア。
言う事を聞けない私を嫌いになってもいい。
だから今だけは――
振り返って、全力で走る。
そして私の目に映ったのは、魔銃の狙いをラッカスに向けたナタリアと、高まった魔力の一撃を撃とうとするコメットウルフの姿だった。
まずい。
あの魔力量だととんでもない爆発になる。この距離じゃ誰も躱せない。
攻撃して強引に中断させる?
無理だ。あそこまで魔力が集まってたらもう止められない。
中断させるのも回避するのも間に合わない。
だったらせめて狙いを逸らせれば!
顎に攻撃を当てればまだ何とかなるっ!
魔力を高めながら詠唱を省いて発射体勢に入った。
「イグニス―」
完成した魔法を撃とうとした瞬間、ナタリアが私の前に割って入った。
魔法を撃とうとした手を思わず止め、直後に視界が白い光で埋め尽くされた。
でも爆発の熱も衝撃も、私には届かなかった。私の前に立ったナタリアが結界で爆発を防いでいたからだ。
「ナタリア!」
どうして急に前に!?
馬鹿な疑問だ。私を逃がす為に残ったナタリアが、私を庇わないわけが無い。
私の事は気にしないで!
馬鹿な考えだ。ナタリアがそんな事出来ないのは、私が一番良く解っているのに。
爆発を受けて軋む結界に亀裂が入ると、ナタリアはすぐに魔力を送って修復し、更に強度を上げる。
だけれどそれでも耐えられず結界にヒビが入り、開いた穴から差し込んだ光がナタリアの肩を焦がす。
より光が強くなり、思わず目を瞑り腕で顔を守った。
光が治まり恐る恐る目を開けると、木々も草も焼き払われて樹海の中にぽっかり開いた更地の中、ナタリアは目を閉じる前と同じ姿のままそこに立っていた。
「ナタリア!」
名前を呼ぶとナタリアの体が傾き、そのまま何の抵抗も無く倒れた。
「ナタリア!」
もう一度名前を叫んで駆け寄り、抱き起こす。
だけれどナタリアは何の反応もせず、いつも綺麗なサファイア色の瞳には光が無かった。
死――
不吉な一文字が頭を過ぎり、慌てて振り払う。
ナタリアが死ぬわけが無い!
お医者さん! ううん、専門家のアナベル先生に診てもらえばまだ助かるかもしれない!
「グルルゥ」
だけれどそうさせてくれない敵がいる。
低く唸り声を上げるコメットウルフ。
熟練冒険者ですら討伐困難なメテオウルフが更に進化した姿。
バーヘン樹海の頂点に君臨する狼王ロアの眷属。
それがどうした!
私はナタリアをゆっくりと横たわらせると、すぐに地面を蹴った。
「神風一式!」
加速し、反応されるより疾く真下に潜り込み、甲牙で顎を殴り上げる。
「イグニスドレイク!」
更にさっき撃とうとして無理矢理押さえ込んでいた魔法を至近距離から撃ち込む。コメットウルフの大きな体が浮いたその僅かな瞬間を狙い、無防備な腹を全力で蹴り飛ばした。
「ガッ――」
太鼓を叩いたような低い音と短い呻き声だけを残して、コメットウルフは樹海の空へと飛んでいった。
「ちっ、脅かしやがって。けどこれで」
焼けた地面からやたらと体格のいい一本腕の男が這い出してきた。
ああ、そう言えばまだ居たわね。
一年前に私を襲おうとした違法奴隷商の生き残り。あの時感じた恐怖を思い出してしまって、さっきは何の抵抗も出来なかった。
でも、もうそんなのどうでもいい。
こいつはナタリアを傷付けた。
絶対に許さない!
「あーあ、剣も折れちまったか。ん? あのコメットウルフは何処に行ったんだ?」
もう一度神風一式で走り、懐に飛び込んで甲牙を食らわせる。
鉄の塊を殴ったような痛みが拳から伝わる。
「おっと、おイタはいけねぇなあ、お嬢ちゃん」
ナタリアの魔銃に耐えただけあって、やっぱり甲牙じゃこの防御力を突破出来ない。たぶんグリードメガワームよりずっと頑丈だ。
でも、そういう相手への対応も、お父様はしっかり教えてくれていた。
「雷煌放電!」
拳に乗せた雷を連続で放ち、ラッカスの全身を打つ。
「くぅ…っと、効かねぇなぁ!」
そんなの判ってる。少しの間注意を逸らせればそれで充分だ。
雷光でラッカスの目が眩んだ一瞬に、私は既に次の技に入っていた。
雷煌放電や雷煌電撃は拳に魔力を集中させて、技を打てば魔力は打ちっ放しにするけど、この技は違う。
お腹の下で練った魔力を掌に集め、制御を維持したまま、掌底のようにラッカスの腹を打った。
魔力は殆ど抵抗無く浸透して内部に入ると、私と繋がった魔力の道になり、そこに残った魔力を一気に流し込む。
「血封雷花!」
魔力が血管を通って血液以上の速度で全身を駆け巡ったところで、炎と雷の魔法に変換して炸裂させる。
「がぁっ!?」
ラッカスの全身の皮膚が裂け、傷から血が溢れ出す。
何をされたのか判らなかったんだろうけど、だからって待とうとは思わない。
掌の感触から、さっきまでのような硬さは感じられない。
「雷煌放電!」
さっきよりも多く、容赦無く、全力で、全身の骨を砕ききるつもりで打ち込む。
やっぱり防御力が落ちたのか、ラッカスの身体に拳と雷の痕が刻まれていく。
「ぁ、ぁ、ま、待て、許し―」
最後まで言わせない。
飛び上がり、身体の捻りを加えた拳を脳天目掛けて振り下ろす。
「雷煌電撃!」
轟音と共にラッカスの頭が地面に叩き付けられ、そのまま陥没する。
着地した私はすぐに振り返り、意識の無いナタリアを抱え上げ、イングラウロへの道を駆け出した。




