第七十八話 リ・エンカウンター③ ※イラスト有り
「ナタリア、気を付けて。あれは魔族よ…」
以前クリスティナ達と教会で神話に関して説明してもらったときに聞いてはいたが、実在したのか。
「その通り。我は魔族、名はフルート。以後お見知り置きを」
フルートという魔族はオリビアの言葉を肯定し、恭しく一礼する。
神話では人類を破滅させる存在だったが、その真偽はさておき、ラッカスに呼ばれて現れたという事は敵と認識していいだろう。
だが、仮に戦って勝てるのか?
魔族がどれほど強いのかは判らないが、油断禁物だ。あのコメットウルフですら、この魔族が現れてからは動きを止め、慎重に様子を窺っている。
「ほう、遠目で探った時は気付かなかったが、何とも稀有な」
光を吸い込むような眼が俺に向けられる。
自分の奥底まで見抜かれるような視線に悪寒が走った。
「それでラッカス、契約と言ったが、『順延の水晶球』で先延ばしに出来る願いは先程の『君達が彼女達を襲撃するまで誰にも察知されないようにする』で上限を迎えている。これ以上は先に対価を清算しないと受ける事は出来ないぞ」
なんだ?
何か制約があったのか?
だが俺がその疑問の答えを得るより先に、ラッカスは懐から水晶を出して周囲を一瞥した。
「対価は人間の魂だろ。ほれ、そこら辺に転がってるの全部くれてやる」
そう言ってラッカスが顎で指したのは、コメットウルフに蹂躙されて死に体の男達だった。
対価は人間の魂?
そこら辺に転がってる?
まさか―
咄嗟にオリビアの頭を押さえて視界を遮る。
「成る程。では遠慮無く頂くとしよう」
フルートが指をパチンと鳴らした途端、呻き声を上げて藻掻いていた男達から白い煙のような物が立ち上り、フルートの身体に吸い込まれていった。煙を吸われた男達は苦悶の表情のまま静止し、二度と動き出す様子は無い。
こいつ、仲間を魔族への生贄にしやがったのか!
「ら、ラッカス、てめぇ」
だが全員が吸われたわけではなかった。何人かは這い蹲りながらも、自分達を切り捨てたラッカスに怨嗟を零していた。
「おい、まだ残ってるぞ」
「いやいや、ツケはもう足りているのでね。貰い過ぎは契約違反だ」
生き残りがいるのを不満そうに言うラッカスに、フルートは肩を竦めた。
「だったら次の契約だ。こいつら全員の魂をくれてやるから、あの女どもをブチ殺せるだけの力を寄越せ」
「酷く抽象的な要求だが、貰う分には応えよう」
フルートが再び指を鳴らし、今度こそ男達は全員死に絶えた。
そして契約が成立したのだろう。ラッカスに膨大な魔力が生み出されているのが肌で感じられた。
「ナタリア、何が起きてるの?」
オリビアが顔を上げて尋ねてくるが、この惨状を見せたくはない。
俺は抱き留める腕に力を込めながら、一番の敵に向けて引き金を引いた。
魔力弾は一直線に飛翔し、いつかのようにラッカスの身体に直撃し、しかしいつかと違い皮膚を貫く事無く表面で弾かれた。
「ははは、すげぇな。これが魔族の力か」
溢れ出る魔力が表面化してか、ラッカスの身体がまるでオーガのように肥大化し、肌に黒い線状の模様が浮かび上がる。
「さて、では我はこれで一旦失礼」
そう言い残してフルートは霧のように姿を消した。
「ガァッ!」
警戒対象だった魔族が消えたからか、コメットウルフは牙を剥いて飛び掛かった。だがラッカスはその襲撃を軽く躱し、隠し持っていた剣でカウンター気味に斬り付ける。
コメットウルフはその巨体を器用に捻って剣を躱すと、再び大きく距離を取った。
「こいつの動きも見える。いいなあ、おい!」
吠えると同時に跳躍したラッカスが剣を振り上げる。
避けようにもオリビアを抱えた状態では間に合わないので、掌から放出した魔力を壁の形にして受け止めた。
授業を傍聴して結界の作り方を覚えておいて良かった。ダームエルのような広範囲展開はまだ要練習だが、これまで身体の強度頼りだった防御力を底上げ出来た。何よりこうして自分だけじゃなくオリビアを護る事が出来る。
「結界か。けどいつまで耐えられる!」
「くっ!」
阻まれても尚も斬り続けるラッカス。
結界は揺れ、軋み、今にもヒビが入りそうだ。
このままじゃいずれ限界を迎えるだろう。そうなったら、俺はまだいい。だけどこの腕の中にいる恩人の娘を傷付けさせるわけにはいかない。
「お嬢様、私が隙を作ります。その間にお逃げください」
「そんなっ! それなら私も戦うわ!」
「お嬢様、私は貴女を護る為に創造られたのです。その役目を果たさせてください」
オリビアが強いのは解ってる。
でもそうじゃない。そういう問題じゃない。
この魔導人形はオリビアを護る為に創造られた。なら、それになってしまった俺は、オフィーリアから娘を託された俺は、その役目を果たさなきゃいけない。
責任とか義務じゃない。
俺が自分で決めて自分で押し通す、手前勝手な意地だ。
「……解った。でも絶対に無事に帰ってきてね」
「確証の無い約束はしかねます」
「ナタリアのそういう真面目なところ好きだけど、今はちょっと嫌い」
そう言ってオリビアはぎこちなくも微笑んでくれた。
ああ、本当にいい子だなぁ。この子を護れるなら、それで良いや。
「では、行きますよ」
ラッカスが剣を引いたタイミングに合わせて結界を解除し、顔面に向けて炸裂弾を放った。
巻き起こった閃光と爆炎が視界を遮ると同時にオリビアが飛び出し、来た道を駆け戻る。
「ちっ、逃がすか!」
「いいや、逃がすさ」
体勢を整えた俺はブラックホークとホワイトヴァイパーを手に、煙を振り払ってオリビアを追おうとするラッカスの前に立ち塞がる。
ちらりと振り返ればオリビアの後姿は樹海の木々の中に消えていた。この辺りの魔物ならオリビアなら余裕だろうし、これで何の憂いも無い。
「お前が復讐したいのは俺だろう。相手してやるから掛かって来いよ、腕無しカス野郎」
「てめぇは、何処まで人をコケにしやがる!」
「するさ、俺の大事なものを傷付ける奴は全てゴミ以下のカスだ!」
激昂のままに斬り掛かってくるラッカスをブラックホークで迎撃するが、やはり魔力で強化された皮膚は撃ち抜けない。
薙ぎ払われた剣を跳躍して回避する。だがそれを見越していたのか、タイミングを合わせて俺の前に躍り出たコメットウルフの顎が大きく開かれた。
即座に結界を展開し、人を容易く食い千切る牙を防ぐ。
動きが止まったところを狙われた剣も結界で防ぐ。
二面に結界を展開しては、自分の結界に阻まれて俺からも攻撃出来ない。そう、俺が人間だったら。
切り離した両腕を操り、結界を迂回させて銃口を向ける。
先に反応したのはコメットウルフだった。巨体に似合わない速度で離脱し、狙いを定めさせてくれない。
「お前、その腕―」
俺が魔導人形だと気付いてなかったらしいラッカスが切り離した腕に目を見開いた。構わずそのまま引き金を引くが、ブラックホークの威力ではろくにダメージを与えられない。
「く、おおらぁっ!」
力任せに振り下ろされた剣撃に結界が悲鳴を上げる。
まずい!
続けられた一撃で、結界に蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
いくら俺が魔力放出に適性があったとは言え、結界は習得して数日しか経っていない付け焼刃だ。複数同時展開しながら強度を保てる程の技術はまだ無い。
更にもう一撃で、遂に結界は砕け散った。
「スタンドミラージュ!」
詠唱略で幻影魔法を発動させ、俺の分身を数体映し出す。
標的を見失ったラッカスの動きが鈍る。
だがもう一方の敵は欺けなかった。
「グァウ!」
コメットウルフは迷う事無く本物の俺に向かってきた。
体当たり気味の突撃を受け、しかし巨体の勢いは止まらず、そのまま背中から木に叩き付けられた。
「ぐぁっ!」
木と挟んで潰すつもりなのか、コメットウルフは更に力を込め、俺を押さえ込んで来る。
二丁の銃を収納空間に落とし、空けた手で巨体を押し返そうとするがビクともしない。
このままじゃ拙い。
けどまだだ。
アナベルは言っていただろう。俺は魔導人形の性能を発揮出来ていないと。
出来ていないなら出来るようになれ。
人形と人間の身体が違うのなんて百も承知だ。
人間の常識で考えるな。
こんな巨大な狼に力で勝つなんて、人間にはまず無理だ。だけど俺は人間じゃない。魔導人形だ。
思い出せ。俺の身体は何で出来ている。
オリハルコンと世界樹だ。あらゆるファンタジーにおいて最高の素材で、この世界でも例外じゃない。
それらを使って最高の魔導師が創造ったのが俺だ。
最高の素材と最高の技術で作られた俺が、こんな事くらいで負けるわけないだろ!
そう思った瞬間、自分の中で何かが開いた。




