第七十七話 リ・エンカウンター②
※今回は軽くですが性的陵辱じみた展開があります。苦手な方はご注意ください。
状況を整理しよう。
どうしてこうなったのか。
オリビアと二人で樹海に薬草摘みという名目でピクニックに来ていた。
深くはないがイングラウロからは少し離れた場所まで進み、そろそろ昼食にしようかと考えていたところで、嬉しそうに先を歩いていたオリビアが突然現れた男に捕らえられ、頬にナイフを押し当てられた。
「お嬢様っ!」
「おっと、動くとこの娘の綺麗な顔に傷が付くぜ」
咄嗟にブラックホークを抜こうとするも、男の声に制止されられる。
更に既に二十人くらいの男達に囲まれており、俺自身も背後から剣や槍を突き付けられていた。それだけでなく、他にも杖を構えた魔術師らしい奴もいる。
「てめぇも動くんじゃねぇぞ。もし抵抗したらあのメイドも無事じゃすまねぇぞ」
抵抗しようとしていたオリビアは男の言葉に動きを止め、俺に向けられた数々の武器を見回し、歯を食い縛って腕を下ろした。
見たところ、こいつらは盗賊か。
クソッ、無用心にオリビアに先頭を歩かせていてこの様か。
相変わらずの無能振りに嫌気が差す。
俺一人なら抵抗するか逃げるかするところだが、オリビアが人質に取られてちゃ何も出来ない。
「金目の物なら差し上げます! ですからお嬢様を放してください!」
ここは無理せずに何とかやり過ごすか、脱出する隙を作れないものか。
そう思って降伏する姿勢を見せてみるが、男達は品の無い顔を卑しく歪ませたままだ。
「いやぁ、俺達は金が目的じゃねぇんだよ。そうでしょう? ラッカスさん」
言われて木の陰から姿を見せたのは、他の連中と同じく同じく粗野な格好をした隻腕の男だ。
ラッカスというこの男は憎悪の滲んだ目で俺を睨み付けていた。
「ああ、俺はお前に復讐がしたいのさ」
復讐?
誰だ、こいつ。
こんな奴に覚えは無い。
だが、ラッカスを見たオリビアは震えだし、今にも崩れ落ちそうだった。
「覚えてねぇって面だな。こっちはてめぇに仲間を殺されて、腕まで失ったってのによぉ」
仲間を?
何の事だ?
俺が今まで殺した相手なんて……まさか
「お前…あのときの…」
「思い出したか? そうだよ。あのとき、お前らに置いて行かれた奴隷商さぁ」
オリビアが一人で花を摘みに行ったとき、オフィーリアが魔法で拘束して樹海の中に放置したアイツか!
「あの傷で生きてたのか」
「ああ、何とかなぁ。怖かったぜ、腕が魔物に食い千切られてよぉ。でもよぉ、それ以上にお前に付けられた腹の傷が言うんだよ。『復讐しろ』ってよぉ。だからこうしてやって来たって訳だ」
『奴隷商』って肩書きの前に『違法』が付く上にうちのオリビアに手を出しやがったクズがほざくな!
今からでも仲間のところに送ってやる!
と言いたいが、オリビアが人質に取れれている以上は何も出来ない。
「クックック、いい表情だなぁ。そうだよ。そういう顔をさせたかったんだよ」
自分でも顔が強張り、食い縛った奥歯が軋むのが理解出来た。
ああ、ホント、出来る事なら今すぐこいつら全員をミンチよりひでぇ状態にしてやりたい。
「まずはその腰に提げた魔道具を捨ててもらおうか」
腰に提げた魔道具というのは、ブラックホークの事か。
かつて自分の腹と両足を撃ち抜いたこれの威力を警戒しているんだろう。
俺は小さく舌打ちしつつ、ブラックホークを男達が居ない方向へ投げた。
「おい、誰かそいつを拾っとけ」
ラッカスの指示で、一人が剣の切っ先を俺に向けたままブラックホークを拾う。
隙を見て回収するつもりだったが、そうは行かないようだ。
「ラッカスの旦那、これが話してた魔道具なんですかい? こんな小せぇのにそんな威力があるなんてとても―」
ブラックホークを拾い上げた男が不思議そうに銃口を覗き込み、何かの拍子に引き金に触れたのだろう。射出された魔力の弾丸が男の頬を掠めた。
「……てめぇ、やりやがったな!」
「何て奴だ!」
「いや、待て。今のは事故だ」
人を容易く死に至らしめる威力を間近で味わった男はブラックホークを取り落とし、数秒呆けた後に声を上げる。
「ま、まぁ、威力は見ての通りだ。お前ら、油断するんじゃねぇぞ」
ラッカスはおそらく自分が撃たれた時の事を思い出しているのだろう。若干声が震えていた。
別の男が及び腰になりながらも、ブラックホークを槍の先で引っ掛け、遠くに転がす。
どちらにせよこれで回収するのは難しくなったな。単純に武器というだけなら収納空間の中にホワイトヴァイパーがあるのだが、オリビアが人質になっている状況で大量の弾をばら撒くわけにも行かない。
「さて、いよいよお楽しみと行こうか。脱げ」
「は?」
何を言ってるんだ、こいつは。
「『は?』じゃねぇよ。お前、自分の状況が解ってるのか? 俺はお前に復讐したい。こっちには人質が居る。お前は憎らしいが見た目は極上。だったらする事は決ってるだろ」
ああ、成る程ね。つまりはオリビアを盾に俺を女として辱めたいと。
つくづく下衆だな、こいつ。
俺も人質を卑怯だなんて思うような綺麗な精神はしてないが。
「ナタリア! こんな奴らの言う事なんか聞かないで!」
「黙ってろ、クソガキ!」
声を荒げたオリビアに男が吼え、傷一つ無かった頬に赤い線が走る。
「止めろ! 指示には従うからお嬢様に手を出すな! お嬢様も、私なら大丈夫ですから」
「ナタリア……」
今にも泣き出しそうなオリビアを宥め、ゆっくりと篭手の止め具を外した。
「…わ…うつ……ジュ」
周囲に聞こえないように小声で呟きつつ、外した篭手と胸当てを足元に落とし、通常のメイド服姿になった俺に男達の視線が集まる。
一つずつ丁寧に、エプロン、従魔のブローチを外し、胸元のリボンも解く。
深い色のワンピースの裾に手を伸ばしたところで、高まった羞恥心がその先を躊躇わせる。
「どうした? お嬢様が大事なんだろ?」
ラッカスが煽るが、確かにその通りだ。
オリビアを護る為なら――
震える手を押してワンピースを脱ぎ捨て、形の調った胸に引き締まったくびれと下半身のラインが露になる。色白い人肌と黒で揃えた下着のコントラストが見る者の欲情を掻き立てる。
フリルカチューシャと具足はまだ着けているが、そんなのは無意味だろう。
覚悟を決めた筈なのに、それでもやはり見られる事に耐えられず、胸元と太腿の間を手で隠す。
だがそれを嘲い、ラッカスが更に要求する。
「おいおい、そこで終わりじゃねぇだろ。ちゃんと下着も脱げよ」
オリビアを捕らえている男が見せ付けるようにナイフをギラつかせる。
「くっ」
もとより俺には選択肢なんて無い。
こんな状況を招いた自分の無能さを呪いつつ、ブラジャーのホックを外そうと背に手を回したそのときだった。
「アオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
耳を劈くような遠吠えが響き渡った。
何だ!?
周囲の木々がざわめき、鳥の群が一斉に飛び立った。
俺だけでなく、この場の全員が動きを止め、静寂が横たわる。
何かが居る。
なのに誰もが動けない。
葉の擦れる音が一瞬聞こえ、何かが来ると確信した。
ザッ
茂みから飛び出す音と同時に視界の隅を影が走る。その方向を視界に捉えたときには、それは既に一つの命を奪っていた。
現れたのは金色の体毛に頭側部から尾の先まで銀の流線模様の入った、四メートル近い巨大な狼だった。
狼は男の頭部をまるでパンのように容易く噛み千切る。
ヤバイ。
ヤバイ。ヤバイ。
ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。
ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。
ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。
何だこいつは。
俺の、もう殆ど失くしたと思っていた生物としての本能が全力で叫んでいる。
こいつはヤバイ。
今までもメテオウルフやクランプボア、ティラノガビアル、ゴーレムなど、自分より大きい魔物と対峙した事はあったが、こいつの威圧感はその比じゃない。
単純な大きさではなく、生物としての格の違いがまざまざと突き付けられる。
こいつには勝てない。
「う、嘘だろっ、なんでコメットウルフがこんな―」
一人が恐怖に押されて叫んだ。次の瞬間、頭を齧られた男を残して狼の姿が消えた。
「ひいぃ!」
慌てて声の方を振り返ると、コメットウルフと呼ばれた狼がまた新たな死体を作り出していた。
小さな唸り声と共に前足を振るうと、その度に人が物言わぬ骸へと変わっていく。
「女を嬲れるって聞いて来たのに、こんなの話がちが―」
「た、助け―」
男達の断末魔を無視して、コメットウルフは牙で噛み千切り、爪で切り裂き、あるいは巨体で押し潰し、死体を大量生産する。
何とかしてこの場を脱しないと。
慎重に様子を窺いつつ、足元に収納空間を開き、脱いだ装備やメイド服を回収しておく。
「ラッカスさん、こんなのどうしようも無ぇよ! 早く逃げねぇと!」
オリビアを捕えている男が喚き、それを不快に思ったのか、コメットウルフの金色の目が向けられた。
マズいっ!
震える身体を押して飛び出した直後にコメットウルフが跳んだ。
「来るなぁっ!」
「きゃっ!」
「お嬢様!」
男はオリビアを身代わりにするように突き飛ばして踵を返し、俺は幻影魔法をそのままにして飛び出した。倒れそうになるオリビアを間一髪受け止め、怪我しないよう胸に抱きながら草の上を転がる。
身を起こすと同時に、不要になった幻影魔法を解除する。元々は関節などから俺が魔導人形だとバレて脅威だと思われないように、自分の身体に重ねて人間の身体を投影していたのだけれど、ほんの時間稼ぎにしかならなかった。今の混乱を見ればそれでも充分と言えば充分なのだが。
あとはブラックホーク……届く!
手を射出して無造作に転がっていた愛銃を掴む。
手元に戻ったブラックホークを即座に構えると、コメットウルフは蹂躙を中断して飛び退いた。その金色の瞳はブラックホークをしっかりと見据えている。
周囲の男達はラッカスを除いてほぼ全員が死亡または虫の息。
こちらはオリビアを取り戻したから制約からは解放された。
だが突如乱入してきたコメットウルフによって迂闊には動けない。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「う、うん、ナタリアが護ってくれたから。ありがとう」
腕の中のオリビアの安否を小声で確かめつつ、視線はコメットウルフから外さない。
この状況ではラッカスなど脅威でも何でもない。問題はこのコメットウルフだ。同じ狼の魔物でも、ナイトウルフとは比べ物にならない。
せめてオリビアだけでもどうにか逃がさなければ。
「ちっ、予定が狂ったが仕方ねぇ。おい、見てるだろ。契約だ」
突然ラッカスが周囲に誰も居ないのに話し始めた。
気でも触れたかと思ったがそうじゃなかった。ラッカスの足元の影からせり上がるように何かが現れた。
最初に見えた頭には鹿の角、肌の色は比喩でもなく文字通りの青、漆黒の眼球、背中には蝙蝠の翼。畏まったタキシードを着ているが、括れのある体形はその性別を明確に表していた。
異色肌! 黒白目!
やっぱり魔族はこうでなくっちゃ!




