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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第七十六話 リ・エンカウンター①

 薄暗い殺風景な部屋の中、大勢の男達が集まっている。

 いずれも見るからに堅気ではない、法を犯した事のあるような人相の悪さで、実際にその通りだった。

 中心にいるラッカスという男の掌の上で、水晶球が怪しく光る。占い師が使っていそうなそれだが、彼は占い師ではないし、水晶球もその為の物ではない。

 この男も例に漏れず犯罪者であり、今回の首謀者なのだ。

 そして水晶球はとある存在にとあるものを強要する為の魔道具である。


「ふむ、(くだん)の相手はこの休日に樹海に入る予定のようだな」


 その強要された、世間一般では魔族と呼ばれる存在は先程ラッカスに問われた事を答える。


「樹海か。色々とお(あつら)え向きじゃねぇか」


 回答に満足したラッカスは顔を歪めて下卑た笑みを浮かべた。


「聞いたか、お前ら。貴族かどっかのお嬢さんがメイドと二人だけで樹海に入るそうだ。つまり、()()()()()ってこったな」


 ラッカスの言に他の男達も同様の顔をする。


「ああ、そいつはいけねぇな。樹海には怖い魔物がうじゃうじゃいるってのに」


「そんな世間知らずなお嬢さん達はしっかりエスコートしてやらねぇとな」


 彼等の言葉を額面通りに受け取るような人間はいないだろう。

 彼等は日の光を浴びる事を許されない人間、ならず者や破落戸(ごろつき)といった秩序も統率も矜持も無い連中の集まりだ。そんな者達にエスコートされては、身の安全などある筈も無い。


「なぁ、ラッカスさん、そのお嬢さん達には()()()()()もらってもいいんだよな?」


「勿論だ。世間の厳しさってのを教えて差し上げろ」


 途端に男達が沸き立ち、ラッカスは満足そうに頷く。


(果たしてそう上手くいくかな? 君達が敵うようには思えないが)


 魔族は冷静に分析しつつ、それでも口には出さなかった。

 訊かれていない事を答える義務は無いし、そうしたいと思えるだけの義理も無い。


(道を踏み外すのも(いと)わぬほどにまで強い願望と、それに見合う対価を払う覚悟を持つ者へ手を差し伸べるのが、我々魔族の仕事。とは言え)


 魔族はラッカスの持つ水晶に目を向けた。


(不正に契約させる魔道具が作られるなど、ブランセス様もノワレル様も想定していなかっただろうな)


 ラッカスの持つ魔道具『順延の水晶球』は魔族との契約に必要な対価の支払いを先送りにさせる効果を持つ。その為に魔族はラッカスから対価を取り立てる事も出来ず、一方的に願いを叶えさせられていた。

 最終的に支払いを踏み倒せる訳ではなく、願いの数にも上限があるのがせめてもの救いか。


 そしてその魔道具をラッカスに与えたのが、部屋の隅で佇む、場違いに小奇麗な衣装に身を包んだ商人を名乗る男だった。


 魔族と不正契約を成す魔道具など、世界創造以来一度も存在しなかった。おそらく歴史に名を残す大魔導師や賢者でも不可能だろう。そんなものをこの商人はどうやって手に入れたというのか。


 ともあれ、今の魔族に出来る事は限られている。下郎共を眺めるのにも飽きた魔族は影に溶けるように姿を消した。







 ここ数日は平和に過ぎ去り、俺とオリビアは何事もなく休日を迎えた。

 天気は快晴。絶好のピクニック日和だ。

 朝食後に支度を整えて―俺はちゃんと軽鎧を装備してる―から寮を発ち、門を出て、整備された道を歩き、バーヘン樹海へと足を踏み入れる。


 この辺りの樹海に入るのはあの暗殺者と戦ったとき以来だな。

 そう言えば餌付けしていたマンイーターは今頃どうしてるだろうか。もう俺の事など忘れているかもしれないし、寿命で死んでいるかもしれないし、もしかしたら冒険者に討伐されたかもしれない。

 多少の愛着を持って接していたので様子を見に行きたいが、今日はオリビアも一緒だからそうもいかない。オリビアに危険が及ぶ可能性もあるし、俺がこっそり樹海に潜っていたのを知られたくないしな。


 そんな訳でさりげなくマンイーターの縄張りとは違う方向―探索した事はある―へ進みながら、時折見付かる薬草を採取していた。


「ナタリア! これって探してる薬草よね!」


「はい、それです。見付けにくいところに生えるのですが、お手柄ですね、お嬢様」


「えへへ」


 はにかんだように笑うオリビアの頭を軽く撫でてやる。

 今日はやたらとテンションが高いな。薬草摘みというのは方便。本当の目的は模擬戦大会に参加出来ないオリビアのストレス解消なので、楽しんでもらえるのは何よりだ。

 とは言え、万が一に備えて俺より前に出て欲しくないんだけど、でもせっかくオリビアが楽しそうにしているのに水を差したくないし、どうしようか。


「うーん、この辺りにはあまり生えてないわねぇ」


「そうですね」


 暫く進んだが、生えている薬草の数がめっきり減ってきた。取りすぎは固体数減少に繋がり、環境保全にも悪いしマナーにも反するので、ここでは摘まない方が良さそうだ。

 別にそこまでして探す必要は無いんだけどね。実はここに生えてる薬草より家の庭に自生しているやつの方が上質だし。


 立ち止まった俺達のところに、樹海の奥から幾つかの人影が現れたのはその直後だった。

 こいつら何処かで見たような…


「おや、こんなところで美しいお嬢さん方に会えるなんて、今日は運が良いな。良かったらこの後一緒に食事でもどうだい?」


 先頭を歩いていた男が軽薄な笑みを浮かべて俺の方に寄ってきた。

 その態度が初めて会ったときのダニーに似ていて少し懐かしく思える。


「こら、初対面の人に失礼だろ」


 一緒に居た冒険者の一人が軽薄男の襟首を掴んで引き剥がす。

 うん、こいつの顔にも見覚えがある。


「こんにちは。皆様は冒険者でしょうか?」


「ああ、そうだ。君達は冒険者には見えないが」


 一番長身の男は応えながらも俺の体を眺める。しかしその視線は軽薄男のような異性に対するものではなく、対象を観察する慎重な熟練者のものだった。事実この男は俺の腕を見て、僅かに目を細めた。俺が人間ではないと見抜いたのだろう。

 あ、思い出した。こいつら俺が仮面を着けて潜ってたときに何回か擦れ違った奴等だ。


「ええ、私達はただ薬草を摘みに来ただけですので」


「おお、それなら良い場所があるから案内するぜ!」


「いいえ、結構です!」


 軽薄男が拘束を振り解き、長身男と俺の間に割って入ってきた。それと同時に更にオリビアが不機嫌そうに入ってきた。

 どうしたの?


「おぉ、こっちの娘も可愛いね。メイド付きって事はどこかのお嬢様かな? お兄さんと一緒に熱い夜を過ごしてみないかい?」


「…ふん!」


 きっぱり断ってもブレずにナンパする軽薄男に、オリビアは不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 オリビアは発育良いけど未成年なんで、そういうのは止めてくれんかね。


「ありゃ、怒っちゃった? 仲良くしようよ」


 あ、オリビアが拳握り締めてる。


「すまんないがこの辺りは昨日俺達が採取した後なんだ。もう少し奥に行けばまだあると思うが」


 俺が宥めるより先に、長身男が軽薄男を横に退かした。

 ナイスだ。


「そうでしたか、解りました。行きましょ、ナタリア」


 そう言ってオリビアは俺の手を掴んで歩き出し、抵抗する間も無くそのまま引き摺られるのだった。

 材料にオリハルコンを含んだ俺の身体って普通の人間よりずっと重い筈なんだけど、オリビアは全く気にした様子も無い。


 このお嬢様、以前からクランプボアやグリードメガワームの脳天を打ち抜ける腕力をお持ちでしたが、また強くなってませんかね?







 樹海の出口付近にまで差し掛かった冒険者のパーティーは漸く肩の荷を降ろした。

 もうじきCランクに昇格目前の実力と中堅とも言える経験を積んだ彼等だが、それでもバーヘン樹海で夜を明かすのは命懸けなのだ。


「あー、やっとここまで戻ってこれたか。暫くは泊まりになる依頼は勘弁だぜ」


「それには同感だな」


 メンバーが口々に安堵する中、長身男は一人で怪訝な顔をしていた。


「どうしたんだよ、さっきから黙って」


「さっきのメイド、何処かで会った気がしてな」


「なんだよ。そういう口説き文句は本人の前で言うもんだろ。痛っ」


 真剣な顔で疑問を口にした長身男を軽薄男が茶化し、それを他の仲間が叩いて窘めた。


「街で買い物してるときに擦れ違ったとか、そんなものじゃないのか?」


「いや、この樹海の中であった気がするんだが」


「樹海の中でメイドに会ったりはしないだろ」


「勿論メイドを見た覚えは無い。だから服装は違ったのだろうとは思う」


「でも俺達がイングラウロに拠点を移してからは毎回この面子で潜ってるじゃないか。それなら他にも誰か覚えてるだろ」


「つーか、あんな美人だったら俺が忘れるわけねーって」


 軽薄男の言う通り、あれほどの美人なら彼が今日のように即座にナンパしていただろうし、顔も覚えていただろう。


 結局長身男の疑問に明確な答えは出なかった。


「皆、待って。何か来る」


 不意に斥候役の男がパーティーを制止し、樹海の奥に視線を向ける。

 全員が即座に臨戦態勢を取り、全周囲を警戒した。


 木々のまばらな樹海の終わりは既に真南に差し掛かっていた日の光で明るく照らされ、来訪者の姿を鮮明に現した。


「グルル」


 それはこの地域にいる筈の無い、高位ランクの魔物だった。

 低く唸り声を上げる魔物の威圧感は冒険者達を竦ませ、己の命を半ば諦めたさせるのに充分だった。


(おい、なんでこんなところにこいつがいるんだよ)


(縄張りはもっと西だった筈だぞ)


(あ、俺死んだわ)


(あの娘、名前くらい聞いとくんだったなぁ)


 自分達の頭と同じ高さにある口からは人間など容易く食い千切りそうな歯列が覗き、金色の瞳は魔性の満月のように爛々と輝いている。

 魔物は冒険者達の目の前まで悠然と進み、獲物を吟味するかのように臭いを嗅ぎ回った。


 誰から食い殺されるのか。誰が一番長く恐怖を味わうのか。

 冒険者達の心情など知らず、魔物は一通り臭いを嗅ぐと不思議そうに首を傾げ、踵を返して樹海の中に消えていった。

 残された冒険者達は魔物の姿が完全に見えなくなったのを確認し、糸が切れたかのようにその場にへたり込んだ。


「死ぬかと思った…」


「メテオウルフ…じゃなかったな」


「ああ、おそらくその進化系…コメットウルフだろう」


 彼等を腰抜けなどと嘲ってはいけない。

 相手はBランク上位に相当する魔物だったのだから。

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